2023/12/31〜1/31
語り手:朽木蒼純
「『あけましておめでとう』が言えない年ってあるよな」
新聞を読みながら零す独り言みたいな声だった。ハッとして足を止め、振り返る。つい先程まで私の少し前を歩いていたはずの一心殿は、冷えていそうな欄干に片腕をのせ、雪の合間を流れる川の
もうじき師走も上がりだ。廷内の死神の多くは仕事納めをして、各々年末年始の支度に勤しみ、休暇を楽しんでいる。あちこちで忘年会が開かれているし、新年会の企画だって練られているだろう。かく言う私も、五大貴族である朽木家の跡取りとして参加しなくてはいけない、伝統の式や盛大な宴の予定が詰まっている。しかし、かくも
「貴方はどこまでも真面目ですね」
「は?どこ見て言うもんかい、俺に言う台詞かねぇソレ」
「お前はまたおかしなコトを」とでも言いたげな目だ。どうも私と彼の認識は異なるらしい。
彼が書類仕事を放ってフラフラしては松本さんによく追いかけられているのは承知している。そこはまあ、もうちょっと何とかしたほうが良いと思うが、いま肝要なのはそこではない。大雑把だったり、適当だったり、後回しにしたりと、彼がそういう風に済ます件は、大抵ちゃんと後でどうにかなるか、どうにかしているし。
一心殿は、人が有耶無耶にしがちな、人として大切なけじめを、ちゃんとつけようとする人だ。それでいて、有耶無耶にする人たちのことを責めないし、けじめを強いない。決して周りに流されないが、周りの流れに水を差すこともしない。流れ橋の橋脚のように自立している。だから、私は彼を、とても真面目な人だと思う。
たとえ浅い仲でも、いかに薄い情でも、きっと彼は隊長として部下だった一人一人を丁寧に追悼する。喪に服すことを忘れない。誰かの死について多くを語らないが、確かに心の中に置き続けている。
「はい。父と似ています」
「俺と?あの朽木隊長が?……バァカ、息子の目がそんな節穴じゃ父ちゃん泣くぜ」
いいえ、
父銀嶺は、朽木家当主として毎年欠かさず様々な新年の会合に参列する。他の皆が笑って浮かれるなかで、ひときわ厳粛で異彩を放ち、大人しく席についている。身内だけの集まりでもあまり変わらない。まだ私が幼い子供であった昔、「父上は共に楽しんではくれないのか」と、寂しさから若干の悪態をついたこともあった。有り体にいえば、「今日くらい、いいではないか」と。心の内をなかなか語ってくれない人だが、近くでその姿を見てきた私は感じ取っていた。隊長はひどく部下思いなのだ。
私自身は、父や一心殿ほどではない。私のことを「優しい」とか「勤勉だ」とか評してくれる人は多いが、実の所いい加減で自分勝手だ。辛い事や悲しい事に向き合い続けるのは苦手だ。嫌だと思うから結果としてこびりついて忘れられないことはあっても、基本は忘れたがっている。褒められるに足る意志はない。それでも、私は自分のこんな
私が引いた線のその先にも心を配りにいく父と一心殿は尊敬に値する。思慮が深く、精神が強くて、器が大きい。そんな素晴らしい人達には余計なお節介だろうが、私は彼らを、私が引いた線の近くに連れ戻したくなることがある。「そんなに偉くあらずとも」と、足を引っ張りたい。聞こえ良く言い換えればそう、私は彼らをこそ心配しているのだ。彼らの強度は私などと同じ程度ではないと知りながら、それでも。
一心殿は欄干から離れ、足元に転がっていた小石を何気なく眼下の川へと蹴り込んだ。間もなくぽちゃんと相応しい水の音がする……かと思ったのに、そんな音は聞こえてこない。
不思議に思って彼の様子を窺うと、態とらしくツンとした表情で一度だけ鼻を啜り、あとは固まっていた。やがて、ぎこちなく徐に片足を上げ始めた。何が何やら。
「なんです、どうしました」
「……挟めっちった」
「はさ――? ッ、ふ、ふふ、」
彼としては本当に何気なく道端の小石を蹴ろうとしただけ。それがこう、なんとも妙なことに、小石は土踏まずと草履の間にごろんとあった。この人はもう、本当に、フフッ、恰好つかないなぁ。挟まった小石をそこから追い出そうと足の指をもがもがさせている姿にもおかしみがある。
あれこれと難しいことを考えていたのに、見事に吹き飛ばされてしまった。まったく卑怯だ。
「ふふふ、私が馬鹿みたいに思えてしまうではないですか」
「あ?そりゃさっきは変なこと言うからつい馬鹿っつったけど、俺よりゃ馬鹿でねぇべ」
「いえいえ、一心殿は馬鹿なのではなく、面白いのですよ」
一緒にいて楽しい、良き
「そうだ一心殿、さっきの蕎麦の話なのですが」
「ん?なんだ?」
「私もお願いします。出来れば三人前」
「おめぇんトコは当日蕎麦でも何でもご馳走出るだろ。食べきれんのか?」
「清家には『蕎麦はこちらで用意する』と断っておきますので。楽しみにしていますね」
「応、いいけどよ……お前の分だけじゃなくて?」
「訳を聞けば父や白哉も食べたがるかと思いまして」
「え〜朽木隊長はべつにって感じじゃね?あと坊主は俺のこと寧ろキライだろ」
「そんなことはありませんよ。それにほら、楠山さんと二人でお作りになるんでしょう?」
「ん。ん? おま……それは……ン〜何か断りたくなってきたァ!!」
「そう仰らずに。お願いします」
もがもがして漸く小石を追い出した彼は、すかさず地団太を踏む。しかしこちらの頼みを無下に断ったりはしない、というかできない人だ。それを知っていて頼む私は、なかなか悪いやつかもしれない。
「それと」
「んぎ〜っ……なんだよ、まだ何か?」
「年が明けたら、楠山さんに新年の挨拶くらいして差し上げてくださいね」
「……はいはい、わーかってるよ。羽根つきでも凧揚げでも付き合ったらぁ。なんならお前も来たっていいぜ」
彼女は父親と正月を過ごしたことがない。羽目を外して楽しく、という経験も少なかったろう。そんな彼女が瀞霊廷で初めて過ごす身内との年末年始だ。子供時代の私と重ねるには彼女はもう大人だが、嗚呼、せめて大晦日と正月くらいは。
故人だって許してくれるよ。だって私だったら大いに許すからね。偲んでもらえるのは嬉しいけれど、あまり慎まれても忍びないだろう?――だから、ね。よいお年を。
みそかに
5年前に書いた大晦日のお話へと続く前日譚をお送りしました。タイトルの『みそか』は「晦日」ではなく「みそかなり」の方です。この筆者はまだ1901年の年末の話を深掘りするのか……って我ながらビックリもんですよ。時系列は年表ページをご参照ください。
蒼純さんが『優しすぎた』人だということは嘗て久保先生がFBで仰っています。あ、フェイスブックじゃありませんよ。ファンブックです。このほのシリーズにおける朽木蒼純とは、本当にたったそれだけの情報から書き起こされている個人の想像上の蒼純さんです。公式では原作でも小説版でも一言も喋ったことのない御方(重要)ですからね?イメージは人それぞれ(忘れてはならない大事な自戒)。私の見解では、彼の自認は『優しくない』だと思うのです。優しすぎる人ってみんな自己評価が優しくないので。一心さんも負けず劣らずなんですけど。だから馬が合うんだろうなぁ(とこれも想像である)。
年の瀬のニュースによると、年末年始をハワイや何やで過ごす人がコロナ禍前より増えているそうで。いいですねぇ、楽しんできてくださいね。アローラ。私は大晦日は炬燵でミスドでも頬張りながら紅白を観つつSwitchでポケモンでもします。
蒼純さんが『優しすぎた』人だということは嘗て久保先生がFBで仰っています。あ、フェイスブックじゃありませんよ。ファンブックです。このほのシリーズにおける朽木蒼純とは、本当にたったそれだけの情報から書き起こされている個人の想像上の蒼純さんです。公式では原作でも小説版でも一言も喋ったことのない御方(重要)ですからね?イメージは人それぞれ(忘れてはならない大事な自戒)。私の見解では、彼の自認は『優しくない』だと思うのです。優しすぎる人ってみんな自己評価が優しくないので。一心さんも負けず劣らずなんですけど。だから馬が合うんだろうなぁ(とこれも想像である)。
年の瀬のニュースによると、年末年始をハワイや何やで過ごす人がコロナ禍前より増えているそうで。いいですねぇ、楽しんできてくださいね。アローラ。私は大晦日は炬燵でミスドでも頬張りながら紅白を観つつSwitchでポケモンでもします。