2023/2/28〜3/31
語り手:六車拳西



 小春日和だ。裏の畑の方から梅花が香ってくる。じき昼になれば満開になるだろう。
 白い手拭いと褌と寝間着やらを、ぱんと広げて竿に干していく。単調な生活の一幕は、常であれば無心のまま過ぎゆき、気付いた時には終わっている。それがどうだ、このところは動作一つ一つの合間に手が止まる。白昼夢中に堂々巡り、考え事で隙だらけの有様でいた。

 それもこれも、“ひでり”のせいなのだ。

 言ったように、今日は小春日和だ。真夏じみたカンカン照りで参ってるっつう訳じゃない。暑くて頭が働かないのでもない、寧ろ涼しくてガンガン回っている。さてと迂遠になったが、とどのつまりこれは天気の話ではなく――……何の話だ?……んん。多分、人の話ってことでいいんじゃねえか。
 良いのか悪いのか、現世での暮らしには随分と慣れた。ここらの人間たちと世間話を交わすこともある。その中で度々耳にするのが“旱”という故人の名だ。嘗て玲瓏山もゆらやまにあった剣術道場の主であり、そしてあの・・楠山沙生の祖父らしい。
 楠山旱。既に亡き老爺。赤の他人。姿も声も知らねえが、俺はその名を知っている。思えば現世に来る前から何度か見聞きしていた。

 曖昧な記憶を探れば、まず山本総隊長の口から聞いた。俺がまだ席官だった頃に大通りで声を掛けられ、何かと思い身構えれば「旱という者を探しておるのじゃが知らぬか」と。ただの人探しかと気が抜けたし、覚えのない名前だったから「存じ上げません」とだけ答えた気がする。
 九代目剣八だった佐郷隊長とサシ呑みしたときにも聞いた。酔った彼はよくその名を挙げては笑ったり泣いたり、とにかくソイツの話をするのが好きみたいだった。たまにソイツを男であると定めて話を聞いていると少し引っ掛かることがあって、もしかして女なのか?と考えたこともあった。だって男に対して「料理上手で可愛い」ってあんま言わねえだろ。べつに家庭的な男がいてもいいし、大抵のやつは部下や後輩を可愛がるもんだがよ。言ったのがあの佐郷隊長だから余計に変な感じがしたというか。まぁ、大半は「アイツ強えんだ」って話だったが。

 他にはそうだ、志波隊長からも聞いた。あの人は自分の甥っ子に、師として剣を教えていた。甥っ子の名前は確か一心とかいったか。「隊長ー!!」って大声を上げながら瀞霊廷中を探し回る様は十番隊名物だとか言われてたな。或る日に俺はその爆速名物君と擦れ違い、直後に悠然と歩く志波隊長とも擦れ違ったことがあった。「ん?」って思うよな。あのお騒がせ名物君、探し人のこと追い越してったのに気付かないで行っちまったのかよって。俺は思わず志波隊長に「追いかけなくていいんですか」と話し掛けた。そしたら彼は「あぁ」と小さく笑って、「とんだ頓馬だが足は速い。なら、一周してまた来るのを待つ方が早かろ」と言い切った。意外と茶目っ気もある人なんだなと思った。
「走りたくない気分ですか」
「言ってしまえばそうさな」
「彼の目下の課題は探知能力なので?」
「出来る筈なんだが、おこたってるな。俺が毎回大声で返事してくれると思ったら大間違いよ。なぁ君、暇なら頓馬の与太郎を待つ間の話し相手になっちゃくれんかね」

 志波隊長は飲み会なんかの集まりには中々出て来ない人で、だからそれは俺にとって滅多にない機会だった。次期総隊長になるとしたら彼だという声もチラホラあり、彼の強さには前から密かに興味があった。駄目元で「一度だけでもいいからどうか戦闘の御指南を」と乞い、快く了承してもらえたときには素直にたかぶったものだ。
「応。九番隊の気鋭の急先鋒がどう戦うか、こちらもとくと見せて貰おうか」
 以降、時たま相手をしてもらうようになった。そうして解った事といえば、黒く研がれた彼の他を寄せ付けない強さと、本当に自分からは自分のことを話さない人なんだということだ。ゆえに交わした会話というのも、俺から質問することが多かった。色々訊いたが、その内で今こそ気になるのは――
「俺の師? 重國殿は恩師ではあるが……『剣の師か』というとそうでもないな。俺のは我流だ。元字塾出身者とは揮い方もまるで異なろうよ。然し――俺の師ではないが、あれこそ“剣の師”を名乗るに相応しかろうという者に最近出会った。瀞霊廷では知らぬ者ばかりの、旱と言う名の日陰者よ」

 ……俺が隊長になった後もだ。九番隊舎を改築することになったときに屋根裏から出てきたさして大きくない木製の芳名板で見掛けた。それは何故か七代目剣八の『刳屋敷剣八』から始まっていて、末尾に件の名があった。昔聞いた佐郷隊長や志波隊長の話に出てきたヤツだろうか、と首を傾げたものだ。

 そもそも各々方のいう“旱”が同一人物なのかどうかも疑わしい。
 それぞれただの同姓同名、偶然だというのも無い話ではないが、俺の第六感は「無関係なはずがあるか」と卓袱ちゃぶ台を返す勢いだ。浦原に訊けばいい案件なのだろうとは思うものの、気は進まない。ろくに話したことがねえって事情はこの際おいておくにしてもだ。素直に教えてくれるタマなもんかよ。
 藍染に嵌められて逃亡した先の現世で当然のように提供された最初の拠点が沙生の実家でしたって何だそれ。聞いてねえ。何も知らねえ。全然わからねえ。俺はただ、流魂街で見たアイツの剣の腕を見込んで九番隊に勧誘しただけで、それがまさか旱と言う名の男の孫だなんて思いもしなかったぜ。

 なァ、沙生。旱って何者ナニモンだ?

 快晴の空に翳りは無い。洗濯物は日向に晒され、その陰には影が差す。日なかの影法師の色は薄く、いわく日陰者の輪郭もまた然り。不確かであることばかりが確りと判る。
 お前に再会して真相を問える日は来るんだろうか。何処で何してる。流石にもう霊術院には着いたか?取り敢えず、九番隊には入んねえでくれるといいんだが。


魂消たまげたまさかたまさかまたか


 仮面の軍勢明治奇譚も残すところあと三回(たぶん)。カラッとした日和とは対の如しに悶々靄々する六車隊長をお送りしました。“旱”の謎は『このほの』本編第二章のどこかで明らかにできると思います。
 小説の更新そっちのけでアニ鰤とそれに関わるアレソレの感想文なんかも書き溜めているのですが、それも千年血戦篇第一クール放送終了後の年始に纏めて投げておくつもりでいたのに気付けばもう春ですね。わぁ。お蔵入りにする気はないので第二クール放送開始前までには何とかします。毎日が忙しなくエブリデイ。
 最近の自由時間には、コンスタンティノス陛下と利休さんでオフの術ギルを殴ったり(FGOバレンタインイベ)、ヒロアカのアニメをぶっ通しで観たりしています。一作品内においての最推しが主人公になることは極めて珍しい私ですが、立派なデクくん推しに育ちました。
p.s. KO三年目のバースデーメールはやちるちゃんにお願いしました。Yeah!

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