2023/9/29〜10/31
語り手:山本元柳斎重國



 玄月げんげつの深い夜に、瀞霊廷がぴたりと無音に静まったときがあった。
 屋内で寝こけている死神達より、野外の虫ケラ共が鋭く在った訳じゃな。これが常より敵の脅威と隣り合わせでいる物との差異かと呆れる他ない。一方で、鋭き虫ケラ共ことごとくを黙らせたその“者の”には、強さと危うさを見て取れた。


「……上乗にすさんでおるのう」


 遠くから此処まで漂い来るその霊圧は、燎原の火の如くあり、無常の風の如くある。しかして周囲を無為無差別に薙ぎ倒しはせず、重い気体のように低く地を這っておる。抑えきれず漏れいでてしまった苛烈な力を、意志を以てどうにか押さえつけ、隠そうとしておるのじゃろう。
 ――つまりこれ何乎なにか。この儂に解らぬ道理はない。知っておる。よく知っておるとも。そして之が何の予兆であるかも察し得るのは、護廷十三隊では恐らく儂一人じゃろう。
 見送りの心持こころもちで、未だ見ぬ火風の根源を冷やかすべく、闇雲の下へ参じた。

 瀞霊廷内七番区の山中。

 果たして其処には、目に見えて、暴風雨ならぬ暴風火ぼうふうかの立つ。
 煌々こうこうと燃え盛る白焔が神送りを思わせる空っ風に渦巻かれて立ち昇る様は、まさに暴れ龍。たつ巻くその中心でうずくまる人影――沙生は、ひそやかにもだえ苦しんでおった。声も上げず、自身の力の暴走を止めようと注心しておるのじゃろう。
 儂が背後に立つと、沙生は間髪もなくこちらの気配をさとって顔を上げ、目をしばたたかせた。それは焦燥の顔か、安堵の顔か、或いは両面か。


「…ッ……山本、総隊長…殿……?」

「シャンとせんか。儂の姿を認めたとて、まだ気を抜くでないぞ」


 怖々おづおづと蚊の鳴くような声で返事をした沙生は、徐々に霊圧を整えてゆく。儂も力を貸してやり、あふれ出る霊力を更なる圧で上から押さえつけ、収束させてゆく。……ところで、蚊の鳴く声もとい羽音じゃが、中々耳につくものよのう。小声のたとえならば雀とかでいいじゃろうに。
 しかし卍解習得時の力の暴走とは、結構洒落にならぬでな。護廷の歴史も彼此かれこれ千年、過去に卍解を習得してみせた何名かは、力の暴走や予想外の能力の現出によって洒落にならん被害を出しておったりする。それこそ「護廷が瀞霊廷を破壊してどうする」と、廷内での斬魄刀を用いた修行を一切禁止させんと四十六室が五月蠅うるさくて仕方なかった時代もあったくらいじゃわい。


「すみません……どうか、あと…幾許いくばくか……お力添えを……」

「よい。力を己に集中させい。一糸乱れず、纏う様にするのじゃ」

「ま……纏う――?」

だ難しかろうが、何時いつかはその形に落ち着けるのが良かろう」


 暗闇に噴き上がる白焔は一見するとそれは派手じゃが、この真夜中に事態に気付いてこの場所に駆け付けられた者は儂の他になし。それもその筈、このたぐいの熱をその身で知りつ辿り切れる死神は、古今東西、儂とおぬしくらいのものよ。……おぬしの父のアレは、見た目は似ておったとしても全くの別種ゆえな。
 儂とおぬしに通ずるその火は、人の心の原始。とむらいの火、そしてほうむりの火。おぬしの斬魄刀の本体は異なる呼称で伝えておるやもしれぬが、儂が思うに、性質は限りなく近しいものじゃ。


「儂は尸魂界一の炎熱系の使い手じゃぞ、分からぬと思うてか。火のあらぶりは心のすさび。おぬしの斬魄刀も死者の魂魄を力の一部とすると伝え聞いておる。それの何を迷う。望み望まれて落手してきた力じゃろう」

「もし……て…総隊長殿も…おな、じ……?」

「同じではないが、それでも似ておる。有無を言わさず火力で叩き起こして従わせるのが儂のやり方じゃが……フン、おぬしのは大分だいぶん優しかろうて」

「……そうなんですか……ふふ…色も、違いますしね」

「気を抜くなと言っとろうが。紅白で目出度いとか言っとる場合か」

「言ってな……ふ、ふはっ……すみませ……でも、そろそろ大丈夫そう、です」


 沙生は白い霊力を釜倉を被ったような不恰好な形に自身に収束させた後、漸く卍解を解いた。初めてのことで疲労困憊の様じゃが、笑顔が見える。此れ迄然程の話もしてこなかった総隊長である儂を相手にその返し。見事堂々たる肝っ玉、この辺は嘗て・・と変わらぬ変わり者のようじゃ。


「総隊長殿、ありがとうございました。一時はどうなることかと」

「そろそろ三時じゃがの」

「意外と洒落好きでいらっしゃいます?」

「歳食ったじじいなら誰でも口遊くちずさみくらいするじゃろう。厳格に見えたとしても、そいつは聞かせる相手を欠いておるだけじゃろうな」

「そういうものでしょうか?……いや、そうかも……私の爺様も、そういえばそんな時が」

「……おぬしの祖父か。名は?」

「えと、もう何十年も前に現世で亡くなりましたが、祖父はひでりと申します」

「……そうか、旱とな」

「はい」


 ふむ、見えてきたぞ。おぬしにとって、その“旱”とやらこそが、自分を除いたなかで最も自身にちかしかった者なのじゃな。故に、芯にその名を写していたか。
 旱。少し懐かしい響きである。その名を知る者は次第に去り逝き、必然と耳にせぬように成り行き、やけに久しく想える事よ。


「沙生、おぬしには見所がある。あと800年も鍛錬すれば儂を追い抜けるやもしれんぞ」

「そっ!それは誠に恐縮で……ん?百や千ではなく800とは?お褒めくださっている…の…ですよね?」

「無論。八百やおも経たぬ内には、何処ぞの小童こわっぱにも追随は許すまいて。但し先の卍解はまだまだ赤子にも及ばんがな」

「うっ。ハイ!仰る通りです!申し訳ありません!……いやはや、お恥ずかしい所をお見せしました。卍解に振り回されるのではなく、私が自在に手繰れるよう、一層精進して参ります」

「うむ。では、儂は寝床に帰るとするが――最後に一つ、頼まれてはくれんか」

「はい、何なりと……ええ、……はい?……えっ」


――――――


 翌月、頼んでいた文が儂の元に届けられた。
 おぬしが「いつ発つか」は知っておったが、「いつ戻るか」は儂も誰も知らなんだ。それでは儂も根回しが難しくなるからの。念のためにと頼んでおいて正解じゃったわい。

 しかしこれより更に後、戻った沙生から往時の事の詳細を聞かされた時には、これまた飛びっ切り驚かされることになったのじゃがな。


――――――


「ほう!……ほほう、そうじゃったか。御苦労じゃったの。あの件は儂も埒が明かずに苦労したが……ほ、開いた口が塞がらんわい」

「総隊長殿、焼きたての団子を一口で食べたら誰だってそうなりますよ」

「はふ、200なんぼものの味じゃ。もう一生味わえんじゃろうと思うと、ついの」

「……私からするとまず一世紀どころか一年も経っておりませんがね」


落款らっかん猩猩しょうじょう後世譚こうせいたん


 『このほの』本編の第二章後半に展開予定の一連の時間旅行物語の、山本総隊長視点の後日譚的なお話でした。タイトルもそういう雰囲気で。……と、もうこの説明からして回りくどいや。作者は摘まみ食いの先出しばっかりしてないで早く本編を進めなさい、話はそれからだ。
 ……でもなぁ。アニ鰤千年血戦篇『決別譚』が最終回を迎えますが、残りあと2クール制作されるんですよね?既にこれまでの時点で原作にはなかった新描写や初公開の設定モリモリで私はあっぷあっぷしています。更新とかの「アップ」じゃなくて「溺れそう」って意味です。久保先生がしっかり監修なさっているアニメですから、その新描写も総べて“正史”と捉えて良いですよね?ね、そうなりますと勿論そこも二次創作に取り入れたくなるのが私というオタクのサガです。すると今はアウトプットよりインプットに専念したくなる……ワケです。最近似たような申し開きしか出来ていませんが、切実です。こんなんですから、今現在ドンドン新しい二次創作を公開されている方々を心から尊敬します。インプット即アウトプットまたは同時進行できる人、凄い!偉い!誇って!

prev - bkm - next
7/10/70
COVER/HOME