暗転、生は儚き

死ぬれば死神
あんてん、せいははかなき

 黄昏時たそがれどき、陽の沈む先がよく臨める断崖の上に立ち、左腕を緩く伸ばす。右手の指先をそっと咥えて、ぴぃ、と短く音を鳴らした。

 高い山の天辺より更にどこまでも高い空。

 気持ち良さそうにゆったりと旋回していた相棒は、こちら目掛けて直下に降りてくる。はじめの頃は怖くて腕を引いたり反射で目をつむったりもしたが、今ではすっかり慣れたものだ。それにこの賢い相棒は、腕に留まる直前に翼を開いてふわりと減速し、可能な限り衝撃を起こさないようにしてくれる。人間と鳶では話など出来やしないが、私がよちよち歩きだった頃からずっと、十五年以上も一緒にいると気心も知れてくるというもので、私たちはお互い唯一無二なのである。彼は、名をハクという。


「じっとしててくれよ…………よし、もういいぞ。ご苦労さま」


 彼の足に付けてあった小さな筒を外してやると、私の目を覗き込みながらピョロロと小さく鳴いて、さっと飛び立っていった。坂を少し下った先にある小さな神社の鳥居がお気に入りみたいだから、きっとまたそこに行くんだろう。

 私は、この山の道場に爺様と二人で暮らしている。爺様は多くの優秀な弟子を持つ剣術の師範だ。ここで修行を積んだ者たちの多くは、街で新たに道場を開いたり、用心棒として取り立てられたりしている。相棒がふらりと麓へ行って帰ってくると、たまにこうして友や弟子から爺様への手紙が預けられているのだ。
 どうして彼らが数いる鳶の中から私の相棒の見分けがつくかというと、単純明快、一羽だけ明らかに色が異なっているからだった。ふつう鳶の色といえば茶系だが、彼は絹のように白く、そして翼の先の方だけ処々薄い茶が滲んでいる。鬱蒼とした森の中や月明かりの下でもよく目立ち、私達には辛い登山下山も彼ならあっという間で、とても頼りになる飛脚をつとめてくれている。

 手紙を持って爺様がいるはずの道場へ向かう途中、私は覚えず歩を止めた。背筋が、すっと寒くなる。


「な……何なの、これ……」


 酷く抉られた地面、残らず砕かれた石塀、点々と続く血の痕。うるさくなり出した胸を抑えながら赤を辿っていけば、開きっぱなしの道場の入口まで来たが、まだ裏庭の方へと続いていく。嫌な予感が止まらない。今は私と爺様しかいないはずだ。いったい、何者が来たというのか。
 誰もいない道場の奥の掛け軸の下に目を遣ると、いつもそこにあるはずの刀のうち一本がなくなっていた。爺様が持っていったに違いない。深呼吸をしてから、私は残りの一本を手に取る。


「……母様、父様――」


 優しく芯の強かった母と、顔も名も知らないが母が愛した人である父に、「どうか勇気をください」と心の中で祈った。その直後、恐怖心を煽るような唸り声がびりびりと空気を震わせた。急いで刀を腰に差し裏庭へ回ると、目に飛び込んできたのは不気味な仮面をつけた異形の化け物の姿だった。化け物は、まみれの爺様にのしかかっている。


「じ、爺様!!」

「沙生!……駄目だ!来ては」

(ならん)


 爺様の言葉は最後まで紡がれることなく、飛沫しぶきが上った。


「じい、さま」


 ぴくりとも動かなくなった爺様に向かって、化け物は再び牙を向ける。そのとき、私の中で何かが音を立てて失せた。


「貴様、許すものか……!!」


 踏み切って距離を詰め、化け物の腕を斬りつける。落とすまでは行かないまでもかなり深くいったようで、より醜い唸り声を上げて暴れだした。とにかく得体が知れないが、斬れるなら何とかなるかもしれない。いま私が背を向けて逃げたとしても、どうせ奴は追ってくるだろう。ならばここで仇を討たずしてどうするのか!
 すかさずもう一度腕を斬りつけ、そして腹を突いた。おぞましい化け物でも血は赤いらしい。奴が尾で叩き潰そうとしてきたため一旦退き、隙を見て脚を斬り、また尾を避け、斬る。
 しかし幾度くり返しても奴は一向に倒れず、私には擦り傷と切り傷が増え、息が上がり、袴も泥だらけになっていった。


「おい、お前!頭だ!そいつの頭を狙え!」


 急に聞こえた声に驚いて振り向くと、黒い袴服の男女が数人こちらに向かって来ていた。知らない者たちだが、ここは言われた通りにやってみるしかない。奴が力を溜めてこちらを潰しにかかってきた瞬間、今度は飛び退かず思い切って懐に潜った。そこから真上に跳躍し、奴の顎から脳天を砕く勢いで斬り上げる。すると今度こそ倒れ、砂のようになって消滅したのだった。


「や…やった……?」


 ほっと安堵した瞬間、脳天にずどんと手刀が落ちてきた。


「い゛っ!?」

「やった……じゃねぇよボケ!なんで最初っから頭狙わねぇんだ!基礎中の基礎だろうが!」

「はー!?誰!?いきなり何様!?」

「何様ってそりゃ……あん?……お前……人間か?」


 何を当然のことを言っているのだろう、と思った。他に何に見えるというのだ。笑ってやろうとしたが、男は物珍しげにじろじろとこちらを見、その顔は至極真面目だった。後ろにいる他の者たちもみな同じような反応をしている。どうやら私とは“当たり前”があべこべみたいだ。「人間か」とは何事か、まるで貴様らは人間ではないみたいではないか。


「その刀は斬魄刀ざんぱくとうじゃねぇのか?なら、なんでホロウを……」

「?……そんな銘の刀じゃないけど。あなたたちは何者なの。ここの出ではないでしょう」

「あ?ああー、えーと、そう!俺たちは化け物を倒して回る剣客集団だ!都じゃわりと有名なんだぜ!ほんとに!」


 まさに今考えました、という風だ。嘘が下手とかいう程度じゃないが、騙して悪さをしようという風でもない。


「胡散臭いと蹴ってやりたいところだけど……あんなのと戦った後じゃあね。あと少し早かったら、爺様は……」

「……すまない、間に合わなくて」

「いや、もしもの話をしても仕方ない。誰のせいでもない……でも、私があれくらいやり合えたなら、師範の爺様ならなんなく倒せたはず……とは思ってしまうかな」

「それは、爺さんにはアレが見えなかったんだろ。霊力って力が強くなきゃ、気配だって感じることはできねぇんだ。お前は特別それが強いみたいだから、はっきり見えたんだろうな」

「そう?レイリョク?初めて聞く……」

「し、志波三席!!」


 控えていた男の一人が、手の中に持った物を驚愕の表情で見ながら大きな声を上げた。只事ではない様子に、私と話していた志波と呼ばれた男は即座に纏う空気を引き締めて問う。


「どうした見坊けんぼう

「一気に五体近付いてきます!巨大虚ヒュージホロウです!!」


 ざあ、と風が凪いだ。巻き上がった土埃と黒い雲が太陽を遮って、つい先程までの暖色の黄昏時が嘘のように辺りは暗く冷たくなっていく。
 低く腹に響く音と共に、空が割れた。目を疑ったが、何度瞬いても空が割れている。その空間は深淵のように黒く渦巻き、さっき私が倒した化け物より倍はあろうという大きさの化け物が、言われた通りに五体現れた。


「な……嘘でしょ、こんな場所に、急に……隊長の予感が当たるなんて……」

南舘みなみだて狼狽うろたえるな!おい人間、お前は下がってろ」


 志波は鬼気迫った表情で言い放った。他の者たちもそれぞれ抜刀し、空の渦を睨みつけながら構えをとる。情けないことに、私は身動きがとれないでいた。さっきのよりでかく、数が増えただけではない。芯から恐怖を溢れさせるような嫌な圧力が先程の比ではないのだ。少しでも気を抜いてしまえば、それは言葉通りに気を抜かれて死ぬことになる――そんな直感が働いた。ああ、呼吸とはこんなに難しいものだったろうか。


「力の出し惜しみなんかしてる場合じゃねぇ、死にたいのか!始解しかいできるやつはさっさとやるぞ!」

「「はい!!」」

水天逆巻すいてんさかまけ!『捩花ねじばな』!」
け――『八多羅丸やたらまる』」
細流せせらげ、『睡籠すいろう』!」


 志波、見坊、南舘が口上をあげるとともに、彼らの持つ刀が光を放ってそれぞれ変形した。水流を連れる矛、シャンと鳴る輪が幾つかついた薙刀、そして刃が長く限りなく透明に近い刀。化け物を相手取るからには、こちらも奇怪な術や武器を使うらしい。信じられない光景に目を丸くしていると、その間に彼らは見失うほどの速さで飛び上がり、降りてきた化け物どもと戦い始めていた。

 絶え間なく鋼が鳴き、巨大な爪は風を裂く。そしてまにまに赤が宙を舞っていた。黒袴たちは果敢によく戦っているが、圧しているとは言い難かった。一体の化け物をなんとか斬り捨てたとき、こちらの犠牲はその倍だ。そうしていけばどんどん不利になっていくのが摂理であって、まだ立っている者はみな傷は深く、呼吸は浅いものを繰り返していた。

 どうして彼らは戦っているのだろう。仲間を失ってまで、己の血肉を零してまで……むざむざ殺されたい訳はない。逃げられるのであれば逃げてしまえばいいのだ。しかしよく考えてみろ、彼らの背にいるのは誰だ。私じゃあないか。彼らが私を守るために戦っているのは明白だった。
 そこまで頭が回って後悔した。うぬれでありたかった。これ以上、私のために誰かが倒れていくのは耐えられない。


「ぐっ!?あ゛っ……」

「南舘!!」


 巨大な化け物の手に捕まった彼女が苦しそうに呻いた。奴は口角を上げて、徐々にその力を強めていく。他の者は助太刀したくともそれを許されず、それぞれ相手している化け物の攻撃を受けて後手に回っていた。骨のきしむ嫌な音が鼓膜を震わせる。


「ぁ……たす、け…て……」


 彼女の涙がぽたりと落ちたのと同時に、自分の肩に重さを感じた。ハクがとまったのだ。不思議なことに、恐怖で固まっていた心身が温度を取り戻していくのを感じる。


「……ああ、そうしよう」


 そう口に出すと、体がすっと動くようになった。恐怖心が消えた訳ではない。ただ、応えようと思っただけのこと。
 私が走るとハクも同じ方向に先行して飛び、鋭いくちばしで素早く化け物の両目をついばんで潰した。南舘を掴む手の力が緩んだところで、すかさずその手首を斬った。太刀筋に迷いはなく、すっぱりと切断されて落ちていく。じゅうぶん手は開いていたから、彼女も受け身は取れるだろう。


「さて、息の根を断つには頭だったか」


 ハクが鳴きながら飛び回っているから、目の見えなくなった奴はそちらに注意を引かれている。気取られない様に静かに背後に回り、そこにある塀を目掛けて跳び更にそこを蹴ることで、なんとか首筋より上をとらえる高さまで跳ぶことができた。


「――ね!!」


 頭頂部に刀を振り下ろし、落下する力を使ってその体を真っ二つに斬った。向こうに落ちた手と縦半分になった体は、砂のような粒子となって掻き消えた。何度見ても不思議なことだ。


「南舘、お前は怪我の酷いやつらを連れて下がれ!」

「で……でも、それじゃ」

「死ぬつもりぁねぇよ!……頼む」

「分か…りました、すみません、海燕、さん」


 ふらふらと立ち上がった彼女は、辺りに倒れてまだ息のある仲間に肩を貸しては後方へと退がることを繰り返す。そこに化け物が立ち塞がろうとすれば、志波と見坊が剣戟を見舞いして足止めした。残りは二体、双方消耗が激しく勝機は五分か――。

 理性のない化け物は、それこそ死ぬまで殺すことに尽力するのだろう。お互い深手を負っていることには変わりないのに、傷が開き、流れる血が増えようと構うことなく暴れ続ける。
 遂に見坊ががくりと片膝を突いた。薙刀を杖代わりにして倒れるものかとこらえているが、敵は待つことなどしてくれない。好機とばかりに、彼を貫こうと爪を光らせた。


「見坊!動け!見坊――!!」


 もう一体の化け物の攻撃を受け競り合って精一杯の志波が声を張り上げるが、見坊は虚ろな様子で動かないままだ。しかも一瞬のよそ見がたたって、志波には化け物のもう片方の腕が振り下ろされようとしていた。

 別に、私は死のうと思った訳ではない。死んでまで助けたいと思うほど仲良くもない。だって、ついさっき会ったばかりだし。それでも反射的に動いてしまったのだ。私も、相棒も。
 結果、見坊を貫かんとする巨大な三又の爪すべてを防ぎきることはできなかった。真ん中の一本だけを手折って、左右の二本は容赦なく私の胸を穿った。志波の頭をぶち飛ばそうとした腕に特攻した相棒は、その身を以て衝撃を相殺した。

 要は、私も相棒も、死んだのだ。

 だがどうだろう。見るも無残な一人と一羽の抜け殻を、血を流す前の見目をした一人と一羽が見下ろしているではないか。


「はぁ、死ぬとこうなるのか」


 殻を脱いだからか、やけに身が軽い。理屈は分からないが、幽霊というやつになると自由に空中に浮いて思った通りの方向にすいと動くことができるみたいだ。それにしてもすぐこちらに私たちが浮遊していることには気付かないまま、志波と見坊は目を見開いて呆然としていた。


「ぼうっとしない!死ぬよ!」


 彼らに私の声が聞こえるのか怪しみながら喝を入れてやると、二人はやっと浮遊する私とハクに気が付いた。聞こえたみたいだ。これもレイリョクという力にるのだろうか?


「そん、な……それがしが動けなかったばかりに」

「なぜ出てきた!どうして庇ったりした!」

「なんでも何も、目の前でバタバタ倒れていくんだもの。それをじっと黙って見てるなんてことは……死ぬより辛かったからさ」

「……馬鹿野郎が」

「死人を早速責めないでおくれよ」


 まだ危機は脱せていない。凶刃から二人を庇えたとはいえ、奴らは倒せていないのだ。このまま二人がやられてしまえば、私は死に損以外の何ものでもなくなってしまう。しかし、手の中に刀は既に無い。


(戦うすべが欲しいか?)


 聞き覚えのない声が、頭に直接語りかけてきた。けれど不信感を抱くことは一切なく、声の主が誰なのかも直感で理解することができた。


「……ハク?」

(そうだ。願うのであれば、いつまでもお前と共にあろう。そして、お前の力になろう)

「ありがたい申し出だね。私も、君と共にありたい」

(承知した。……沙生、戦おう。奴らの命をさらってゆくぞ)


 ハクの霊体が少しずつぼやけて、月明りの下の雪花のようにきらめきながら無数の粒子にほどけていった。そしてそれらは私の胸のあたりに飛び込み、みて見えなくなる。
 轟々と魂が燃え上がる感覚、しかし反して心は静けさを秘めていた。手の先に、強い力と熱が集まっていくのが分かる。


「(さあ、いこうか)」


 両の手を振り上げてみると、その軌跡には眩しく燃え盛る白い焔が現れた。信じられない光景だが、今は化け物を倒すのが先だ。まずは見坊の前に立つ化け物に向けて、勢いよく手刀を振りかざす。すると手から離れた焔は孤を描き、奴の身を焼きながら引き裂いた。

 負けない。私は一人では戦っていない、相棒と一緒だ。過信や慢心とも違う、清廉な優越とでも呼ばれよう気力が俄然湧いてきていた。

 次に、志波が相手をしていた方と距離を詰め、喉元に指先を突き立てた。そこに力を集中して放つと、奴の内から焔が生じて徐々に全身に広がり、その魂ごと燃料としているかのように激しく燃え上がる。化け物が苦しさに転げ回っても焔は消えず最後まで燃やし尽くし、周囲を照らしながら消滅していった。私の両手もその白い焔に包まれているが、ただただ温かく、火傷やけどはしていなかった。


「嘘だろ……なんだ、その力――」


 かえりみると、黒袴たちはみな私たちを見ていた。しかしその表情は恐怖ではなく、奇異でもなく、さげすみやあわれみなどは欠片もなく、まるで初めて蛍をみつけたわらべのように輝いていて、ひどく心地よい視線だった。


「さあ、ね」

「なんだそれ」


 若干にやけて返すと、志波もまたにやけて言った。だって本当に自分でも分からないんだもの。ほっとしたらなんだか力が抜けて、宙に浮遊していた体はゆっくり落ちた。志波が駆け寄って受け止めてくれたから、不本意ではあるがぼふりと体を預けておく。
 疲労はしているが、気分はだるくはない。寧ろすっきりとした気持ちだ。戦っているうちに陽はすっかり沈みきったようで、夜のとばりが訪れていた。手にはまだかすかに焔が灯っているが、少し肌寒い。


「それにしても、死んだっていうのに人に寄っ掛かれるものなんだな……」


 体温だって感じるし。あいや、もしかすると霊である私が志波の体温を吸ってしまっているのではないか?それなら迷惑はかけられない。起き上がろうとすると、何か思い当たったように志波は「あぁ」とこぼしたあと、私の肩を控えめに抑え、少しだけ眉を下げて言った。


わりぃ、さっきは嘘ついた。俺らは妖怪斬りの剣客集団なんかじゃない。死神なんだ」

「ほ」


 あれが嘘なのは分かっていたが、死神。死神ときたか。悪しき霊とも、黄泉の國の神ともいわれ、生者に憑き死に連れていくというものが、これほど人と瓜二つだとは初耳だ。なにより、伝承や演芸にきく話とはひとつも似ない。


「冗談……とかじゃないよなぁ、うん。考えればあなたたち、普通ではないものね」

「やけに素直に信じるんだな?」

「……驚いてはいるよ。昔から人に忌み嫌われてきた死神の話はなんだったんだって」

「恐くねぇのか?」

「全然。死神が人のためにああして戦う存在だったなんて、知らなかった」

「変な奴だな。それでも大抵は、俺らと顔を合わせると恐がるもんさ」


 私たちを囲むように集まってきていた黒袴――改め死神たちは、どこか嬉しそうにくすりと笑っていた。ほら、彼らのいったい何が恐いものか。


「そうだ、ひとつ…あいや、ふたつ聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「死神も死ぬことはあるの?」

「あぁ。お前からしたら可笑しいだろうけど、死神だって死ぬさ。人とは少し違うが、死が別れになるのは同じだ」

「そっか。じゃあ、私は死んだ甲斐かいがなかった訳ではないんだね」

「おいおい、心配するとこそこかよ……で、もうひとつは?」

「爺様はどうなったんだろうか。私のようになったのでは……」

「爺さんは最初の虚に魂魄こんぱくを喰われちまったから、お前みたいに霊にはなれなかった。だが、爺さんの魂魄を取り込んだ虚を斬ったから、虚の魂魄と一緒に昇華しょうかしたはずだぜ。……恐らくはな。ま、お前の力は滅却師クインシーとは違うみたいだし、なんとなーく俺らに近いもんだと思うから大丈夫だろ!」

「……聞いたこともない単語だらけでよく分からなかったけど……爺様は先に成仏をされたってこと?」

「あー、そうそう!そういうこった」


 こいつ、自分もよく分かっていないのではないか……?志波は案外に適当なのかもしれない、良いやつには間違いないが。しかしあまりに人間くさくて、よけいに死神らしくないなと思った。


「成仏か。どうしたらできる?こんな山奥、誰かに葬式あげてもらうまでだいぶかかるだろうし……六文銭持って三途さんずの川まで行くのもそのあと?」

「おー久しぶりに聞いたぜ、その人間の死後世界観。安心しろ、お前みたいな霊を送ってやるのも俺らの仕事だ」


 そう言うと志波は刀に手を掛けた。が、こちらを傷つけようとする気はこれっぽっちも感じられず、しかも柄の方をこちらに向けて持った。そして、それを私の額にゆっくりと近付ける。
 ――あと少しで触れる寸でのところで、止まった。


「ん。送る前に教えといてやろう」

「……なに?」

「向こうじゃ腹は減らねぇし、何をして暮らそうと自由だ。ただし、お前くらい霊力があると話は違ってくる。腹は減るし、虚に狙われることもあるかもな」

「穏やかじゃないね。死んだら楽になるなんて誰が言ったんだか」

「全くだ。……そんで、気が向けばでいいんだがよ。お前、死神になるといいぞ」

「死神に?なろうとしてなれるものなの?」


 周りの死神たちも揃って「あぁ、それがいい」と言ってくる。なんだ、やけに人のようだと思えば、元は人であったというのが種なのか。


「お前ならそう難しくないだろ。真央霊術院ってとこに行くのが手っ取り早いぞ」

「シンオーレイジュツイン?学校みたい」

「まるっきりそんなもんだ。あ、あと……最後に、お前の名前を聞き」

「あ、ずるい!私にも教えてください」
「某にも、お教えいただきたい」


 遮ってぴょこんと前に出てきたのは、私が化け物の手から助けた女の子の死神だった。蜂蜜色のおさげが二つ、確か南舘だったか。続いて、体躯の良い糸目の坊主。爪から庇った彼は見坊と呼ばれていた。


「お前ら急に割って入ってくんなよ」

「まずは自分からですよ海燕さん。私は南舘みなみだて沢子つやこ!」
「某は見坊けんぼう謙知かねともと申します」

「つやこ?可愛い名前ね。見坊さんは名は体を表すって感じ」

「ありがとう!」
「よく言われます」

「あー分かったよ!俺は志波海燕だ。お前は?」

「……私は、楠山沙生」

「楠山か。覚えとくぜ」
「またいつか会おうね、沙生さん!」
「貴方は恩人だ。いつかお返ししたい」


 私が死神になれたら、また彼らに会うことができるのだろうか。どうせ死後も安穏と過ごせないのなら、それは嬉しいお誘いだった。


「じゃあ、送るぞ。達者でな」

「ん。――ありがとう、死神さんたち」


 今度こそ額に柄が押された。青白くもほのかに暖かい光に包まれて、私の霊体はきらきらと消えていった。




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