2022/10/31〜11/30
語り手:愛川羅武



「焼きキノコの季節だろ?」

「そらそうやけど」


 蓑みのを被かぶり、手袋をはめ、背中にも腰にも籠を装備してキノコ狩りの支度は万端。真子は訝しげな顔だけ出して布団にくるまったまま、ぶるりと体を震わせた。


「毒のアリナシとか……ちゃあんと判るんやろうな?」

「六番隊の銀しろがねの爺さん知ってるだろ?眼鏡屋やってる」

「あ〜銀次郎サンな。勿モチ知ってんで、スミさんの硝子工房もその近くやし。で?」

「そこでちょっと昔、イカすサングラスした十一番隊のやつと知り合って、偶に一緒に飲むようになって」

「ほんほん」

「そいつがなんでだかキノコに詳しくてな。居酒屋でキノコ料理ツマみながら教えて貰ったことがある」

「え〜ソレ……ホンマに平気か〜?」

「食ったことあるのは見た目も覚えてるし、よく判らんのは食わなきゃいい話だろ」


 茶けた襖を開ければ、部屋に朝の冷気が流れ込んでくる。真子はまた大袈裟に寒がって「オブブブ」と鳴き、今度は顔まで仕舞ってすっぽり丸く縮こまった。


「こんな寒サッブいのにようやるもんやわ」

「まァ今朝は冷えてるみたいだが、まだ十月だぞ。今から蓑虫になってて冬越せんのかお前」

「そのカッコ、羅武こそ蓑虫やろ」

「はいはいそうだな、じゃあ行ってくるぜ布団虫」


 足袋越しに踏む廊下は氷みてえで、さっさと進んで框かまちからも下りた。履き慣れた草履を引っ掛け、外に出てから屈んで紐を結ぶ。ぐっと立ち上がって、深呼吸。おお、肺がキーンとする。空は高く真っ青で雲一つない。昼になっていけばカラっとお日さんが照って暖あったかくなんだろ。
 冬には一面真っ白になるという田舎でしかも大人八人、食糧問題は割と深刻だ。リサとひよ里の金策が功を奏して、芋や米や干物は多少買ってこられたが、それは冬本番のために蓄えておくべきだ。その辺で採って食えるモンがある実りの秋の内は、こうして日の糧かては日毎に稼いだ方がいいだろう。特にひよ里は何が何でも浦原を頼りたくねえだろうし。俺も意外と気は遣ってんだよ。

 東側から黙々と山を登っていき、豊かに紅葉している広葉樹の森に差し掛かった。降り積もった落ち葉のお蔭で足元が柔らかい。よく見ると白樺の木も少しある。頭上からは時々カラスの声がして、青い空を渡っていく黒い影はやや小さめだった。飛ぶ練習をする子供の影が様になってくる時期のようだ。
 さてとキノコを探すには、地面が盛り上がっている所の落ち葉を掻き除けたり、切株や倒木があればそこで目を凝らしたりするといい。これは多分タマゴタケ、白い殻のようなものから生える赤い傘は毒々しく見えても立派な食用なんだそうだ。煮ても焼いても旨いとか。幹に生えているあれは確かムキタケ、汁物や水煮にするとツルツルいける。……おっと、あそこの木の上の方に引っ付いてるのは白いな。白いキノコは猛毒のものが多いから「素人は採るもんじゃない」と教えられた覚えがある。
 緩やかな坂になっている辺りで、足を滑らせないよう落ち葉を蹴って爪先を突き刺し、キノコをむしり取っていく。お、この切株の横に生えてるこいつはナメコっぽいな。


「……おい、そこの人」

「ん?」


 対話するにはやや開き過ぎな距離をとって、坂の下の方から人間の男が声を掛けてきた。長い黒髪を肩の辺りで結った瘦せ型の三十路頃で、藍の着物に黒股もも引きという岡っ引き紛いの恰好をしていた。美男だが愛想あいそがない。じっと見返すと、男は落ち着かないように目を泳がせた。俺は地元の人間と比べたら大柄だし、サングラスなんてのも見慣れなくておっかないと思っていそうなものだが、どういう事情で話し掛けてきたのだか。


「……毒アリを処分してくれようってんじゃあ、ないんだよな?」

「……ん?」

「いやお前さん、さっきから毒キノコばかし採ってんだろ」

「え?」

「……取って食いやしねぇからこっちゃ来きな。その籠の中身まるまる、食ったらなんぼ魂タマあっても足んねぇよ」


 男は額に掌を押し当てながら、頭が痛いように言った。……人間とは関わりを持たずにいたかったが、どうやらこれは死活問題らしい。ここは従うことにして、坂を小走りで下り、男の側に行った。男は徐に俺の背後に回り、背負っている籠の中からキノコを一つ拾って見せてきた。


「いいかね。まずコレ、何だと思った」

「タマゴタケ」

「だったら良かったがな。残念、こいつはアシタカベニ。ベニテングタケともいう」

「何?それなら流石に俺でも知ってる有名な毒キノコだ。赤い傘に白い疣いぼがあるんだろ?」

「コレには無いってか?少し前に強い雨が降ったろ、疣は落ちることもある。もっとよく見なよ、この縁の近くに少しだけ残ってるべ」

「……あっ」

「腹下して譫妄せんもうするところだったな。ずっと干したりようく煮出したり何ヶ月か塩漬けにしたら食えないことはないとか聞くが、大して腹の足しになりゃせんし儂からすりゃ徒労でしかねぇわ。それに蝿ハエ殺しって別名もあってな、食う気がしない。それでも旨いから腹下してでも食いてえって虜になる馬鹿もいたりして……ま、他の無毒のを食ってた方が健やかだろ?やめとけやめとけ」


 男は摘まみ持っていたベニテングタケをポロッと籠の中に放り戻した。そして俺から籠という籠を取り上げ、また別のキノコを拾い上げると、「まあ座りゃんせ」と言って黄色い落ち葉の積もる地面に胡坐を組んだ。言われた通り向かい合うようにして俺も胡坐を組んだが、自然と少し見下ろす体勢になった。物を教わるのに、歳も体のデカさも関係ねえ時はねえんだよなぁ、と不思議な気持ちになった。


「お前さんがさっき幹から採ったのはワタリだな。昔っからよく、ヒラタケとかムキタケとか、シイタケとかとも間違えられる。食うと苦しんで死ぬ」

「死ぬ」

「死ぬ。運が良ければ十日激痛意識混濁くらいで済むぞ」

「そんなに怖こえぇモンが食用に似てるのか……どうやって見分けるんだ?」

「闇の中だとほんのりちょっぴり光る……ことがある。ゆえにツキヨタケともいう。それと傘の裏とか割った中身に薄黒い染みがあるが……無い場合もある」

「どーすんだよ」

「疑わしきは食わず、それしかあるまい。玄人なら臭いも違うと言うが普通は判らんな。しかしほれ、コレは判り易いぞ。柄を割った辺りが黒い」

「ほう」


 男は次々に解説した。俺がナメコだと思ったのは小さいカキシメジだったし、採らないでおいた白いキノコこそはヤマブシタケといって食えるものだと教わった。和え物にすると絶品なんだそうだ。
 その後は男について山を歩き、共にキノコ狩りをした。改めて観察すると生えているのはなにも毒アリばかりではなかったから、俺には相当見る目がなかったってことだ。傘の裏がまっさら綺麗なムキタケもあったし、大物のナメコもあった。秋らしくなる前に来れば、バカマツタケがアホほど採れるという耳寄り情報まで得た。


「アンタ、キノコ採りで生計でも立ててるのか?だとしたら取り分も減って悪いんじゃないか」

「いいや、家うちは医者だ。心配しんでも貧しかァない。山に入るのは儂の趣味というか、研究のためというか……それにお前さん、鉢玄さんとこの人だろ。あの人には少し前に世話になったんだ。鉢玄さんにまで食中毒で死なれちゃあ泣いちまわ」

「ハッチに?世話に?」

「ああ、飼い猫が具合悪くしたときに診てくれたんだ。衰弱しきってたってのに、すっかり元気になった」


 ハッチのやつ、ったく何時の間に人間と……でもあいつ猫好きだし、なんかもう仕方ねえか。関わらないでおくのも諦めるとするかね。いざとなったら、遠くに越せばいいんだしな。


「アンタ名前は?俺は愛川だ」

「………………神山かみやまという」

「何だよ今の間は?まさか偽名か?」

「違ぁわ。間違えそうになったんだよ。最近変わったっけから」

「変わった?家に入ったのか」


 男、改メ神山は頷いた。医者の家に養子入りねぇ。よっぽど頭が良くて、見込まれでもしたんだろうか。……と、そう考えていたら、神山は見透かしたように今度は首を振った。


「儂は生まれつき体が弱くて、立って歩くようになる前に重い病気をしたらしい。それで生家から今の家に預けられて養ってもらっていたが、戸籍の手続きは何もしてなかった。だから言っちまえば実の所、養子でなく居候だった」

「養子の体ていではあったが苗字を変えていなかった、と」


 神山はまた頷き、えっちらおっちら確かな足取りで山道を上がっていく。現在はもう体は何ともなく健康そのものみたいだ。丈夫に育ったようで何より。


「そんで、なんでまた今更になって手続きを?医者を継ぐ気になったのか?」

「……お前さん察し悪いな。結婚したんだよ、そこの家の娘さんと」

「あぁ成程、おめでとうさん。養子入りじゃなくて婿入りってことかよ、ケッ、妬けるねェ……しかし、義理の兄妹になってなくて良かったな」

「あー、儂もそれは熟々つくづく思う。血は繋がってないから特例で結婚はできるにしても、世間体とか……好き合ってるのに一緒になれないときら、まぁ死にたくなりそうだ」


 他にもあれこれ駄弁りつつ歩いていたら、もう山頂近くまで来ていた。神山のお蔭で籠は食えるキノコでいっぱいだ。
 このまま行けば浦原たちがいるあの屋敷が見えてくる。俺は「そろそろ下りるか」と言ったんだが、神山は「まぁ待て」と耳を貸さない。


「せっかく上まで来たんだ。見せたいものがある」


 神山は歩みを止めず、とうとう天辺の屋敷の門を潜った。すると、浦原たちの霊圧が慌てたようにピュウッと遠ざかっていくのが感じ取れた。ハハッ、家主を喪って無人であるはずの辺鄙な敷地にこうも躊躇なく入っていく人間がいるとは、思いもしなかったんじゃないかねぇ。


「ここ空き家だろ?堂々空き巣か?」

「何を言うか、またまた違うわ。ここは儂の生家だ」

「なっ……ここがお前の家だって!?……嘘だろ……」

「何を驚くか。ここにある家系図にも儂の名が確とあるぞ、嘘なんぞ吐いて何になるってんだ」


 神山は勝手知ったるように縁側から上がり、俺を広い書斎へと案内した。


「父は剣術の師範代だったが、大変な読書家でもあったそうだ。ここに収蔵されているのは辞典、指南書、物語集、詩集、風土記、歴史書……絵巻物や御先祖の日記なんかもある。それから、こういう図鑑もな」


 絵図付きでキノコや山菜の仔細を説いている書だけでも全五十巻以上あった。こりゃスゲェ、リサがこれを知ったら「やっぱしコッチに住む」とか言い出しそうだ。


「気になる蔵書があれば、好きな時に来て好きなだけ読んでいくと良い。人に読まれず仕舞っておかれるだけの書物以上の宝の持ち腐れはこの世に無いからな」

「……なぁ、もしかして偶に掃除とかしに来てんのか?」

「……ここに暮らしていた父と姪が天に昇っていたと知ってからは、そうしようと思っていたんだが……『そういう雑用ならどうか任せて欲しい』という男がいたんで、そいつに頼んでんのさ」

「へぇ?どんなやつだい」


 ――それってまさか浦原だったりしねえかな。あいつは口達者だからなぁ、上手いこと言い包くるめられてたりして……?


「父に拾われ、ここで世話されていた男らしい。住み込みで弟子やってたからか剣の腕がそれは達者でなぁ、用心棒として取り立てられて、一度は都へ出たそうだが……今の時世に加えて、元来別の仕事をしたかったとかで……去年、暇を貰って帰ってきたんだと。麓に自分で小さい家を建てて、今じゃあご近所さんよ」


 ――ち、違うみてえだな……何だ、じゃあ浦原たちはその男からも隠れ隠れ、この屋敷に勝手に住んでんのか?危ない生活してんな、オイ。


「儂もその男も時々ここへ来るようにしているが、それでも人の住まなくなった家は朽ちやすくなるもんだ。愛川も山小屋か何かと思って、まぁ自由に使ってくれ」

「そうか……そう言う事なら、今後とも遠慮なく寄らせて貰うぜ」

「ああ。そうしてくれっとありがたい」


 それから暫し共に居座ってから、日が暮れてくる前に屋敷を後にした。そのとき俺は遠くの木陰からこちらの様子をそっと窺っている浦原を見付けて、神山に気付かれやしないもんかと内心ヒヤヒヤした。目が合った気がしたんで軽く手を上げてやると、向こうも小さく手を振ってきた。仲間内では色々な意見があってギクシャクしちゃいるが、俺個人はアイツには感謝している。だから、そんなにいつもいつも、申し訳なさそうにしていなくていいんだがなぁ。

 これ以降も俺と神山の縁は細々と続いていくことになるのだが、それはまだ語らないでおく。


山の譜もと暮くらし


 仮面の軍勢明治奇譚、夢小説になってない幕間その四。『このほの』本編34話『星になりせば』にて主人公さんが語った親戚の叔父さん、それがこの男・神山なのでした。タイトルは「灯台下暗し」の捩りであり「麓に暮らしている」のと「日が暮れる」のと「系譜」を掛けましてなんやかんや。
 瀞霊廷に存在する『眼鏡の銀蜻蛉』は百年の昔から時代の最先端を征き、イケてるサングラスの品揃えも豊富で男性死神に大人気!百年先では射場隊長に阿散井副隊長も御用達!銀蛞蝓でも銀蟷螂でもない。
 冒頭で平子隊長が言及している「スミさん」というのは、当サイトオリキャラ南舘沢子の母・澄子さん。元五番隊副隊長という設定。この辺のお話は外伝二でやる予定。
 ……ハロウィン?明治の日本にそんなもんはない!

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8/12/72
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