息をするのも忘れてしまいそうなほどの驚きと喜びを、きっと隠しきれていない。逆光の向こう側から現れたのは、ずっと会いたいと願った、ダイゴさん本人だった。テレビでも新聞でもなく、画面の向こうでも紙面の中でもなく、今目の前に、手を伸ばせば届く距離にいる。

「ダイゴさん…?」

私の半信半疑の震える声が彼の耳に届いたのか、眉毛を八の字にしながら、お待たせと言ってくれた。ああ、この声、本物だ。テレビのスピーカーから聞こえるものとは、全然違う。一歩一歩ダイゴさんが私に歩み寄るにつれ、心拍数も上がっていく。もう目と鼻の先まで来たとき、ダイゴさんがいなかったあの一か月間には、二度と戻れない気がした。

「あの花をくれたのは君かな?」
「花…?」

にこりと私に、私にだけに向けられた微笑みは、テレビで見るものとは全く違うもので、自分の記憶の中のダイゴさんとだけ重なった。花、と言われ、思い浮かぶのはミクリさんに託したあの花。その存在が無事届けられたと安堵する余裕はなく、その裏に隠された私の想いまで気付かれてしまったのかと、羞恥と焦燥だけが湧き起こる。

「ミクリさんがダイゴさんに花を買っていくなんて思わなくて!」

慌てて弁解しようと、ミクリさんのことを引き合いに出しても、今のダイゴさんにはそんなこと関係ないようだ。真っ直ぐに目を見られると、心まで射抜かれてしまいそうになる。ロゼちゃんがどんな気持ちであの花を選んだのかは知らないけど、と口火を切られると、もう弁解の余地なんてない。

「僕は一時だって忘れることなんかなかったよ。」

彼の言葉を一つ一つ追いかけても、追い付ける気がしなかった。波の音もキャモメの鳴き声も何もかもが聞こえなくなって、甲板にダイゴさんと二人きりで置き去りにされたような、そんな感覚。

「…"私を忘れないで"」

自然とこぼれた言葉に、ダイゴさんは応えるように優しく微笑みかけてくれた。気付いていたんだ。気付いていてもなお、ダイゴさんは会いに来てくれたんだ。期待と不安が胸の中で入り混じる。じわりと瞳に張った涙の膜が、彼の顔を歪ませた。せっかく会えたのに、やめてよ。私の視界から、ダイゴさんを奪わないで。

「ごめんね。」

溢れ出た一筋の涙を、ダイゴさんは申し訳なさそうにそう言いながら、指で拭い取ってくれた。頬に触れた彼の人差し指の温かさも、指輪の冷たさも、もう離したくない。ふるふると小さく首を横に振ると、彼の指は静かに離れて行った。今度は自分の手でごしごしと手の甲で涙を拭くと、きちんとダイゴさんの顔を確認できた。その向こうで、もう今にも太陽が水平線に隠れてしまいそうだった。

「ロゼちゃん、この後は空いてる?」
「えっ…、あ、空いてます!」

また心拍が騒がしくなってくる。一か月も前のあの日の出来事が、夢ではなかったのだと身に染みた。ダイゴさんは私の返事も聞かずに、くるりと背中を向けて、エアームドの横まで歩いて行った。私も無意識のうちに足を動かし、彼の傍まで歩み寄る。エアームドの頭を撫でるダイゴさんは、チャンピオンとかデボンとか関係なく、あのときと同じで、強くて頼りあるトレーナーだ。

「じゃあこの後、付き合ってほしいな。君が行きたい街に、行こう。」

エアームドもそれに同意するように、高い鳴き声を上げた。もしかして、エアームドに乗ってどこかに行くのだろうか。ポケモンになんて乗ったこともない。空を飛んだこともない。その不安が表に出ていたのか、ダイゴさんは不意に右手を前に差し出してきた。

「大丈夫、僕を信じて。」

私に差し出す右手は大きくて、力強くて、簡単に私を惹きこむ。ほとんどムロとカイナから出たことがなくて、空飛ぶポケモンにだって乗ったことがなくて、この無知な私をどこに連れてってくれるのだろう。カイナから外に出ることを頑なに拒んでいた心が、いとも簡単に紐解かれる。どうしてだろう、ダイゴさんにそう言われると、何も不安に思うことなんてないって、感じる。

「はい!」

ダイゴさんの言葉に、私は思い切り力強く頷いた。何も不安になんかじゃない。ダイゴさんがいてくれれば、何も。その手を取って、私は一歩、足を前に踏み出した。