今日は月に一度の大仕事。からくり屋敷の自称カラクリ大王からの発注で、数十個もの植木を彼の屋敷に発送する。カイナに近いからという理由だけで毎月からくりの飾り付けとして店に予約の電話が来る。この店の売り上げは主にカラクリ大王のおかげじゃないかと疑ってしまいそうな程の依頼だ。
「ロゼちゃん、今日もお願いね。」
カエデさんに言われ、発注された植木の種類と本数を確認し、朝一にトラックに積み込み、屋敷へと向かう。けれどこの仕事はこれだけでは終わらず、送り届けた後は必ず中の装飾まで手伝わされてしまう。
「今日も頼むねロゼちゃん。」
カエデさんと同じような言葉なのに、カラクリ大王に言われると凄く嫌だ。こんなの花屋の仕事じゃない、と内心文句を言いながら、業者のゴーリキー達とトラックから植木を降ろし、屋敷へ運び入れる。そして「次はこんな内装にしようと思うんだけどどう思う?」なんて設計図のような、ただの落書きのようなメモを見せながら気軽に聞いてくるカラクリ大王に、溜息さえ出てきてしまう。
「はあ、いいと思いますけど。」
「えー、本当に思ってる?」
最初こそ私も親身になって色々と提案はしていたけれど、彼は人の話を聞かないし私の案も即却下されてしまうことに気付いてからは、もう何も言わなくなった。ちょっと変わり者だけれど、お得意様だし、邪険には扱えない。それを知ってか知らずか、カラクリ大王も無理な注文ばかりだし、私の仕事でもないようなことも請求してくる。
「じゃあこの植木をここから真っ直ぐ横一列に並べてー。で、あっちは…」
今となっては長々と続く注文にも慣れ、文句一つ言わずに熟せるように成長したと思う。これが毎日続けば仕事も辞めてやると思うかもしれないけど、月一だし、何よりからくり屋敷の内装のこだわりは尋常じゃないと巷でも噂になっているから、まあこの仕事に携われて、楽しくもあるかな。
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夕方近くまで大王に散々こき使われて、くたくたになって店に戻ると、カエデさんが笑顔で迎えてくれた。今日はからくり屋敷に出張であることは事前に知っていたから、ロゼリアとヤミラミは家においてきた。癒してくれるのはカエデさんしかいない。
「ただいま〜」
「おかえり。お疲れ様。」
裏口から店に入ると、カエデさんはそう言いながら温かいコーヒーを淹れてくれた。大王の屋敷に出張の日は、やはりこき使われることを知っているからか、カエデさんはいつもよりも優しい。
「ありがとうございます〜」
椅子に座ってレジカウンターにくたりと寄り掛かると、今日の疲れが消えていくような気がした。ちょうどお客さんが誰もいなくてよかった。勤務中の店員とは思えないようなだらけた態度も、今だけはカエデさんも許してくれる。
「ロゼ、久しぶり。」
不意に掛けられた言葉に、視線だけを上げると、レジカウンターの傍に一人の男性が立っていた。それは本当に久しく会っていなかった、カエデさんの息子さんであるヒザシさん。彼の名前を呼びながら、大袈裟に飛び起きてしまった。そんな私を面白そうに笑う姿も、随分昔の、記憶の中の彼と重なった。
「たまたま近くに配達があったから、寄ってくれたんだって。」
カエデさんが嬉しそうに微笑む。ああ、本当に自慢の息子さんなんだな。ヒザシさんはいくつかカエデさんと言葉を交わし、二人が談笑するこの空気感が、とても好きだ。
「ああ、そうだ。ミナモの新店舗のことも聞きに来たんだよ。」
自然と出ていた微笑みが、ぴしりと固まった。忘れていた訳ではない。でも、なんで彼がそれを聞きにわざわざカイナまで。隣でカエデさんが少し気まずそうに、そわそわしていた。
「あれ、聞いてない?ミナモの新店舗、僕ら二人でやっていこうって。」
当然のようにそう言われても、思考は全く追い付かない。縋るようにカエデさんの方を見ると、慌てて「そうなったらいいなって考えてるだけだから」と付け加えた。待って。ミナモシティなんて誰も知っている人がいない街で、ムロからも船じゃ通えない場所で、ヒザシさんと二人で店を経営するの?
「なんだ、母さんの願望か。」
ヒザシさんはそう言ったけれど、カエデさんだけの願望なら、僕は賛成だよ、なんて言わないでよ。勝手に話を進めないでよ。夢のような話だったのに、今日ヒザシさんが来たことで、突然現実味を帯びた。私をおいてどんどん進んでいく話。待って待ってと追い縋っているのに、きっと追い付いたところで何も答えなんて出せないような、優柔不断な私。流されてしまった方が賢明なのか。
「ごめんね、勝手に話進めちゃって。ロゼちゃんが嫌なら、全然いいからね。」
ヒザシさんが自分の、トウカの森の店に帰って行ったあと、だんまりな私を見兼ねてカエデさんが声を掛けてくれた。お世話になっているんだもの、力になりたい。でも、このカイナシティを、この場所を離れたくない。そう思うのは、ここで働いていれば、またいつかダイゴさんがここに来てくれるんじゃないかって、そんな淡い期待を胸に秘めているからだろうか。
「いえ、大丈夫です。」
「ロゼちゃんがヒザシのお嫁さんになってくれれば、もう安心して引退できるのに。」
なんてね、とおどけたように笑うカエデさん。冗談めかしく言ってはいるが、実は以前にも何度か言われたことがある。本当にいい人で、確かにカエデさんとなら嫁姑関係だってきっとうまくいく。でも今思い浮かぶのは、やっぱり一人だけなんだ。ぎゅっと拳を握り締め、精一杯の愛想で笑顔を作り出した。
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色々なことがあった日だった。今日も今日とて全力疾走で連絡船に乗り込み、甲板から西の水平線に沈みそうな丸い日を見つめる。いつもとは違ってロゼリアとヤミラミがいないと、悩みと溜息がダダ漏れだ。海に向かって溜息をはいても、波に打ち消されてしまう。もう何も考えたくない。このまま力なく海に沈んでいってしまいたい。
「もう嫌…」
背後から魔物が近付いてくるような、嫌な気分。哀愁漂わせる夕暮れ時は、逢魔が時と呼ばれている。ああ、きっと昔の人はきっとこの最悪な気分を、そういう呼び方に変えたのかな。
「…もーいや!」
誰もいない甲板で、海風に髪を靡かせ、その周りをキャモメたちが気持ちよさげに飛び回る。叫んでも誰にも届かない。誰も。彼にも。本当にもう会えないの?ミクリさんに託したあの花は、誰の元へ行ってしまったの?「君にだってできる」と微笑んだダイゴさんと、その力強い言葉が忘れられない。私は何も、進めていない。
キャモメとは違う、金属のような大きな羽の音。背後に降り立つ何かの気配を感じた。ああ、悪魔が来たのかな、なんて思ってしまうのは、もう末期かな。夕日に照らされて、目が眩む。ゆっくりと振り返ると、逆光の向こう側で、誰かが笑った気がした。誰そ彼。見えない顔に、黄昏を感じた。
「久しぶり、ロゼちゃん。」
ずるいと思った。たった一言で、こんなに簡単に涙腺を壊せる人は、きっとこの人以外いない。逆光の向こうから、私の方に向かって歩いてくると、だんだんと顔は見えてくる。色素の薄い髪も、そのきっちりとしたスーツも、私を見て微笑む優しい表情も、全部全部。会いたくて会いたくて、このまま私のものにしてしまいたい、なんて。この悪魔と一緒なら、もうこの夕日に溶けてしまったっていいや。