何が邪魔なものか

追想
なにがじゃまなものか

 尸魂界開闢かいびゃくの祖を源流とする五大貴族の一、志波家。俺はそこの本家筋に長男として生まれた。
 私有する土地や家は瀞霊廷内にもそれなりにある志波家だが、他の四貴族と比べれば庶民然とするを良しとする家風である。頭の固い掟に縛られることを嫌う者や、一門の名にすり寄られることを煩わしく思う者が多く、過去に護廷十三隊に参入した志波姓は数える程しかいなかったのだとか。
 そも、代々継がれるお家の大事な役割がどでかい砲台の番、そして“発射”ときた。『射法の神髄と口上を会得し、有事には滞りなく働けるよう備えよ』とのことだが、そんな出番は滅多にもこったにもあるもんじゃない。役割上遮魂膜しゃこんまくの掛からない郛外区ふがいくを拠点とした方が都合が良いのもあって、歴代当主の殆どは花火師を名乗って流魂街に暮らしたという。最初は趣味でしかなかった志波の花火はいつしか夏の風物詩と化し、今では八月の夏祭りとして西流魂街名物にもなっている。

 そんなんだからか、貴族然とした貴族からは煙たがられていた。
 五大貴族の集いでは、万が一にでも敵に急襲されて当主が全滅する事態を避けるために、一家は外す決まりがあるらしい。普通に考えたら欠席当番は順繰りにしそうなものだが、これが昔からだいたい志波家であったとか。二回に一回は志波。いやにあからさまである。四十六室を上回る最高権力を発しうる五大貴族による重大な決議の他に、めでたい披露宴や息抜きの茶会であってもその決まりは当て嵌まるんだそうな。如何なる場合も五大貴族当主は一堂に会してはならない。ちゃらんぽらんな志波家を除け者にするには丁度いい決まりだったろう。
 志波家以外の四家と懇ろにしている有力貴族は勿論だが、一部の中・下級貴族からもあまり良く思われていない。「『確かな血筋で特別強い霊力も有しているというのに、護廷という責務を放棄して遊び惚ほうけている』と、妬ねたんだり疎うとんだりがごちゃまぜになったような感情を向けられてきたものだよ」――とは、志波家の現当主であり、見た目はまだ若い祖父の言である。

 十番隊隊長である志波天鷹は、俺の祖父の双子の兄だ。

 この当時に志波家で死神をやっていたのは、その天鷹という大伯父と、一心という叔父の二名だけであった。彼らがどうして死神になろうと思ったのかは知らない。特に大伯父が入隊したてだった数百年前には「『放蕩していた志波がのこのこと戻ってきたぞ』と揶揄されることも少なくなかった」のだそうだ。父母が言っていた。
 祖父は大伯父を慕っていた。しかし、その大伯父は家に近寄らなかった。少なくとも、俺が家でお利口にお勉強して過ごしていた時代には一度も帰ってきたことがなかった。

 妹の空鶴が生まれたとき、その顔を一目見たいという大伯父を訪ねて父母と一緒に十番隊舎に行ったことがあった。見たいのはそっちなのに動くのは俺たちであるという点は何だか釈然としなかったが、子どもながらに「大伯父は“家”という所が嫌いなのだろう」と考えた。実は俺が生まれたときにも同じようにして会いに行ったらしいが、そんなの覚えていられるか。俺にとってはこの時こそが初対面だった。
 顔の左半分に大きな痣があって、左目には瞼を閉じると上下が繋がる傷痕がある。両の瞳は血のように赤くて、下睫毛はちょっと長め。赤ん坊だった妹は、大伯父の真っ赤な瞳を見ると大泣きした。俺もはじめは気が竦すくんでしまったが、すぐにとろけたような優しい顔になり「かわいいなぁ」と言って妹を抱き上げてあやし始めたから、ホッとしたのを覚えている。


「その目、生まれつき赤いのか?」


 ずっと謎だった身内を目の前にして、ガキであった俺は関心のまま不躾に尋ねた。このとき、父母は此処まで足を伸ばした序でにと誰だかに挨拶をしにいったので席を外していたし、別に他の大人もいなかったから、止める者はいなかった。


「そうだよ。生まれた時からこうだ」

「へぇ、黄色や碧あおっぽいのは割かし見たことあるけど、真っ赤なのは珍しいなぁ」

「自分の目の色なんぞ、自分で見る機はさも無ねぇものよ。こうも赤いと怖かぁないか?」

「見慣れねぇとびっくりはする。でも、燃えてるみたいでカッコいいじゃんか」

「そうかい。だがな、あまりじろじろ覗き込むものでもないと忠言しておこう。うっかり火傷させかねん」


 大伯父は妹の小さな背をぽんぽんしながら、目を「へ」の字みたいにして言った。そんな風にして赤い瞳がほぼ隠れたとき、目に目が釘付けになっていた俺はやっと、大伯父のその他の特徴にも気が付いた。左目と十字を切るようにしてある傷痕の他に、左耳から頬にかけても傷痕がある。首の真ん中にも横一文字の傷痕がある。襟で隠れているが、胸にも大きそうな傷痕の一端が見えた。


「……死神してると、そんなに怪我するもんなのか」

「うん?目聡いやつめ。なに、どれもだいぶん昔の傷さね。そこいらの虚に傷物キズモノにされるほど弱くないよ、俺は」

「じゃあどうしてそんな痕があるんだよ」

「逆に考えろ。それでも俺は死ななかった。どうだ、強かろ?」

「えぇ?なんというか……適当だな、あんた」


 隊長をやっているのだから、強いのはそりゃそうだろう。俺は護廷十三隊には特に興味がなかったが、大衆は力ある死神組織の頂点に立つ十三人の話題をまあまあ好むから、噂くらいは聞こえてきていた。歴代最強といわれる刳屋敷の剣八と肩を並べても遜色なかったとか、五大貴族出身者の中でも一、二を争う実力だとか。近頃の新入隊士にとっては憧れの的であるらしい。……貴族諸侯や古参死神からの風当たりは未だに強いらしい、とも小耳に挟んだが。


「なぁ、死神ってやってて楽しいか?」

「何であっても良し悪しはある。楽しいこともあるし嫌なこともあるな」

「……死神が楽しいから、家に帰ってこないわけじゃねぇの?」

「彼処あすこはお前の爺じじいの家だろ。そして俺は出ていった身だ。“帰る”っていえる場所じゃない訳さ。“邪魔”をすることになる」


 適当を言うやつだと思えば、今度は面倒なことを言う。要はよく分からない理由を付けてでも「近寄りたくない」ということではないのか。祖父も父母もあんたを嫌っていないのに。あんたも俺らを嫌っていないだろうに。何がそこまで壁になっている? 何がどうして遮ってくる? 俺には全然分からなくて、まどろっこしくて仕方なかった。


「すりゃあいいじゃねぇか」

「うん?」

「邪魔。しろよ。しに来いよ。邪魔される方は喜ぶだけだぜ」


 こう言ってやったときの俺といったら、訝いぶかり眉で頬はぶすりと膨れ、何とも可愛くない表情をしていたことだろう。それなのに大伯父は「かわいいやつだな」なんて言って笑った。逞たくましい左腕に妹を抱きながら、大きな右手で俺の髪をめちゃくちゃにした。
 「どうしてそんな痕があるのか」という問いの答えは、結局はぐらかされて仕舞いだった。






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