今日の昼休憩にランチに行こうとミクリさんに誘われ、久しぶりにベーカリーではなくレストランで食事ができると胸が弾んだ。一か月くらい前のトウキさん以来だな。休憩に入ろうとしたときにちょうどお客さんが来てしまい、約束した時間を十分ほど過ぎて噴水広場に走ると、ミクリさんが女の子たちに囲まれていた。こんなことは日常茶飯事なのか、涼しい表情でファンのような子たちの相手をしている。その姿が、なぜか一瞬ダイゴさんに重なって見え、そんな雑念を振り払うように首を左右に振った。どうしよう、邪魔はしたくないが、昼休みは無限にあるわけではない。

「ロゼちゃん。」
「すみません!ちょうどお客さんが来てしまって…」

あせあせと慌てて頭を下げると、別に気にしていないよ、と頭を撫でられた。と、同時に湧き起こる黄色い声。私これ、ファンの子に刺されるのではないか、と少し不安になる。そんな女の子たちに、やっぱりすました様子でお別れを告げていた。

「ルチアちゃんは…?」
「ああ、今日はこの後友人と遊ぶ予定があるらしい。」

残念がる私に、ミクリさんは仲良くしてやって、と言って微笑んだ。なんだか保護者みたい。きっと仲が良いんだなあ、と微笑ましく思えた。

この間トウキさんと行ったカフェは、向かいの電気屋のテレビが見えてしまうから気が引ける。そこで今度は海の見えるテラスがあるカフェを提案すると、あっさり同意を得ることができた。

「カイナは海が綺麗でいいね。」
「ルネは綺麗じゃないんですか?」
「綺麗だよ。でも、こんな風に広大ではないんだよ…。」

海を臨むテラス席で、ミクリさんのオススメだというピザを頼み、カイナの遥か彼方まで続いていそうな濃藍色の海に視線を移した。ミクリさんから聞くルネの話は、どれも素敵なものばかりで、たぶんトクサネの次に行ってみたい街だ。急峻な火山島で、階段が多く設置されているというルネシティ。遠くの街に憧れるのは、もう仕方ないこと。ぜひ来てと言ってくれるミクリさんの言葉に、曖昧に頷いた。

「トクサネは、どんなところなんですか?」
「トクサネ?」

突然出てきた街の名前に、ミクリさんは首を傾げる。そういえば彼もジムリーダーなんだし、ダイゴさんのことを知っているのか。この間も一緒にテレビに出ていたし。まあ、私とダイゴさんが知り合いだって知らないんだし、気付くわけがない。ダイゴさんが私の話を彼にするわけもない。覚えているかも、分からないのに。

「いいところだよ。浅瀬が多くて、静かな海の街だ。」

どうして聞いてしまったかな。ダイゴさんがいるという、遠くのその街に期待が膨らむ。カイナに来れて、私の世界は広がったと思っていたのに、結局またここでも、他の街を羨むのか。

「行ってみたいんです、その街に。」
「なぜ?」

すかさず聞かれてしまって、知らず知らずのうちに吃ってしまっていた。何か、何かもっともらしい理由はないかと探すと、有名な宇宙センターがあることを思い出した。それを理由にすると、花以外にも興味あったんだね、と率直な感想を頂いてしまった。

「あはは、冗談だよ。」
「からかわないでください。」

さぞ楽しそうにミクリさんは笑っている横で、私はムッとして不貞腐れてしまった。花にしか興味がないなんて、どんなイメージだ。まったく心外である。剥れていると、そんな私を見兼ねてか、ミクリさんはどこからか持ってきたのか、テーブルに一つの木の実を出してきた。

「ズアの実っていうんだって。」
「初めて見た…!」

テーブルに転がったその実は、中央で青と緑に色が半分に別れていて、ハートのような形をしていた。仕事柄、図鑑や本では様々な木の実を見ているが、これは初めて見るもので、ミクリさんにからかわれたことなんて一瞬で頭から抜けて行った。

「前にイッシュ地方に出張したときに珍しい木の実を貰ったんだ。ロゼちゃんにあげるよ。」
「いいんですか!?」

ふふ、と優しく微笑まれ、ありがたく頂戴しておく。このホウエン地方の木の実だって全ては見たことがないのに、他の地方の珍しい木の実をこの手に取ることができて、とても幸せだ。

「君は花や木の実を探して飛び回ったりしないのかい?」

木の実を手にして喜ぶ私を見て、ミクリさんは静かにそう言った。嫌な汗が額に浮かぶ。2匹のポケモンが脳裏を過ぎった。花屋で働いているからと言って、全ての木の実を知っている訳ではない。むしろ世界の狭い私は、カイナ近辺の種類しか、実際にこの手に取ってみたことがない。本当に好きなら、手段なんて選ばずに行動に移して、ホウエン中を飛び回ればいいのに。中途半端な自分が、こうやって少しずつ剥がされ姿を現していく。

「私の友人に、石にしか興味がないやつがいるんだ。他の地方まで出張するくらいの変わり者なんだけど、ロゼちゃんはそういうことしないのかい?」

畳み掛けるような質問に、口を閉ざしてしまった。ここでもまた、ダイゴさんが登場する。憧れて、憧れて、そして醜い嫉妬をする。彼はチャンピオンで、御曹司で、何でも持っている。しようと思えば何だってできる。そんなの、ずるい。

「私は…、カイナで花を売れればそれでいいです。」

そしてまた見え透いた作り笑いを顔に貼り付けて、本心を隠す。何もかも見透かしてしまうような真っ直ぐなミクリさんの瞳から逃げて、あの広大な海へ視線を流した。大海を知らない蛙は、井戸の中で満足してしまう。私も、この美しい港町にいられれば満足なんだ。

▼ ▲ ▼

食事を終えて、ミクリさんに店まで送ってもらった。その間に次のコンテストの演出で使う花のイメージを話し合ったりできて、とても有意義な時間を過ごせた。店の前でありがとうございます、と頭を下げると、ミクリさんは不意に花を買っていこうかな、と視線を店の中に移した。

「さっき話した友人が珍しく部屋に花を飾っていたんだよ。土産に買っていこうかな。」

店先のトルコキキョウに顔を近付け、香りを楽しむミクリさんに、内心冷や汗が出てきそうになった。ダイゴさんへの気持ちを、彼は知っているのではないかと疑ってしまう。けれど、私の花が再びダイゴさんのもとへ届くのかと思うと、自然と胸が高鳴った。

「えっと、どのお花をお包み致しましょうか?」
「ロゼちゃんのオススメ、どれかな?」

ごくり、と固唾を呑んだ。手に汗を握る。ミクリさんは何だって見透かしてそう。私がダイゴさんと知り合いだということも、もしかして本当は知っているのかな。以前ダイゴさんが買ってくれたトルコキキョウを一瞥した。これを選べば、ダイゴさんは気付くのではないか。私が今でも彼を忘れられないことを、知ってくれるのではないか。期待が胸を弾ませた。でも、希望はもう彼に渡せたの。

「…では、クリスマスローズなんていかがでしょう。花びらの多い八重咲きは人気ですよ。」

ミクリさんが好きそうな言葉を選んでそう勧めると、なんて美しい花なんだ!ビューティフル!と言ってポーズを決めてくれた。心の中でホッと息をつく。

「じゃあそれを1本くれるかな。」
「今お包み致しますね。」

花を包む手が震えた。私が包むこの花はダイゴさんに届くが、この想いがダイゴさんに伝わる可能性は限りなく0に近い。私の勝手な期待と願望を、何も知らないであろうミクリさんに託そう。この花が、無事に届くことを祈って。この花に隠された想いが、伝わることを祈って。私を忘れないで、って、そんな些細な願いを。