2023/10/31〜11/30
語り手:朽木白哉



「焼き物の季節ですよね〜」

「年中いつでも好きな時にできよう」

「『芸術の秋』ってことですよ。もう、水差しなさらず、さっそく色を差してくださいな」

「……すまぬが、その前にうわぐすりにまた少々水を差すぞ」

「あれ、まだ濃かったです?どれどれ……」


――――――


 事の始まりはこうだ。先週の昼、紅葉した桜並木の下を歩いていると、何処からかゆくらかに私を呼ぶ声がした。

「びゃーくーやさん!」

 昔も今も、自然にその呼び方をしてくる者は一人だけ。本年幾度目かの帰還を果たした沙生は、はす向かいにある棟の三階の窓から顔を覗かせ、こちらを見おろしていた。機嫌は特に良さそうで、声も足運びも長縄で遊ぶ童のように弾ませていた。

「今そっちに行きます、少々お待ちいただけますかー?……あ、いいやこっから飛んじゃお」

 もどかしいのか面倒なのか、心が急くのか。沙生は棟内のおそらく階段に一度目を遣ったが、そのまま窓枠を越えて軽やかに飛び降りてきた。言い咎めようかとも思ったが、顧みれば若き日の己も似たようなものだった事を思い出し、苦笑するだけに留めた。何より、ただ穏やかな日常のなかで、私の元へ飛んで戻ろうとするその姿には、純粋に尊さを覚えてしまったゆえに。

「ただいま戻りました!」

「ああ。んん。……おかえり、沙生」

「まだ堅いですね。浮竹隊長に笑われちゃいますよ」

「……茶化してくれるな」

「ふふ。あのですね白哉さん、来週どこか一日空けてもらえますか?」

「それは構わぬが――」

「良かった!じゃあ一緒に焼いて作りませんか?準備は私がしますので」

 何かと思えば――いや、何だ。焼く?何を。昔から秋の恒例として、兄が射場隊長たちと焼き芋をするとは知っているが。「無礼講で皆が楽しむ場に私のような者がいては」と思い最初に断って以降、誘われたこともない。
 暫し考え込み、「具体的には」と問おうとすると、雄風が吹き抜けていった。木立の赤が大きく揺れるのに合わせて、上から疎らに降り注ぐ陽光の柱が伸び縮みをしていた。沙生の頬に落ちる葉影の縁は、ほんのりと色みがかって見えた。

『焼き物!二人で焼き物を作りましょう!』


――――――


 作業は、山本総隊長のものであった屋敷の一画にある広い土間を借りて行われた。
 この日を迎えるにあたって、沙生は素焼きを済ませた大小さまざまな茶碗を二十用意してきていた。猪口、湯呑、飯碗、皿、当世風のマグカップ等々。護廷隊士が日常使いするための食器を卸している窯元に頼み、焼いてもらったという。


「現世出張であちこち行ってくるとき、必ずお土産屋さんに寄るんですけど」

「よく買ってきて皆に配っているな。菓子や工芸品」

「はい。それで、各地の焼き物って形や色の特徴が全く違って面白くて……自分も何か、なら・・では・・な物を作ってみたくなりましてね」

「そうか。……私とで良かったのか?」

「ええ、お茶碗のココに、ワカメ大使を描いてみたらどうかなって。ご存知ですか?現世では町それぞれに町興しの看板となるキャラクターがいたりするんですよ。地元の伝説や名産を元にしたものが多いんですけど、中には何処から来たのか分からないけど住み着いた妖精とか、53歳のアザラシとかもいます」

「……現世の人間は変わったものを思い付くな」


 聞いた沙生は一瞬目をつぶらかにして、それからクスリと笑った。何が可笑しかったのか――そこは言葉にされなかったが、何とはなしに察せられた。私が見せるようにして口を噤むと、沙生はまた小さく笑った。


「でも変わり種も意外と人気はあって、根付とかお土産の定番ですよ。そういうの見てると、『ワカメ大使って時代の先を行っていたんだな〜』って思います」

「それでか。……兄も絵心はあるだろう。何を描く?」

「ん〜ワカメ大使を描いてもらったら、シンプルに透明なのを施釉せゆうして終わりと思ってましたが――」

「折角だ。絵付けは兄と私の合作としよう」

「そうしてみましょうか。どうしようかな、得意なのは花だけど……」

「ほう。また花を添えてくれるのか?」


 沙生は動きを止めて、また先程と同じような顔をした。円らかに。そして今度は徐に顔を背けた。……少し、耳が陽に照らされているか。昔を思い出せば無理もない。言った私もやや涼みたくなった。相も変わらず私のよりも小さなその手に、つい目がいった。


「でもワカメ大使だしな……海……海ブドウとか……?」

「…………。」


 始まりはたどたどしく、お互い徐々に元の調子を取り戻して、作業を進めていった。
 共に下絵付けをした器に、釉を掛ける。沙生が「縁の辺りにだけ鮮やかな色を施しても良いのでは」と言うので、試しにそうしてみると、なかなか味のある仕上がりになった。


尸魂界こっちでも六古窯ろっこよう物は何故かありますよね。流魂街出身の方が真似て作っているんでしょうか」

「昔から、腕のいい陶芸家などは貴族が瀞霊廷に招くことがある」

「成程……あれっ。じゃあもしかして、現世で亡くなった人間国宝の方とか、こっちでバリバリ現役です!?」

「かもしれぬな」

「ふぁ〜そうかァ〜……盲点だった……ちょっと捜してみようかな……」


 絵筆を片付けていた沙生は、右拳の裏で額を拭う仕草をしながらそう言った。それほど興味があるなら、今度私からも清家に尋ねておこうと思う。調度品や芸術品について造詣が深い男だ。器とその作家にも通じていることだろう。


「他に現世の有名所といえば、清水きよみず有田ありた唐津からつ九谷くたに……名の売れ行きでは敵いませんが、会津本郷あいづほんごう小久慈こくじ楢岡ならおかなんかも素敵ですよ」

「詳しいな」

「爺様が結構持ってました。べつに蒐集家ではありませんでしたが、お土産にちょこちょこ買ってきたり、頂き物も」

「祖父の形見ならば、こちらで兄が愛用しても良いのではないか」

「それもそうですね。今度浦原店長に霊子変換頼んで持ってこようかな……あ、そうそう、この湯呑なんですが」


 おおかた手が空いたところで、沙生は棚に乾かしてあるワカメ大使の湯呑を指差して言った。


「五客揃いのつもりだったんですが、一つだけ他より大きくなってしまって」

「並べ置くとやや目立つが……それくらいは構わぬのでははないか」

「良かったらコレ白哉さん使いま――」
夫婦めおと湯呑とするならおかしくは――」

「…………。」
「…………。」

「ルキアちゃんなら喜んで使ってくれそうですよね!ワカメ大使!」

「そうだな。そうだろう」

「阿散井一家に贈りましょうか、大きいの入れて三客」

「そうだな。それがいい」


 始まりの時をまた繰り返したような、そんな心地がした。

 場所を後にし、何事もなかったように、本焼きの予定について話し合いながら共に帰路を歩んだ。夕焼けに照る雲は鮮やかな陰影で、落ち葉の浮く小川を更に彩っていく。

 変わらぬ関係は安心する。
 この距離感が馴染み深い。

 嘗て一度、緩やかに壊れた赤い橋は、長い歳月を経て修復された。元通り。元の通りに。欠けてはいない。不足はないのだ。
 ――しかしながら。

 橋下きょうかの水面に、覆い尽くさんばかりの紅葉もみじが溜まっている。落花流水とはいかず、あまりの量に自らを堰き止めて積もりゆく。詰まりは、溢れる時も近いだろうか。
 その先へ、お前も流れてゆきたかろう。

落葉らくよう隆々りゅうりゅう流れてつまり


 前回朽木隊長に語り手になっていただいたのってseason1の4月なんですよね。ということはこれで5年半振り2回目。6年目でやっと?初期からの人気キャラがまだたったの2回ですか?Wow!ここは自分の「目指せ死神オールキャラ」の徹底っぷりを褒めておきたいと思います。これでいいのだ、このサイトのスタンスは。
 主人公さんと朽木白哉、二人の関係の軌跡は複雑すぎてこれも作者はサッサと本編を書け案件です。『このほの』本編第18話『徒花は然れど結びあり』から約40年後がお礼文season1『徒雪はそして消えてゆく』、そしてそれから更に約70年飛んだのが今回のseason6『落葉隆々流れてつまり』となります。物語は点と線を繋げて構成するものですが、この3つのお話は“点”部分ですね。線はアニ鰤が完結したらプロットを整え直して書きたいです。
 今年の紅葉は例年より遅れましたね。夏がとても長かったものですから。十月末でも見事に見頃で、おかげさまで私の遅い紅葉狩りは大変満足のいくものになりました!

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