2023/11/30〜12/31
語り手:浮竹十四郎



 俄雨にわかあめはあがったが、晴れ間は見えない。灰を混ぜた湯に墨汁を垂らし込んだような空模様の、ある日のこと。

 軒下に置かれた大きな籠の中実なかみは、つゆに濡れ艶々ツヤツヤと光る、ころころとした焦げ茶に橙。十三番隊の庭で採れた秋の味覚だ。
 その年のうち雨がよく降れば栗が、日がよく照れば柿が多く生るのだという『雨栗あまぐり日柿ひがき』との言廻いいまわしがあるが、本当かどうかきちんと確かめたことはない。ここにある実の数と、日記に残した天気とを調べてみるのは、暇潰しに丁度いいだろうか。
 日記を見に堂内へ戻ろうとすると、背を向けた庭の方から足音が聞こえてきた。積もり濡れた広葉樹の葉々はばを踏む固有の音色だ。意識より先に目を遣れば、竹箒とを手に歩いてくる沙生がいた。


「こんちは浮竹隊長。ただいま戻りました」

「おかえり沙生。敷石の上を掃除しながら来てくれたのか?ありがとう」

「どういたしまして。濡れていると余計に滑りやすいですからね」


 沙生は縁側の下に道具を追いやって、それからぐっと両拳を上げて伸びをした。俺自身はあまりやらないその緩い動作を、嘗てもよく見掛けたものだ。――よく、また帰ってきてくれた。“日常”と呼びながら常日頃あるとは限らないこの一時いっときは、何物にも代えがたい。


「先生に報告は?もう済ませてきたのか?」

「はい。その足で此方に」

「そうかまた……はぁ、あ〜あ」

「なんですか、出し抜けに」

「お前の最初の『ただいま』は俺のものだったんだがな。役をすっかり先生にとられた」

「そんなことで」

「そんなこと言うな。そんなことなものか」


 俺にとって、どれだけお前の存在が大きいか。知っていて「そんなこと」扱いは意地が悪いんじゃないか。最近ちょっと素直さが足りないぞ。まぁ、京楽と伊勢を見ていると、俺と沙生はあそこまで歪曲してはいないな、と思えて安心することはあるのだが……絶対に人には言えないな。とにかく色々あったせいで、昔に比べて過保護と身贔屓に拍車がかかってしまったのは確かだ。しかし、こうなったのは俺だけの所為じゃないだろう。


「職務優先です、仕方ありません。『先ず儂に』『帰ったらすぐに』『逐次逐一いち早く』と、それはもう口を酸っぱくして言われているのです。耳に出来たタコが酢ダコになる勢いで」

「なんだそれは」

「えへへ、変なこと言いました」


 ツン、と人差し指で額を押してやると、沙生はもっと無邪気に笑った。


「でも先生の気持ちも解る。お前は独断と道草の常習犯だから困ったものだ」

「そんなことは――……や、そんなことは」

「そんなことはあるぞ」


 もう一度ツンとしてやると、今度は誤魔化すように笑った。このくらいの事であれば、誤魔化したいなら誤魔化されてやろう。結局どんな笑顔にも俺は絆されてしまう。彼女の実の父親が見ていたとしたら「親馬鹿ここに極まれり」と呆れられるに違いない。


「浮竹隊長、ここに来る途中に雪柳がちょっぴり咲いてたんです。ご覧になりましたか?」

「へぇ?いや、知らなかったな。折角だから散歩がてら見に行くか。どうだ、付き合ってくれるか?」

「いいですよ、ご案内します。あそうだ、襟巻まいていきましょう。今日は冷えますし」


 こんな寒いなか、よく狂い咲いたものだ――と思ったが、そういえば、昨日までは小春日和が続いていたのだったか。清音も「良い天気だから布団を干せた」と言っていた。俺はずっと寝床に伏せって晴れの空は見られなかったから、実感がないけれど。
 晩秋に差し掛かった庭は寂しげだ。色が褪せていくのは毎年の事だ。紅葉は枯葉に。緑は深く黒く。咲く花は少なく、鳴く虫は眠る。もうすぐ寒い冬が来る。弱った命は吹かれて消える、冷たい季節がやってくる。
 お前のお蔭で、首と心はあたたかい。


「ほら、これ。ちらほら咲いているでしょう?」

「ほんとだ。かわいいな」


 ふつう、雪柳は春に咲く。柳に似た枝ぶりで、葉の形もそっくりで、その上にぎっしりと並ぶ小さな白い花は、まるで雪が乗っかっているかのように見える。可愛らしい植物だ。
 それなのに晩秋に開くとは、季節外れもいいところ。今のこいつの細枝に付いている葉は、先端に二、三枚だけ。花は枝元の近くと真ん中あたりにだけ、ぽつぽつと。


「急に寒くなってビックリしているかもしれないな。今夜か明日には萎れてしまうだろう」

「せっかく咲いたのに。……もうちょっと咲かせておいてあげたいなって、思いません?」

「そうだなぁ……よし、じゃあ生けようか!沙生、持っていくか?」

「頷きたいところですが、すぐにまた現世に行くので」

「なんだ忙しないな。先生も沙生にばかり頼まないで、人員を増やせばいいのに」

「実は私から適任者をご紹介したことはあるんですけどね。その人には何故か別件が振られたようで」

「むぅ……仕方ないか。無理だけはするなよ」

「行き来は頻繁ですが、内容はそこまで無茶じゃありませんし。大丈夫ですよ」


 沙生は何処からともなくつる手の鋏を取り出して、雪柳の細枝を切った。これで花は俺の部屋でいくらか長らえるが、枝は朽ちることが決まった。ところがだ、切られてしまったというのに、その雪柳はさっきよりもよろこんでいるように見えた。


「ご希望なら帰っておいで」


「……なぁ沙生、何か言ったか?」

「いいえ?なんにも。はい、どうぞ」


 そうか。誤魔化したいなら誤魔化されよう。けどな、実をいうと俺はとっくに知っているんだ。お前が花を好きなことも、お前が花に好かれることも。そしてお前は知らないだろうが、俺はお前が大好きだ。花に負けてはいられない。俺もいつかはお前のために、お前の元に。俺にできることなら何でも。いつになるかは分からないが、いつかは必ずやってくる。そう、死期というものは。
 散らすでもなく、落とすでもなく、お前とお前の相棒はきっと還してくれる。亡くしたとしても、無くさないでいてくれるのだろう。
 ん?つまりそうか、雪柳おまえは俺の先輩になるのか?はは、よろしくな。

 一緒に来た道をゆっくり戻って、茶を飲みながら他愛ない話をした。先生の話、同僚の話、黒崎一家の話、虚圏にいる友達の話。沙生の周りには良い人がたくさんいる。ありがたい。これからも仲良くしてほしいと、心から思う。
 日の入りの頃に彼女は帰っていった。いつも「気にしなくていい」と言われるが、何かしら土産を持たせてやりたくなるんだ。今日はあの栗と柿をひょいひょい袋に入れて渡してやった。数なんか数えないで、大きいやつをたんと。


「――あっ。数えなかったな、そういえば」


 まあいいか。それはいつかまた今度、次の時季に。

玄雲に望む帰り花


 いつか来る“いつか”と、もう来ない“いつか”のお話でした。『このほの』本編41話『楼の灼たか鳴り』と、公開できるのが遥か先になるであろう第六章を合わせて読むと、今回の不明な点についてはちゃんとご解釈いただける日が来るでしょう。い、いつか……(台無し)。
 夢小説界隈で俗にいう“救済夢”とは「原作では死亡するキャラクターが命を落とさない展開になるお話」のことを指しますよね。でも私めは「原作通り命は落とすけど心はもっとちゃんと掬われる展開のお話」も“救済”と呼びたいです。でもジャンル分けがややこしくなるからダメですね、弁えます。では区別するために造語でも作っちゃいましょうか!テテーン!“心救夢”と呼ぶのはどうでしょう!“キュウシン”だとどっかのお薬になっちゃうので敢えて逆で。それとも大人しくそのまま“掬心”(キクシン)にした方が良いだろうか……。いや、コレは此処だけの話です。どうせニッチですし私には新語を浸透させられる力なんてないので!解散!

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