2023/3/31〜4/30
語り手:握菱鉄裁



 おや、お帰りなさい浦原殿。新年早々夜一殿に続いて貴方までお出掛けとは驚きましたが、しっかりと留守を預かりましたぞ。如何でしたかな、東京旅行は。……その手にある物は?おお、これはすあま・・・ですな。そうですか、沙生殿の許婚いいなずけだったというあの克晃かつあき殿お手製の……ふむ?「課された条件が未達成だったらしいから違う」?「あの子に結婚とかの話はまだ早いし」?……そうは仰いますが、沙生殿だって既に成年でしょう。それに聞くところによると現世こちらの法では女性は十五から結婚できるとか……フ、いや失敬、まるで彼女の父親か兄かというような反応をされるものですから。
 さて、では時間もちょうど良いですし、早速そのすあまを茶請けに一服するとしましょうか。実は、湯は沸かさずともあちらの方に――いえ、茶はきちんと清水で淹れますが。

 ほう、私が山で新たな源泉を掘り当てていた頃、貴方は東京でそのような。『鼠を売って牛を買う』とは、何やら諺じみていて面白味がありますな。鉄道も電気駆動になろうかというご時世ゆえに牛馬は幾らかお安かったのでしょうが、それでもなかなか。……なんと。……ふむ、ふむ。そうでしたか。ほほ、それはまた、いやはや、愉快な事件に巻き込まれたものですな。
 賽銭泥棒と誤解されることから始まり、若い警察官と喧嘩しながら真犯人の足取りを追う、その最中、別件の連続殺人事件にも首を突っ込んでお嬢さんを助け、以前上りの鉄道でたまたま乗り合わせ和製漢語談義を交わした御仁と偶然にも洋食屋で再会、そして店の奥まった席では犯人が盗んだ銭でライスカレーを食べていた……。一本、旅行体験記でも執筆されてみては?捕り物の場面なんて、まるで創作劇のように見事なオチではありませんか。まさか貴方が横から一本取られ、しかも決め手が凮月堂ふうげつどうのぼりになるとは。そしてその後は御仁との今生の別れを、帰り際の警察官との遣り取りなども、感動的なのに、その場に牛も一緒にいたと思うと絵面がどうにも――。
 それにしてもこのすあま、美味ですな。……克晃殿が今度は近い内に牛乳入りの菓子を作ってみる、と?それは楽しみですな。

 私の話も……ですか?特にこれといった事もなく、貴方のお話の後では何を話しても負けという気もしますが。そこまで乞われるならば、語るとしましょう。

 ええ、掘り当てた温泉の整備をしていました。水道を引き、裏手に露天の岩風呂を造りましたぞ。貴方もこの後はそこでごゆるりと旅の疲れを癒しなされ。今月の頭にはもう完成させておりまして、それ以降は何事も……ああ、いや。一つ。
 あれはそう、つい先週、麗らかでき日のことでした。
 白々明けに、ひとり朝風呂に浸かり、さやけき風情を堪能しておりました。周りの花芽に南風も吹いて、穏やかで実に気持ちが良く、夢のような一時でしたが、まさに夢かと思うような出来事があったのです。その、鳥と、話しまして。おっとどうされましたかな。すあまを噛む口が止まっておりますが。なにか硬い欠片でも入って……「滑らかでとってもおいしい」?それはなにより。まあ信じられぬ気持ちは解りますが……いいから続きを?はい。
 あの辺り、梅や桃の木があるでしょう。草むらも並々と、虫たちも多くいて。ですから様々な鳥を見掛けるのは毎日のことで、特別に目に留めるようなこともなかったのです。しかし、その鳥は真っ白く。花弁の敷物を踏み踏み、頭上に咲き誇る花々を見上げながら、優雅に歩いていたのです。私には、その鳥が餌を求めてやって来たのではなく、人間のように花見を楽しんでいるように見えました。それで思わず、「美しい春が来ましたね」と、つい声を掛けました。すると、「ええ、本当に綺麗、また見られて嬉しいです」、と――


――――――


「久しくご覧になっていなかったのですか」

「そうですね、似たようなものは居た所にもありましたけど……それでもやはり、この山の春は何物にも代えがたくて」

「私は初めて目にしました。これほど素晴らしい景観でも名所として数えられず、人に知られていないとは」

「ええ、麓にお住まいの方がお参りの序でにお花見されるくらいです」

「なかでも、いま貴方が見上げている梅の花は可愛らしい。ふわふわと羽根のようで」

「ふふ、そうでしょう。“塒出とやでの鷹”という品種です」

「お詳しいのですね」

「どれを植えようかというとき、色々と調べたものですから」

「ところで、貴方は……鷹…ですかな?」

「え?私は――……。…………あっ。……あっ、と、今は鳶だった、ええと、しゃべる鳥ってなんでしたっけ、七面鳥、」

「惜しい、ならぬ美味しい、というところですな」

「そうだ、きゅ、九文鳥!」

「混ざっておりますぞ」

「ああ、わわ……わーっ!!」

「! お待ち下され!」


――――――



 ――そのまま飛び去られてしまいました。「捕まえて欲しかった」?……確かに、とても気になります。人の言葉を話す鳥とは。私も引き留めようとはしたのです。もっと話してみたかった、というのもありますし。
 風呂を中心として、咄嗟に円環状に霊力を巡らせ、壁の輪を張って行く手を阻みました。隙間なく分厚く強靭に、細菌一匹通さぬようなものを。今になって我ながらどうかとも思います。元大鬼道長が鳥を相手に本気を出すなど。しかし鳥ですから、八方塞がろうとも、上に飛ぶことができるでしょう。無論、私はすぐさまその結界に蓋をしようとしました。ところが見込んだ以上に飛行速度があり、上から逃げられぬよう、壁の高さを迫り上げることに必死になりました。私が慌てて湯から立ち上がると、先方はザパンという音に気を取られたのか、一度こちらを振り返りました。それからはもう、一瞬です。「キャー!」と甲高い叫び声を上げたと思えば、音をも超える速さで彼方へと……何ですと?「ボクの知ってるヤツじゃない」?「態度も語調も違いすぎ」?

 はて、世にも珍しい鳥ですが、一羽だけとは限らないのでは?……おや、どうやら打って変わって腑に落ちたご様子。「少なくともその一羽についてなら或る程度正体の予想がついた」、と?流石ですな。

 ほう、ほう。そうでしたか、お盆の頃に鳳橋殿もあの鳥にお会いになっているらしいと。おお、時に先週は彼岸でしたな。現世に纏わる霊的な何か……少なからず関係しているのやもしれません。

 そうです鳳橋殿といえば、貴方が留守にしていた間、愛川殿とご一緒に新年のご挨拶にお越しくださいました。その際、「地区担当の死神がこの辺りにだけ来なくなったのは浦原クンの機転なんだろう?」と訊かれたのですが、私も特にお伺いしておりませんでしたので、説明して差し上げられなかったのですが――……今、なんと?「ナニソレ知らない」「コワイ」……と……仰いましたかな?

 ――とりあえず気分転換に温泉にでも!さあ!さあ!


鉄桶てっとうに蓋なし


 この拍手お礼文season5における一連の話を『仮面・・の軍勢・・・明治奇譚』と呼称して参りましたが、夜一さん、浦原さん、テッサイさんも巻き込んじゃってるし何か別の……やや、コレはもう呼ばらいでか、うん、別にもういいか。
 『浦原喜助の明治東京旅行記』、いつか寄り道の与太として書いてみたい気がしないでもない。でも夢小説というジャンルには掠りもしないお話になるのが確実だ……!
 “塒出の鷹”という梅の花ですが、貴方様も既にご覧になったことがあるかもしれません。こちら、season5のアイコンもそれです。折角ですから、以下に大きな画像も貼っておきましょう。きっと瀞霊廷のどこかにも咲いています。ひょっとすると、身近な公園にもあるかもしれません。梅は種類豊富なので見分けを付けるのも難しいですが、また春の始まりが来たら、探してみるのも一興かと。


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