2022/9/30〜10/31
語り手:猿柿ひよ里



「はぁ?意味不明や、ナンや『灯籠がローズになった』て寝ぼけとんのか」

「いや、俺は昨日から寝てねえ」

「そらァあんた今まで見張り当番やったからな、ってそーいうこっちゃないわ!」


 拳西のウンツクが。どついたろか。
 盆が明けたばっかの田舎盆地の朝っぱら。カラッと晴れとるし風は涼しいし、過ごしやすいええ天気やった。何となく陽に当たっとくかと縁側に出たら拳西がいて、特に何もなかったやろと決めつけて「夜中、変わった事あったか」と軽い気持ちで声掛けたら全ッ然ワケわからん話された。仲間内で一番ボケ似合わんやろ、何があったん?って、それ訊いたらまた同じ話されるだけか。

『灯籠がローズになった』

 ニホンゴおかしない?監修下手すぎる語学教本のオモシロ例文か?「坊主ボーズ屏風ビョーブになった」みたいなコト言うてんぞ。
 拳西は説明か弁解は諦めたっぽい、顔に「面倒」て書いてある。それあんたの悪いトコやで。そんで顰めっ面のまま徐に背ェ向けよったから、オイまだハナシ終わってへんぞ!ってバシッと裾でもふん捕まえたろかと思ったら、丁度ええ所に噂のローズがひょっこり顔を出した。


「『寝ぼけてるのか』だって。フフ、拳西がさっきボクに言った事そのまま言われてる」

「……チッ」

「その舌打ちか『うるせえ』で乗り切ろうとするの、良くないトコだよねぇ」

「せやせや!」

「うる……チッ」

「ブッハハハ!今日の拳西オモロ!」

「ボクの話を信じてくれなかったんだもの。因果応報じゃない?」

「ったく、人の話を信じなかったってんならオマエらの方が先だったろうが……」

「え?なんだって?」
 
「昔の話だ昔の、忘れろ。それよりローズ、さっきの話もう一回してみろ」

「おー、うちだけ置いてけぼり食らっとるからな」

「いいよ。えっとね、昨日……というか今日の夜中の当番中、ボクのところに白い鳥が――」


――――――


「寝ぼけてたんやろ」
「寝ぼけてたんだろ」

「なんで信じてくれないのさ!本当だって!」

「現世で鳥が喋るとか有り得へんわ」
「寝ぼけてたんだろ」

「拳西は再三言わなくていいよ!ていうか山の上の灯籠と位置が入れ替わった?みたいで、そこは見てたのに!?頑固だなぁ!?」

「それかその年でもうボケ始まったんか」
「転移したという下りは興味深いデスが……」
「楽しそうな夢が見れていいな〜」
「オウムか九官鳥やったってんならまだ分かる」

「うわあ!リサ、ハッチ、白、真子!いつからそこにいたの!?」

「絵本にでもしてみたらどうだ?」

「ラヴまで!」


 もうこれローズ弄り大会になってもうたな。まぁしかし、皆やって胸の奥では欠片も信じとらんっていうんでもないハズや。そない明らかに怪しいの、うちらの身の上じゃ余計に関わりたァないし。笑い話にしとくんがええんやないかなって感じか。

 別に、喋る鳥とか気にならんし。一月も過ぎて彼岸が来てから件の神社に行ってみるのだって、何となくやし。そう、これはただの散歩や。気分転換。
 坂のとこどこに栗が落ちとった。紅葉はまだ少し早い。それにしてもこの山、もう誰も人住んどらんのか。麓の方はまあまあ栄えてる村があんのに。何年か前までテッペンに住んどったっちゅう道場の人間は変わりモンやな。


「…ここか……」


 山深い高地にポツンとある神社にしては小綺麗やった。定期的に麓の人間が手入れしに来とるんやろうか。
 鳥居を潜って周りを見てみると、境内は思っていた以上にそこそこ広い。中央にえらい立派な御神木が聳えてて、もっと奥には小じんまりとした木造の社が佇んどった。雑音が何もないせいか、うちなんかでも厳かな雰囲気に飲まれそうになるような。
 ……喋る鳥、か。人の斬魄刀の具象化した、黒いやつなら見たことあってんけど。白いやつは……普通に考えたらそれと関係ないか。ハァ〜うち馬鹿やな、ここまでのこのこ来たりして。でも折角やし、山の上から景色を一望していくか。手近な木にでも登って……流石に御神木はやめとくわ。神サマとか信じとらんけど、罰当たりっちゅうんはつまり行儀悪いコトってことやしな。うちはお利口さんなんやで。


「おお、“猿ガキ”が柿の木に登っておる」

「うげっ。あんた――」


 茶化すような声が癇に障るわ。下を向くと、いつの間にか四楓院夜一が幹に背を預けて立っとった。曳舟隊長はこいつのことも可愛がっとったけど、うちはちょっとキライや。


「はっはっは、こうしてお互い健勝にして会うのは久しいというのに、中々の挨拶じゃのう。儂がちと野暮用で遠出しておる内に喜助と揉め『顔も見とうない』と出て行ったんじゃろう?こんな屋敷の傍におると、うっかり鉢合わせてしまうやもしれんぞ」

「向こうも来とるって分かってんやろ。なのにコッチ近付いて来よったら、一発かましてまたサイナラするだけや」

「あやつも随分と嫌われたものよのう」

「…………」

「おぬし、儂のこともまぁ〜キライじゃな?」

「……フン!そーゆーの、笑って訊くモンやないやろ」

「いやなに、そこまで分かり易いと却って可愛気があるぞ。おおかた、天鷹めから色々と聞き出しておるのじゃろう?あやつが水に流しても、おぬしは根に持つか」

「なんでうちが“ハゲ鷹”のために根に持たなアカンねん。アホ言いなや」


 うちが夜一に何かされた覚えは一度たりともない。あいつの遠い過去のことで、あいつのためにうちが怒るとか恨むとか、筋違いもええとこやんか。アホらし、そんなの独り相撲みたいで御免や。


「ふむ。そういうことにしておくかのう」

「何が『しておくかのう』や!!勝手に納得すんなハゲ!!」

「この麗しい美女に向かってもハゲ呼ばわりとは、ほとほと困った女子おなごじゃ。ところで、柿の木に登ってキィキィ騒いでおると本当に猿みたいじゃぞ」

「やかましわハゲネコばばあ!!」

「そんな有り様では、何時まで経っても“ガキ”呼ばわりされておった事に納得しかないのう」

「せや、最初流したけどな!あんたに“猿ガキ”て呼ばれる筋合いないで!!」

「はて?おぬしの苗字は猿柿で合っておろう?」

「見え透いたボケかますなや!どーせハゲ鷹から聞いとんのやろ、ガキっぽいから“猿ガキ”やて!」

「ふはは!天鷹とおぬしの仲は微笑ましいのう。曳舟がよく言っておったわ、まるで歳の離れた兄妹きょうだいのようじゃと」

「ンなっ……!」

「まぁ落ち着け。おぬし、ただ散歩に来た訳でもなかろう?少々前置きが長くなったが、儂で良ければ相談事でも何でも聞いてやるぞ。答えられることであれば答えてやろう」


 夜一はそう言うと、軽い身のこなしでスルスルとこの背の高い柿の木に登ってきた。さり気なくうちを見下ろせる高さまで行くなや。ホンマにムカつくなこいつ。……でも、まあ、滅多に無さそうな機会なのは確かや。


「なァ、物を一瞬で遠くに転送したり取っ換えたり、なんかそういう霊具みたいなン作ってたやろ、あの寝ぼけ行燈あんどん

「もしかしなくても喜助のことじゃな。おぬしも技術開発局に所属しておった身じゃ、多少は聞き齧っておろうが……棒形の――転界結柱てんかいけっちゅうと言うたか。アレ便利じゃからの、あやつは瀞霊廷内の移動手段として普及させたがったんじゃが、総隊長殿より『敵に利用されたら何とする』とひどく叱られてのう。開発の即中止を言いつけられたうえ、全部一番隊預かりで没収されたと嘆いておったわ」

「コッチ逃げて来てから、また作り直したりしてへんの?」

「儂の知る限りではまだやっとらん。近い内に絶対やるじゃろうがな。今は穿界門やら義骸やらの研究で手一杯みたいじゃぞ」

「そっか……ふん……」

「何じゃ欲しいのか?儂から頼んでやろうか?ん?」

「的外れやのに偉そうに言うやんけ。要らんお節介焼くなや」

「答えてやったのに清々しいほど失礼じゃの」


 喜助の悪戯やないかとも思ったんやけど、その線はこれで消えた。やっぱローズの夢オチなんか?
(違うってば!)
 ……いま勝手に頭ン中にローズ生えてきたな。要らん要らん、出てけ。


「ほんなら、この辺で白い鳶って見掛けたことある?」

「その太々ふてぶてしさ、白哉坊といい勝負じゃ」

「誰やねん!ええから早よ答えんか」

「儂は見たことないのう。じゃが、ずいぶん前に喜助からそんな話を聞いたことならあるぞ。なんでも、昔この辺りに天鷹と二人で来たことがあったそうでな。その際、世にも奇妙な霊圧を持つ白い鳥を偶然見付けて、調べてみたくなったから捕獲を試みたんじゃと」


 ハゲ鷹と二人でここに来た?何やその話、初耳やぞ。やっぱしいけ好かんわあの元獄卒、隠れて何やっとるもんか。色々言いたいことあんねんけど土下座されてもまだまだ顔合わせたないし、暫くはええわ。


「……捕まえられたんか?そいつ」

「いいや、何度やっても捕まえられなかったそうじゃ。あやつを知恵比べで負かすとは大した鳥よの。是非とも儂も鬼事を挑んでみたいと思っとるんじゃが、足取り掴めず、じゃ」


 おおっと、急に現実味を帯びてきたな、あの話……
(だから本当だって言ってるでしょ!)
 また出てきた。しつっこいで、帰れ帰れ。


「おぬし、どこかでその鳥を見掛けたのか?」

「うちやない、ローズが見たんやて」

「ほう?詳しく聞きたいところじゃ」

「喋ってたって言うてた」

「喋った?人の言葉をか?そんな話は喜助から聞いた覚えがないのう……よし、今から共に尋ねに行ってみるか」

「いややっ!!!うちはもう帰る。あんた一人で行き」

「天下無類の素気無さじゃの〜」


 やかまし。無視して枝から飛び降りたら、生っていた柿の実が一つ地面に落ちてコロリと転がった。まだ青いし小さい、未熟なやつ。


「俺はこの程度で死にはせんよ。泣き止め猿ガキ。でないとまた俺が桐生にどやさる……それとな、俺は別にハゲてなかろ」


 『殺しても死なない』なんて、嘘っぱちやったな。


渋柿日和


 また先月の続きモノ、夢小説になってない幕間その三。ひよ里ちゃんが浦原さんを“寝ぼけ行燈”と呼称するのは公式ノベライズ『Can't Fear Your Own World U』から引っ張ってきたネタです。そういえばそちらでも転移結界やら通魂符がどうのこうのやってましたね。
 『このほの』に於いての曳舟隊長は、浮竹隊長曰く「捻くれ者を見ると放っておけない性」「『アタシが纏めて面倒みる!』って感じだった」とのことなので、ひよ里ちゃんと鷹の人に繋がりがあるのはそこからです。面倒見られ組。そして夜一さんとは過去に何があったのやら、これも詳しいことはいつか本編でやりたいです。
 いやぁ、ひよ里ちゃんと夜一さんという異色の掛け合い、難しかった……。

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9/12/70
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