よりいとくるりとかたじゃばら
これは、颯爽と去っていった志波隊長の背中を見送ってそれからの出来事である。
「あんなにぼんぼん燃えてたのに」
「こんな風に鎮火しちまうなんて!」
「やっぱ俺らとは次元が違うなぁ」
「普段は仕事サボってばっかなのに」
「山が随分さっぱりしちゃいましたね〜」
「そのうち植林とかしに来ようか?」
「そんなら杉は花粉飛ぶし別のにすっぺ」
未だ辺りには白い燃え滓がひゅうひゅうと飛んでいた。初夏だというのにまるで吹雪に晒されているかのようだ。僕たちはあの“糸”に釣り上げられて終いには虚の腹に納まる運命だったのかもしれないが、志波隊長が救ってくれた。あの人は昔から土壇場に強いのだ。向かった先でもきっと仲間を助けてくれることだろう。
僕たちが次にすべきことは、志波隊長が言い残した通り市丸副隊長と一緒に野営地へと戻ることだ。指示を仰ごうと、細い背中に声をかける。
「市丸副隊長〜!」
「……――」
「市丸副隊長?何か仰いましたか?」
「ううん?なんも」
振り返った彼はけろりと言って返した。何か小声で呟いていたように思えたが、僕の気のせいだったみたいだ。
「ほな、さっさと戻ろか」
各々返事をして、市丸副隊長に続いて山の坂を下っていく。途中にあった少し土が抉れた所は、僕がさっき引き摺られていたときに抵抗した跡だ。地面に思い切り踵を食い込ませたから、今も足袋は茶色く汚れている。……また命を拾ってしまったな。死神である僕が言うのも変だけど、僕の死神はまだ僕に追いつかないらしい。
山の麓まで来ると、市丸副隊長はさっと片手を挙げて足を止めた。そして数秒遠くを観察してから「なぁ」と僕たちに呼び掛け、こう続けた。
「どうも、ちょっと虚がいるみたいやね。
部隊の皆がばらばらに引き離されたこの状況では、逸れて少数にならない方が賢明だ。向かうなら全員で行った方がいいだろう。周りにいる仲間の顔色を窺ってから、僕は「はい」と言おうとして口を開きかけた。
「死ぬかもしれんけど、それでもええ?」
「飲み会の参加費、五千環だけど大丈夫?」市丸副隊長はまるでそんなノリで言った。大丈夫であろうとなかろうと決定事項だから返事は「はい」しか認めないよ、みたいな。どんな感情でいらっしゃるのだか、観察してもよく分からない。僕は彼のことをあまり知らないが、経歴なら噂で聞いたことがある。真央霊術院をたったの一年で卒業して、入隊して間もなく五番隊の三席になり、平子隊長がいなくなるとそのまま繰り上がる形で副隊長になったとか。さっき目にした彼の身のこなし――虚との戦いではなかったが、斬魄刀の扱いは隙がなく強者感が溢れていた。そんな人が側にいるなら、虚討伐のちょっとやそっと、死ぬ心配までは要らない気がするが。
「はい、皆で行きましょう!」
僕がぼけっとしている間に他の仲間がそう言った。彼女はさっきの市丸副隊長の話を僕にしてきた同期の女の子だ。何だか張り切っちゃってるなぁ。別に異を唱える気はなかったから、僕はすぐに頷いた。
「……そ。そんならこっち、着いて来て」
木々を縫って走る。進み方は真っ直ぐではなかった。何処かを迂回するような動きもあったが、優秀な副隊長なら僕たちより探知能力は優れているのが当然だし、と頭を使わずにただ彼の後に続いて走った。
「あれ?」
目を離したつもりはなかったのに、暗い森の中でその背中を見失った。
「市丸副隊長?どこに……」
「う゛うっ、」
右斜め後方にいた先輩が呻く声がした。
「ぐっ…あ……れ?」
左手では同期の子の震えた声がした。
「いゃだ、助……け……」
背後から聞こえた友人の悲痛な嘆願は、ボコリと泡を吹く音を最後に、あとは静かになった。一瞬の内にいったい何が起こったというのか。首を回そうとすると、その付け根を針で刺されたような鋭い痛みが襲い、僕は反射的に後ろを振り向いた。
目に映ったものを理解することはできなかった。白い泥のようなものに覆われて人の形を失くしていく友人。口からそれと同じようなものを吐き出しながら涙を流している同期。狂ったように叫んだ後に肉体を霧散させた先輩。さっきまで笑い合っていた仲間たちが、大切な面影が、悉く崩れていく。その中でまだ人らしい姿を保っていた上司の一人が、わなわなと両腕を震わせながら言う。
「何だよ、これ……?」
直後、僕のすぐ横を人影が通り過ぎたと思ったら、上司はその腐り落ちていく腕を肩ごと斬り落とされていた。
「ぎゃっ……やめ、おやめください!…ひ、い、市丸副隊長……カッ……」
無言のまま再び剣は振りかざされ、そして下ろされた。胸から腰まで袈裟斬りにされた上司が噴水のように鮮血を撒き死ぬ。返り血を片頬に浴びた市丸副隊長は、たったいま自分の手で殺した相手ではなく、明後日の方向をじっと見つめていた。
市丸副隊長は虚に操られでもしているのか?何故こんなことになっている?現実味が帯びずどこか他人事のように、客観視して考察する。この現実を直視したら秒で発狂してしまいそうだから、こうするしかないんだ。
僕の口からも白い何かが出てきた。気持ち悪い。でも手はまだ動く。足も動く。斬魄刀を抜いて、深く考えないまま市丸副隊長に斬り掛かってみたが、キン、と造作もないように押し返された。
「市丸副隊長……正気ですか?」
「キミこそ。まだ正気なん?」
怠いし視界がやや狭くなった気がするが、まだ大丈夫。寧ろ体は軽い。いつもの自分の倍の速さで動けているとすら感じる。めげずにまた剣を振るうも今度はひらりと躱されてしまった。彼はその動作の続きで、近くで蹲っていた仲間の背中を躊躇うことなく深く斬りつけた。断末魔が
「案外強いね?まだ気ィ狂わんの?」
『こう見えても僕、志波隊長に副官にならないかって誘われてるところで』
「……へぇ」
自分の発する声が自分のものではないみたいだった。僕の声ってこんなだっけ?
『誰に言われてこんなことを?それとも独断で何やら企みでも?』
「それは教えてあげられへんなぁ」
『あはは!横暴だなぁ、僕たちをこんな目に遭わせておいて!』
残業した翌日には必ず
「死ぬかもしれんけど、それでもええ?」
「これから殺すけど構わないよね?」の間違いじゃないのか。僕たちの了承を得たってそんなのは
『あんたは最初っから殺す算段だったんだ……虚がいるなんて嘘までついて、どこにもいやしないじゃないか!』
「嘘、いるやないの。ボクの目の前に」
冷たい声音だった。何が……あんたの目の前に、何がいるって?
人数分の死覇装と草履と斬魄刀と、それぞれが身に着けていた髪紐や首飾りも草の上に転がっている。あれ?こんなの確か聞いた覚えがある。去年、九番隊の――
『ああそうか!おかしいとは思ったんだ!だってやっぱり、浦原先輩はあんなことする人じゃなかった!』
目の前の男は今の発言を聞いた途端に眉を顰め、一段と殺気を強めた。斬られて、蹴られた。
嗚呼、脳みその奥で僕ではない何かが暴れ始めている。もうそろそろ僕は僕でなくなってしまうだろう。志波隊長のこと「支えてやってくれ」って頼まれてたのにすみません、
薄れゆく理性の中で心を決めた。自我を失い、あんたに殺されるくらいなら。
『市丸ギン、あんたを
「…………。」
『怨む。ろくな死に方するなよ』
「射殺せ――」
始解されるより先に、胸に当てた掌から加減なく鬼道を撃って心臓を体の外に追いやった。最期に見たものは、僕の胸に開いた穴を素通りする長い斬魄刀を握って目を見開く市丸ギンの顔だった。何だよその顔、一人分手を汚さずに済んだんだからほら、喜べよ。僕の死神はあんたじゃない、あんたは死神じゃない。
僕は最期まで死神として生きた。
***
「こっちん真っ直ぐ、
言ってる
「は?何がお散歩してるって?」
聞き返したのは誰だったか。副隊長相手に口が悪いのでおそらくは恐れ知らずの十一番隊隊士だっただろう。しかし市丸がもう一度言うのを待つより、彼が斬魄刀で指した東の方角を見てみれば答えはすぐに分かった。月が二つある?いいや、もっとよく見てみるといい。満月の隣に浮かんでいるのは、黒い巨体をもつ虚の白い仮面だ。
「何であんなのが!?それに、あっちって一角がいるはずの方角じゃない!」
「そうですね……虚が一箇所に集まり過ぎていたために大虚を呼び寄せてしまったのか、それとも……」
取り乱す乱菊に、
「閃センパイは何してんスか!?大虚なんてどってことないっしょ!?」
太は真っ直ぐ東へと突っ走りだした。無鉄砲な新米を止めようと乱菊も走ったが、肩を掴もうとした手は空を切った。彼の勝手さと、足の速さで負けている事実にムカついたのもあって、彼女は声を荒げる。
「コラァ!待ちなさい!あんたが行ってなんになるってのよ!」
「アレの足元にだって流魂街の人らはいるんスよ!?踏みつけられんのじっと待ってろとでも言うんスか!?」
「だからって考え無しに……あぁもう!いいから止まりなさい!」
「嫌っス!!」
二人は大声で口論しながらどんどん野営地から離れていく。他の者たちは妙に心臓をドキドキさせながら見守っていたが、走りながらパッとこちらを振り返った太がいい笑顔で捨てていった台詞のせいで半数は我を忘れた。
「オッサンらは大虚くらいでビビッちゃったんスか?じゃあ仕方ないっスね!そこで震えててくれて大丈夫!オレに任せといてくださいよ!」
ぷっつん。血管が切れた音は誰のものだったか。安い挑発に乗ってしまうあたりこれもおおかた十一番隊隊士だっただろう。止めようとした市丸が口を開くより先に、鴉の群れみたいにギャアギャア鳴いて抗議する男たちが鬼事の列に加わってしまった。
「またまた聞き捨てならねえな!」
「
「上等だァ行ってやろうじゃねぇか」
「そんなに足が速ぇんなら
「俺が先に片付けて土下座させてやる!」
「あらら!皆さん奮い立ってくれたんスね!ご協力感謝っス!」
「ちょっと太、収拾つかなくしてんじゃないわよ!!」
もし此処に総隊長がいたなら全員もれなく拳骨をくらっていたに違いない。唖然として口を挟めなかった市丸であったが、気を取り直してこの場に残っていた者たちには待機を命じ、自分は渋々太や乱菊たちを追うことにした。
「指揮権もっとんの一応ボクなんやけどなぁ……」
「市丸副隊長、うちの若いのが迷惑かけます。まこと申し訳ございません」
「あんたが謝らんでええよ。ただ、あの赤髪クンの舵取りは任せましたわ」
「承知。では、お供いたします」
市丸と持地の二人は静かにこの場から発つ。先行する彼らの姿こそ見失ったが、まだ聞こえてくる喧嘩の賑やかさは霊圧を辿るより頼りになる有様で、苦笑する他なかった。
――――――
一角の視界は銀一色に覆われている。
「あぁ……?」
――これはどういう状況だ?阿保刑軍の野郎がいきなり掴みかかってきやがって、そんで……
一角は頭が真っ白になりかけていたが、何だか腹の上に重みを感じたのでぼうっとしながらも首を下に向けた。するとそこには、仰向けに寝転がっている自分の上にぴたりと馬乗りになって覆い被さっている
「んだぁ!?てめえ何してやがる、離れろ!」
「好きでやっていると思うのか
「黙れ黙れと何をそんなに……」
お互い第三席なのに当然のように命令してくる閃に苛ついたが、どうも差し迫った様相である。かち合わない視線は下向きで、目は開いているが物を見ず、必死になって考えを巡らせているように見てとれた。一角は暫し閉口する。取り敢えずこいつは放っといて落ち着いてみるか、と息を鼻からゆっくり吐いて肩の力を抜いた。
ついさっきまでは虚まみれの騒々しい空間にいたものだから、耳はまだ少しおかしいままだ。自分の体はどこも血を溜めたバケツをひっくり返して浴びたように赤く濡れていて、もし鬼が実在するならきっとこんな肌色だろうという仕上がりになっている。あちこちに傷をこさえてしまった気がするが、血がどくどくと流れ出るような感覚はない。すぐに失血死することはない……だろう。
とまぁ自分の状態を振り返り終えたところで、さて今どういう状況に置かれているのか立ち戻って考えてみる。銀一色に囲まれ、床下程度のごく狭い謎の空間のなか閃と二人。あれほど山のようにいた虚の気配はなく、五月蝿い鳴き声ももうしない。代わりに、若干回復してきた聴力は掌で両耳を塞いだ時のような静かな地鳴りに似た音を捉えている。
「……なぁ、そろそろ口きけるか」
「……あぁ、
「この銀色っててめえの斬魄刀……だよな?」
「そうだ。『
「……この外側ってどうなってんだ?」
軽く上体を起こして問えば今度は目が合った。閃は相変わらず無愛想な面のまま、しかし
「……此処は大虚の身中だ。外側は――肉か
「あん?じゃあ何か?俺らは虚どもが合体するときそん中にいたせいで取り込まれて、大虚の一部になっちまったってことか?」
「体内に埋もれた異物と言った方が的確だ。形成に巻き込まれはしたが、霊子体・魂魄を取り込まれた訳ではない。……まさか、貴様はそれで死んでいるつもりか?まだ早いだろうが」
言いながら、閃は一角の横に突いていた右手を胸の前に挙げ、それから斜め上をぐぐっと力強く押すように伸ばした。すると狭い空間に些かばかりの余裕ができる。しかしまだまだ、床下から机の下に昇格した程度だ。立ち上がることは
「そんな調子じゃ何時になったら俺の上から
「言ってくれるな。圧し潰され取り込まれぬよう
「こう……さっきやってたみてぇにスパーっとできねぇのか?ここが大虚の体ん中だってんなら、内側から腹でも喉でも突き破っちまえば
「貴様の頭で考え付くことなど当然
「うるっせぇな一々」
「外側には攻撃し続けているとも。しかしこれは……吸着する磁石の間で抗っているかの如き手応えだ。気を抜けば諸共
「…………あー。その、なんだ。気ィ抜くんじゃねぇぞ」
「急に何様だ」
「それお前が言っていい台詞じゃねえからな」
閃は話しながら少しずつ空間を押し広げていて、いま右方にやっとできた
「斑目。目立つ傷は塞いだがそれも応急に過ぎん。手当てする道具があるならこの隙にやっておけ」
「は?……うぉ、マジか。チッ、どうもな」
「舌打ちを我慢できないなら礼は寧ろ蛇足だ」
変だとは思っていたのだ。あれだけ怪我をしたのにこんなに早く血が止まるなんて、やはり自然であるはずがなかったか。こちらを潰しにかかる大虚に抵抗しつつ回道も施してのけるとは器用なことだ。面倒そうなやつにデカい借りを作ってしまった、と一角の胸中は複雑である。
「こうして徐々にでも汞旁を広げていき大虚の表皮に近付けば、そこから切り開いて脱出もできよう。だが、途中で俺が力尽きないとも限らん。その時は――」
――どうせ手本ぶって「見捨てていけ」とでも言うんだろ。
一角の頭に過ったその台詞はしかし、閃の口から紡がれることはなかった。予想外の言葉に驚いて一角が目を丸くすると、閃は黙っている相手に対して「黙れ」と暴言を吐き、ほんの少しだけ笑った。
――――――
“大虚の森”。そこは
ザエルアポロの
「ここにはデカいだけでトロくせえ奴しかいねえのか!?」
大虚というのは、普通の虚とは比べものにならないほど膨大な数の魂魄が混じり合って生まれるものだ。霊圧も高く、おいそれと人や死神の前に現れるものではない。しかし、この森は奴らの“巣”である。
赤い虚閃が何発も飛び交い、空中には綾とりの梯子みたいな格子模様ができていく。そしてその隙間を潜り抜けて敵を倒す更木の姿は、さながら21世紀に流行るスパイ映画の主人公だ。尤も、こんな風に粉塵と轟音を散らかす男を
「どいつもこいつも同じような面に図体しやがって、どうなってんだ!!」
下級大虚とは極一部の例外を除き軒並みそういうものなのだが、霊術院で学んだわけでも、まして独学で教本を読むような勤勉者でもなかった彼には知る由もなかった。
――――――
(どうなっている!?何故
(マズイ!見ツカッタリシタラ……)
((
アーロニーロ・アルルエリは岩場の陰で戦慄していた。隊長格二名の“とっておき”をくらい、巨体の大部分と殆どの霊圧を失う引き換えに命からがら巣に帰ってきてみれば、今度は荒れ狂う獣じみた隊長が大暴れしているではないか。
今の自分は尻尾を切って逃げた蜥蜴より酷い状態だ。体の大きさは大虚でもない雑魚とどんぐりの背比べ、数多あった触手に口や目は片手で数えられるほどしか残っていない。「十一」を背負う男の様子を少し離れた場所からこうして窺っているだけでも霊圧にあてられてしまうくらい弱りきっている。とても戦えない。また少しずつ他の虚を取り込んで力を蓄えなければ話にならない。
ここは逃げるが勝ちだ。アーロニーロは息を殺してこの場から逃げ――ぶにゅり。なんか踏まれた。
「剣ちゃんいたいた〜!って、ん〜?何だろコレ?」
『『ギャーーーーッ!!!』』
――――――
「やーべぇ!ここまで来ると奴の頭見上げんのも一苦労っスね!摩天閣かこいつ、ハッハハハ!」
「だから言ったじゃない!こんなデタラメな大きさの虚、チビ助なあんたがどうやって倒すつもり!?」
ドシン、ドシンと大虚が一歩進むたび、踏みつけられた地面が上下に揺れる。足元に近付いた太や乱菊たちは、土俵に上げられた紙相撲の力士のように軽々と翻弄されていた。ここまで来ると震動も音も凄まじく、大声でないと会話も成り立たない。
「確かにお嬢さんはスラッとしてますよね!オレ身長は砕蜂隊長とあんまり変わらないんスよ!」
「砕蜂隊長を引き合いに出すんじゃないわよ!イジりづらくなるでしょうが!」
「うおりゃあぁ!退けどけ!」
「先陣切ってやらぁな!」
「死ねえぇデカブツぅ!」
「ええい、儂の剣でどうにかなれ!」
「いやこいつは俺がブッ殺す!」
太に煽られて見栄を張った手前、最早引き返すという選択肢をもたない十一番隊隊士たちが雄叫びを上げながら我先にと突撃していく。そのままの威勢で巨大な白い足首を斬りつけるも、大した傷は与えられなかった。大虚は痒くもないとでもいうように彼らを文字通り足蹴にする。
「あちゃ〜見向きもされてないっスね……考え無しに突っ込むからっスよ!ドンマイ!」
「あんたにそれを言う資格があんのかしら!?」
「まぁ見ててくださいって!もうすぐそこに村もあることだし、ここらで止めとかないと男が飽きるってもんスよ!」
「バカ!そっちは廃るでいいの!」
「んだっけ?まぁいいや、一丁いきますか!」
手を伸ばして止めようとする乱菊をまたすり抜けて独走する。腰の後ろに横向きに取り付けられている斬魄刀はやや短めだ。鍔を右手親指でピンと弾いて抜刀し、柄を逆手に握ったその拳で左の脇下を一つドンと叩いて声を張る。
「
「ちゃん!?」
鎖の
(こいつ、急に霊圧が――)
乱菊は不覚にも鳥肌が立った。新入隊士なんていうのは数百人のうち一人か二人でも将来の二桁席官候補がいれば上々で、斬魄刀の始解をものにするのだって真央霊術院の特進学級卒でも一握りであるのが常だ。今年は楠山沙生と朽木白哉の二人がいて中々の豊作だと騒がれているなか、こんな大穴もいたとは聞いていない。
「……って、刃がついてないのにそれで虚が斬れるワケ!?」
「斬魄刀って面白いっスよね!そういう人、オレの他にも結構いるんじゃないスか?」
「まぁ、あたしの灰猫も変わってる方だけど……」
「へぇ〜是非見てみたいっス!けどお嬢さんは昨日の晩方の襲撃もあって疲れてっしょ?今日はオレ任せで大丈夫っスから!」
太は双節棍を体の前後でくるくる回しながら、にっかりと乱菊に笑いかけた。だんだん頼もしく思えてきたが、それでも生意気なのが勝っている気がする。
そこへ、市丸と持地が追いついた。早速一人でやる気満々の太を視認して、持地は慌ててくわっと口を開いた。
「太!上官の指示命令には背かないという条件で連れてきてやったはずだぞ!忘れたか!」
「げ、持地さんもう来ちゃったんスね……なら早く命令してくださいよ!『サクッと片付けろ』って!近所の村壊滅させて手遅れにしたいんスか!?」
「お前なぁ、聞かんというなら――」
持地は実力行使に移ろうとした。ところが、市丸が一歩前に出てそれをやんわりと制した。その事に一番驚いたのは太である。三白眼をかっ開き、瞬きもせずに視線で市丸を刺す。
「止めんでええよ。まぁ止めさせるために着いてきてもらったとこ悪いし、ボクもそのつもりやったんやけど……キミ!できるんやろ?なら任せてみるわ!」
「……柔軟なご対応どうも!そこで目に焼き付けちゃってくださいね!そんで買ってくれても、五番隊に引き抜こうってのァお断りっスけど!」
「太!!!」
他隊の副隊長に減らず口を叩いて背を向けるという無礼を働いた太に、持地の怒髪が天を衝く。しかし、この場の指揮官である市丸に逆らって止めることは絶対にしない。
離れていく太の背中を見守って溜息を吐く苦労人の彼には悪いとは思いながらも、市丸は少し楽しい気分になってきていた。
「さてさて!旻天ちゃん御機嫌どうよ?……え?今日も今日とて最悪?ははん、そりゃ何より!」
「「「「「「「 は? 」」」」」」」
十一番隊隊士たちと乱菊と市丸の声が重なった。開いた口が塞がらない彼らのことが目に入っているのかいないのか、太は歯牙にも掛けず、振り回している相棒と語らう。
「うんうん、んじゃアレぶちかませっか?そっか!おーし!どれやんぜ!」
ジャッと音を立てて、旻天の先端は大虚が次に踏みしめようとしていた所の地面を指し示した。握っていない方の片棒がふわりと浮く。
「
示された先にある土が音も立てず俄かに黒ずむ。円形の印が出来上がるが、よく目を凝らさなければ分からない薄いものだ。大虚は気にも留めずそこに足を置いた。
「あ〜あ。駄目っスよ!
すると足はずぶずぶ沈んでいく。さっきまでただの土だった地面がいつの間にか底なし沼にでもなったかのようだ。
「流石にデカいだけあってそこまでで限界かぁ。ま、動けなくなったんなら良しとしますか」
足が上がらず混乱した大虚は、口を開いて赤い光を集束させ始めた。虚閃を撃つつもりだ。太は大虚の巨体を垂直に駆け登る健脚を披露し、旻天を空高く上にぶん投げた。
「ンなの撃たしてやるかよ!
ちょうど大虚の口元の高さまでいった旻天は、目にも留まらぬ速さで縦回転しながらそこに滞空する。
「――
号令と共に、旻天は鼠花火とガトリング銃を掛け合わせたような激しさで次々に無色の弾を連射した。しかも全弾確実に大虚の口の中へ、喉の奥のど真ん中一点にのみ当たり続ける。遂には風穴が開き、大虚は堪らず口を閉じたため虚閃も不発に終わった。
この場にいる持地以外の死神たちは、太が口先ばかりでなかったことに驚きを隠せない。市丸は旻天が太の手の中に落ち戻るのに合わせて
(霤、ねぇ。――雨垂れ石を穿つってやつやろか?)
ならば無色の弾はまさか水滴か?恐ろしい水滴があったものだ。そうだとしたら、やや判り難いが旻天は流水系に類する斬魄刀である可能性が高い。市丸はそこまで当たりをつけ、さてお次は何を見せてくれるのやらと胸を弾ませた。
ところが、太は大虚の約半分の高さまで駆け登った辺りで、急に奴の黒い体を片手で鷲掴んで宙ぶらりんになった。そしてさっと神妙な顔つきになり、地上に向かって叫ぶ。
「これ中に閃センパイいねぇっスか!?」
言われて、乱菊、市丸、持地の三人は霊圧を探ってみた。ぱっとは分からない。しかし、神経を研ぎ澄ませて注意深く探ってみれば、確かに大虚の身中に何か別物の霊圧を感じ取れた。奴は巨体であるゆえにその分肉厚だ。探知するには邪魔な壁が厚く隔たっているせいで、一同は気付くのが遅れてしまったのである。
「西五辻三席が……じゃあもう一つ、これは一角ね!?」
「……ほんまや。こんなん起こるもんなんやね」
「太!斬れ!斬って出して差し上げろ!」
「了解っス!そんじゃ旻天ちゃん、本日最大の鬱憤晴らし……、っ!?」
太の片手で踊る旻天が黄色く輝き始めたその時、大虚は喉の風穴から咆哮を奏でて空気を強く震わせ、背後には星空を縦に割く巨大な
「やべぇ!虚圏に帰っちまう!」
「ま、斑目三席ー!!」
「逃げんなデカブツゥ!俺に叩ッ斬られろよクソ!」
「おいガキんちょ!お前まで連れて行かれんぞ!」
「もういい手ェ放せ!戻れ!」
さしもの十一番隊隊士たちも焦りを見せ、目の
「
――――――
『『ギャーーーーッ!!!』』
アーロニーロ・アルルエリは死を覚悟した。ぶにゅりと我が身を踏んづけた少女が大きな声を出したものだから、あの隊長もこちらに気付き、バッチリ自分のことを見ている。情けない悲鳴が口を突いて出た。
「やちる!てめえまた何処に行ってやがったんだ!」
「えーとね、なんかね、十二番隊みたいなとこ!」
「十二番隊?瀞霊廷まで戻ってたのか?つうか……ここ何処だよ!!」
「さぁ?」
「虚がうじゃうじゃいやがるのに誰も来ねえしよ!こんな
なんとこの男、自分が何処に来てしまっているのか未だ理解していなかった。どすどすと乱暴に足音を立ててやちるの方に歩み寄り、その横でぶるぶる震えてぶにゅぶにゅしていそうな虚を蔑むように一瞥した。
「チッ……雑魚ばっかりじゃねえか!!」
更木の苛立ちは頂点に達した。ただの一振りで屠れそうな相手に対して、斬魄刀を両手で握って頭上に振り上げ、最大限に霊圧と鬱憤を込めた一撃をぶつけんとする。
(死、死ヌ!死ンジャウ!)
(こんな無様な姿のまま……)
((
アーロニーロは咄嗟に
虚が開く黒腔というのは、自我を持つ個体であれば座標を細かに指定することが可能である。行き先が尸魂界でも、現世でも、虚の自由自在だ。敵対する死神より圧倒的有利な立場にある彼らは、死神の目を盗んで世界間を移動しては魂魄を喰らう。より強い力をもつ個体なら死神の魂魄を狙うこともある。
現在非常に弱っているアーロニーロは、無論、多くの死神と対面することなど避けたい。しかし殺されるという瞬間に咄嗟にやったものだから、座標の指定をろくにしなかった。喰らわされようとしている死の一撃を別の次元に飛ばせればそれで良かったのだ。
一方、流魂街の森で太に傷を負わされて巣に逃げ帰ろうとした大虚は、殆ど自我を持たない。本能的に命の危険を感じたから撤退するというだけだ。帰り先は巣の中でさえあれば問題ないため、至極適当に開いた。
これら二つの解空が同時に行われたらどうなるか。そう、世界の狭間に出来る道は自然に引き合い、繋がるのである。
「死 ね 雑 魚!!」
「
腹からの罵声と賭けの高唱が重なって響いた。
――――――
突如として黒腔の中から飛んできたのは、万物を掻き消してしまいそうな斬撃だった。それは太が天から放った特級の
「はっ……!?たっ、隊長ー!?」
まず叫んだのは一角だ。銀一色の汞旁でできた空間がいきなり外から切り裂かれ、新鮮な夜の空気に一気に肌を冷やされ、重力に引っ張られながら心臓が浮く様な感覚もして、目を白黒させている。
呼ばれた更木はというと、目の前にお出しされた景色に頭が追いつかず固まっていた。雑魚が消し飛ぶだけだったはずが、急に満月に照らされるわ、大虚の中から真っ赤な一角が出てくるわで、全く意味が分からない。
「何処に消えたんかと思たら……そらあの人の掴趾追雀でも見つかりっこないワケや。十一番隊長さぁん!
「あ?はぁ?」
「剣ちゃん行こ、みんないるよ!良かったね!」
やちるにくいくいと裾を引っ張られて、更木は間抜け面のまま歩いて境界を超えた。よって、黒腔を開き繋いでいたアーロニーロは奇跡的に命拾いし、隊長を巣から追い出すという目的も果たされた。解空しておく必要もなくなり、黒腔は徐々にその口を閉じていく。
「センパイ!!閃センパイ!!閃!!」
落下して風に煽られながら、太は切羽詰まったように上官の名を呼び続ける。その男の姿は大虚の森側に消えようとしている半身の中にあった。反対の流魂街側にいる一角もハッとしてそちらに目を向け、ふと、先刻乱菊の言っていた話を思い出した。
「
「っ、阿保刑軍!!どうした!立て!てめえ死ぬ気は更々ねぇんだろ!?生きて帰るんだろ!?やんなきゃなんねぇ事とかあるんじゃねぇのかよ!散々俺のこと糞味噌に言っといてなんだ!?根性みせろ!聞いてんのか!?オイ阿保刑軍!!」
必死の形相で
どういう因果か更木は向こうから出て来られたが、そんな奇跡も二度は起こるまい。今この黒腔が閉じ切ってしまえば、手負いとなった閃があちらで死ぬのはほぼ確実だ。
一角は一秒がやたら長いものに感じられた。
「こうして徐々にでも汞旁を広げていき大虚の表皮に近付けば、そこから切り開いて脱出もできよう。だが、途中で俺が力尽きないとも限らん。その時は――」
そして無意識の内に、さっき閃に言われた言葉の続きをなぞる。
「『殺すつもりででも引き摺っていけ』、てめえそう言ったよな!後から文句は聞かねえぞ!!」
一角は塞がれた傷がまた開くのにもてんで構わず、斜めになった足場を馬鹿力で以て思いっきり蹴った。大きな放物線を描いて跳躍するその姿は、地上にいる死神たちからはまるで鬼が満月を飛び越えていくように見えた。
「延びろ『鬼灯丸』!!」
黒腔の口は既に人ひとりが通れるか否かというくらいに狭まっていた。三節棍に変形した相棒の徴表である赤い穂、その付け根の部分を固く握って前方に突きを繰り出す。始解して長さを増した鬼灯丸が二つの世界に同時に存在した時間は、実に二秒にも満たなかっただろう。一角は刃に手応えを感じてすぐ、肩が飛ぶような勢いで肘を引いた。黒腔が閉じる――その寸前にこちらの世界に引き摺り出された閃の体は、勢い余って鬼灯丸からすっぽ抜け、若干の血飛沫を連れて空高くに放り出された。
「やっべ」
一角は今の無茶であちこち痛めたせいで体勢を崩した。無情にも地面はどんどん近付いてくる。為す術もなくまた土に口付けすることになるのか、そもそもこの高さから落ちたら死ぬんじゃないか、と覚悟したが――
「
「ぶばぶぉっぷ!!……」
今度は泥だった。ぶくぶく沈んで息ができない、いったい何だコレは。わけが分からないまま手足をばたつかせていると、死覇装の後ろ襟を引っ張られて泥の外に出された。
「げっ、ぺぇ、……う、ちっと飲んじまった……」
「受け止めるにはちょっと追っ付かなかったんで、やむを得ず手荒な真似しました!スンマセン!」
「いや……いいぜ別に……」
「斑目三席、閃センパイのこと助けてくれてありがとうございました」
「! そうだ、あいつは叩きつけられちゃいねぇか!?」
「無事っスよ。ほら、持地さんが受け止めてくれましたんで」
太が指差した方に首を回してみると、向こうに白髪の刑軍の男に肩を支えられて立っている閃がいた。……どうみても無事とは言えないだろう、アレは。土手っ腹に開いた穴は酷いものだ。それでも、一角と視線がぶつかった閃は、口の端から垂れる血を腕で拭うと優しく目を細めた。
「……斑目。ありがとう」
「ケッ。腹ぶっ刺してやって礼を言われんのは初めてだぜ」
「しかし……いつの間に赤鬼から泥人形になった?まったく愉快な奴だな、貴様」
「血ィ吐きながら言う台詞がそれか!?ひょっとして馬鹿だろ!?」
「あんたもその傷で大声だしてんじゃないわよ!死にたいのかしら!」
「おぉ松本!なんだか久し振りだな!」
「治療するにもまず泥を落とさなきゃ始まんないわね……」
「ならオレが洗いますよ!なぁ旻天ちゃん、ひと暴れしたことだし、控えめに弱〜く降らしてくんない?……いい?」
戦いを終えた彼らは、半死半生の者もいるというのに晴れやかに談笑している。市丸は一角が極めて局所的な土砂降りを浴びて肌色に戻っていく光景を視界の隅に捉えつつ、東雲に染まり始めた地平線に向かって独り言を投げかけ、いつものように笑った。
「……同じ仲間に刀向けるにしても、えらい違いやね?」
殺して楽にしてやるために刃を伸ばし、それさえ拒否されてきたというのに。
苦しませても生かすための刃を延ばし、それすら受容してみせた彼らは、憎たらしいほど眩しかった。