4 つかまえないの
 ポケモントレーナーになったら、はじめにトレーナーズスクールでポケモン勝負の基礎を習う。タイプ相性、状態異常の種類、道具の使い方、きのみの効果、その他諸々。
 野性のポケモンが生息する区域に立ち入る際に必要な常識や、冒険の旅において知っておくべき初歩などは、誰でも子どもの頃に大人から教えられるものだが、対人の勝負についてはスクールで習うのが一般的だ。

 小規模なスクールは各地に複数存在し、十代半ばまでに経験する習い事として最も高い割合を占めるのもこのトレーナーズスクールである。就学や就職で新生活が始まり、新たな人と関係を築き始めるとき、さわりの話題として無難とされるのも「どこのスクール出身?」なのだ。新年度が始まったばかりのブルーベリー学園においても、新入生が自己紹介する際に名前の次に言うとしたら専らそれだったくらいだ。
 スクールに通わなかった例外がいるとしたら、それはポケモン勝負で飯を食っているような身内がいて、その身内から教わったという者か。あるいは、志さえあれば年齢関係なく受け入れてくれるポケモンジムもあるから、そこでジムトレーナーをやらせてもらいながら勉強しました、という者もいるだろう。中にはいきなり旅に出て道中独学で突き進む猛者もいるらしいが、実際はあまり聞かれない。

 しかし何れのパターンでも、はじめてのポケモンは誰かから譲って貰うものだ。両親、祖父母、ポケモン博士あたりから、比較的育てやすい最初の一匹を託してもらう。そして貰った最初の一匹で野生のポケモンとバトルして、どこのショップでも買えるモンスターボールを投げて二匹目、三匹目をゲットして仲間を増やしていく。これが基本の流れだ。ポケモントレーナーになるなら誰もが通る道だ。
 ポケモンをゲットしてもポケモン勝負を目的とせず、日常を共に過ごす家族の一員として迎えたり、専門の仕事を手伝ってくれる良きパートナーとするなど、人とポケモンの関係性は多種多様であるが、どんな場合でもまずはポケモンを捕まえることから始まる。千里の道も一歩から、トレーナーの道はゲットから。捕まえなければ始まらない。「やったー!〇〇をつかまえた!」という経験は、ポケモントレーナーであるなら誰もが通ったはずの道である。それも最初の方で、だ。スクールに通った通ってない以前に、それは大前提というか土台であって、そこを通とおっていないのにバトル学特化を謳うブルーベリー学園に籍を置くなんて、土台無いはずの話なのである。


***


「カキツバタ先輩、聞いてましたか?」

「あっ、あー?ああ、もっかい頼む」

「……ポケモンの捕まえ方を教えてください」

「……んン〜〜?…まぁ……まぁいいけど……あのよ、キランよぅ」

「はい」

「まさかぁとは思うが……まさかポケモンを捕まえたことが〜?」


 普通は「ある」だろう。ブルベリここまできて「ない」なんて無い、有り得ない。きっとおちょくっているか、言い間違えたに違いない。だって聞くまでもないはずだ。そのはずである。あるのだが……有るのか、そんなこと?


「この場合はえっと……はい。バトルしてゲットしたことはない、です」

「……ったァ〜!まさかの天然記念物〜!」


 常備している笑顔にて、おちゃらけたように三三さんさん手を叩く。カキツバタが取ったこの一見浮ふ薄はくな行動は、決して考え無しの煽りなどではなかった。寧ろ瞬間的に色々考え過ぎた結果、咄嗟に出したその場しのぎのお芝居だった。
 珍しくて笑える、なんて呑気な話ではない。カキツバタは内心ひっそりと驚くほかに焦ってもいた。「どう生きてきたらそうなる」。普通なら「ある」はずだが「ない」と言うからには、つまり普通じゃない。キランが「私、学園に来る前は生粋の箱入りお嬢さまでしたの」とでも抜かすならギリギリ笑い話で済むが、それも望み薄うすだろう。九割九分ワケありだ。


「……珍しい自覚はありますが、流石に失礼では」

「悪りぃ悪りぃ、あんまり驚いちまったもんで。てこたぁ何か?キランのポケモンはみ〜んな人から貰い受けたやつらだってことかぃ?」

「いいえ、違います。人から貰ったのは最後の一匹だけです」

「ん?うん……ふ〜〜ん」


 ――最初じゃねえの!?
   “最後の一匹”ってなによ!?

 繰り返すようだが、カキツバタの表には一切の情が出てこない。たとえ裏でどんな事になっていようとも。傍はた目めには飄々ひょうひょうとしているようで、心乱されまくりであった。
 こちらの質問には正直に答えてくれているものとしなければ考察にも意味がなくなるから、ひとまずそうであるとして、カキツバタは彼女の背景について思考を巡らせる。“最後の一匹”発言については今は考えないことにしよう。余剰にややこしくなる予感しかしないから、一時放棄うっちゃる。

 ポケモンゲット“第一の手”、捕まえる。
 「捕まえたことがない」というトレーナーは世のなか珍しいが皆無ではない。というか、駆けだしのトレーナーは皆かつてその状態だった。大抵がすぐ二匹目を捕まえるから早期脱却するというだけだ。
 ポケモンは全て人から貰ったとか、犯罪もいいところだが人のを盗んだとかいう場合も、「捕まえたことがない」という分類にはなるだろう。しかし先の質問でキランは前者の可能性は潰ついえている。かといって後者でもなかろう、勘だが彼女は泥棒じゃあない。

 ポケモンゲット“第二の手”、人から貰う。
 「最初の一匹は貰っていない」というのにトレーナーであるなら、それは不自然だ。カキツバタはこれまで「最初の一匹は貰っていない」というトレーナーに出会ったことがなかった。というかそんなやつ聞いたこともないし、いるかもと意識したことすらなかった。
 キランはまさに慮外の存在である。彼女の連れているポケモンが誰かから貰った最初の一匹だけだったなら、単に他を捕まえずそいつ一匹だけを相棒としてやってきたという平易な解釈に落ち着けたのに。五匹は連れているみたいだから、その線もない。
 誰か大人から最初の一匹を貰えず、しかしトレーナーとなってここにいる。それなりにおかしな境遇だ。もうこれだけで一般的な一般人が想像する一般家庭とはズレた環境に置かれていたと推測できる。

 キランの最初の一匹は、どこから?

 人とポケモンが共栄する以前、モンスターボールが発明されていなかった大昔の所謂いわゆる“ポケモンつかい”ならば、野生のを手製の罠で捕らえてから手懐けるなり、大自然のなかで共生する内に打ち解けるなりして最初の一匹を得ていただろうが、まさか現代にそんな、時代遅れな。……しかし彼女の発言をおさらいしてみると、恐らくそういう方向で合っている。

(バトルしてゲットしたことはない、です)

(育てたというか、一緒に育ったと言った方が正しい気がするので)

 捕まえたことがなくて、貰ってもいない。矛盾していると思うが、他にポケモンを仲間にする方法が「ない」とは言わない。無いこともないのだ。カキツバタには偶々たまたまそういう“第三の手”を得意とする身内がいる。野生のポケモン相手に心を開き、開かれる。声を聞いて心を知る。祖父であるシャガが竜の里から預かっている少女であり、自分にとっては義理の妹みたいな枠にいる“竜の心を知る娘”アイリス曰いわく、「つれてってってボールにはいってきたの」。特殊な状況下で特別な装置を使い野生のポケモンとその場限り手を組むポケモンレンジャーとも違って、人が人に対するのと何ら変わりなく野生のポケモンに接し、キョーダイになれてしまう。まるで垣根なく、自らもポケモンであるかのように。
 人が捕まえようとして捕まえたのではなく、ポケモンが捕まりにきた。能動的ではなく他動的。これも一応「捕まえたことがない」になるか、成程ね。カキツバタはそこまで考えて、「ンな訳あるか」と脳内自打軽叩セルフツッコミせずにはいられなかった。しかしそういう訳だ。感情ではつい否定したくなるが、理論はこれを肯定している。

 生涯、一匹くらいは運命の野生ポケモンと波長ぴったり意気投合して、向こうから捕まりにきてくれる事もあるのかもしれないが――そう何匹も何匹もその気にさせられるものだろうか。彼女って実はとんだ天然ポケモンたらし?……と、意図せずたらし・・・疑惑を向け返すカキツバタであった。


「なぁ、キランの最初の一匹ってどいつ?」

「……この子です」


 キランはそう言ってドラパルトの尾を撫ぜる。ドラパルトは大人しくそれを受け入れる一方、「文句あんのか」とでも言いたげにカキツバタをじぃっと見てくる。「そうかそうかぁ、オマエさんが」。取り敢えず笑って目を見返したが、ふい、とそっぽを向かれた。なかなか気難しい。

 ――ツタージャじゃない、っと。
   オイラの予想はまたハズレかぁ。


「……あっ。でも……」

「ん?どうした?」

「出会ったのは、ジャノビーの方が先でしたね」


 ――え〜?ツタージャじゃなくて?


「へぇ、いつどこで会ったのか覚えてっかぃ?」

「いつ……物心つく前なので正確には……場所は多分リュウラセンの塔の奥にある森です。えっと、すて……いえ、もういいですかね。この話は長くなりますし」

「ステ?捨てジャノビー?」

「……言いましたか?そんなこと」

「す〜〜ん……」


 カキツバタはさっきより一回り大袈裟に「残念」エモートをして気を紛らわせた。凍って解けて濡れている前髪に吹き付けるポーラの風がやけに冷たい。

 キランの経緯いきさつを言い当てるには、安直あんちょこを読むように安直あんちょくにはいかないと、もう十分にわかった。それだけが明快義塾、あとはさっぱり知らんこっちゃの白紙解答。
 盆暗の憶測では彼女を量はかれない。常軌を逸した彼女の人生のレールの角度がどの程度なのか計はかり知れない。いっそ彼女に直接お諮はかりした方がいい。それか図はからざりき真実は馬鹿の頭で測はかるより謀はかって発覚ってか。
 要は、もう当てにはいかず知りにいく。キランをX変数とするなら、解ひみつを導く途中式を自力で考えるのはもうやめだ。馬鹿じぶんには解けないからXキランを直接どうにか暴あばいちまおう!……以上がカキツバタの無秩序カオス解答アンサーである。手始めに、今一番気になっている、さっき措おいてきたお題を拾って突き付けてみることにする。


「じゃあさ、キランの最後の一匹って何?」

「それは…………」

「……ホレ、早く」

「……そんなことより、カキツバタ先輩」

「またそれかーぃ」

「はい。そもそも、先にお尋ねしたのは私です。ポケモンの捕まえ方を教えてください」


 もはや予想外とは言うまい。のっけから瓦解崩壊、大撃沈。彼女は「あっち向いてホイ」でこちらの指差す通りに左を向いてしまったとしたら、無言のまま指を掴んで力尽くで上か下にグギッと曲げてくるタイプだ。いやどんなタイプだ。アローラサンドパンだってそんなことはしない。


「『ブルレクのイロハも何もかも』、教えてくださるんですよね?カキツバタ先輩」

「……わーった、わーったからそう見詰めてくなさんな。照れるやぃ」

「先輩」

「へっへっへ、そう睨にらむなって」


 ――可愛い顔が台無しに……
   ……いや、べつに、だねぃ。

 早速レクチャーに入っても良かったのだが、訊いてみれば案の定、キランは未使用のモンスターボールを一つも持っていなかった。カキツバタはブルレクで「ポケモンを捕まえよう」系のミッションが多々課されることを知っていたので、当然ボールも幾らか常備していた。普通のモンスターボールの他に、プレミアム、クイック、ネスト等々を彼女に譲ってやると、ボールにも様々な種類があることを初めて知った風な反応をされて、カキツバタはやはりまた胸中でこっそり驚愕したのだった。
 自分たち二人以外には誰もいないポーラ屋外教室の長椅子に、ボール一種類につき一個ずつ、整然と並べ置く。カキツバタはその手前にしゃがんで、ちょいちょいとキランを手招きした。彼女は適度な対人距離パーソナルスペースを空けて、その隣にしゃがむ。
 この学園はバトル学特化を謳っていて、つまりポケモンの捕まえ方やボールの種類といった初歩中の初歩はわざわざ授業で取り扱わない。彼女の異常ともとれる無知が最初に露見したこの場に立ち会ったのが、自分一人で本当に良かったと思う。勝手に期待したり憧れてくるやつというのは、勝手に幻滅するし倦うんでくるものだ。彼女のことを勝手にヨイショしてお祀まつりワッショイしていた部員たちには下手に知られないように、悟らせないように済ませたい。


「ひいては週末オイラとお勉強会なんてどうよ?」

「何が『ひいては』ですか。今、ボールの特徴を説明してくださる文脈でしたよね」

「しかしだぜぃ?キランよぅ、なんとなぁ〜く自分でも『私けっこう色々知らんねんな』って思ったりなんだりしませんこと?」

「……口調が迷子で面白いことになってますよ、カキツバタ先輩」

「いーからいーから。な?オイラ勉強苦手だけっどよ、知ってること人に教えんのは上手い方だと思うぜぃ?」

「……んーと…」

「後輩は先輩に甘えとくもんさ。それにオイラなら『ンなことも知らねえの』なーんて言わない、初歩でも何でも懇切丁寧に教えてやっからよぃ」

「……考えておきます、で、いいですか。ちゃんと……考えておきますから」

「ん。色好いお返事お待ちしてんぜ。スーパーとハイパーは知ってんだな?そいじゃまずはクイックから――」


 教えてやれば何のことはない、キランの飲み込みは早かった。序でに他の道具についても教えようかと思ったが、流石にキズぐすりやなんでもなおしは知っているようだった。但し、誰かから教わったのではなく、使い慣れているのでもなく、「落ちていたのを拾ったことがあって、そのときラベルの説明書きを読みました」とのことだった。
 寧ろカキツバタの方が説明書きにきちんと目を通したことがなかったので、やや思う所あって反省した。幼かった頃、ポケモン勝負で相手のメラルバをこんらんさせたとき、相手トレーナーがなんでもなおしを使ってこんらんを治したのを見て「こんらんも治せるなんて知らなかった!」と混乱した思い出が、あったりなかったり。そのまた後日に野生のコロモリに手持ちのキモリをメロメロにされたとき、なんでもなおしを使ってみたが何の効果もなかったことも、あったようななかったような。恥ずかしい昔の話だから、誰かに話すことは後にも先にもないだろうが。
 閑話休題。
 お次は、実践に先んじて口頭で、初心者にも分かりやすいようにポケモンの捕まえ方のコツを伝授していく。


「攻撃して体力を減らすと良いのですか。進化前の子を捕まえたい場合、殆ど一撃で倒してしまいませんか?」

「モチロン威力低めの技でやんのさ。でもやっぱ捕まえたいってときゃ、相手の体力を確実に1残す技が便利だぜ。『みねうち』とか『てかげん』。どっちもノーマル技だから、無策じゃゴーストタイプ相手にゃ効かねえけっど」

「私の手持ちに覚えられる子はいるでしょうか」

「っと……あちゃー、手がねえやつかゴーストタイプしかいねえもんなあ」

「それでは……うーん……」

「まぁまぁ、状態異常にしても捕まえやすさは上がるって言ったろぃ?『へびにらみ』ならアーボックかジャローダが――」


 非常にブルレク慣れした上級生は、捕まえたいポケモンの背後から不意をついたうえで即クイックボールを投げるそれはさながら“ニンジャごっこ”と化すものだが、キランはてんで初心者の素人だ。効率主義が過ぎて戸惑われかねないこの秘儀を教えるのは後々で構わないだろう。自分が今日の内に彼女に教える事は、ひとまずこれくらいでいい。
 さて、実践だ。二人はポーラ屋外教室を出て、サクサク雪を踏み鳴らしながらゆっくりと雪山を下っていった。


「ゴルーグとかいるんですね」

「でっけぇよなあ」

「でもこおりタイプではありませんね……」

「あぁ、そういや『こおりタイプのポケモンを捕まえよう』だったっけ。へへっ、当初の目的を忘れかけてたわ」

「……ブルーだ、初めて見た……」

「こおりタイプじゃないねぃ」

「あっジュラルドン……こっちに向かってきますね。こおりタイプじゃないですが……」

「オイラがバトルしといてやろうか?」

「いえ、お手は煩わずらわせません。カキツバタ先輩のミッションに関わるならお譲りしますが」

「えーっとぉ、オイラのミッションはー……『わざマシンを作ろう』。これってセンタースクエアまで行かねえとなんだよなぁ……めんどくせえめんどくせえ、あとあと。何ならオイラのミッションは今日は別にいいや、BPに困ってるワケでもねえし――」

「そうですか。では、先に進みましょう」

「ん? 待て、ジュラルドンどこいった?」

「? ドラパルトがやっつけましたよ」

「は? つょ……え、ちょ、見てなかった。もう一回」

「あれは……ロコンでしょうか?雪まみれで真っ白……?」

「おーぅいキランさーん?聞いてっかーぁ?」


 新入生がテラリウムドーム内で倒すのに手こずるポケモンといえば、ジュラルドンはその筆頭なのだが。思っていたより強いぞ、彼女。カキツバタはまたワクワクが込み上げてきて、自然と口角がやや上がった。いつもの胡散臭い仮面が一瞬だけ透けて浮かんだ稀まれなる本来の笑みだったが、キランは見逃したのだった。


「ロコンの“アローラのすがた”、リージョンフォームってやつ。見んのはお初かぃ?」

「……聞くのも初めてです」

「そっかぁ。ま、たしかリージョンフォームについては授業で先生が教えてくれっからさ。オイラだってちゃんと習ったのは去年とかだったし、全然気にするこたぁない」

「……そうですか」

「そうそう。元は同じポケモンでも生息環境によって色やタイプが違ったりしてな?中にゃ進化先の形態が全く変わるやつもいたりしてよ。そのうち図鑑でも見してやろっか」

「はい。……ありがとうございます、カキツバタ先輩」


 前方をてちてち歩き回っていた真っ白いロコンは、やがてこちらの存在に気付いた。さっと一歩足を引き、警戒姿勢をとっている。


「ちなみにお目当てのこおりタイプよ」

「私の知っているロコンはほのおタイプですが……まるで正反対なんですね。不思議」

「面白ぇだろ?」

「はい。知らなかったことを知るのは、とても」


 キランがボールを投げてくりだしたのはアーボックだ。カキツバタの教え……というか定石通りに、初手は『へびにらみ』。お腹の模様で怯えさせて、相手を麻痺の状態にする。命中率100%。ロコンが痺れた様子を見て、迅速に捕獲のためのボールを構えて――投げた!


「あ」
「ありゃ」


 ぽんころりん。キランが投げたプレミアムボールは、ロコンが立つ所より随分手前に落ちて転がった。


「……ポケモンを捕まえるのって、難しいですね……」

「い、いやいや。いやいやいや!ふっ、あははは!いやぁ、オイラ初めて見る光景かも」

「そういえば投球練習なんてしたことありませんでした……皆さんは、そんなに狙いを付けるのがお上手なんですか?」

「オイラも投げる練習なんて別段やってねえ……けど、いったん中に入ったポケモンが出てきちまう事はあっても外したこたぁない、な。そういや何でだろ……あー…次はロコンの体に当てるっつーより、ロコンの頭の上めがけて飛ばす感じで……どう?」

「当てなくていいんですか?」

「改めて思い返すと……そうさなぁ、だいたい近いトコ飛ばせりゃあボールが反応して開いてたか」

「何気なく使っていますが、物凄くハイテクですよね」

「だなぁ。……って待て待て、待てぃ。今度は何するつもりでござんすかぁ?」

「? ロコンを捕まえるつもりです」


 ぽんぽんと軽快に会話を交わしつつ、キランは先程投げたプレミアムボールを拾っていた。人がポケモンを捕まえようとして盛大に外した珍光景を初めて見たばかりだったが、投げたボールをよっこいしょと拾ってまた構える光景もまあ初めて見た。これは常識だと思うが、キランならこれも知らなくても仕方ないか。一度投げて使ったボールは、ポケモンをその中に捕まえられなかったとしても、もう使えな――いや?……そうかひょっとして、外したからまだ未使用のままってこと、なのかも?
 カキツバタにとっても初めての事態だから、どうなることやら全く予測が立たない。彼女は会話だけに留まらず、やることなすこと予測不能なのか。こんなに面白い子がいていいのか。
 同じボールを再び構えた彼女はしかし、なかなか投げなかった。やがてゆっくりと腕を下ろすと、とことこと更にロコンに近付き、とうとう目の前にまで進んだ。腰を折って手を伸ばせば触れられる、そんな距離だ。


「キラン?」


 そして彼女は、腰を折って手を伸ばした。コツン。ロコンの額に、プレミアムボールが軽く優しく触れる。手に持ったままのボールは薄く口を開いて光に包まれ、閉じると一度だけ揺れた。


「ロトム、画面見せて。……よし、無事ミッションクリアです。捕まえましたよ、カキツバタ先輩」


 彼女はボールを頬の側に寄せて、ふわりと笑った。


「……ぉおー!おめっとさん、初ミッションクリアおつかれーぃ」


 ――何だろう、なんか肩の力スッゲェ抜けた。
   ……なんだろう。


「わっ」
「お?」


 ぽひゅん。キランの手にあったボールが忽然と消えた。今度はカキツバタにとって見慣れた光景のそれ、ポケモンボックスへの自動転送だ。


「そうか、自動で送られる設定にしてあったんだっけ……ボックスって使ったことがなかったので、すっかり忘れてました」

「おー、そっかそっかぁ」


 ポケモンボックスを使ったことがない、とな。それもまた珍しや、イマドキ手持ちが一匹だけの幼稚園児でさえ使ったことくらいはあるだろうに。しかしこの程度ではカキツバタもそろそろ驚かなくなってきた。いちいちリアクションしていたら、間食した菓子のカロリーも怒濤に消えていきそうだ。
 しかし、だがしかし、だ。カキツバタは今も静かに度肝を抜かれていた。ボックスへの自動転送が行われるときというのは、手持ちが六匹フルにいるときだけなのである。つまり、彼女の手持ちは六匹いたのだ。アローラロコンは七匹目だ。


「……やれやれ、秘密の多いこって」


 まぁ、女の子だしなぁ。お年頃の女の子なのだから、自分なんかよりたくさん秘密を抱えていて然しかりだろう。いま六匹目について問おうとも、きっとこれまで同様にはぐらかされて終しまいになろう。
 ――ならば、いずれ。いずれじっくり時間をかけて聞き出せばいい。キランを知りたい。彼女が学園に在籍している間、少なくとも、いやきっと三年。何だか無性に、三年かけてでも暴きたくなってきた。

 ……その計算だとカキツバタはまた留年を繰り返す予定になっているのだが、君は深く考えてはいけない。
 適宜適度に、緩い距離感。その信条モットーを、どこからともなく湧いてくる好奇心に負けていつの間にか無視している自分に、自ら引いた一線を自ら踏み越えていく行為の愚かしさと愛おしさに、果たして当の本人は気付いているのか、どうか。


「ボックスを開いて、えーと……ここを、こう、かな?」


 ぱしゅん。光と音と共に、アローラロコンがキランのボックスから外に出された。キランは先程カキツバタからボールと一緒に貰っていたキズぐすりとまひなおしを取り出すと、慣れない手つきでぎこちないながらも、丁寧にロコンにスプレーしてやっていった。


「よしこれで全快……のはず。じゃあね、バイバイ。ミッションに協力してくれてありがとう、ロコン」

「……キラン?今なんて?」

「え?……はぁ、だって悪いじゃないですか。一緒に来たいかどうかもまだ聞いてなかったのに、連れて行っちゃったら」

「……余韻ンン!!」


 彼女のやる事は、やっぱり予測不能だ。


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