悠かならざる征途

死ぬれば死神
はるかならざるせいと

 合同遠征出立の日、六月一日。
 昨晩から今朝にかけては小雨が降っていたが、今やその雨雲は風で薄く延ばされ、そくの空に解けこんで消えている。吹く風はからりとしている一方で、屋根や枝葉の露はそれに舞って光るからどこか水々しい。

 十番隊と十一番隊の合同遠征部隊は、決して整然とはいえない隊列を組んで瀞霊廷の大路を進んでいた。先頭は志波隊長と、肩に草鹿副隊長を乗せた更木隊長。その後ろには一角と弓親と私が並び、後は……とりあえず列っぽいものを成してはいるが適当だ。どうせこの先このまま保っていられるはずもないだろうし、子どもの遠足じゃあないんだから兎や角いうことでもない。


「沙生、握り飯もう一つくれ」

「梅とおかかどっちがいい?」

「……おかか」

「はい。あ、金矢はご注文のあった大葉味噌ね」

「ありがとうございます!やったー俺これ大好きなんですよ」

「ずりぃ何それうまそう」


 ……遠足ではない。これは決しておふざけではなく、理由はちゃんとある。
 昨夜ゆうべ、更木隊長と隊舎に帰ってからのことだ。件の書類を二人で探しまわり、案の定それは机の引き出しの奥でぐっちゃぐちゃになっていた。そして確認してみれば、準備しておいたものだけでは足りていなかった。流魂街に出るなら序でにということで、治安の良い地区にある店まで瀞霊廷通信、菓子、布なども持って行ってくれと書かれていたのだ。

 どうしてこんな運び屋みたいなことを……と思わずにはいられなかったが、瀞霊廷に住まう死神たちの中には副業もちが結構いるらしく、つまりはそんな彼らのおつかいである。瀞霊廷通信は護廷十三隊のちょっとした収入源でもあるから分からなくもないが、他はちょっと納得いかない。しかもそれが結構な量で、倉庫から荷車に載せて運ぶだけでも重労働になる。間に合わせるには隊士総出でかかるべきだろうと思ったし、遠征前に筋肉痛になることを覚悟したが、一角がこう言ってくれた。
「今日はずいぶんと走り回ってたそうじゃねぇか。俺らでやっとくから、お前は先に休んでな」
 体力も気力も疲れきっていた私は、お言葉に甘えることにした。その代わり、こちらからはこう提案した。
「さぁ出発だって時に皆ヘトヘトになってたんじゃ仕方ないし、明日はギリギリまで寝てていいよ。朝はおにぎりでも作っといてあげるから」
 そういう経緯があって、昨夜がんばってくれた者達は今、歩きながら朝ごはんを食べている。因みに、弓親はお肌のために夜更かしをしない主義だとか何とかで、私の手伝いに回ってくれた。


「具は何がいいかって訊かれて、何でもいいって言ったのは一角じゃないか。せっかく作ってくれるっていうときは、好みは伝えておかないと却って失礼ってものさ」

「ぐっ……別に、さっき食った昆布もうまかったし文句はねぇよ。ただ、そっちもうまそうだなーと……」

「斑目三席、良かったら半分こします?大葉味噌おにぎり」

「おっ、いいのか?」


 半分こにしたおにぎりを頬張った二人は同時に「うんまい!」と声を上げて顔を見合わせている。ふふん、そうだろうとも。


「やぁ、皆おはよう!雨も止んだし、幸先よさそうだな」


 一行が暫く歩いていくと、先頭に朗らかな声がかけられた。隊長たちが足を止めたのに倣って列は止まり、後方からは重い荷を乗せた車輪のキィという音が鳴る。


「おはようございます!浮竹さん、今朝は元気そうっすね……おら更木、無視はねぇだろ挨拶しやがれ」

「…………チッ、うる」
「うっきーおっはよー!!」


 志波隊長に文句を言いかけた更木隊長だったが、頬にどぃんと頭突きを喰らったせいで「しぇごッ」という何ともいえない音を漏らした。触らぬ神にたたりなし、今のは幻聴だ。さて、浮竹隊長はこんな何もない瀞霊廷の端まで散歩にきた、なんてはずもない。見送りに来てくれたのだろう。


「君らが合同とは先生も無茶を言うけど……二人とも実力十分な隊長なんだ。胸を張っていくんだぞ!」

「お任せあれ!」
「ああ?知るか」


 二隊長は答えた途端にまた据わった目で睨み合い、視線だけで火花を散らし始めた。仮に昨日のことを抜きにしたって相性最悪な二人だ。先が思いやられる。


「ほらほら、喧嘩するなよ。それとも、行く前からもう二回目をお望みかい?」

「そりゃご免っすよ!こんな奴と!」

「ハッ、こっちからも願い下げだぜ」


 浮竹隊長は軽く口をへの字にし、右手で自分の後頭部をぽんとさする。困ったな、というときの彼の癖みたいなものだ。先頭の隊長二人が「ケッ」とそっぽを向いたところで、再び隊列は進み出した。浮竹隊長も仲裁は諦めたようで、「やれやれ」と苦笑いを浮かべている。そして彼は私の姿を見留めると、にこにこしながらこちらに寄って来た。朝の挨拶を交わした後、一角たちは空気を読んでさり気なく私を置いて先に行く。浮竹隊長は瀞霊廷を出る一歩手前まで付いて来るつもりらしく、私に歩幅を合わせて隣を歩く。


「沙生なら言われずとも承知のことだろうが、どんな戦いでも油断は禁物だ。気を付けるんだよ。……先頭でいがみ合っているあいつらも、それは同じなんだがな……」

「総隊長は何故、よりにもよって十番隊と十一番隊に合同遠征を命じられたのでしょう」

「そうだなぁ……更木隊長は少数での虚討伐に出たことはあるが、大部隊を率いた経験はない。それに加えてあの性格だ。初回くらいはりをつけるべきだと判断されたんだろう」

「……志波隊長が守り、ですか」

「ははは、あぁ、言いたいことは分かるぞ。実は最初は他の隊が宛てがわれるはずだったらしいんだが、あいつらは元柳斎先生の目の前で喧嘩してしまったからな。お互いもっと歩み寄って精進して来い、という試練かもしれないな」


 総隊長の目の前で喧嘩とは、一体いつにやらかしたんだろうか。既に私の知らない所でも衝突していたらしい。二人は筋金入りの犬猿の仲というわけか。私の所感からすると、犬と猿というよりは猛獣と猛禽。更にいうなら虎と鷹。時と場合によっては互いに捕食者になり得る、そんなおっかなさがある。


「それにしても、少し見ない間にまた強くなったか?こうして近くにいると、霊圧も澄んでいるように感じるよ」

「ありがとうございます。死神としてはやっと門口かどぐちに立ったところです」

「彗星のように現れておきながら謙虚なやつだな。慢心するよりはずっと良いが、少しは自分を褒めてもいいんだぞ」

「いえ、遠回しながら褒めてくれる相棒はいますから。私は自分を律することに専念しようかと」


 腰の斬魄刀の柄にそっと触れると、ハクはそこから白焔をぽっと灯し、煙のようにくゆらせて応えた。照れるな照れるな。ハク自身も負けず嫌いだから、私が負けないようにするためなら力を貸してくれるし、一番近くで激励してくれる。対話の度に「まだまだだな」とは言ってくるが、その声はいつも慈愛に満ちている。他の人にはただの嘆息に聞こえるとしても、私には彼の言葉とは裏腹に込められた優しさを感じられる。人の言葉で会話できるようになったのは最近だが、心は生前から通じ合っていたような間柄なのだ。それくらいは分かる。ハクの言葉を借りれば『私の魂の中に彼の心が住んでいる』というくらいだし。


「驚いたな、斬魄刀がそんな風に反応するとは。もう何年も連れ添っているかのようだ。俺でも、斬魄刀と心を通わせるのに数年はかかったぞ」


 そこら辺の素質はやはり浮竹隊長の方が上だと思いますよ。実際、二十年以上は連れ添っていますからね……と言いたいところだが、言うと説明が面倒になるので省くことにする。とりあえず無言で笑って誤魔化した。


「沙生の斬魄刀の力については俺も人伝に聞いているが、今度……そうだな、次に十三番隊に来た時にでも見せてくれないか」

「構いませんよ。その際もし浮竹隊長のお体の調子が宜しければ、是非とも御指南いただきたいところです。或る人の『師を唯一と定むる勿れ』という教えにのっとろうかと」


 私がそう言ったとき、浮竹隊長は驚いたように目を見開いた。しかしそれはほんの一瞬のことで、すぐにいつもの優しい目に戻っていた。私の見間違いだったのかもしれない……と、そう思うほど本当に僅かな間のことだった。


「それは――……誰から聞いたんだ?」

「……志波隊長からです」

「そ、そうか。しかしあいつ、いつの間に……まだ会ってもいないみたいな口振りだったのに……そんなに話す仲になってたとか、俺はまだ一言も聞いてないぞ……」


 ごにょごにょと小声で独り言を零す浮竹隊長は、どこか不服そうである。腕を組んで少し背を丸くし、歩幅も縮んでいる。考え事をしながら歩く人というのは、大体こうなりがちだ。


「まぁつい昨日のことですし……浮竹隊長、聞いてます?」

「あ、ああ。それで、一心とは他にどういう話をしたんだ?」

「剣の稽古をつけていただいていたのですが、途中からそれどころではなくなりまして。他といっても特には」

「あいつの師匠がどんなやつだったか、とかは……」

「そういえば……聞きませんでしたね。浮竹隊長は、志波隊長のお師匠さんをご存知なんですか?」

「よく知っているとも。何せ、あいつは――……おっと。もうこんな所まで来ていたか」


 遥か上空には四大瀞霊門のひとつ、黒陵門があるという辺り。此処より先はもう流魂街だ。浮竹隊長と歩くのはここまでになる。


「今度十三番隊にお伺いしたら、続きを聞かせてくださいますか」

「……ああ、約束しよう。無事に帰って来るんだよ。はやることのないように」

「はい。善処します」

「あっ、それ前にも言ったろう。約束をにする気かい?」


 そうだった。そういえば、この人とは約束してしまっていたのでした。
「いた、なんて言わせないでくれよってことさ」
 ――浮竹隊長の、今は亡き親友のようにはならないと。戦いに身を置く死神でありながらその約束を守ることは、とても難しいことだ。それは暗に「死神にはなるな」という意も込めているのではないかと思う程に。けれど、彼は「死神になりたい」という私の背中を押してくれた。ただの推測でしかないが、私の気持ちを尊重してくれたのだと、そう考えている。


「……分かりましたよ。では、行って参ります」


 浮竹隊長はぱちくりと瞬きした後、一拍だけ間を置いてから優しい声で言ってくれた。


「ああ。行って、返っていらっしゃい」


――――――


 北流魂街にある商店は、瀞霊廷内のそれと比べると流石に質素な印象を受ける。それでも、そこそこ大きな建物だった。嘗て喜之助と一緒に西流魂街にある商店には行ったことがあるが、こちらの方が広くて立派だ。平隊士たちが荷車に積んだ商品を運んでくれている間、一角、弓親と暫し立ち話でもして時間を潰すことにする。


「よっぽど治安が良いんだな。店先にどーんと並べても滅多に盗られねぇんだとよ」

「腹も減らない連中が、瀞霊廷がすぐそこにあるって場所で盗みをする理由がないんだろうさ」

「そういうものかな。腹が減らなくても、美味しいものはたまに食べたくなりそうじゃない?」

「あ〜それ分かります!俺、飢えない身だったとしても、さっきのおにぎりなら毎日いたくなっちゃいますもん」


 せっせと荷を運んでいた金矢が、通りすがりにへらっとした笑顔で言った。一見軟弱そうだが、よく見てみると、他の隊士たちが一度に運ぶ量の倍はある荷を平気そうに抱えては往復している。しかし、ほっぺたには一つ米粒がくっつけてある。この人、たぶん私よりは年上だろうに。絶妙にしっかりしないなぁ。


「……オイてめえ、深い意味はないよな?な?」

「? だって凄く美味しかったですよね。斑目三席もそう思ったんじゃないですか?」

「はぁ?……だっ、な……」

「一角。金矢は深く考えてないと思うよ」


 一角の肩に手を置いて宥める弓親を横目に見ていると、不意に私の肩も叩かれた。振り向くと、そこにはあの金髪美人の松本さんがいた。


「よっすー!これ、店主さんがあんたにって」


 顎をぶたれるかと思うほど間近に差し出されたのは、もう見慣れた包みの、清乃の塩大福だった。向こうに小さく見える店主さんらしき人と目が合ったので、軽く会釈しながらそれを受け取る。


「嬉しいですけど、何でしょう」

「『お嬢さんたち甘い物はお好きかな』だってさ。あたしもあんたも得よねぇ、美人はそれだけでみつがれるのよ」

「はあ。これ好きなんで、物欲しそうに見てたのがばれたのかと思いました」

「あら、そうなの?あたしの分もあげよっか」

「いやいや、これ一箱十六個入りじゃないですか。松本さんは十番隊の皆さんと召しあがってくださいよ」


 二箱目を押し返していると、松本さんの肩越しに、金矢も塩大福を貰っているのが見えた。やつは美人……ではないが、なんとなく分かる。年上からお菓子とかよく貰えそうな顔をしている。それにしても太っ腹な店主さんだ。懐だけでなく心にも余裕がないと、こういう振る舞いは中々できないだろう。そして、ひょっこり現れた草鹿副隊長も一箱貰っていた。


「ほら、十一番隊だけで三箱になりましたから。要りませんてば」


――――――


「どりゃあッ!」

「ハハハハ!!」


 数時間後、北流魂街四十地区付近の森の中。一行は虚の群れと遭遇し、交戦していた。しかし次々に現れる虚の殆どは、たった二人に斬って捨てられていく。志波隊長は無駄のない動きで虚の急所である頭を一撃で割り、更木隊長は豪快に虚の肩から膝にかけてを掻っ捌く。


「……私たちの出番、ないですね」

「楽だけど、これじゃあたしたちに経験値回ってこないじゃない」


 それぞれ虚相手に戦っている二人の距離が不意に近付くと、その度に「寄るな」とでも言わんばかりにお互いに向けて霊圧をぶつけ、反発しあっている。運悪く間にいた虚の中には、圧だけで消滅した雑魚も何匹かいた。


「そうですね。その内どさくさに紛れて更木隊長が志波隊長に斬りかからないか心ぱ――」


 松本さんに同意する言葉を返している最中、彼女の背後にある風景の一部がゆらりと歪んだ。視界のうち巨木一本分あまり、そこだけ度の合わない虫眼鏡をあてて見ているかのようだ。……おかしい。いくら注意を向けてみても、目に見えている以外の情報を感知できない。歪みなら虚が現れる直前の現象かとも思ったが、一向に姿を見せないし、そこからは霊圧を・・・微塵も・・・感じ取・・・れない・・・。だが、現在進行形で歪み揺らめき、目の前にいる彼女に覆い被さろうとしているように見えた。


「松本さん伏せて!」


 何の気配も感じられない所を思いきり斬りつけるのは変な気分だが、己の勘に従った。空振って笑われて「気のせいだった」で済むならそれでいい。指示の通りに伏せてくれた松本さんを跳び越えつつ抜刀し、その勢いのまま横一文字に振り抜いた。
 ――いや、振り抜けなかった。当たっ・・・た。・ 


『ギシャァアァァ!!』


 手応えあった刀の先から赤黒い血がぴゅうと噴き出る。巨木一本なら両断してやるくらいの力を込めたつもりだったのだが、斬りこみは伐採手始めの受け口ほどもいかなかった。硬い。更木隊長とやった時のことが頭を過る。
 呻き痛がるモノの正体は、一秒ほどだけだが、はっきりと霊圧と姿を捉えることができた。雑魚ではない、私が今まで出会ったどの虚より、桁違いに強い霊圧だ。姿は細長く、鎌のような手足が全部で六本。頭は小さい。まるで妖怪のような、巨大な竹節ナナフシ型の虚だった。


「何なの!?一瞬だけ凄い霊圧――」

「くっ、」

「沙生!」


 奴が鎌腕で斬りつけてきたらしい。私は風圧を感じたため咄嗟に身をひるがえし、どうにか掠り傷で済む。竹節型虚は、空間に黒い裂け目――黒腔ガルガンタを開き、そこへ隠れて消えた。軽い手傷しか負わせられなかったが、逃げ帰ったらしい。目視でも歪みはもう見当たらない。


「ありがとう。あんたが声かけてくれなかったら、やられてたわね」

「どういたしまして。逃がしちゃいましたけど……」

「無事か!?おい、血でてんぞ」


 いつの間にか大方の虚を倒し終わっていた志波隊長が駆け寄ってきた。続いて、離れた場所から更木隊長の戦いを見ていた弓親と一角もやって来る。更木隊長は残った数匹を今まとめて斬ったところだ。これで周囲の虚は全部片付いただろうか。


「一瞬しか見えなかったけど、とんでもない虚だったね。大丈夫?」

「ちょっと切れただけ。浅いし、血もすぐ止まるよ」

「消毒くらいはしとけよ。膿んだら嫌だろ」

「……はぁい、分かってる」

「あたしがやってあげるわ。こっち来なさい」


 松本さんに腕を引かれて歩く。荷車の方まで行き、その脇にある岩に腰掛けた。松本さんが応急処置の道具を取りに行ってくれている間に話でもあるのか、何気に後をついて来ていた志波隊長は、近くの木に背中を預けて寄り掛かると、ゆっくりと話し始めた。


「俺が他の虚に意識向いてたせいかとも思ったんだがよ。アレ、どういう虚だ」

「お察しの通りですよ。霊圧を完全に消して近付いてきました。姿の方はまだ隙がありましたけど」

「……やっぱりか。ハァー聞いたこともねぇな、そんな能力持ちの虚なんぞ」

「隊長でもそうなんですか?てっきり、経験浅い身ゆえに私に知見がなかっただけなのかと……」

「そういやお前、達磨型だったっけ?痛覚と傷を共有させてくるって奴。死神になる前からそんなのと戦ってりゃ、他にも特殊な能力の虚がごろごろいるもんだと思っちまいそうだよな」

「……あれ?私からお話ししたことはありませんよね」


 その虚を倒した時のことは九番隊から取材を受けたが、実際に瀞霊廷通信に載った記事には虚の特性や能力については書れていなかったはずだ。『彼女は数ヶ月に及んで流魂街の虚討伐を続け、先日は十一番隊の両名に苦戦を強いた虚をも倒した』とか何とか、そんなものだ。


「隠密機動経由で報告は来てる。混乱を招きかねない話だってんで、下手に広めねぇように緘口令かんこうれい敷かれただろ」

「そうだったんですか?私は特に『話すな』とか言われてませんが」

「…………お前は別に、ペラペラ自慢話とかしねぇからじゃねぇの」


 志波隊長、何とも呆れた目になってますよ。多分あれだ、上から更木隊長にそういう指示はあったけど、忘れたか面倒だったかで私まで話が来てないだけだ。絶対そうだ。


「お待たせ!ほら消毒するわよ、腕出しなさい」

「あ、はい。お願いします、松本さん」


 ぱたぱたとやって来た松本さんは私の隣に腰掛け、処置を施してくれる。肘についた切り傷は浅いが、曲げ伸ばしするとその度にちくりと痛む。しかしこのくらいは刀を振るのに然ほど障らない。鍛錬で初中後しょっちゅう創る傷とさして変わらないだろう。
 志波隊長は木に寄り掛かるのをやめて、こちらに近寄って私たちを見おろすように立った。まだ話は終わっていないようだ。


「……俺ら死神はいつも後手に回る。予め虚が何時何処に出るかなんて分からねぇからな」

「そうですね。以前、涅局長さんも『観測機器を設置している場所に黒腔が開いてやっと我々は出現を知るんだヨ、悔しいことだがネ』……とか言ってました」

「……あ?なに?涅の野郎ってお前の前だとそんなに色々話すの?」

「なんですか、そのびっくり〜って顔」

「るせぇ。いやまぁ、あの野郎も、本当の意味で話を聞いてくれるやつ相手なら口が滑るんだろうさ……って、それは今いいんだよ!あぁもう話の腰折らないでよね!?」

「隊長ったら沙生のせいにしてますけど、自ら脱線しにいってません?」

「お黙り乱菊ッ!ったく。まあいい、お前らもよぉく聞いとけ」


 面白い顔芸をしたかと思えば急に真顔になった志波隊長は、周囲にいる二隊の平隊士たちにも呼び掛けた。傾き始めた夕陽を見遣る彼の顔半分には影がかかる。やっぱり、顔立ちがはっきりしてるよなぁ。黙ってれば恰好いいのに……とか、そんなこと絶対に言ってあげませんけど。


「虚が出てから倒しに行くのがまぁ普通だが、死神が流魂街に出れば強い魂魄を求める虚が釣れる。だから遠征ってのは定期的に行われるもんなんだ」

「そうした方が浄化総数も増えて、調整者の仕事としても理に適ってるわけですね」

「そ。だが、最近は特に頻度が高い。表向きは新隊長たちへの試練だとか言われてるし、俺には総隊長や更に上の考えなんて分からんが……どうも、”大物”を釣ろうと躍起になってる感じがするんだよな」

「さっきあたしを襲ってきた、霊圧を消せる虚……あれが大物ってことですか?」

「ああ、かなり特殊だったことには違いねぇだろうよ。死神に気付かれないほど完璧に霊圧を消す虚なんて例がない。奴ら、ここ最近になって固有能力みてぇなのを持つ個体が急に増えてやがる」


 私が目にした中では達磨型と竹節型の二体が該当するだろうか。どちらも死神相手だろうと強く効果を発揮する……いや、言い換えれば、対死神に特化したかのような力を持っている。それにさっき、志波隊長は『緘口令が敷かれた』と言っていた。私の知る二体以外にも固有能力を持つ虚は出現したことがあり、誰かが交戦し、その情報は秘されたのだと考えていいだろう。


「さっきの戦いでは、俺と更木が山ほどの雑魚に気を取られている隙に、あの竹節みてぇな虚が乱菊の背中をとった。偶然と思いたいとこだが、虚が意図して連携してたとすると全くあなどれねぇな」

「……親玉がいて、指示してるってこと……?」

「竹節型がそうとも考えられる。だがもっとヤバイのは、奴すらも下だった場合――どんな強力なのが待ち構えてるかってことだ」


 話を聞いた隊士たちはシンと静まり返った。いつもの志波隊長からはかけ離れた真面目な語り口と、夕方の涼風すずかぜが間を吹き抜けたこともあって、冷たい緊張感に包まれている。しかし一人一人の表情を見てみると、十番隊はみな深刻そうにしているが、十一番隊はいやに嬉しそうである。はいはい、そういうやつらの集まりでしたね、ウチは。怖気づいて士気が下がるとかいう心配は要らないだろう。


「辛気くせえな。途中からしか聞いてねえが、要は強えのが出てくるってこったろ?歓迎してやろうぜ」

「楽しかったけど、さっきのじゃ満足できないもんね!いけいけ剣ちゃん!」


 いつの間にか私の背後に立っていた更木隊長は、楽しみで仕方ないという凶悪な面をしている。とても護廷の隊長といえる顔じゃあないが、頼もしいこともこのうえない。両隣を陣取っている一角と弓親も、出番が待ち遠しいと言いたげだ。


「志波ァ!てめえも強えくせに何を難しく考えてやがる。どっちが親玉ってのを倒せるか競争といこうじゃねえか!」

「馬鹿、いるって決まってもねぇよ……ああ゛ーっ面倒くさ!!まぁそんなの俺がちょちょいと捻ってやっから!雑魚は頼むな!」

「あぁ!?巫山戯んな」

「オゥ!?やんのか?」


 本当に、総隊長がお考えになっていることは分からない。どうしてこの二人を組ませようと思ったかな。今朝は何となしに恰好良く虎と鷹に喩えはしたが、こうなるとただのゴロツキやチンピラと大差ない。


「はいはい、余所でやってくださいね。そろそろ野営張らないと真っ暗になっちゃいますよ」

「あんたよく間に入れるわね……でもほんと、早く指示出してくださいよ隊長!大所帯なんですから!」


 指示を出して、天幕を張って、火を焚いて、食事の用意も……やることだらけだ。更木隊長にそういうのは向いてないし、ここが私の今日一番の見せ所か。嗚呼、私だって遠征初日は戦いで一花咲かせたかったなぁ。


***


――夜が来る。
逢魔が時が闇を連れてくる。
備えよ、火を灯せ。
足掻け、決して呑み込まれるな。

黒きうろに葬られれば最期、友の顔を見ることも叶わなくなるのだから――。


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