無沙汰の便り

死ぬれば死神
ぶさたのたより

「なんで〜!どうしてこうなったんですかっ」

「俺に言われてもなぁ……よし!更木隊長に文句つけてこい!行けっ南舘!」

「それは!無理!です!!」


 更木が入隊試験に乱入し、受験者である一人の女と斬り合って直々に席官に指名したという話は、瞬く間に瀞霊廷中に広まっていた。楠山沙生という者をよく知らない他隊の平隊士などは、それは一体どんなゴリラ女なのかと妄想を巡らせているとかいないとか。
 十三番隊では、沙生なら無事に試験に合格するだろうと見越して、南舘沢子を筆頭とした多くの隊士たちが隊長の浮竹に彼女を推薦しまくっていた。隊長の権限があれば、特定の新入隊士を引き抜くこともそう難しくないからだ。当の浮竹もこれには乗り気で、試験の採点が済む頃を見計らって、七番隊舎まで出向くつもりでいたらしい。しかし、それではまったく遅かったのだ。まさか十一番隊があんな行動に出るとは、誰しもが予想し得ないことであった。


「十一番隊には一本取られましたね。本人が同意したからこそではありますが……しかし、彼女は本当にあそこでやっていけるのでしょうか」

「見坊の心配も分かるが、まあ大丈夫なんじゃねぇか?あいつとやったときにちょっと思ったんだ。楠山には“そういう面”もある、ってよ」

「あのときは二人とも凄かったですよね……でも海燕さん、そういう面って何ですか?」

「ん〜簡単に言やぁ、十一番隊の素質は十分にあったってことだよ。どぉれ、ちょっくら揶揄からかってくるか」

「志波副隊長、仕事はどうされました」

「そうですよ、今日の業務は始まったばか――あ!逃げた!」


 そんなことがあった仕事部屋からは少し離れた所にある、雨乾堂の屋根の下。隊舎を飛び出し遠ざかっていく己の副官の霊圧を感じ取りながら、浮竹は庭がよく見える縁側で熱い茶を啜っていた。


「やれやれ、仕方のないやつだな」

「行っちゃったねぇ……彼も、沙生ちゃんのことはずいぶん可愛がってたそうじゃないの」


 その向かいに座る京楽は、先日に居合わせた入隊試験での事の顛末を浮竹に話し終えたところである。無意識に十一番隊舎の方角を向きながら彼もまた茶を啜ると、香ばしさが口の中に広がった。ここでお茶出しをしてくれる女性隊士は浮竹をよく慕っており、自ら進んでその役割を買って出ているらしい。しかしどうも、客……というか浮竹以外の者には、上等な緑茶を出してくれることは滅多にない。親友に会いにこれまで何度もここに足を運んだことがあるが、飲んだことがあるのは麦茶、番茶、煎餅茶、苦くなった古茶。葉の香る鮮やかな黄緑色の新茶など、夢のまた夢である。


「海燕くんならともかく、ボクは舌が肥えている自信があるのになぁ……」

「ん?なんだ京楽」

「いいや、今のは別に大したことじゃない独り言さ。……すまないね。こうなったのは、ちょっとボクのせいでもある。十三番隊が沙生ちゃんに来て欲しがってるってことは知ってたのに」

「なに、お前が気にすることではないさ。それに、倒れていた者を助けて回って大変だったんだろう」

「だってさぁ。もしボクが七緒ちゃんをウチに呼べてなかったらと思うと……あぁ、嫌だ嫌だ。浮竹だってそんな感じなんじゃないの?」

「それは――……」


 湯呑を持つ手が下がり、言葉は切られた。この男は昔から、裏から手を回したり、必要であれば騙かたりを働くことだってする。しかしその癖に、核心を突かれると途端に嘘が下手くそになるのだ。何重にも仮面を被り誤魔化そうとしても、性根が善よすぎる故にその仮面の造りも脆もろい。こうして一突きで剥がれていく。


「――すっかり見透かされているな。ああ、悔しくて駄々をこねたい気分さ。我ながら、まったく子供じみていると思うよ」

「そーそ。最初っからそうやって、ボクには本音たらしちゃえばいいのよ」


 随分と久しく見ていなかった親友の拗すね顔につられて、京楽も似たような表情になった。暫しそのままにらめっこしていた二人の間に、一匹の白い蝶がひらりと舞い込む。目の前でぱたぱたと動かれては自然と目で追ってしまうもので、二人はつい笑い出して、場の空気と表情は和やわらいでいった。蝶が庭の奥へ飛んでいくのを見送ると、浮竹は一息ついてからまた口を開いた。


「そばで見守ってやれないのは残念だが、そんなに心配もしていないんだ」

「えぇ?だって十一番隊だよ?オトコばっかじゃない、あそこ」

「十一番隊の三席と五席の二人は沙生をここに連れてきてくれたし、よくしてくれた。彼らのことは信用しているんだ。それに、あの子は強いから大丈夫さ」

「強さはまぁ、ボクも実際に見たけど。まさか戦いであんな顔する子だったとは思わなかったしねぇ」

「どうだった?少し、あいつに似ていなかったか」


 京楽は、更木と剣を交えていたときの彼女の笑みを再び思い浮かべた。大口を開けているわけでも、口角を吊り上げているわけでもない。眼差しは至って真剣で、口元が僅かに弧を描いているくらいの笑みだ。かと言って、控え目とも違う。力の限りをぶつけることに悦よろこびを見出し、心の底から打ち震えている――そんな一種の狂気が、嘗かつての友の横顔が、垣間見えた気がした。


「言われてみれば……いやぁ、血筋って侮あなどれないものだねぇ。じゃあ心配いらないのかな」

「ああ。それより、俺が心配なのは涅局長のことの方だよ」

「確かにねぇ……何だか、厄介なのにばっかり気に入られてないかい?」

「……困った…」

「まあまあ、どうしようか一緒に考えようじゃないの。手っ取り早く、脅すとかどう?」


――――――


「脅すとかどうでしょう?なんか適当に、十一番隊の誰かを。それで連れてこさせるとか」

「適当に!?脅す!?莫迦だネ、脳を弄いじって思い込ませるならまだしも、ただ脅してやらせるだけでは表情や仕草に恐怖が顕れる。あの娘はそこまで鈍にぶくなさそうだ。すぐに見破られてしまうヨ!そんなことでは……」


 技術開発局内、とある怪しい研究室。
 涅は「どうやって楠山沙生を捕縛すべきか」という問いを部下に投げかけた。それで阿近が先のように答えたところ、このように声を荒げて批判を始めたのだ。仕事や研究の方針のことは予あらかじめ自分で決めているにも拘わらず、毎回こうして意見を求めては却下し、訊いてもいないのに長々と語り出す。これは涅が何か新しいことに手を付ける際には必ず行う儀式のようなものだと思って、部下たちは半ば諦め、真面目に考えることもせずにいるのだが、涅がそれに気付いているのかは定かでない。


「……というワケだヨ!分かったらさっさと取り掛かれ!」

「了解です。それにしても局長、この娘はそんなに研究のし甲斐がありそうなんですか?」

「……大半の凡人共は斬魄刀の力と思っているようだが、私は別の可能性も捨てていないんだヨ。あの娘は、六車が消える直前に、奴の部下の斬魄刀を譲り渡されたというじゃないかネ。しかし焔の力を使って例の虚を倒した日は、その時期から三ヶ月も経っていない。加えて、先日の入隊試験で焔の力を目にしたという者たちからの聞き取りでは、解号を口にしていたという証言もなかった。そんな短期間の内に、ただの流魂街出身の娘が解号もなしに斬魄刀の力を解放できるとはとても思えんのだヨ。仮に、本当にその短期間で力を得たというなら、それはそれで興味があるがネ。どうやら燃やす対象を絞れるらしいという能力も、細かに分析し解明することで応用もできるかもしれない。私が止むを得ず毒を撒き散らさねばならなくなった場合など、便利そうだからネ」

「なっが……」

「何か言ったかネ?」

「ああいえ、十分な研究価値があることは分かりましたので、失礼します」


 阿近はそそくさと離れて、命じられた作業に取り掛かろうと机に向かう。適当なところで話を切り上げないと、長々と喋っているのは涅の方なのに、作業が遅い、まだかと叱られるからだ。そうなると堪ったものではない。机の上で山積みになっている書類を端に避けて、真ん中に機器を置いた。その際、一枚の書類がひらりと床に落ちた。阿近は面倒くさそうに屈んでそれを拾い、何の書類だったかと目を通す。


「瀞霊廷通信…局長殿に……連載の……ああ、あれか」


 九番隊の編集部が毎月発行している雑誌『瀞霊廷通信』において、涅に連載を持ってほしいという依頼状だった。前局長の浦原も含め、いなくなった隊長格たちもそれぞれに連載を持っていたため、編集部では何とかして失った頁数を戻そうとてんやわんやしていると聞く。最近の号では、編集部の要である編集長の東仙が『次期新隊長候補特集』を組んで自分のことも見開きの記事にするなど、かなり体を張って頁数を稼いでいた。自己顕示欲の強い方ではなさそうだから、無理をしているに違いない。
 不覚にも、思考の中とはいえ駄洒落を発してしまったことに気付いた阿近は、ぶんぶんと頭を左右に振って依頼状を元の場所に戻し、今度こそ作業に取り掛かった。

 九番隊舎、瀞霊廷通信編集室。
 『次期新隊長特集』をはじめとした即興の特集が組まれた今月号が刷られていく中、またも捨て身で頁数を稼いだ東仙は、もう次号のことで頭をいっぱいにしていた。次号からの新連載の約束を取り付けられたのは、二番隊新隊長の砕蜂と、もうすぐ九番隊新隊長になる自分だけだ。自分と同時期に五番隊新隊長に就く尊敬する藍染と、七番隊新隊長に就く同期の友である狛村、長らく空位となっていた十番隊新隊長に就く志波一心、それから浦原の後継で技術開発局局長になった涅にも、どうか連載をと打診している最中である。臨時的に総隊長、京楽、浮竹の連載の頁を増やして貰ってはいるが、あまり彼らに負担は掛けたくないし、正直に言って浮竹の『双魚のお断り!』以外は評判もあまり宜しくない(当人たちには正直に言えていない)。
 藍染に付き従って、自分の上司でもあった六車らを罠にかけたことで、まさかこんな弊害が生じるとは。考えればすぐに分かりそうなことであったが、藍染と己の目的の遂行にばかり集中していた間は、瀞霊廷通信のことなど歯牙にも掛けていなかったのである。あの夜のことを計画し始めた頃からこちらのことも気にして準備していれば、今よりもう少し楽だったかもしれない。それに関してだけは若干の後悔を抱きながら、ああでもない、こうでもないと筆を走らせていた。


「東仙編集長、そろそろ休憩にしませんか?徹夜で籠り続けてばかりでは浮かぶ案も浮かびませんよ。お茶どうぞ」

「すまない……頂こう」


 部下が差し出してくれた湯呑を受け取り、一服する。しかしその味も分からないほど、手を休めている間でも記事のことばかり考えていた。近くの椅子に座って茶を飲む部下は東仙のそんな思考はお見通しで、「本当は休んでほしいんですけど」と前置きしてから話し始めた。


「とってもいいネタが入りましたよ。なんでも、護廷の入隊試験に更木隊長が乱入して女性受験者と一戦交えたうえに、その場で席官に指名して入隊させてしまったそうです」

「乱入?しかも、女性が十一番隊に?本当か?」

「ええ、本当ですよ。更にですね、その場に居合わせた面々が何とも豪華で」

「入隊試験というと、七番隊だから……小椿副隊長か?」

「いいえ。朽木副隊長に、京楽隊長、それとなんと!総隊長まで!」

「何だと……!?」


 待っていた。こんなうまい話を待っていたのだ。東仙は思わず立ち上がり、そんな様子を見た部下は自慢げな笑みを浮かべた。当事者たちに取材をすれば、間違いなく面白い記事が書けるだろう。それにこんな珍事件、きっと噂は既に瀞霊廷中に広まっていて、詳細が気になっている者も多いはずだ。需要もあるし頁も稼げる。文句なしの特ダネに東仙は珍しく大いに喜んで、鞄と貴重なカメラを少々乱暴に引っ掴み、編集室を何日か振りに飛び出していった。書き取り等の手伝いをしようと、数人の部下も慌てて東仙の後を追った。

 十一番隊舎、道場内。
 木刀を打ち合う音が響き、木刀が人体のどこかを叩く音が鈍く鳴り、女の声で「次!」と聞こえればまた最初に戻って、の繰り返し。壁際には熨された複数の隊士たちが寄り掛かり、肩で息をしていた。そこへ、新たな人影がやって来る。出入口の前に倒れ込んでいる汗だくの男をぴょいと飛び越え道場に足を踏み入れると、その気配を察知した女は即座に振り向き、木刀の先を向けた。


「次!」

「気ィ張ってんなぁ楠山。俺だよ俺、別にまた相手してやってもいいけどな」

「海燕さん……!」


 驚いて木刀を下げれば、向かい合った二人はにぃと笑い合った。そして音が止んだ道場に、また誰かが入って来た。いつも一緒の坊主頭とおかっぱ頭、一角と弓親である。


「静かになったってことは終わったのかい?……おや?志波副隊長?」

「お、こいつに会いに来たんすか?ほら沙生、汗拭けよ。水分補給も忘れんなよ」

「ありがとう、一角」


 放られた手拭いを受け取った沙生はそれを首に掛け、額の汗を優しく拭いた。壁際で力無く項うな垂だれる男たちは「女のくせに」やら「新入りのくせに」やら「鬼道系のくせに」やら、負け惜しみのうわ言を吐いている。


「癖に癖にとねちっこい奴らだな。てめえらこそ木刀一本の勝負で負けやがったくせによ」

「素直に認めないなんて美しくないね。これで理解できただろう?沙生が上だって」

「何だ?隊内不和か?」

「そんなとこです。またいつ刃向かわれたとしても熨しますよ」

「逞たくましいこって」


 綜合救護詰所の白い病室以来に顔を合わせた四人は、談話室にでも行ってゆっくり話でもするかと考えて、誰からともなく道場を後にしようと出入口へと足を向けた。すると、その出入口に塞ぎ立つ者がまた一人。その後ろには、更に複数人。


「初めまして……では、ないですね。お久し振りです。私は九番隊の東仙要。君が楠山沙生さんだね」

「……はい」

「入隊試験でのことについて、どうか取材させていただきたい!」
「「「「お願いします!」」」」

「ええぇ……!?」

「おう、良いぜ!」
「構わないよ。ね?」
「んじゃこっちだ、談話室行くぞ」


 困惑する沙生をよそに、三人は面白がって勝手に快い返事をした。信じられないものを見るような目を向けるも、三人はそんな彼女の両肩を押してずんずんと歩かせる。沙生にとって東仙は要注意人物の一人である。向こうからすれば単に記事のネタになりそうな十一番隊の新しい女性隊士、そして六車から部下の斬魄刀を譲り受けて九番隊に勧誘されていたいつかのあの人……に過ぎないだろうが、いつどこで敵対することになるか分からない相手だ。そう簡単に気を許す訳にはいかないし、自分についての情報はできるだけ渡したくない。かと言ってここで頑かたくなに断れば、後から変にこそこそと探りを入れられる可能性もある。頭が痛いが、それなら取材を受けた方がましかもしれないと考えて、沙生は腹を決めた。

 普段はあまり使われることのない十一番隊の談話室が今日だけは賑やかになり、気を利かせた九番隊隊士が全員に茶を配った。茶話会というのもあるくらいだ、話をするならやはり茶がなくては。東仙ら九番隊は紙とペンとカメラを構え、やる気は十分である。


「では早速、入隊試験でのことを……」

「それより先に、十三番隊で受験勉強してたってことから話してみたら?」
「おっとォ、それなら俺らとの出会いと虚討伐の話からしたらどうだ?なぁ?」
「なんなら最初っからだ!俺と見坊と南舘を助けた話をすりゃいいんじゃないか?」

「何すかそれ、聞いてないっすよ」
「志波副隊長、僕らに隠し事が多くないですか?」
「楠山を横から掻っ攫ってったお前らに言われたかねぇ〜」
「「「あっはっはっは!!!」」」

「…………。」


 三人だけで話すな。九番隊と沙生はそう思った。しかし東仙は、このまま三人の話を聞いていれば本人からは聞けないようなエピソードも聞き出せるかもしれないと思い、特に口は出さないことにした。さり気なく件くだんの虚討伐の女性と同一人物らしいという重大な情報も手に入れ、すかさず手帳に書き込む。一方、沙生はこのまま三人に話をさせておくと要注意人物の東仙に聞かれたくないことまでべらべら喋ってしまうと思い、口を挟むことにした。


「特に面白いことでもないですし、入隊試験のことからで……」

「面白そうじゃない、僕も気になるし」
「俺らに会うより前に十三番隊と何があったんだ?」
「それはだな、楠山が現世で生きてたときに」

「「「生きてたときに!?」」」
「ぐえっ」


 一角、弓親、東仙の三人は驚きのあまり声を揃えて身を乗り出していた。反対に、「まずい」と思った沙生は海燕の死覇装の襟を引っ張り、「すぐ戻るから待ってて」と言い残して物凄い勢いで談話室から出て行った。少し走った先の廊下で、壁にどんと海燕を押しやって向かい合う。


「げほっ、ごほ、何だよ、副隊長に乱暴だな!」

「ぅ……すみません、あとでいくらでも謝りますから、ただこれだけ、本当にこれだけは」


 海燕は冗談めかして怒った風に言ってみたのだが、予想に反して沙生の返しが弱々しかった。てっきり「うるさいですね」とか「黙っててください」とか言われるものと思っていたのだ。自分の両肘を掴み平伏すようにして頭を下げ続けている沙生を見て「これは真剣らしい」と悟った海燕は、壁に体重をかけながらゆっくりずるずるとしゃがみ込んだ。肘を掴んでいた沙生も、引き摺られてしゃがみ込む恰好になる。頭にぽんと手をのせてやれば、下を向いていた顔はやっとこっちを向いた。


「悪かった。そんな顔するなよ」

「……どんな顔、してます」

「優しくて悲しい顔だ。そういうのは人に申し訳ないっていう顔だぞ。俺が勝手したんだから、お前は怒っていいところなんじゃないのか」

「怒ってはいません。ただ……お願いがあるだけです」

「なんだ。遠慮しないで言ってみろ」


 海燕は、努めて優しい声で促うながした。頭にのせられたままの右手は温かい。普段はおちゃらけていて適当なところが目立つものの、時と場合の見極めはつくし分別もある男だ。そんな親しみやすさと頼りがいを兼ね備えているからこそ、死神としての経歴が浅くとも十三番隊の皆から慕われ、副隊長に据えられている。彼は絶対に信頼を裏切らない人物だ。付き合いは短いが、沙生もそのことはよく分かっていた。だからこそ、これからするお願いのその“理由”を話せないことに申し訳なさを感じていた。


「あのとき……私が斬魄刀を使わずに虚を倒したこと、焔の力を使ったことだけは……絶対に、秘密にしていただきたいんです」

「そうか――」


 それはどうしてだ、と。こうお願いされれば、普通ならそう返すだろう。理由を訊きたがるだろう。


「――分かった。誰にも言わねぇよ。あの場にいた他のやつらにも、口外しないように言っておく」

「あ……ありがとう、ございます」


 彼は理由を訊かなかった。いつもより少し眉尻を下げた優しい顔をして、沙生の目を真っ直ぐに見つめていた。そのまま数回ぽんぽんと頭を撫でてからゆっくりと立ち上がり、拳を天井に向かってぐっと突き上げ背伸びした。


「でもあいつら食いついちまったからなぁ。なんて嘘ついとくかね」

「う……う〜ん…」

「なぁ、お前んち道場だったろ?それは隠さなくても良いか?」

「はい、そこは別に……あれ?というか何で知ってるんですか?」

「そりゃあ、お前とお前の爺さんと飼ってたっぽい白い鳶、あのまま放っておくわけにいかないだろ。誰がどう見たって何かに殺された遺体、しかもあの傷だと明らかに熊の仕業じゃあないって分かる。俺らが護りきれなかったせいでああなったんだしな」

「そういえば聞いたことありませんでしたけど……何か事後処理とか、してくれてたんですか?」

「あそっから少し坂を下ったとこに、小さい神社があるだろ」

「ええ、あります」


 沙生は自分が生まれ育った山の風景を思い浮かべた。陽の沈む先がよく臨める断崖。おかしなところから伸びていた松の木と、名は知らないが可愛い花を咲かせていた高山植物。山頂近くの開けた土地に建てられた剣術道場。それに隣接する、小さいが立派な我が屋敷。門を潜って敷地を出れば、背の高い木々に囲まれた小道があって、左手には坂道がある。そこを少し下った先にある小さな神社の鳥居は、ハクのお気に入りの場所だった。そしてその境内には、楠山家の墓地があるのだ。


「あっ、もしかして――」

「いくつか墓があったろ。道場とか家にもちょっと邪魔して家系図とか見て、お袋さんの名前を見つけたんだ」

「母様の……」


 沙生の母は、沙生が十歳の頃に病で亡くなった。母は美しく、また剣術の達人でもあった。沙生の祖父に弟子入りした男たちの多くは彼女に惚れ込み、中には沙生のことも大切にするからと結婚を申し込んできた者もいた。しかしその度に、「私が愛しているのはこの子と、この子の父親だけだから」と断っていたのを覚えている。
 母が病で床に伏してからは、毎日ハクと一緒に看病し、できる限りの時間を共にした。世を去ってからは、家からすぐだからと毎日のように墓参りし、その日の修行の成果や楽しかったことを報告したものだ。


「流石に俺らじゃ現世の石屋には頼めないから、山にある石から良さそうなのを選ぶくらいしかできなかったけどよ。お袋さんの墓の両隣に、お前と爺さんの墓を建てといたぜ」

「そうだったんですか……!ありがとうございます、自分のお墓があるってちょっと変な感覚ですけど、嬉しいです……ハクは?あ、えっと、白い鳶は」

「どうしたもんかと迷ったが俺の命の恩鳶だからな。お前の墓の隣に、小さめだけどしっかりした墓がある」

「じゃあみんな並んでるんだ……ふふ」


 生前に思い描いていた死後世界観とはだいぶ違っていたが、それでも、自分の墓があると何だか少し救われたような気持ちになるらしい。沙生は境内にひっそりと並び立つ自分と家族の墓を想像して、改めてあの場に居合わせた死神たちに感謝した。


「見坊が鬼道を応用して重たい石を運んで、南舘が斬魄刀の流水で名前を彫ったんだ。おかげでなかなかいい墓になったぜ」

「ええっ、二人ともそんなことできるんですか!?…す…凄い……」

「おお〜い!まだっすか!?」

「「いま行く!!」」


 待ちくたびれて一角が様子を見に来たらしい。二人して大声で返事をし、あまり近くに来させないようにした。談話室に戻る廊下を歩きながら、先ほどまでよりも小さい声で話を続ける。


「結局なんて誤魔化しましょう……」

「道場育ちは隠さなくていいなら、虚にやられて霊になってから俺の斬魄刀を借りたってことにでもしとけ!死ぬ前から剣は強かったんだろ」

「じゃあもう、それで!それでいきましょう」


 沙生と海燕が談話室に帰ってくると、皆の目が「やっと来た」と言っていた。九番隊隊士の持つ手帳をちらりと覗き込んでみれば、何かずらずらと書き込まれていたから、おおかた一角と弓親が先に何か話していたのだろう。対達磨型虚の話と入隊試験の話であれば、特に絶対に隠さなければいけないようなこともない。白焔は斬魄刀の能力であると自分が口にすれば、秘密がばれることもないはずだ。沙生は堂々として東仙に向き合って座った。

 小一時間に及ぶ取材を受け、海燕ら十三番隊との話は無事に秘密を隠し通したまま終えることができた。九番隊は次号の頁数の救世主である沙生に心からの謝意を述べ、「また何かいいお話があれば是非こちらまで!」と、海燕、一角、弓親にも名刺を配った。


「では最後に、文と一緒に掲載するための写真を撮らせていただけませんか。四人ご一緒に」

「写真?ねえねえ、あたしも一緒に撮って!」
「よお、九番隊の次期隊長がウチに何の用だ」

「あ、副隊長!隊長も!」


 四人が了承して並び立ったところに、草鹿やちると更木剣八が丁度よく通り掛かった。更木は何か勘違いして、「喧嘩でも売りに来たのか」と言いながら愉しそうに剣をガタガタいわせたが、沙生が事情を説明すると放つ霊圧をしゅんと下げ、一気につまらなそうな態度になった。更木はさっさとこの場から去ろうとしたのだが、副官に思い切り髪を引っ張られ、仕方なく一緒に写真に写ることになった。
 九番隊隊士がカメラを構え、少し右に、左にと指示を出していく。


「楠山さんはそのまま動かないで――…更木隊長はその後ろにお立ちください。あ、草鹿副隊長はそのまま肩の上で大丈夫ですよ。じゃ、いきまーす!ハイ、チーズ!」

「あぁ?チーズってなんだ?」
「志波副隊長、知らないんですか?西洋の発酵食品ですよ」
「なんで写真撮るのにチーズなんだよ。沙生分かるか?」
「いや、一番最近の現世を知ってるのは私なんだろうけど……」
「チーズ!あたし食べたことあるよ!」
「何だ?写真撮るときってのは食いもんくれんのか?」

「あ〜すみません、カメラのこと調べてみたら西洋ではそう言うらしくって……チーズ持ってないです……き、気を取り直して!撮りますよ!」


 沙生を真ん中にして、向かって右に海燕、左に一角と弓親、後ろに剣八、その肩にやちるという構図。慣れないフラッシュとシャッター音に沙生がびくついたり、海燕が沙生の頭の後ろでピースしたり、一角の頭の光り具合のせいで隊長の顔が白くなったり、弓親が撮り直しを要求したり、やちるがカメラに飛びついたり……何度も撮り直しする破目になってだいぶ時間がかかってしまったが、漸く全員が納得のいく一枚が撮れた。


「これで撮影終了、です……お疲れ様でした〜」

「あの、すみません」

「はいっ ま、やっぱり撮り直しですか!?」

「いえ、その……お給金もらったらちゃんとお金を払うので、今日の写真を焼き増し?していただけませんか」

「ああ!それなら勿論!」


 被写体よりも撮影者の方がお疲れ様であった。声をかけたときに振り向いた顔がちょっと泣きそうだったのは気のせいではないだろう。了承をもらえて嬉しそうにする沙生に東仙が歩み寄り、控えめにぽんと肩を叩いた。


「お金はいいよ。取材のお礼と一緒に、後日十一番隊あてに送ろう」

「でも、撮り直しの分の費用とか……」

「これくらい問題ないさ。君のおかげで良い記事が書けそうだよ。ありがとう」

「いえこちらこそ……ありがとうございます」


 東仙の声色は優しく、何も他意はなさそうだった。藍染の下につき悪事に加担している要注意人物だというのに、つい警戒を緩めてしまいそうになる。沙生が複雑な気持ちで立ち尽くしていると、会話を聞いていた海燕、弓親、やちるが二人の間に割って入り、自分にも焼き増しして欲しいと頼み始め、また談話室内は騒がしくなったのだった。

 後日、瀞霊廷通信編集部から十一番隊あてに、焼き増しした写真数十枚と久里屋くりやの徳利最中が届けられた。沙生はその中から、やちるがカメラに向かっていく瞬間を皆が驚きと笑いが混じったような表情で見ている一枚を選び、近況をしたためた手紙と同封して「落ち着いたら文を送る」と約束していた源信、喜之助、修兵あてにそれを送った。


――――――


「なんで!?どうしてこうなってるんです!?」


 手紙を読んだ喜之助は思わず声を上げ、その両脇から彼の手の中にある写真を覗き込む源信と修兵も目を丸くしていた。真央霊術院の入学試験を受けに旅立ったはずの彼女が、その年の新規入隊時期よりも早く護廷十三隊の死神になり、しかも十一番隊の四席になったというのだから、驚くのも無理はない話であった。


「確かに僕、姉さまに十一番隊を勧めたこともあったけど……」

「沙生さんすげぇ!もう死神になったんだ!」

「ほっほっほ。楽しそうな写真じゃのう。元気そうで何よりじゃ」


 写真の中の沙生は、尊敬し目標とする上司と、戦いの中で絆を結んだ友に囲まれ、実に幸せそうだった。


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表紙・家