2023/5/31〜6/30
語り手:久南白



 たぶんあとちょっとで、現世に来て一年になる……かな?

 もう一年か〜早いなァ〜、色んなことがあり過ぎて、目が回ってる内に気付いたらって感じ。
 あたしとしては、追われる身?ってやつになった実感はまだ薄いかも。今んとこ、あたしたちの敵からはまだ見つかってないせいだと思う。藍染の部下っぽいやつが追ってきてる様子はないし、藍染の主張を鵜呑みにした瀞霊廷のお偉いさんたちもそこまで真剣に探し出す気はないみたいだって。「もう死んでると思ってんだろ」って、拳西が言ってた。あたしたちは今なおここに健在!なのにね。

 玲瓏山もゆらやまっていう、現世の北国のどこかにある田舎。正確には、今はその山を下りた麓にある集落の隅っコにいるわけだけど。ご近所には親切な人が多い。あたしとひよりんを姉妹だと思っているらしい桃原さんっていう大家族なんて、よく野菜や古着をくれる。あたしはそのお礼に、川で釣れたお魚をたまにお裾分けしている。
 「じっと竿の引きを待つなんて、ましろにできるのか?」ってみんなから疑われようと、事実、みんなの日々の食卓に新鮮なお魚が加わるのはあたしとひよりんのおかげだもん。フフン、今じゃ名人級だよ!……ひよりんには「納得いかんわ」って認めてもらえないんだけどね。なんかね、「飛んでった鳥とか、流れて来た葉っぱとか、散々好き勝手追いかけ回して満足して戻って来た時に必ず丁度かかってるとか、なんやそれズル!」だって。ズルじゃないもーん。運も実力の内って言うでしょ?

 そしてあたしは今日も、ちょっとムーッとしたひよりんを川辺に置いてきて、一人でお散歩している。緑がいっぱい、この辺りはホントにいいとこだなぁ。地元の人たちは「何にもない」って言うけど、のどかで、きれいで、しかも優しい人がいっぱいって、それっていいとこだよ。もしかしたら、瀞霊廷にいた頃よりのびのびできてるかも。
 ご飯の前にこっそりお菓子を食べても、目聡く見つけてお小言を言ってくる人はいないし。あたしが誰かに何か物をあげるとき、「もらえないよ」「いらないよ」なんて返ってくることもないし――。


「白ちゃん!こんにちはー!」
「どうもこんにちは」

「……あっ!こんにちは!」


 いつの間にか足元ばかり見ていたせいで、声を掛けられて初めて気づいた。向こうから、あの大家族さんちの四女のカナコちゃんと、何ヶ月か前に真子がウチに連れて来て一緒にどぜう鍋をつついた克晃かつあきくん(あたしはあだ名で呼ぶことの方が多い)がこっちに来ていた。周囲の景色を見てみれば、川からはだいぶ離れた所まで来てしまっていた。隣村へと続く、玲瓏山とは別の山の登山道の入口あたり。


「この辺で白さんを見掛けるの、珍しいですね」
「今日はひよりちゃんと魚釣りじゃないの?」

「ううん、でも今日はたまたま、遠くまでお散歩してみたくなっちゃって!」

「あはは、やっぱり自由だね!そうだコレ、隣村の叔父さんから玉菜をたくさん貰ったの。あとで、お父さんがひよりちゃんに持ってってあげると思うよ!」

「わぁ、いつもありがとー!」

「俺は砂糖を買ってきた帰りなんです。饅頭がうまくできたら、またお裾分けに伺います」

「ありがとー!かっつんのお饅頭、みんなも大好きだから嬉しい!」


 二人がそれぞれ、背負った籠の中身をチラッと見せながら言ってくれた、そのときだ。普通じゃない、田舎のお昼時には到底似合わない轟音が響いた。

 ゴガッ、ガガガガガ、バキバキ、ザザア、ドドド……

 目の前にある山の上の方で、木が、というか森が、倒れていっている。それも、つい最近他の場所であったっていう地滑りとはどうも違う。遠目で自信はあんまりないけど、太い木の幹が、真ん中からバキバキと折られていっているように見えた。


「な、なに、山崩れ?」
「…いや、あれは……!」


 克晃くんは、腰の刀を抜く体勢になって山を見上げた。あたしにも分かる。あそこには、とっても強い虚がいる。それに、襲われている誰かも。


「白さん!俺が――」

「かっつん!カナコちゃんを家まで送ってあげて!」

「えっ!?待って白さん、一人じゃ……」

「ひよりんに『遅くなる』って言っといてー!」


 返事は待たずに、あたしは走りだした。克晃くんはあたしが心配するほど弱くないというのは、真子から聞いて知っている。でも、ここは任せられない。任せちゃいけないんだと思う。キミは人が好いから、きっと人助けをして、その人と仲良くなって……そしたら、こっちに連れて来ちゃうかもしれない。あたしたちの近くに。それはダメなことだろうって、さすがにあたしでも理解できた。
 山を駆け登って、現場を覗ける位置にある木の陰に座り込んで、出来る限り気配を殺した。

 襲われているのは、死神だ。

 その顔も霊圧も知らない。全く知らない男の子だ。子どもではなさそうだけど、あんまり強そうじゃない。虚はまるでその子で鞠遊びでもするみたいに、蹴ったり、投げたりしていたぶっていた。殺されて魂魄を取り込まれてしまうのも時間の問題だ。
 だけど万が一、あの子が藍染の手下だったりしたら、あたしたちは見つかっちゃいけない。そうでなくても、死神である以上、こっちの対応は変わらない。あたしたちのことを報告書に書かれたりしたら、きっと大変なことになるんだから。もうこの辺りにはいられなくなっちゃうだろうし、あたしたちを虚として処分するために討伐部隊なんかが寄越されるかもしれない。
 だからこのまま、あの子がいなくなる・・・・・のを――。

 ……音がする。

「ぅ゛っ……クソ、う、ああああ!!!」

 悲鳴。
 
 大木が倒れる音。それとは違うものが折れる音。興奮した虚の足音。何かが何かに叩きつけられる音。

「うおおお!!ガ ばっ、つッ あぁああ!!」

 絶叫。

 あ、ああ、なんて酷いんだろ。あたしは黙って、留まって、あの子を見殺しにしようとしている。泣いている人が、死ぬ時を待っている。やだ、人でなし。でも、そう、しなきゃなんだ。じゃないと仲間が、あたしたちの毎日が、また。
 首筋に汗が伝う。視界の隅では、モンキチョウがのんきに飛んでいる。

 草の上に落ちる音。絶え絶えな息遣い。早い心臓の音。誰の?耳鳴り。どうして?血の気が引くなんて、意気地なし。これでいいの。これでいいの。これで、いいの?


「…げほっ、う……ご、めん…姉ちゃん……」


 血だらけの彼が握っていた斬魄刀を力なく取り落としたのと同時に、自分の肩に重さを感じた。きれいな真っ白い鳥がいる。いつの間に?どこから来たんだろう。不思議なことに、爆発しそうだった心臓と頭の血の流れが穏やかになっていくのを感じる。


「……ううん、謝るのはあたしの方!」


 飛び出して、男の子の体を掴もうと伸びる虚の大きな手に、力強く飛び蹴りをお見舞いした。


「ごめんね!遅れて参上だよ!」

「……へ……?」

「さあさあ立ってホラ!根性で立って!飛び出したはいいけど、あたしにもアレはチョット倒せるかわっかんないからー!」

「はぁ……え〜!?」


 結局やっちゃった!でも、うん。これでいいの。ごめんね!もう誰に謝ってるのか、自分でもよく分からなくなってきちゃったけどね。ていうかこの子、血だらけだしどこかの骨も折れてるのに、まだそんな元気そうな声出せるんだ!よかった……本当によかった!
 とはいえ相変わらずピンチだ白!どうする白!?虚はちょっとアッチに吹っ飛んだだけだから、またすぐに来ちゃう。まだ自分の意思で虚化してみたことは一度もないし、やめといたほうがいいよね。変に霊圧を上げて、更に隣の地区担当の死神に気取られるのもダメ。


「に、人間なのに……俺の事が見えて……?」

「へ?」


 ……思わず見詰め合っちゃった。……あ、そっか!今のあたしは喜助印の特製義骸に入ってるから、虚化したり鬼道を使ったりしない分には普通の人間だと思われるんだ!……あれれ?でも……


「ウソ!?あたしのこと知らないの?」

「は!?いきなり何だよ!?変な人間だな、知るワケ…っておい!後ろ!」

「!?」


 やば。あたしったら、いくらビックリしたからって、虚に背中を向けちゃうなんて……


「へぇ、そらええこと聞いたわ」


 振り向いたあたしの耳のすぐ側で風切り音がしたと思ったら、次の瞬間には虚の胸に斬魄刀が突き刺さっていた。あの男の子の物だ。投げたのは――


真子シンジ!?」

「よぉ白。今日はまた随分遠いトコまで散歩しとったなァ」
「まったくや!全然戻って来んからあんたの釣り竿どんぶらこ流されてもうたで!」

「ひよりんも!」


 ひよりんは両手に釣竿を持っている。流されちゃったのを追いかけて拾った先で克晃くんから話を聞いて、心配してその足で来てくれたのかな。さらに後方から続々と、他の皆も駆けつけてくる。


「ったく、てめえはまた目ェ離した隙に面倒事に首突っ込みやがって……」
「やめぇや拳西。多分、居合わせたのがあんたでもおんなじようにしてたやろ」
「そうだよ。ボクら、そういうトコロが似てるからこそ、こういう境遇になってるようなものだし」
「言えてらぁ。で、どうする?俺は鍬しか持ってきてねえぜ」
「皆サン……やっぱり走るの早いデス……」


 頼もしい仲間が勢揃いだ。ならもう、なんにもコワイものなんかないや。


「みんな来てくれてありがとー!あたし……その、かっ勝手してゴメンね……!」

「ハッ、お前らしくもねえ台詞だな。オラいいからとっととバケモノ退治だ!」


 ラブっちは鍬を振り上げて虚に突撃した。次にリサの華麗な足技が決まって、虚がよろめいた隙に真子が胸から斬魄刀を素早く引き抜き、その傷の上にもう一振り。拳西が反対側から強烈なパンチ、そしてひよりんとローズは……釣り竿!?なんか釣り竿で攻撃してる!ローズったらいきなりソレ渡されて困惑してるっぽいのに、手元に狂いはない。釣り竿って武器になるんだ?自分の斬魄刀と形が似てるおかげ?


「な、何なんだよあんたら……俺や虚が見えるだけでも信じられないのに、人間業じゃ……うぉ!?」

「起き上がらないでくだサイ。傷が開いてしまいマス。持ち合わせの薬しかありマセンが……応急手当をしマスので、ちょっと失礼……」


 誰も鬼道を使おうとしない。ハッチは回道も。この死神の男の子は、何故かあたしたちのことを全然知らなくて、ビックリ人間か何かだと思っているみたい。それならソコに乗っかっておくのが、この場を丸く収める賢いやり方ってヤツなんだろう。


「白!そっち行かすでぇ!そら、今や!!」


 ひよりんが虚の大きな体を釣り上げた。スゴイ!えへへ、あたしでもそんな大物は釣り上げたことないや。


「任せて!えーいっ!白キーーック!!」


 ……勝利のVブイ!!


***


「……お姉ちゃん、本当にいいの?きなこのおはぎ大好物なのに。半分もくれるなんて無理してない?」

「し、してないもん!お姉ちゃんは約束は守る!はいニコたん、あ〜ん」

「あ、あ〜んはいいよ……恥ずかしい……」

「え〜?恥ずかしがり屋さんめ。しょうがないなぁ。はい、どーぞ!お姉ちゃんもいただきま〜す!」

「いただきます。……美味しいね」

「うん、ん〜まい!ねぇニコたん、この後は何して遊ぶ?かくれんぼ……は、もうヤになっちゃった?」

「ううん。かくれんぼそのものは嫌になった訳じゃないよ。ただ、いっつも側にいてやかましいくらい元気なお姉ちゃんをずうっと見つけられないと、何だか……静かで、不安になってきちゃうだけで……」

「そっか〜。って、やかましいって言った?」

「言ってないよ」

「そだっけ?うん、でもね、お姉ちゃんも!かくれんぼは好きだけど、ずうっとニコたんに見つけてもらえないのは寂しいかなぁ」

「じゃあ、どうしよっか。家でおままごとする?」

「ニコたんのおままごとは……チョットこう……おままごとっていうより、お医者さんごっこみたいでお姉ちゃんにはムズカシイからなぁ……そうだ、じゃあこうしよう!」

「なに?」

「ニコたんがずうっと見つけられないときは、お姉ちゃんの方から見つかりに行っちゃう!」

「えっ。ふふ、それはかくれんぼなのかなぁ?」

「いーの、細かいことは気にしなーい!決定!これでニコたんも安心!」

「お姉ちゃん、また隠れたまま寝ちゃったりしない?……本当に、ちゃんと出てきてくれる?」

「さっきも言ったでしょ!お姉ちゃんは約束は守〜る!ゼッタイ!」

「ふふ、ふふふ。ん……分かった。約束だよ。でも、もしも約束を破ったら……」

「……や、やぶったら?」

「……きなこのおはぎ、今度は全部もらっちゃうからね」


***


「ホラよ、克晃の饅頭。てめえも食うだろ」

「……きなこのおはぎ……」

「ア?うるせえ貰いモンにケチ付けんなバカ。違う菓子が食いてえならてめえで頼め」

「え?あ、お饅頭!お饅頭ね!食べる食べる!」

「ボーッとしやがって……落としたりすんじゃねえぞ」


 死神の男の子は、あの後ハッチんの手当ての途中で寝ちゃった。重傷だったけど命に別状はないだろうからって、そのままあの場に置いてきた。仲間の誰も、あの子をどうこうしようとは言い出さなかった。
 死覇装の懐の裏を確認したら、刺繡されていたのは十三番隊の隊花の待雪草だったって。隊長や副隊長だったあたしたちのことを知らないから、今年度からの新米隊士くんで間違いなさそう。だけど、一年目から駐在任務に就かされるのは、とっても珍しい事なんだって。あたしはそんなの知らなかったけど、皆が言うんだから間違いない。

 死神に見られたけど、死神だとは見破られなかった。
 しかしだからといって、安心しきってはいられない。

 帰ったあの子がどんな風に報告書を書くか。誰にどこまで話してしまうのか。最悪の場合、瀞霊廷のお偉いさんや藍染にあたしたちの行方がバレちゃうし、そうなるとやっぱり、この仮宿を出ていかなきゃになる。


「おーい!ねぇ、皆いるかい?」

「ローズ?どうしたんだ?」


 玄関から声を張り上げて、らしくもなくドタバタと入ってきたローズは、ぐるりと茶の間を見渡して仲間が揃っているのを確認し終えると、「あのね!」と人差し指を真っ直ぐに立てて話し始めた。


「浦原クンが『大丈夫』だって。あの十三番隊の子の口止めは出来てるだろうから当分心配いらないって、皆に伝えてくれって、言われたんだけど……」

「ハァ?喜助のヤツ、なんでそないな事まで知った風でおんねん」

「あのムッツリ、瀞霊廷に盗聴とか盗撮とかできるモンでも置いてきとるんやないの?」

「詳しい事はボクもよく……彼も『最近になってやっと解った』、とか何とか……それだけ言って帰っちゃった」

「チッ、ハッキリしねえ。アイツいっつも大事なコト語らねえでのらりくらりしやがる、そういうヤツだよな」

「せや!あんたも解ってきたなァ、あの寝ぼけ行灯がどんだけムカツクか!」

「……でも、的外れな事は言わナイ……デスよね」


 ハッチんがそう言うと、この場はシンとして、暫く誰も口を開かなかった。誰もが似たような気持ちでいるんだと思う。今みんなが言った事にそれぞれみんな同意していて、しかもきっと、全部正しい。
 あの死神の男の子は、帰ってお姉ちゃんに会えたかな。そうだったらいいな。

 あたしもニコたんに会いたい。また一緒に遊びたいし、一緒にお菓子を食べたい。お姉ちゃんは約束は守るから、泣かないで待っててほしい。……だから、ね?きなこのおはぎは、やっぱり半分こにしようよ!


「あっ、そういえばローズ!あたしも見たよ、真っ白い鳥さん!」

「えっ!?今言う!?いつどこで!?」


陰に陽に星はあり


 ……そしてseason5の最初のお話、ニコさんの回へと繋がるのでした。一年かけてお送りした仮面の軍勢明治奇譚はこれにてひとまず閉幕を迎えました。こっからは本編にもまた注力できそうです。
 season5の中で『このほの』シリーズ初登場を果たしたオリキャラたちの短い紹介文もさっき説明ページに載っけてきました。彼らが本編にも出て来るとしたらそれはとても先の話になるので、一旦忘れちゃってもまぁ問題ないでしょうけれど。
 今年ももうすぐ梅雨がきますね。その前に大きな台風も来ちゃうみたい?それは一大事です、もう梅の実収穫はお済みでしょうか。梅酒梅干し梅シロップ、使い道は色々ですよ。

prev - bkm - next
1/12/70
COVER/HOME