2023/7/30〜8/31
語り手:刳屋敷剣八



 ひでりってのは、変なやつだ。

 落ちてたのを拾って面倒を見てやってるが、それは別に苦ではねえ。手を焼かせるでもなし、寧ろさかなを焼かせりゃ一丁前。問題を起こすでもなし、逆に先日起きた隊舎の小火ボヤを風のひとこしで吹き消してくれた。火取りは旱、火消しも旱。何でもお任せどんとこいの御役立ちだ。玉に瑕なのは、中身が・・・抜けてる・・・・とこだ。そのせいか外見にも欠けがある。どういう理屈なんだか、男か、女か、ハッキリしねえ。
 この間、「最近よく見かけるありゃあアンタの小姓か」と訊かれた。誰にって、轡町に昔っから住んでる爺さんに。あの爺さん、十一番隊と剣八を応援してくれんのはいいが、妙な勘繰りだけは止して欲しいぜ。ちげぇからな。
 あいつのことは何と説明したもんか、俺だって困ってんだよ。一応総隊長にも報告したし、命令通りあれこれ調べてはみてんだが、「よく分かんねえ」ってことが分かるばっかりでよ。しかも何せ、本人も自分のことを何も分かっちゃいねえ。「お前は何だ」と訊かれて「何だろう」だぜ。旱ってのも本名なのか怪しいとこだ。

 そんなやつが最近、俺にしつこく訴えてくる事といえば。


「斬魄刀、返して」

「またそれかよ」


 いい加減、諦めちゃくれねえか。俺の判断でどうこうできる状況でもねえんだよ。詳細は教えるなっつわれてっから何も言えねえしよ。……膨れんな。ガキか。ってガキだったな、悪い。


長物ながものが振りてえならいくらでも付き合ってやるって言ったろ。ほーら、竹光たけみつ持って俺ン来やがれ」

「嫌。隊長負かしたら返すっていうのも嘘だった」

「待て、だったって何だ。お前まだ俺に膝も突かせてねえだろ。なんで知ってる」

「へぇ。やっぱり嘘か」

「………カマかけやがったな?カマかどうかも分かんねえクセして」

「隊長こそ、またそれ。男か女かなんて、剣を握ればどっちもない。馬鹿」

「バ……おうそうだな!よし家行くぞ今すぐ行くぞ。泣かす」

「泣かないけど……隊長とるのは好きだから、いいよ」


 旱をひょいと脇に抱えて、廊下を引き返そうと振り向いた。するとすぐそこに胡乱な目をしたサゴシチが立っていた。佐郷七郎次、俺の副隊長だ。コラ、人の顔見て溜息吐くんじゃねえ。


「……アンタら、そんなんだから勘違いされんですよ」

「うるせえ、勘違いする方がおかしいだろ。誰がこんな空っぽ野郎に手ェ出すか」

「? 何の話?」

「「旱は知らなくていい」」


 こんなんでも旱はそこいらの死神と打ち合えばそれは見事にしちまうから、世間が見ればまぁ十二分に強い部類だろう。なんとサゴシチもいい勝負して負ける。だが俺からすりゃまだまだだ、なんの脅威でもねえ。……だから手前が面倒見てろって総隊長に言われちまうんだけどよ。
 旱の存在は、現時点では俺とサゴシチを含む十一番隊の極一部と総隊長、それから零番隊だけが知っている秘匿事項だ。なんでも知られるとマズイ相手ってのがいるらしい。理由は知らん。なんだか知らんが御上がそう判断したらしい。なんだっけ、あの秒読みみてえな自己紹介する零番隊。名前忘れちまった。轡町の爺さんに関しては……まぁ別にいいだろ。見られたのは俺の非だが、そう大事にはならねえはずだ。俺の頼みは聞いてくれる人だし、口も堅いだろ。
 とにかくそういう訳だから、窮屈な思いをさせるようだが、今は十一番隊舎と俺の家くらいしか行き来させてやれねえ。急な来客に見られたりしても困るから、心置きなく仕合うには、隊舎内道場より俺の家の稽古場の方が都合が良いってな。変な理由で連れ込んでるんじゃねえんだよ、真面目によ。ったく。

 竹だろうがかしだろうが、刀を振っている時の旱は、少しだが表情を変えるようになる。相手してやるのも悪い気はしない。

 俺には到底及ばねえが、体捌きはなかなか堂に入ったものだ。忘れても身体は覚えてるってやつらしい。剣を手にして十年やそこらじゃこうはいかねえだろう。それに時々どうも、こいつの剣に友の剣を見ることがある。優雅かつ勇猛、衝いては離れ、眈々と隙を狙ってくるこの感じ。無駄な大振りのない、しかしながら遊びはあるような。いや、偶然ちょっと似てるだけかもしれねえが。柔らけえし、やっぱ別物だなって思う時もある。
 あと、これは誰にも言う気は無えが――なんかこいつ、半分くらい“刀”みてえなんだよな。あとの半分は死神と人間と、それからほんのちょびっとばかし、どれでもない何か。恐らくこの異質なさがに気付けるのは、俺のようなお仲間か、よっぽどの変態くらいだろう。


「師が誰かもまだ思い出せねえか?」

「……それは思い出したらちゃんと教える。約束は守るよ」


 お互い思うさまった後、並んで板壁に背を預け、ややれた手拭いで汗を拭う。夏の稽古場は蒸し風呂みてぇに暑い。建物内に撒き散らした熱を冷ますには、西の窓に東の戸も開け放ってもまだ弱い。風通しの良い造りだろうと、風が吹かなきゃ玉無しだ。


「他には。何かねえのか?何でもいいんだぜ、好きな食いモンとか」

「……七味団子、とか。好きだったような」

「はぁ?」

「はぁ?ってなに、そっちが訊いてきたのに」

「……いや。お前、甘いモンとかは」

「好き。大福とかきんつばとか」

「……だよな。差し入れ旨そうに食ってるもんな。他には……アー、綺麗なモンは?花とか。宝石とか。服とか?」

「花……は、たぶん好き。身を飾る物にそれほど関心は……というか、隊長?」

「あ?」

「……私のこと、女として見てる?」


 手拭いでまた顔を拭っていて、思わず手が止まった。……顔拭いてて良かった。今ぜってぇ変な顔になってた。
 布の下で無理矢理真顔に直してから、のそのそと目を出してみる。凝視されていた。危ねえ。


「そりゃ手前、女だろ。男だと思ってる連中、ありゃ目が節穴だ」

「……私……自分でも分らないのに」

「今はどっちでもねえんだろうさ。だがな、追々ぜんぶ思い出せたら、そん時の手前は女だ。賭けてもいい」

「……何を?」


 そっちから凝視してきやがるくせに、瞳孔がゆらゆら不安そうに揺れている。自分が分からねえってのは、俺は経験したことがねえ。……正確に言うと、自分が何処から来たのか忘れたってのだけは同じなんだが……どんなに思いやったとしても、完璧な共感なんざ出来ねえだろう。記憶喪失ってやつの喪失感の程は。だが、お前が何者だろうが、俺は自分で拾ってきたものをまた捨てるようなクズじゃねえ。だから安心しろ。気の済むまで、ずっと俺ン所にりゃあいいんだ。


「俺の全部、とか」

「はぁ?」

「はぁ?じゃねえよ、いざって時はいいから貰っとけ。タダだから」

「……ぐちゃぐちゃに矛盾してる。賭け、っていう話だったはず」

「まー……こんだけクソ暑けりゃ頭もゆだるわな」

「……結局どういう話だったの」


 頭に入ってこない、とでも言いたげに旱は額を押さえた。俺もちょっと、俺は何を言ってんだ?って頭抱えたくなってきたぜ。いよいよ煮詰まってきたな。あチィ。
 ただ、これは今すぐにどうこうって話でもねえだろう。自分が何者かは、このさき丁寧にひもといていきゃいい。そもそもひょっとしたら、お前は今、自分という者を形作っている途中なのかもしれねえしな。刀ってのは、時間をかけて少しずつ魂を写し取っていくことで、その神髄が出来上がっていくものだからよ。


「……なあ、旱よ」

「……今度は何」

「お前の斬魄刀、まだ色々込み入ってて返してやれねえけどよ」

「……んー」

「むくれんな、いいから聞け。……お前が魂を写し取らせた刀なら、それはお前だ。お前の写し身、もう一つのお前だ」

「言いたいことは……何とか、なんとなく解る」

「だからよ、返ってきた斬魄刀を握りゃあ……お前は、お前を取り戻せる。きっとな」


 俺の抽象的な話を聞き終えると、旱はゆっくりと正面を向いてぼーっとしだした。心配すんな、そのうち丸く収まる。元に戻れる。元の鞘に。
 ちょうど俺が手を置きやすい高さに頭があるもんだから、ぽんとのせた。ぽん、ぽんと。……手持ち無沙汰かよ、俺。


「…………なァ」

「……ん?」

「髪、伸ばしてみろよ。似合うと思うぜ」


写し見ること現身うつしみ刀性たち


 刳屋敷存命中。自ずと時系列は分かると思います。時系列は分かっても話が見えてこねえよ!!となってしまうのはもう仕様としか言いようがありません。仕方ありません。先月の痣城のお話とセットで予想考察していただく他ありません。今は。とにかく時間旅行×記憶喪失×十一番隊なんだな〜って、何とな〜く味わってください。
 只今アニ鰤決別譚では霊王様のアレソレの真っ最中ですね。原作には無かった描写が盛り沢山で、私の心臓はドキドキ大変なことになっております。原作完結後に数年の時を経て浴びせられる新情報。心臓に負担がいく割に長生きできそうな気がしてくるから不思議。
 今年の猛暑は去年までとは比べ物にならないほど酷ですね。水分塩分糖分補給、適切な空調管理も必須です。体温より高い気温のなか無理をしては命に関わりますから、どうぞご自愛ください。……でもお祭りとか旅とか行きたいよね!バッチリ対策して楽しみましょう!

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