2022/11/30〜12/31
語り手:平子真子



 現世の雪国の十一月を正直ナメとったわ。


「……寒サッッブ!!」


 さすが“霜月”言うだけあんねんな。サラサラ靡なびく黄金こがね色から禿茶瓶はげちゃびんなって久しい田んぼには、一面びっしり霜柱たっとるし。
 食いモンの問題は皆で協力してやったから何とかなるとして、暖の取り方も工夫せな。囲炉裏に火鉢の周りをなんやかや、ガタつく襖ふすまのスキマ補修、破れた障子は貼り替えて……って。待て。そもそもオレの着とるモンが夏のまんまやねん!まずそこからやんな!?


「つーかオマエらは何時の間にあったか〜い服とか手に入れてん?」


「アタシは自分で街に出て稼いだ金で買った」
と、それも一緒に買って来たのか春画集から目を離さずにリサ。

「あ?俺のコレか?村の祭りの大工仕事で給金が出るって聞いたから参加してきたとき、金の他にも『支給品だ』って棟梁から貰ったやつだぜ。奥さんが見習いのやつら皆のぶん縫ってくれるような親切な人みてえで、ぽっと出の俺の分まで」
と、昼メシに煮る南瓜を素手で二つに割りながら拳西。

「ワタシのは大きくないといけマセンので、何とかして自分で作るつもりだったのデスが……先日、たまにお手伝いしている診療所の方々が、それぞれ持ち寄った厚手の掛布を縫い合わせた素敵な服を贈ってくれマシタ」
と、すっかり“頼りになる鉢玄さん”で通っている人気者のハッチ。

「ああ、神山のところの手伝いの女の子たちか。ははっ、ハッチはモテるなぁ。俺は神山から親父さんが若い頃に着てたっていうお古を譲って貰った。ちっと丈は足りねえが、まぁ着られないことはない。体格はそこそこ良い方だったんだな」
と、こっちもちゃっかり現地人と親交を持ち始めた羅武。

「聞いて!あたしとひよりんはね、あっちの川の近くのお家うちの仲良し大家族さんから貰っちゃった!なんにもしてないのに!ねぇ優しいでしょ〜!」
と、赤い綿入れの袖を伸ばしてハシャいでくるくる回る白。

「……ウチと白が毎日クシャミしながら魚釣りに行っとったからやろ」
と、恵んで貰ったクセに不満そうなひよ里。


「貧乏で可哀想な姉妹がおる思てお下がり分けてくれたんやろなァ〜……ちゃあんと『ありがとう』言うたか〜?」

「当ッたり前や!クソムカつく顔すんなやシバいたるぞコラ素す寒貧かんぴんハゲ!!」

「たっ、ただのハゲでもヒドいのに今の俺に的確な飾りつけんなや!」

「やかましい素寒貧ハゲやなハゲ!黙りィ!」

「ちょっ……っお、コラ!上着でバタバタ風おくんな、囲炉裏の灰っ……がアー!」


 このあと二人とも羅武に拳骨くらって、暫く静かぁに囲炉裏端の掃除をしました。


「ハァ……で、ローズはどうなん?」

「前に話したお婆さんの話は覚えてる?……というか真に受けて貰えたか分かんないけど……そのお婆さんの家から、必要な分だけ服も頂いてきたんだ。今ボクが羽織ってるやつ、多分お婆さんの息子さんか旦那さんのじゃないかな」

「ほォ?ローズが着ても問題ない大きさなんやったら、俺も十分大丈夫やんな?」

「そうだね。確かまだ箪笥にあったと思うから、シンジもありがたく拝借してきたらいいんじゃない?」

「ん〜……じゃ、そうさせてもらうかのォ」


 今頃は流魂街の何処かにいるであろう、よう知らんバアさんに感謝して手を合わしとく。そんで今日の午後からは、その空き家に行ってみることにした。

 ――それがまさか、こんなコトになるとはなあ!


「コッチ来てから全然出て来んかったからって…ウッ…く……油断しとった俺も俺、やけど!」

『オオオオォォ゛!!』


 こんな虚、いつものオレやったら中級鬼道一発くらいでええような奴やんけ!やのに、状況は最悪中のサイアクや。下手したらここで人生終了かもしれん。アーア、この手の中にある一着の褞袍どてらのために。
 今この誰も住んどらんポツンと一軒家におんのは、おっそろしい剣幕の虚と、ソイツの霊圧に反応してか内なる虚が暴れだしよって抑え込むのに精一杯になっとる俺だけ。ハッチはデカい霊圧遮断結界を維持し続ける練習する言うてたから、留守番しとる連中は離れたとこで俺がこんな目に遭っとることに気付けんハズやし。一応斬魄刀は差してきてんけど、今コレ抜いて一振りできるほどの余裕すらない。背ェ向けて廊下走って逃げるのでギリギリや。
 クソ、息苦しい、頭痛い、出てくんな、オレの体や、虚オマエのやない……!てかこの家、広っ!虚も中で走り回れるってどんだけやねん!あぁもう、こんなときでもツッコまずにいられん性サガなん、我ながらナンギなやっちゃな……!


「……あっ!」

「ハ!?なんで人間……!?に、逃げェや!!死にたないやろ!!」


 襖を蹴破って出た廊下の突き当り、俺の行く先に見知らぬ人間が立っとった。見た感じパッとせえへん、何処にでもいてそうな黒髪の男。


「何だか死にそうなのは貴方のほうでしょう!いいから、とにかくこっち!」


 迎え撃つようにそこに立っていた男は、俺の腕をガシリと掴んで引っ張った。流れに流され、取り敢えず一緒に走るさなか、男は時々背後を振り向く。何かとの距離を測るように。追いかけてきとる虚のことを、睨みつけとるかのように。


「まさか、アレ見えて……!?」

「! 俺以外にもユウレイとか見える人!いたんだ!どうも初めまして!」

「こんな場面でにこやかにゴアイサツ!?」


 肝が据わってんのか能天気なんか判断つかんわ、何者ナニモンやねん。どエライ変わり種きよったな?ナンジャモンジャか?


「とにかく外へ誘おびき出しましょう!屋内では太刀打ちできませんので!」

「なっ……出れたらオマエ、倒せるんか……!?」

「正直わかりません!でもここで太刀振ったら、まず天井に刺さっちゃいますから!そういう意味で!」

「なん…でやねん……!」


 こんな時でもボケかませるのがオレ以外にもいてんのかい。二人漫才、組んどくべきか?
 卓に膝をぶつけて、置いてあった鍋ヤカンを盛大にガンゴン転がしながら台所を駆け抜け、裏口らしい扉から外へと脱出した。そして二人同時に恐々と振り向けば、その戸口の縁に、赤茶色でシワい大きな手が掛けられたところやった。


『オオォ……返せ……返せェ……!!』

「しかも喋れるヤツだったんかい……!」

『泥棒どもめ……!さぁ、どちらから喰らってやろうか……ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な、山の神様の言う通り……』

「天の神様やないんかそこ……」

『赤トンビ白トンビ……』

「トンボでもないんかい……!」

『や・や・や・の・や』

「やややてナンや!?ぷっぷっぷやろ!?」

「えっ、ぷぷぷですか?この辺ではやややですよ、ぷぷぷこそ聞かないです」

「地域差ァ……!」

『決めたぞ……金髪のお前から喰ってやろう!』


 ドスドスと荒い足取りで虚が近付いてくる。逃げようにも四肢がうまく動かせへん。チクショウ、もう何もかもアイツのせいや……藍染……!


「……ッ…クソ……アカンわ、眩暈めまいしてきた……」

「わ、キンパチさん顔色真っ青ですよ!や、休んで、待っててください。大丈夫です、俺が何とか……!」

「……キンパチて……誰やねん……!」

「すみません!金髪って言いたかったんですぁ噛みまみた!」

「カミッカミやん……どこが…ダ…ダイジョブぅや……」


 俺は地面にろくに手も付けず、とうとう顔から倒れ伏した。もう、どんなに無様だろうが、どうにか内なる虚を抑え込まな。そんで、そこにいる虚もこうにかせな。この人間やって、巻き込んで死なせる訳にいかんのや……!
 目ェ開けても、視界に黒いシミみたァのが滲んできよってよう見えんわ。クラクラする。気持ち悪い。そんでも、ここは踏ん張らな――。


「……スゥ……ハァ……ふぅ。大丈夫。大丈夫ですよ、金髪さん。俺、前にも一度、退治したことありますから!」


 男の声は、些かまだ震えている。しかし真っ直ぐ強い目で虚を見据えて、自身の腰に差していたらしい刀を抜いていた。でもソレ、斬魄刀やないやん。ホンマか?ホンマに斬れるんか?俺の貸したってもええんやけど……アァ、駄目や。声にならん。


「よし。……よぉし!羆よか……恐くないッ!!」


 ザッ、と土を蹴る音がした。次いでガキン、ズバッ、と競り合う剣戟の音。攻防の音。男の悲鳴はない。
 やがて聞こえてきたのは、虚の断末魔だった。


「……御免。成仏してけろな、キチベエやん。彼岸あっちできっとまた、サネさんに会えますように」


 優しいような悲しいような、そんな声で男は独り言ちた。その頃には俺もやっと内なる虚を抑え込めててんけど、もう疲れきってもうて、男がどんな表情でいるんかも窺えんまま、意識を落とした。


――――――


「…………あ。気が付きましたか」


 目覚めると、場所は変わっていなかった。外。あの裏口の前の、少し凹凹した地べた。男は、寝転がる俺の隣に座っていた。人間からしたら随分とんでもない出来事やったろうに、見掛けは平気そうにへらへら笑っとる。


「……どんくらい経った?」

「まだそんなに。ほら、まだ陽ひもあるでしょう」

「……そーみたいやな」

「こんな所に寝かせたままですみません。診療所まで運んであげたかったんですけど、俺もちょっと疲れちゃって」

「ええで、気にすんな。つか腕凄いんやな?ホロ……化けモンをただの刀一本で倒すやなんて」

「いやいや、死ぬかと思いましたよ。三度目はもう懲り懲りです」


 男は幾つか掠り傷を創っていたが、何も支障なさそうにしとる。そこいらの新入り平隊士よりは余程やる。オレがまだ隊長やったら、スカウトしたったかもなあ。


「なぁ、一度目って何時いつやったん?」

「……うーん……四年前になりますかね。ほら、あの大地震があった年」


 現世にいなかった俺は全然そのこと知らんのやけど、男はソレを知らぬ者など当然いるはずもない、といった語り口で続ける。


「俺はあの時はお江戸……東京府の方で仕事してまして。この故郷が心配になって、年末に一度帰ってきたんです。そしたら、この辺は地震の被害はそこまででもなかったけど……俺をずっと世話してくれた……恩人みたいな、家族みたいな人たちが、別の理由でもう亡くなっていた事を知って」

「そら、ご愁傷さんやったな……」

「はい。手紙の返事が暫くないのも、元気の便りってやつかなぁ、と……楽観してたんですけどね。馬鹿でした。実はあの時、俺も後を追おうか、なんて考えたりもして」

「オイオイ」

「ハハ……でもすぐにやめましたよ。だってその時その場で、急にさっきみたいなやつに襲われて、それどころじゃなくなりました」


 男はへへへと笑いながら、指で耳の辺りをチョイと掻いた。それから、自分の腰の刀の柄を撫でるように手を添えた。


「死のうと思ってたくせに、なんか必死になって抗っちゃったんですよね。手近な所に置いてあったこの刀を、気付いたら手に取ってて。なぁんだ、俺にはまだ死ぬ覚悟がなかったかぁ、って思いました」

「他人事みたいに言うやんけ」

「不思議な感覚ですけど、まさにそうでしたね。我が事ながら、何故か客観的に考え直せました」


 男はよいしょと立ち上がると、「はいこれ」と褞袍を手渡してきた。俺がこの空き家の箪笥から、ありがたく拝借しようとした褞袍や。


「ええんか?……此処におったって事は、多分この家に住んどった人の縁者なんやろ?」

「ああ、この家ちょっと昔まで商いやってたんですよ。俺は子供の頃から度々おつかいに来てたもんで、ご夫婦には可愛がってもらいました。ほんとそれだけで、血縁とかではなく」

「そういやさっき名前も呼んどったよな。……アレがここの爺さんやったって、気ィ付いたんやろ」


 俺もどっこいせと立って目線を合わせて訊けば、男は困ったように笑った。
 元は普通の人間だった魂魄が、救われずに苦しみ、堕ちてああいう虚になる。その事を人間が知ってしまえば、相当な衝撃と心労を負うに違いないんや。目の前の男は、どうも何でも笑って誤魔化そうとする節があるみたいやった。


「あの童唄わらべうた、『ここらではこうなんだぞ』って俺に教えてくれたのがキチベエさんだったんです」

「……気持ち、しっかりしぃや」

「はは、どうも。しかしまぁ……殺されそうになったといえど、これが中々嫌いにはなれません。俺も、いつか死んで悪霊に堕ちたりしたら、ああなるのかなぁ……とか考えると余計に……」


 男の背が若干丸まった。褞袍を握る手でそこをバシンと叩いてやる。すると「いてっ」と零して、またへらへらと笑った。剣の腕っぷしの割には、覇気のないやっちゃなァ。


「そんなん心配すな。お前が死んだら、そん時ときゃちゃあんと神サマがお迎えに来てやる」

「『来てやる』って……あははっ、なんか日本語おかしくありませんか」


 今度のはちゃんと面白くて笑ってる感じか。でも何かなぁ、コイツ今日このまま放っとくと、また変なこと考えそうやしなァ。


「細かいトコ気にしィな!えーからホラ、もっと寒くなる前に帰んで!せや、お前もオレんちで一緒にメシ食うか」

「ええっ 悪いですよ」

「ええってナンや、ええって言ってんやからええんや」

「関西弁ってややこしいなぁ」

「やっこくないわ!」

「『やっこい』はこの辺だと『柔らかい』の意味です」

「『やっこい』がやっこいわ!!」

「ぷっ……ふふっ、あはは!」


――――――


 義骸に入っとるオレらは、地元の人間とは極力関わらんようにすべき。……とかいうルール、主だって決めたのも破ったヤツ責めてたのもオレやったのに、堂々と家に人間連れて帰ってくる第一号になったもんやから、その人間の見てないスキに仲間から背中にバシバシ総ツッコミ喰らった。多分、脱いだら手形がいっぱい付いとるわコレ。比較的優しかったんはハッチとローズ。それ以外は容赦ナシ。白なんかは新しい遊びだと思ったのか「あたしもやるー!」って連打。なんでやねんアホ。


「どうも皆さんお邪魔します、御馳走になっちゃってすみません」

「いいよいいよ!今日はなんとドジョウ釣れたからドジョウ鍋だよ!どぜう!」

「わぁ凄い、ごちそうだ!いい匂いですね」

「味付けはけんせー!」

「おう、よそってやるから椀よこせ。えーと……お前、名前は何てんだ」

「そういえば名乗りもせず、失礼しました。俺は楠山克晃かつあきっていいます」


 拳西は受け取った椀を手から滑らして、囲炉裏にかけた鍋の中にボッチャン落っことした。オイコラどうした、何しとんのや。どじょう掬いやないねんぞ。らしくなく超マヌケっぽい面ツラ晒しとるやんけ。拳西、面白オモロ。


褞袍どてら未使用かな


 仮面の軍勢明治奇譚・第五弾でした。この仮面の軍勢シリーズ、夢小説といえる要素はご家庭の大鍋でパスタを茹でる際に湯に投入されるひとつまみの塩加減にも満たないほど薄い。薄いですね。しかも続きモノなので単品だと意味不明、ですがそこはゴメンナサイと御愛嬌。
 このお話と合わせて過去拍手ログseason1の一角さん回とseason3の浦原さん回、更に本編3話・5話・24話あたりも今一度ご確認いただきますと、点と点が繋がってハッピーになれる……かもしれません。
 さてこれはまた言い訳になりますが、ここに載せるお話ってば大体が本編では語らずとも大筋には影響の出ない裏話であり、筆者の自己満足裏設定チラ見せミニ劇場……みたいなものなので……あ、あくまで!オマケ!なので!どうか解りづらさには御目をお瞑りに、寛大にご容赦くださいますと幸いです。この先もずっとこんな調子を貫くであろう一介の二次創作サイトですが、今後とも何卒よろしくお願いします。

prev - bkm - next
7/12/72
COVER/HOME