抽んでたがり

死ぬれば死神
ぬきんでたがり

 う度にその口は「友達になりたい」と宣い、弧を描く。あれから市丸副隊長に遭遇する頻度は不自然なほど上がっていた。そこまで私は行動範囲を広げていないにも拘わらず都合よくばったりしてしまうのは、どう考えても彼の態とだろう。どうせならとあれこれ聞きただそうにも、肝心なことについて教えてくれる気は更々ないようで、話を振っても「まだ言えへん」の一点張りだ。そして何度も言うようだが、私は彼にいつ殺されてもおかしくない立場なのである。殺気が感じられないとはいえ、ただ隠すのが巧いだけだったら?油断大敵、警戒を緩めることは許されない日々が続く……


「隊長〜もう一本取ってくらさい」

「そろそろめとけ。二日酔いになったばっかりだろうが」

「私の勝手じゃないですか、隊長の吝ん坊」

「しわ……ンだぁ?お前、たまに分かんねえこと言いやがるよな」


 ……こともなく。張り詰め過ぎて、ほとほと疲れてしまいました。どうにかなれ。休みが明けてからは日課の鍛錬も欠かさず、道場でも組み合い続きで、強さを求めることに余念はなし。しかし事務仕事や食事の最中なんかはずっと頭の中はごちゃごちゃして、恐怖と不安と憂いで頭痛もする。夜はなかなか寝付けず、朝起きたときは「ああ今日も寝首は掻かれずに済んだか」などと考える。
 幾許か安心できるのは、更木隊長と一緒にいるときだけだった。この人は強いから、要は凶刃の傘である。我ながら無礼千万だと思う。風呂の後の月見酒の仲間に入れてもらい早三日、酒の力で嫌なことを一瞬でも忘れたいという駄目人間街道まっしぐら。極限状態が己の限界を超えてぷっつんした、というところ。


「そういえば、副隊長はもうお休みになられたんですか?」

「何だか知らんが泥だらけで帰って来やがってよ。今日はもう風呂も済ませて寝てるぜ」

「泥だらけ?何でしょう、落とし穴でも掘ってきたんですかね〜」


 話しながら、さり気なく隊長の手の中の徳利を奪取して性懲りもなくお酒を注いだ。隊長は「ハァ」とでかい溜息は吐いても怒鳴ったりはしてこない。実は意外と、酒の席では部下に甘かったりする。


「どうも快気祝いに呑んでるわけじゃなさそうだな。何をヤケになってんだ」

「……自分を狙う輩が、いつ襲ってくるか分からないとして……どうしたらいいと思います」

「まだあの野郎のこと引き摺ってんのか?」

「隊長が思い浮かべてる野郎とは別で」

「そんな奴もうウチには――あ?……なァ、まさかとは思うが、俺に浮いた話振ってんじゃねえよな」

「断じて違います」

「だよな。とりあえずこっちから行って叩っ斬っときゃいいんじゃねえか」

「はぁ……やっぱり強さに自信のある人は言うことが違いますね。隊長の檮昧、表六〜」

「おい、流石に悪口だってことは何となく分かるぞ」

「少しは言わせてくださいって。隊長の強さに嫉妬してんですよ……」

「……沙生、お前もう寝ろ」

「じゃあ最後にも一杯」

「言うこと聞いとけ。聞かねえと無理矢理にでも部屋まで担いでくぞ」

「ちぇ〜〜……」


 もう一杯は諦めて、覚束なくよろよろと立ち上がる。案の定ふらついて転びかけたが、隊長が腕をとって支えてくれた。散々失礼なことを口走った気がするのに親切なことだ。酒が入ってから自分が何を言ったか、今の時点で既に半分以上は忘れてしまっている。それでも懲りず頭に浮かんだことはまたべらべらと口に出てしまうのだから、お酒はこわい。こわいからもっと頂戴な、酒は憂いの玉箒たまばはきとも言いますし。


「隊長、腕」

「アぁ?何だ、もう離して大丈夫だって、か……」


 私を支えていた隊長の右腕を無遠慮にがっしりと掴んだ。ちょっと押してみる、硬い。さすってみる、固い。畜生、やっぱりどうしたって個人差に男女差というのがある。同じものを食べて同じだけ動こうと、同じ体にはなれないのだ。


「羨ましい……」

「お……おい。やめねえか」

「だぁがしかし、私は諦めませんから!最強になって、最高にずるい能力持ちだろうといつの日かぶった斬ってやるのですよ!!」

「ケッ、そうかよこの酔っ払い」


 隊長の腹に背を預け、空に向かって高々と拳を突き上げた。そうだ!いつ殺されるか分からない状況なんて、いつ食中りで死ぬか分からないのと大して変わらないのではないか(?)。どうしようもないなら悩むだけ無駄だ、時間がもったいない。強くなれば殺されない。ならば強くなればいい。やはり強くなるしかない。いや、強くなる!


「という訳で遠征いったら思う存分、暴れましょう!」

「どういう訳だか端折はしょられてこっちはさっぱりだぜ。そういや、そろそろあいつら呼び戻して準備させとかねえとだな。沙生、明日あいつらんとこ…………あ?寝たのか?」


 途端にふっと意識が落ちて、泥のように眠る。無意識にしがみついた柔くはない温もりは、一瞬ふるりと震えた気がした。


「……ったく、用心しねえやつだな……」


――――――


 ぬるく心地よい風がなめらかに頬を撫でていった。ゆっくりと瞼を開けると、雄大な東雲の空が瞳を染め上げる。私は仰向けに横たわり、揺れる白い何かに包まれていた。起き上がって目をこすれば、徐々に意識が覚醒していく。


「これ……焔?」


 周りでゆらゆら揺れる白は、見慣れた白焔だった。見渡す限り地平線の先まで続いている。そしてやっと思い当たった、ここが何処なのかを。私の精神世界でいつも眼下に広がっている白の焔海だ。ならばと振り返れば、やはり黒の巨塔の群れがあった。天を衝くほどの高さのそれらは、根元から見上げるととても天辺までは見えない。いつもは塔を取り巻く螺旋階段の中ほどで目を覚ますのに、今回はどうしてこの場所なのだろう。近くにはハクの姿もない。


「あっ、おきた!やっほーりんりん!」

「!? へ……」


 いつの間にか傍らにいた、この場所にいるはずのない少女。とびきりの笑顔を浮かべながら、私の周りをぴょんぴょんと燥ぎ回っている。暫くこの状況を飲み込むことができず、右から左に行ってはまた右から現れる彼女を繰り返し目で追った。頑張って考えてみたが、さっぱりわけが分からない。この精神世界に自分とハク以外の誰かが来るなんて、そんなのは普通あり得ない。


「おじゃましてまーす!」

「そうで……いやいや、ど、どうして此処に」

「んー?だってここは夢の中だよ?あたしがいても、何がいてもおかしくないでしょ?」

「夢…………あー……そっか、それもそうか。それなら別におかしかないですね」

「そうそう!夢の中はなんでもありだよ!」


 彼女は正面でぴたっと立ち止まり、その小さな両手で私の頬をきゅっと挟んできた。ぐにぐに、むにむに。あれ、何だかちゃんと痛くないか?いやに真に迫った夢だなぁ。しかしそういうこともあるか。これまでにも、健康なはずの歯がじゃらじゃらに抜けた夢とか、大空を落ち続けて強風に煽られる夢とか、変に生々しい感触がしたことを思い出す。


「ねぇ、りんりんには聞こえる?」

「聞こえるって……何がです?」

「ここの、どこかから聞こえるの。きれいな鈴みたいな音!」


 彼女にはどんな音が聞こえているのだろう。目を閉じて集中しよくよく耳を澄ませてみると、確かに、微かではあるが何処からか聞こえてくる。遠くで反響しているみたいな音が、不規則な間隔で鳴っているのだ。


「本当だ……今まで気付かなかった」

「でも今は気づけたね!りんりんは、ちゃんと強くなってるんだよ」

「強く?音と強さが繋がらないのですが、関係あるんでしょうか」

「どこで鳴ってるのかたしかめてみようよ。行こ!」

「あっ、待ってください!」


 彼女を追って、上に向かって跳ぶ。足元の霊力を固めると、何もない空を蹴って更に跳ぶことができた。何回も何回も跳び、直に群れの中でも最も高い塔の天辺が見えてくる。下にいたときは微かだった音も、はっきりと輪郭を帯び始めていた。そういえば、今まで一度もこの天辺を目にしたことはなかった。好奇心が湧き逸る気持ちの赴くままに、どんどん上へ。いつの間にか彼女のことは追い抜いていて、一番に辿り着いた。


「凄い……こんなのがあったんだ……」


 この世界で最も高く聳える黒の巨塔の天辺。そこには、白銀に煌めく大珠たいじゅがあった。私が抱き着いて腕を回したとしても全く手を繋げないほどの大きさだ。屋根から吊り下がっているのかと思いきや、なんと六角形の黒い屋根と床の間で浮遊している。どういった原理なのだろう。そして音の発生源はおそらくこれであるはずなのだが、見たところ鐘とは違うし、鈴のような穴もない。そもそも、それらは撞木しゅもくや鈴の緒でいて鳴らすものだが、それも見当たらない。試しに手で押したり叩いたりしてみても、びくともしなかった。


「にばーん!わぁっ。なにこれ!おっきーい、きれーい!」


 そのとき、風が吹いた。すると大珠が震動し、その大きさに似合わず澄んだ高めの音が鳴り響いた。擬音で表すなら「りぃん」とか「しゃららん」といった感じの、美しい音だ。


「風で鳴る……?」

「きれいな音だね。近くで聞くととっても落ちつく。ね、りんりん!」


 いつでもにっこり笑顔を向けてくれる彼女は、初めて出会ったときから当然のようにそのあだ名で私を呼ぶ。ずっと気になりつつもその由来を訊いたことはなかったのだが、そうか、ひょっとして――


――――――


「おはようございます、隊長」

「よう。寝坊はしなかったか」


 頭はまだ完全にはすっきりしないが、ついこの前に二日酔いになったときよりも全然辛くない。夢見が良かったおかげか、心が安らいでとても癒されたようだ。しかし良い夢だったということだけは確かに覚えているのだが、起きてから見事にすぽんと内容を忘れてしまっていた。これは誰しもにあるあるなことで……おや?よく考えてみたら、夢見る前の記憶もちょっと怪しいぞ。目が覚めたときは自室ですっぽり布団を被っていたし、隊長は何も言ってこないから、何事もなく大丈夫……な、はずだ。
 今朝の献立は質素に白ごはんに梅干し、若芽と豆腐の味噌汁、春野菜の浅漬け、ししゃも。今の胃にはこれくらいが丁度良くて助かる。部下に挨拶を返しながら、一列向こうに隊長が見える奥の方の定位置に着いた。


「あれ、今朝は副隊長とご一緒じゃないんですか」

「また夜中にどっかうろついてたみたいだぜ。ありゃ今日は昼頃まで寝てんじゃねえか」

「左様ですか。一角も弓親もいなくて更に副隊長もいないとなると、異様に静かな朝ですね」

「あぁそういえば沙生、今日は七番隊まで行ってくれ。そろそろ呼び戻しておかねえとな」

「遠征も近いんですし、放っておいても明日ぐらいには帰ってきそうですが……」


 二人にはずっと会っていない。私が入院してからすぐに始まったという七番隊泊まり込みの鍛錬は、今日で一月半にもなる。会って話したいことは色々とあるのだが、病み上がりで行っても気を遣わせそうだったし、何よりその我武者羅の発端は私が倒れたことにある気がしてならない。だから邪魔しに行くのは気が引けて、足が遠のいていた。


「……多分、あいつら遠征があるっても知らねえはずだぜ」

「え、それ早く言ってください。危うく置いて行くところですよ」


 演習や訓練に近いものとはいえ、百人規模を率いての遠征を任されるのは更木隊長にとって初めてのことだ。それに十一番隊は副隊長も三・四・五席も、言ってしまえば護廷の新参、死神としての経験はまだまだとぼしい。ウチは相手が虚だろうと一対一でやりたがる者が多く、個の強さが物を言うだろうから、陣形や連携は捨て置いても構わない。しかし、遠征とは好きに戦うことだけしていれば良いものでもない。偵察に斥候うかみ、流魂街の民の避難誘導、怪我をすれば応急処置、夜営とその見張り番、自炊等々。何の準備もなしに行けばとことん大失敗して総隊長の雷が落ちること必至である。
 というか、私だけで指示して準備もしておくとか無茶が過ぎる。二人には早急に帰って来てもらわなくてはならない。それから、せっかく七番隊に行くなら五郎にお礼参りもしたい。美味しい干し肉でもちょっと持っていこう。


「連れ戻してくるだけで本当に大丈夫です?他に忘れてることとか……」

「大丈夫だ。ま、あっても何とかなんだろ」

「しっかりお願いしますよ。ごちそうさまでした。じゃ早速、行ってきます」

「おう。頼んだぜ」


***


「頼まれたって二度と始解してやるもんか!キーッ!!」

 ガキン、と岩に当たって地に突き刺さった斬魄刀。自分のことを世界で一番美しいとか思っちゃってる憎たらしい奴。それでもばんむを得ず対話と同調を重ね、忍苦の鍛錬をこなして手に入れた力がよりにもよって“これ”なのか。とんだ逆運だ。斬魄刀は直接系に限る……これは決まりではなく、極めて利己主義的な考えに基づく十一番隊の暗黙の了解に過ぎない。しかし、がっかりなものはがっかりなのだ。一角とは別行動にして洞窟に籠っての修行中に始解の力が分かったのは、不幸中の幸いだといえる。


「ほんっと、むかつく……」


 別に、炎熱系の沙生がウチに相応しくないなんて言うつもりはない。彼女はあの白い焔を使わなくても、斬術に長け身のこなしも鮮やかで、強い。一角とやれば勝ち負けは五分五分、志波副隊長とも互角に切り結べると噂で聞いている。強さを追い求めるひた向きな姿勢も評価されて、今の十一番隊には彼女に文句をつける者などいない。だが一方で僕はどうだ?美しい三の字には四より五が似ているという理由で自らこの席次に就いた訳だが、もし沙生が僕らと同時に入隊していれば、僕は問答無用で五席にされていたことだろう。自ら四を蹴る、なんて恰好をつけることはできなかったに違いない。大して成長してもいなかったくせに余裕ぶっていた過去の自分が心底むかつく。
 更木隊長の下で、一角と沙生と並んで戦いたい。刀を振って、敵を斬って、喧嘩に命を懸けるような馬鹿でいたい。それなのになんだ、僕の始解は!刃はいずこ、ひゅるひゅるにょろにょろ、鞭とも異なり直接武器とは呼べない形状。己の技量や習熟度は関係なく、敵からただ根本の力を抜き取って終わらせて仕舞う代物。


「絶ッ対に使うもんか!何が瑠璃色だよ。お前には、お前が嫌いで瑠璃色よりずっと地味な――」


 死神にとっての斬魄刀は、よく相棒や半身に例えられる。ただ、名前を聞く前から既にこいつの性格が気に食わなかったうえに、一番嫌だと思っていた型の能力ともなれば、僕にとってはこんなの猿だ、油だ。


「――藤色がお似合いだろうさ、『藤孔雀ふじくじゃく』で……って、うわ!」


 言った途端、悪態を吐き返された。
 斬魄刀が勝手にガガガとそこの土を抉りながら刃を変形させ、しかも四枚に増えたのだ。地に突き刺さったままの状態でそんなことをするものだから、僕には土が降りかかった。こいつ、やっぱりむかつく。乱暴に引き抜き、まじまじとその形を観察してみる。


「そんなにお気に召さなかったのかい?……にしても、これは――」


 中途半端で出来損ないの扇みたいな形をしている。嫌いな色で呼ばれて拗ねて、本来の始解でなる変形を途中で止めたみたいだ。だが、使えるかもしれない。これなら誰にも鬼道系だとは思われないだろうし、この形だとあの忌々しい能力も発動しないらしい。


「ふん、逆らってこんなことしてるのかもしれないが都合が良い。序でに解号も中途半端にしてやろうか?」


***


「半端もんが!なんじゃそのへっぴり腰は、解放して弱くなるなんて聞いたことないでぇ!!」


 死神が強くなるには、地力を上げる他に始解と卍解を習得していく必要がある。斬魄刀の力を解放すれば単純な威力も強化される、というのが定説だ。


「くそ、射場さんは良いよな!始解しても得物が刀のままで、よく分かんねぇ刃がぶら下がってるだけでよ!!」

「そりゃ羨ましがっとんのか!?けなしとんのか!?」


 俺の斬魄刀がこんな形になった要因の一つは、元来の戦い方にある気がする。刀を納めるだけの役割であるはずの鞘も武器として振るう戦い方のことだ。鞘も得物に含まなけりゃ始まらない、と斬魄刀こいつが思ったのかもしれない。「延びろ」という解号で刀と鞘が合わさり一つの武器になるという個性は成程、俺のものに違いない。
 しかし、ソレとコレとは別、というやつで。どんなに俺らしい固有の斬魄刀だろうと、ここまで形が変わると今まで通りにはいかなくなる。始解前より小さくなった刃では思うように斬りたいものを斬れないし、重さも長さも違うとなれば当然、身に染みついた感覚と実際の間合いにズレが生じる。長年かけて積み上げた慣れも手応えもぱあだ。一から調整し直さなけりゃまず話にならない。


「おりゃあ!そこじゃ!」

「っ、裂けろ!『鬼灯丸ほおずきまる』!」


 射場さんの斬魄刀のあの妙な引っ掛かりにこちらの柄を取られ、持ち上げられて脇がガラ空きになってしまった。咄嗟に槍から三節棍に変形させると、握っていなかった両端の節は重力に従って垂れ下がる。伸びてきていた射場さんの腕を絞めんとしたが、ぎりぎりのところで躱された。


「チッ。見切られたか」

「今なぁ良かった。はじめに比べたら、の話じゃが」

「そうかよ。つうか、最初のことなんか忘れてくれよ」


 初めて俺が「裂けろ」と口にしたとき、それはもう酷かった。自分で自分をざっくりやってしまったのだ。三節棍がどう動くか、どう振ってどう持てば良いのかもさっぱり分からず不慣れであったとはいえ、とんだ恥だ。血止め薬がなかったら、いったいどうなっていたことか。


「暫くここ貸してくれと頭下げてきたなぁええが、身が入っとらんかったけぇな」

「…………だから、忘れてくれって」

「あーあ、お前に付き合うたせいで儂も楠山の見舞いにゃあついぞ行けんかったのう」


 俺はあの場に居ながら沙生を護れなかったが、あいつはそういう結果になったことを誰のせいにもしないだろう。まったく寛大で廉直で、さっぱりとした気持ちのいい奴だ。ただ、自分に厳し過ぎるとも言える。適度に人のせいにして楽になればいいものを。
 十三番隊の蔵に突入したときにあいつが見せた笑顔は、心配させまいという強がりから出ていたように思う。助けられる側がどうして助ける側をおもんぱかってんだか。そんなに俺は頼りなかったかと、どうしようもなく悔しくなった。
 だからこれは、俺の勝手な意地だ。そういう自覚はある。


「てめえの斬魄刀も満足に扱えねぇ内に、のうのうと顔合わせられるかってんだ」

「ほうかい。なぁ一角、自己満足っちゅう言葉は知っとるか」


 知ってらぁ、その上でやっている。分かっていながら愉しそうに挑発してくるとは、やはり射場さんも人が悪い。要はこの場の二人とも、ごちゃごちゃ難しいことを考えるより、ただ力をぶつけるだけの喧嘩がしてえってことだ。


***


「うおぉ〜五郎、お礼が遅くなってごめんよ〜!よしよし、今日もふわふわだな……」


 私の姿を見つけた途端に飛びついてきたこの子の、なんと愛らしいことか。嫌なことを思い出すかもとか、行っても迷惑だろうとか、あれこれ理由をつけて七番隊舎を避け気味だった自分が馬鹿々々しくなってくる。


「心配かけたね。でも今はもうこの通り元気だから…あ、へへ、こらこら」

「そうか。それは何よりだ」

「お、っはようござい、ます、狛村隊長」


 背後から声をかけられて初めて彼の存在に気付き、思いっ切り肩が跳ねた。トラウマというほどではないにせよ、場所が場所だ。一応は用心して周囲の気配は探ったつもりだったのだが。最近は市丸副隊長にばかり警戒しているせいで、代わりに他の気配に対してうとくなっているというのもあるかもしれない。


「……また驚かせてしまったか。儂はどうも配慮に欠ける」

「いえ、そんな。私が勝手に来たうえに、気が抜けていたといいますか」

「そう気を遣わずとも良い。この風体ふうていで病室に押しかけるのもどうかと思い行けず仕舞いだったが、容体はずっと気掛かりでな。楠山の霊圧を感じたので来てみたのだ。驚かせてすまなかった」


 素顔を隠す無機質な鉄笠に威圧感を醸す大きな体は、どうにも人を恐がらせるものだ、と狛村隊長は御自身を悪く捉え過ぎている節がある。その優しい人柄を知ってしまえば、恐いと思う者などいるはずもないのに。彼には失礼だが、つい頬が緩む。


「そう気を遣わないでください。更木隊長なんて、病室にいらっしゃる度に上枠に頭をガンガンぶつけてましたし、刀をガタガタいわせては怒られていましたよ。狛村隊長はそんな心配なんて全く要りませんでしょ」

「む……ああ、ははは。それもそうだな。しかし更木が四番隊で怒られるとは、卯ノ花隊長でも来たのか?」

「いえ、卯ノ花隊長の他にも肝の据わった女性がいるんです。御厨貴子さんという方なんですけど」

「御厨?……そうか、今は四番隊だったか」

「もしかしてお知り合いでした?」

「ああ。隊は違ったが、任務中に助けられたことがある。成程、御厨なら更木に臆すこともないのだろうな……」


 そう言った狛村隊長は納得したように頷き、少しの間だけ遠くを見た。お顔が窺えないと、懐かしんでいるのか何なのかもよく分からない。その任務中に何があったのか気になったが、五郎まで押し黙っている今は空気が軽いとは言い難く、尋ねるのはどこか憚られた。


「……して楠山、何か用があって来たのではないか」

「はい。遠征が近いので、こちらでお世話になっている一角と弓親を回収しに」

「次は十一番隊か。纏めるとなると、楠山が一番苦労しそうだな」


 そうは言っても、上の立場にいる私もぺいぺいだ。出来る限りの準備をして臨もうと不測の事態というのは起こるものだし、あまり神経質になっても仕方ない。妥協や諦めも時には必要だと考えることにして、ある程度は隊士の自由にさせようと思っている。いざというときは、諸責任を負うことも含めて更木隊長がみんな何とかしてくれるし……と、これは流石に人任せか。彼も戦い以外のことに関しては別に超人でもないのだから、そこは部下が支えるべきなのだろう。


「まぁ……成るように、精進してきます。それとこれ、五郎にあげてください」

「良い干し肉だな。ありがたく頂いておこう」

「狛村隊長と射場さんには、何か美味しいものを今度もってきますね。ささやかなお礼なので、遠慮はしないでいただけると嬉しいです。お好きなものはありますか?」

「っはは、先にそう言われてしまっては遠慮はできないな。そうだな……儂は肉なら何でも嬉しい。鉄左衛門はお好み焼きが好きだと聞いたことがあるが、辛い酒があればそれだけで喜ぶはずだ」

「承知しました。遠征から帰ったら、またお邪魔させていただきます」

「楽しみにしておこう。……ああそうだ、斑目と綾瀬川なら鉄左衛門と裏山の何処かにはいると思うぞ」

「ありがとうございます。では、失礼します」


 狛村隊長に向かって一礼すると、また五郎が寄ってきた。私の足元をくるくるして名残惜しそうにクゥンと鳴く。存分に構ってやりたいが、非常に残念なことにそうはいかないのだ。わしわしと頭を撫でてやると五郎も分かってくれたようで、ぺたんとその場に腰を下ろして道を空けてくれた。
 一口に裏山と言ってもそこそこ広大な範囲であるからどうしたものか。とりあえず、ゆっくり登っていけば一角の霊圧がどこかしらで騒いでいるはずだ。そんなに苦も無く辿れるだろう。

 ――と、思ったのだが。
 裏山はやけに静かだった。移動しながら斬り合っていたりすればすぐに知覚できるのにおかしいな。休憩中か?いやいや、まだ昼にもなっていない内に、そうだらけるような彼らではない。


「……なら、釣ってみるかな」


 木々もまばらな開けた所で霊圧をぼっと放出してみる。すると、瞬歩で迫る影がそれぞれ対の方向から二つ。挟まれる前に退こうとしたが、二つの影はぶつかる前にぴたっと止まった。どうやら私だと気付いたらしい。


「沙生!?」
「おお、楠山か」

「やぁどうも、お久し振りです」


 構えていた一角と射場さんは同時に得物を引き、驚いたように声を上げた。おおかた、やり合っている最中にどちらかが吹っ飛ばされて距離が開き、そこからまたお互い近付いて仕掛けるために気配を殺していたところだったのだろう。私と一角がやっていたときにもよくあったことだ。


「そらみてみぃ、意地張っとるから向こうから来た」

「るせぇ!!俺は別に、その……だな」

「ん?あ、ねぇ一角」

「な、んだよ」


 まず、その手の中にある槍に目がいった。七番隊に籠りっきりで鍛錬した成果は既に出ていたらしい。他人の始解した斬魄刀を目にすることはこれまでにも何度かあったが、刀といいながらこういう形にもなるというのはやはり面白い。海燕さんは矛、見坊さんは薙刀みたいだったし、白哉さんなんて手には持たない花弁だ。そうなると、自分の相棒の始解姿はどんなものかとまた気になってきた。白焔を操るだけで形は変わらない、とかもあるかもしれない。


「始解習得したんだね。おめでとう」

「お、おう……つっても、まだ手馴れねぇんだがよ。こいつが俺の『鬼灯丸』だ」

「鬼灯丸かぁ。この赤い穂みたいのは鬼灯を模してるのかな……一角に似ずお洒落さんなのかい?」

「飾りっ気があるわけでもねぇぞ。お洒落ってより、徴表ってモンじゃねぇか」


 一角は赤い穂を外側にして、片手でくるりと回しながら言った。簡素ながら目に留まる赤が靡く。


「射場さんの始解はどんなのですか?差し支えなければ見せていただきたく……」

「阿呆たれ、もうやっとるわ。よく見てみぃ!これが儂の斬魄刀じゃ!」

「えっと……あっ、これ…ですか?これですね!中々独創的な」


 射場さんの手にある斬魄刀をまじまじと見てみれば、刀身の真ん中辺りから小さな刃が生えるようにそこにあった。そして柄から離れるにつれて刀身が太くなっていくという一般的な刀とは逆の造りになっており、鋒は弧のように開いている。刀というよりは鉈に近い形状だ。しかしこの小さい刃はどのように使うのだろう。撫で斬りするには引っ掛かって邪魔になりそうだが、こう、ズドンと刺して、より痛みを与えて敵を鈍らせる……とか?


「独創的って……ック……ククッ……フハッ、駄目だ!ヒーッ、アハハハ!」

「こんの……一角!さっきからどんだけ馬鹿にすりゃ気が済むんじゃ!!」

「えっ、いや私は変わった形だとは思いましたけど、そんな風には」


 もし自分がこの形の斬魄刀を振るうとしたらどう扱えばいいか、と考えたら困惑してしまったが、射場さんはこいつを相棒として副隊長にまでなった身だ。きっと巧い使い方があるのだろうし、ひょっとすると更に変形するとか、見えない力を操ったりできるという可能性もある。


「射場さん、その斬魄刀って名前はなんて――」

「鍛錬中なはずなのにやけに緩い気配がすると思えば。一角、何がそんなに愉快だったのさ」


 溜息を吐いて現れたのは弓親だった。心做しか不貞腐れているような横顔だ。一角はというと何がそんなにツボに入ったのか、まだひぃひぃ言いながら腹を抱えている。とうとう怒った射場さんが走って迫り、一角はバッと立ち上がって逃げていった。いい歳をした大人(年齢なんて本当は知らないけど)が鬼ごっことは。
 弓親は今まで一人で励んでいたのだろうか、と考えつつまたそちらを見遣ると、かちりと目が合った。


「……おはよう、沙生。もう体は大事ないのかい?」

「おはよう。うん、もう大丈夫。少しずつ運動もしてたし、だいぶ勘も戻ってきてる」

「そうか、ひとまず安心したよ。ただ、傷だったところが痛んだりするときは無茶しないようにね」

「はいな。あと、お香もありがとう。白哉さんからちゃんと受け取ったよ」

「……………………びゃくや?」


 はた、と弓親が固まった。顎に指を添えて何か思い返すような仕草をした後、またこちらを向いて固まり、口だけが動く。


「……それって、朽木家の?」

「ん?そうだけど……誰だと思って任せたの」

「はぁー…………やっちゃったかも、僕……」


 頭を抱えて落ち込み始めた弓親の隣に、いつの間にか射場さんを撒いてきた一角が砂埃を上げて止まった。逃げ足が早いんだなぁ。


「どうした弓親、何がそんなに悲懐なんだ?」

「一角のくせに難しい言葉使ってる……」

「沙生がたまに言うから覚えちまったんだよ。つうか何だ、くせにって」

「まぁまぁ。二人揃ったところで、話があるから聞いて」


 こうしてやっと切り出すことができ、来月に遠征が決まったと話すと二人はやはり食いついてきた。久々に虚相手に暴れられると喜び、さっきまでとは打って変わって良い目つきになった。ここにいる三人が初めて会ったあの時以降、瀞霊廷の外には出ていないから、およそ四ヶ月振りになる。


「遠征ね……習得したての始解では少し不安もあるけど、実戦で磨き上げるのも悪くないかも」

「おっ。じゃあ弓親も斬魄刀の名前が分かったんだな」

「へぇ。何ていうの?」

「折角だから、二人にはお披露目しておこうかな。――咲け、『藤孔雀』」


 弓親が斬魄刀を抜いて解号を口にすると、一瞬で変形し刃が四枚に増えた。柄の近くで扇のように纏まり、先は鳥獣の爪を思わせる開き具合になっている。斬魄刀とは虚を斬って浄化するための武器であるから、対死神同士ということはあまり考えなくても良いのだが……あの形状だと普通の刀一本で相手をするのは非常に厄介そうだ。刃と刃の間に絡め取られたりしたら、身動きするのも難しいだろう。一角も同じことを考えていたみたいで、鬼灯丸で自分の肩を叩きながら言う。


「まーたやり合ったら面倒そうな形状してんなぁ!」

「と言いつつ、顔が嬉しそうだね」

「沙生知らねぇのか?面倒そうなのと面白そうなのは両立すんだぜ」

「一角のだってそうだろ。僕のばっかり面倒みたいに言わないでよね」

「そうなの?確かに槍は間合いが広いから、刀じゃやりにくいかもしれないけど……」

「そりゃこういうこったぜ、よく見てろよ。裂けろ『鬼灯丸』」


 すると、既に始解していた一角の斬魄刀に更に変化が起こった。私が槍だと思っていたそれはガシャンと音を立てて三節に折れ曲がり、N字になって一角の肩に担がれる。


「鬼灯丸は槍じゃねえ、三節棍なんだ」

「二段階の始解かぁ。そういうのもあるんだね」

「ま、或る意味これで俺らは漸く沙生に並んだわけだ。次の手合わせじゃそう簡単に一本取らせないぜ」

「僕は五席だけど、一角にも沙生にも、実力で劣っているつもりはないからね。覚悟しときなよ」


 二人は静かに、つ沸々と瞳に闘志を宿し、愉しそうに笑った。背筋がぞくりと疼き、心が躍る。嗚呼、やっぱり私は同類なのだ。二人は背中を任せられる頼もしい仲間だが、向き合って本気でやり合ってもまた楽しいに違いない。


(――お前も彼奴きゃつらも、難儀な性癖よな)


 唐突にハクの声が聞こえた。それと同時に、りぃんと清らかな鈴の音も鳴り響いている。


(人間とはそういうのも血によって継ぐものか?まったく……しかも、斬魄刀の方まで煽ってきよるわ)

(……鬼灯丸と藤孔雀が?まさか)

(どれ沙生、生意気なあの二振りに我らの力を示してやろうではないか。我の名を呼べ)

(えっ、ちょっと何、今までもったいぶって教えてくれなかったくせに、修行の後とか戦闘中とかじゃなくて今!?)

(そう段取りを経ずとも別に良かろ。さあ、浮かぶままに言霊にのせよ――)


 気分屋もここまでくるか……でもまぁ、いいか。早く知るに越したことはない。腰の斬魄刀を抜くと、こちらの様子を窺っていた一角と弓親は悪戯な笑みを浮かべた。負けず嫌いな相棒の解号と名前は、不思議と意識するより先に口からするりと零れ出る。


「――さらえ、『鳶絣とびがすり』」


 斬魄刀は瞬く間に光に包まれ、その姿を変える。
 私の手に握られているのは漆黒の刀だった。柄も刀身も全て、精神世界にあった黒い巨塔を思わせる漆黒の色。鍔は丸二つ巴透かし。柄頭からは鎖が伸び、先端には小さい六角形の吊り灯籠がひとつあった。


「おっやる気だな……ん?でも何か前に始解してたときと違くねぇか?」

「そういえば、名前も初めて聞くね」

「……うん、これが本当だよ。この『鳶絣』が私の相棒だ」


 試しにやってみれば、思い通りに白焔も現れた。黒が繰る白はよく映える。これまでは直に魂魄の力を削るかのように多大な霊力を消費していたが、ハクが前にも言っていた通り、斬魄刀を介して出すと消費はだいぶ抑えられるみたいだ。敵一体を燃やすくらいの焔を出しただけで倒れる、なんてこともなくなるだろう。


「よし!んじゃ、いっちょ始解した斬魄刀で手合わせしてみっか!」

「一角はさっきまで鉄サンとやってたんでしょ?ならまずは僕と沙生だね」

「何?……まぁしょうがねぇか、弓親はずっと一人修行だったからな。譲ってやるよ」

「呼び戻すために来たんだけどな。うーん……お昼まで!お昼になったら絶対一緒に帰って準備するからね!」


 それから陽が一番高く昇るまで、交代で一対一の手合わせに興じた。そして射場さんがいつまで経っても戻ってこないことにやっと気が付いた私たちは、その半刻後、やたらと深い落とし穴の底で息を切らしている彼を見つけ、やっとの思いで救助したりしたのだった。


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