2023/6/30〜7/30
語り手:痣城剣八



 ひでりという女は、変わっていた。

 刳屋敷から剣八の称号と隊長の位を騙し討ちに近い形で奪った私を、十一番隊の弐百名を超す隊士達が“相容れぬ者”として敵視するなか、君と佐郷さごうだけは多少の未練を持ちながらも早い段階で受け容れていたように思う。
 佐郷は「そういう運命だからな」と言い切った。誰よりも長く刳屋敷と共にあった自分だからこそ「“剣八”に文句はない」とも。こちらとしても文句はなかったので、彼の中に諦念を垣間見ても、その指摘は控えた。
 では、旱のほうは何故なにゆえそう・・なのか。

 何故私を排さない擁護する? 何故私を批さない扶翼する

 業務についての相談に一区切りついた昼の執務室にて、疑問半分、忠告半分にそんな無駄話を振ってしまった。私は慣れない業務を手伝って貰えて助かったが、皆の心証は害したことだろう、と。聞いても私がどうしてやる訳でもない、両者にとって無用な問答だった。……夏至の暑さにあてられていたのかもしれない。無駄に高い瀞霊廷の熱は、これからも私が徐々に下げていってやるとしよう。
 さて君は主観でいえば都合の良い部下だったが、客観したところ目に余る世渡り下手であった。ゆえについ要らぬ節介を焼いてしまったのだ。不覚だ、雨露うろ柘榴ざくろでもあるまいに。しかしどういう風に吹かれたか、この時の私は、湧いた『無駄な感情』を捨てることを先送りにした。珍しいことに雨露柘榴も、その感情を自分に寄越さないのかと喚いたりしなかった。
 君が私と皆の間に立って緩衝材になったところで、いたきしむばかりの徒労に終わる未来は見えていよう。集団における異端は悪目立ちをする。同調しない者は打たれるのが世の常だ。人の特長とは、大半の人目には出る杭として映るらしいからな。私は打てども響かぬ木石ぼくせきの歯車だから平気だが、君は繊細な花鳥はなどりなのだからそうもいかぬのではないか。


「そう仰られましても……というかあなたはまたサラリとそう……んん――そう、初めて会った気がしないので、放っておけないとでも申しますか。…………あの、痣城隊長。そんなにじっと見詰めないでください。照れます」

「それは真顔で言う台詞なのか」

「そっくりそのままお返しします。……もしかして心配してくれてます?」

「君のことは心配するだけ無駄なようだ」

「なぁんだ、解ってきたじゃないですか」

 ――そんな風に、嬉しそうに言うな。
「キャハッ! キハハハ! なんだよ! 見てるこっちが恥ずかしいよ! おいおい照れるなよ! 剣の字だって嬉しいんだろ? 構って貰えて嬉しいんだろ? 他の十一番隊の奴らはみんなろくに取り合ってもくれないのに、普通に話し掛けてくれるんだもんね! 優しいよねぇ! なぁ素直になれよ! なっちゃいなよぉホラホラ! すっごく喜んじゃってる癖にさァ! キハハハハハ! 」
「お前は邪魔だ。黙れ」


 暗に「私とは距離を置け」と、何回告げたことか。最初の一年間で、二四回。いったい幾度、「卑怯者痣城なんかに構うなんて」と陰口を叩かれていたか。観測範囲だけでも、一〇三八度。
 それでも君は立ち位置を変えなかった。何を企んでいるのかと疑ったこともあったが、叩いても埃は出てこなかった。只々、タダの無償奉仕。私に心など配っても、雨露柘榴という無駄好きに持って行かせて無駄になるだけだというのに。

 本当に変わった女だった。君は私の隣に立ち続けたが、私の思想には最後まで賛同しなかった。
 流魂街全住民の魂魄改造/尖兵化をなして虚を殲滅/根絶させる。尸魂界と現世の魂を正しく調停して平衡を保ち、恒久的に秤を安定させる。そのために不確定要素となる無駄な文化と感情を世界から削ぎ落とす。これら合理的改革案に、君はりにって感情論で反対してきた。


「勿論、多様な見方や色んな意見があっていいと思いますよ。でもですね、あなたと私とでは、まず見えているものからして違うんだと思います。今のあなた、浮いてる・・・・ので」

「……言葉の意図がよく解らないな。今更この局面になって、周囲に解け込めない私に対する悪口か?」

「いやいや違います、けど、ふっ、フフ。ねぇ、今のってもしかして冗談です?――だってあなた、何処にでも融け込んでるじゃないですか


 邪気のない笑みを浮かべる君の口から、聞き捨てならない一言が放たれた気がした。幻聴だろうか。
「キヒッ! キハハハハ! アーア、言われてるよ! とうとうこの子からも言われちゃったよ! 傷付いた? 『君だけはそんな酷いコト言わないと思ってたのに』って? キヒャハハハ! 傷付いちゃった? まあ元気出せよ剣の字!」
「そういう意味ではない。茶化すな、失せろ」
 私が全ての霊子と融合できる能力を持っていると知る存在など、能力そのものである雨露柘榴を除けば、何処を探してもいるはずがない。誰にも聞かせたことなどないのだから。今の幻聴は、計画の遂行に際して僅かでも無駄な不安なんぞを抱いた私の気のせいだったのだろう。そうでなければ―― ――あっ、今のは失言だったかも。忘れてください。はい、忘れてくださいね。
――排除する焼失



「えーっと、何の話でしたっけ。そう、浮いてる・・・・っていうのはですね?痣城隊長が他の人と同じ視点に立つには、まず重み・・を取り戻す必要があるって意味です。同じ景色を同じように見るためには、視点が擦れてちゃお話にならないワケで」

 無駄を省いたこの私が、軽い、とでも?

「『見る』って、なにも目玉の視力に限った話じゃなくて……心のあり方によっても世界の見え方は変わるものですから。思いやり、おもんぱかり、気配り。誰かを憐れみ、誰かを慈しむ。他人の立場になって物事を考えるには、心は不可欠な想像力の源。でしょう?」

 私はこれまで多くの無駄な感情を切り捨ててきたゆえに、人より心が欠けているのはそうだろう。しかし君の言うそれらは、心というものの美しい面を抜き出しているに過ぎない。恩讐や嫉妬や執着、そして恐怖といった、魂魄が虚化する要因となる醜い面も付いて回る。それらはやはり、世界を廻すためには不要、無駄、無意味だ。そうだろう?

「不可欠なものを欠けば、そりゃ展望も飛躍しますよね。ええ、欠け落ちたぶん重みが足りなくて、フワフワ浮いちゃうんですから」

「要は地に足がついていない、絵空事だと言いたいのか?」

「いいえ?だってあなた、条件さえ整っちゃえばたぶん本当に出来ちゃうじゃないですか……。だからもう白状しますけど、こうして私があなたの考えを改めさせようと最後に無駄な足掻きをしているのは、実はただの癇癪です」

「――またも君がよく解らない」

 無駄とわかっていて、無駄なことを?
 非合理だ。無意味だ。理解に苦しむ。

「今、は無理でも。どうか、いつか重みを取り戻してください。痣城隊長から見れば、私はあなたの高尚な道行きの邪魔者、足を引っ張ってくる愚者に見えることでしょうけど……それでも、たとえ人間離れして浮いてしまったあなたでも、ずっとそばにいて欲しいので。あまり遠くに離れない……で……」

「……どういうつもりで言っている?」

「……さぁ。私自身、なんだかよくわかんなくなってきちゃいました」

 ――なんだ、その頬の色は。おい、目を逸らすな。

「もう行っていいですよ。私では止められないので、止めませんから」

 ――そしてこの際ばかり無駄骨は折らぬと?

「私もそろそろ行かなくちゃいけない所があって――痣城隊長? あの、て、どうして手……?」

「……私の方から掴んでやったぞ。こうなれば、離れていくのは君の方からという事になる」

「……は? 馬鹿、いや隊長にまた馬鹿とか言っちゃった、ってそうじゃなくて、そんな子どもみたいなトンチ――……」

「…………」

「……なんで自分からやっといて照れちゃうんですか……」

「……少し黙っていろ」

「わ、わぁ。今の『黙ってろ』は私に向けて言ったんですよね?へへ、最後に初めてかぁ」

「待て、それこそどういう――」

「ほらもう今度こそ行きますよ!はい行きましょう。言っておきますけど、止めに来る人達のこと殺しちゃ駄目ですからね。……では、また」
――遠い未来で。

 初めて私から掴んだ手は優しく解かれて、進む先は分かたれた。

 そして君は離れた。
 私が止まった頃には消えていた。
 もう瀞霊廷私の中の何処にもいなかった。
 だから――先送りしていたあの『無駄な感情』は――置いてきた。

 やはり無駄なものだ。あれは、苦しいばかりだ。私はどうかしていた。
「キハハハ! キャハハハハハ! まったく仕方ないね! 仕方ない奴だぜ剣の字は! ソレは私が貰っといてやるよ! 私は無駄なモンぜえんぶ大好きだからね! 後から『返せ』って言っても返してやらないかもね! キヒヒッ!」
「返せとは言わん。そのまま消えてくれ」

 足りない。まだ、捨て・・足りない。


――【無間むけん】――

――――――――――――

――――――

―――



 白道門西の端辺りが騒がしいな。またあの巨斧きょふで空振りの大盤振る舞いでも始めるか?


「んん?どうすたんだおら!そっだに慌でで。たすか、十一番隊のあだらすい席官だっだな?」

「おお門番!丁度良い助かったぜ!なあ!重症の怪我人がいんだけどよ!」
「彼女は死神ではないから通廷証が要る!すまないが大至急頼めるかい!?」

「んお!?そら一大事いつでえじだべ!心配すんぺーすんだ、オラにまがせろ!!」


 どうやら、旅禍騒ぎや謀反の類ではないようだ。外から聞こえてくる声の主は、あの戦闘狂いの更木を追ってはるばる瀞霊廷にやって来た変わり者、斑目一角と綾瀬川弓親のようだ。流魂街の怪我人をわざわざ連れてきて治療を受けさせようとは、存外、ありがちな道義を持ち合わせているらしい。
 血の気の多い君ら二人が既に手負って来たならば、瀞霊廷内で無駄な血が流れる場所は今日も今日とて十二番隊地下室と貴族街の一画くらいのもの、か…………その女は、誰だ。もしや――そうか。そういう事か? であれば、確かに『初めて会った気がしない』か。


「ヨッシャあと少しだ!踏ん張りどころだぜ」

「ここから四番隊までも、実はかなりあるけどね……」

「ハッ、なんだ弓親、もう走れねぇか?交代してやっか?」

「そんなにヤワじゃないさ。沙生のことは僕がちゃんと最後まで運ぶよ。そもそも、一角は片腕プラプラしてるじゃないか」

「この程度なァ、いざとなれば気合いで何とかできんだよ」

「気合い?……それって筋肉の間違いじゃない?」


 はてさて、かつて十番隊隊長が異性同名の旱のことを口にしていたこともあったが。それと君の偽名が関係していたかどうかは、次に対面が叶ったときに尋ねてみるとしよう。

 沙生よ。私は過去の君の望み通り、暫くそばにいることになる訳だが。これから君が何を見、何を知っていくか……こんな地の底からでも、君と同じ視点に立って見ることは出来るものだろうか。まあ、無理だろう。
 ところで、君が私に出会うのと、いま私が君を見付けたのと。いったいどちらがの出来事だと思うかね?


――――――


「ヒヒッ! 呼ばれたから来てやったぜ! 久し振りだねぇ四楓院夜一! 去年の今ごろ五番隊副隊長だった藍染惣右介にまんまと濡れ衣を着せられた十二番隊隊長兼技術開発局初代局長だった浦原喜助と大鬼道長だった握菱鉄裁と一緒にその他虚化された可哀想な隊長格八人を連れて現世に逃げたってのに、一人でコソコソ猫ちゃんになって戻って来るなんてね! 痴話喧嘩でもしたのかい? やだなぁ冗談に決まってんだろ! しかしまさかまたコレに転身する日が来るとはね! なんか悪いねぇ、剣の字は【無間】に置き去りで、私だけ先に再会しちゃってさァ! え? 初めましてじゃないのかって? キハハハ! アハハハハ! そうだよねぇ何か変だよね! でも私はずうっと見てたよ! ヨロシクね! 優しい優しいヒデ、じゃなかった沙生ちゃん!」

「こちらこそ宜しくお願いします……?」


 お前はまた一人勝手にしゃしゃり出てベラベラと……君も君だ、こんなやつと宜しくしなくていい。まったく、先が思いやられる。不安だ。
――排除する。


連理の後朝きぬぎぬ


 season5の六車隊長のお話とセットでお読みいただくと、少し話が見えてくるような、余計にこんがらがるような。これが痣城双也を十年以上推し続けている管理人の二次創作です。すみませんでした。どうぞお召し上がりください。
 また先取りなうえ、現時点ではお話の前提要項をいくつも隠したままなので、わぁ、とても読み解きにくい仕上がり。……おかしい、いつも通りだな?本編が進まないせいでこっちの拍手文でのネタ暴露速度が凄いことになってる。もうこっちが本編かってくらい。でも主人公さんのことはちゃんと本編の方で“主人公”させます。ええ、将来タイムトラベルなんていう運命力の強いイベントを経験することになるのですから、彼女は紛れもない主人公です。
 P.S. 雨露柘榴って名前がもうめちゃくちゃ“六月”っぽい。

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10/10/70
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