泡沫(T主+W主)

「君はいつも遠くを見ているね」

多分、何気ない言葉だったのだろう。
普段の彼の言葉の明瞭さを考えるとそれが欠けた発言だったから。

「どうしたの?」

そう問いかけたら、彼は驚いたような顔をしていた。
まるで答えが返ってくることの期待何かしてなかったとでもいうように。
でもそれは一瞬のことで、すぐにいつもの底の読めない顔に戻っていた。

「深い意味はないよ。ただ、あいつもよくそんな顔してたなって思ってさ」

彼の言う「あいつ」というのは、かつてぼくの船に乗っていたあいつのことだろう。
人付き合いが極端に苦手なあいつはいつも船室にこもってた。
まあ、戦闘力の高さがあだになって(?)ぼくがあちこち連れ回してたせいでこもってられる時間はひどく削られてしまったけど。

外見に似合わず仲間内の誰よりも長い時間を生きてきたあいつは、その肩に重いものを背負っていた。
肩っていうより右手に、かな。
あいつの紋章は人の魂を喰らうもので、そのせいであいつは人との接触にひどく怯えてた。

「あいつはお人好しだから」

なんだかんだいって。
「俺に構うな」とか言いながら、差しだした右手を払うことができなかったり。
返事を期待していない言葉に律儀に返事を返したり。
後をついてくる青年を邪険に扱えなかったり。

そんなだから君はいつまでも「死神」と手が切れなかったんだよ。

「確かに」

いつもは軍主らしく険しい顔をしている彼がふわりと笑った。
どうやら彼の中であいつは重要な位置を占めているらしい。

「無くしたものも、亡くしたものも捨てきれないんだよ」

それはぼく自身も同じなのかもしれない。
ただあいつとは重さが違うだけで。

「ああ、海が見たいな」

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