ヒザシさんとの勤務は、毎日のカエデさんとのものと、特には変わらなかった。強いて言うならば、カエデさんの方が仲が良い、ということくらいか。ただ、ムロ行きの最終の連絡船の時間を考慮してくれたのか、いつもより早めに上がらせてくれて、逆に時間を持て余すこととなってしまった。最終便にはまだ時間がある。久々に街をぶらぶらするのも、たまには良いだろう。
「散歩しよっか。」
しゃがみ込んで彼らに目線を合わせて言うと、ロゼリアとヤミラミは一度顔を見合わせてから、揃って頷いた。だいぶ仲良くなったな、と感じると同時に、昼間のダイゴさんの言葉を思い出した。
「もしロゼちゃんが、いつかポケモンがいなくなるかもって思っているなら、ポケモン達もきっと同じことを考えていると、僕は思うな。」
どうして分かったんだろう。不安に思って、ずっとずっと避けてきたこと。初めてロゼリアに懐かれたあの日、動揺や戸惑いしか感じなかった。けれど毎日を一緒に過ごすようになって、嬉しいという感情が生まれた。でもそれと同時に、いつかこの子が私から離れたいと思う日が来るかもしれない。野生に戻りたいと思う日が来るかもしれない。そういう不安にも気付いてしまった。だったらその時のために、私は彼女を縛らないでおこう、自由にしてあげよう。その結果、戦わせるとこと、育てることもせず、一定の距離を保ち続け、そしてあの日、ダイゴさんと出会ったあの日に、ロゼリアに怪我を負わせてしまった。
「…ロゼリアたちは、どう思ってるの?」
しゃがんだまま、二匹を交互に見つめる。あんな無力さはもう感じたくないと思っても、結局ずっとこの距離を保ってきた。彼女たちは私のポケモンではなく、私は彼女たちのトレーナーでもない。私は、ロゼリアとヤミラミを、私という存在に縛り付けたくない。
「このままでも…、いい?」
不安は確かに今でもあった。こんなに仲良くなった今でも、いつか居なくなってしまうんじゃないかって。でも私はもう、彼女たちと離れたくないと思ってしまっている。ずっと一緒にいたい、世話をしてあげたい、支えて欲しい、野生なんかに返したくない。ああ、ダイゴさんはもう、あの出会った日、あの船の上でロゼリアの話をしたときから、私のポケモンたちに対する気持ちに気付いていたのかもしれない。
二匹はじっと私を見つめ、控えめに首を横に振った。
▼ ▲ ▼
ダイゴさんはそうやって、簡単に私の背中を押す。立ち止まったままの私の手を優しく引いてくれる。本当に素敵で、頭も上がらない。これはもはや恋慕ではなく憧憬なんじゃないかって。フレンドリーショップを前にして、そんなことを考えた。ショップの中にボールから出したままポケモンを連れて入ってもよいのだろうか、と一瞬頭を抱えたが、目の前で自動ドアが開くと同時に仲良さげにしながら、とりつかいが肩にエモンガを乗せて出てきたから、私もそのまま二匹を引き連れて店内に入った。ボールに入れたら、こんなことを考えることも、なくなるのかな。
いらっしゃいませ、と掛けられた声に背中を向けて、ボールコーナーに足を運んだ。所狭しと棚に並べられた多種多様なデザインに、思わず目を奪われた。赤と白のオーソドックスなものしか知らなかったから、水色や黒のものや、柄があったりと本当にたくさんの種類があった。どれがいいのか、さっぱりだ。ロゼリアとヤミラミと並んで、三人で首を傾げた。
「あれ?ロゼちゃん?」
不意に掛けられた声に振り返ると、美しい空色が視界に映った。「久しぶりっ!」と言って微笑む彼女は、相変わらず可愛らしい。
「ルチアちゃん!お久しぶり。」
初めてミクリさんに連れられて来た時以来、一人でも何度かお店に寄ってくれることがあり、今ではもうお得意様の一人だ。まさかこんな場所で会うとは思わず、二人して手を取り合って再会を祝した。
「ポケモン、捕まえに行くの?」
ルチアちゃんは私の背後の棚を見たのか、そんな質問をしてきた。一瞬たじろいでしまったが、何も臆することはない。もう、決めたことだから。
「ううん、ロゼリアとヤミラミを入れてあげようと思って。」
こちらを見上げる二匹を一瞥してから、彼女に向き直った。するとルチアちゃんは、やっと決心できたんだね、とにこりと微笑んだ。お店に来たときにロゼリアとヤミラミに会って、私も立ち話の一つでポケモンを捕まえない話は少ししてあった。決心できなかったことに理由はないけれど、決心できたことには、ある。ダイゴさんが優しく背中を押してくれたからだ。少しだけ、胸が温かくなる。
「ロゼちゃん、嬉しそうだね。」
気付かずうちに口元が緩んでいたようで、ルチアちゃんに指摘され、居た堪れなくなってしまった。話を逸らすように、「ルチアちゃんは?」と尋ねると、彼女は嬉しそうにモンスターボールを見せてくれた。
「欲しいポケモンがいるの。」
ボールの中を見ると、ゆらゆらと長い髭を揺らすナマズンが入っていた。テレビや雑誌などでは見掛けたことがあるが、この目で見るのは初めてのポケモンだ。それもそのはず、私とは全く縁のない海底で生活するポケモンなのだ。
「おじ様に貸して頂いたの。それで、早速捕まえに行こうと思って。」
モンスターボールを見つめる真っ直ぐな瞳は力強い決意に溢れていて、ミクリさんを彷彿とさせた。やっぱり親族なんだなあって、当たり前のことを考えて、小さく笑ってしまった。ルチアちゃんはそんな私を見て不思議そうに首を傾げてから、あ、と声をもらして、次の瞬間、瞳をきらきらと輝かせながら、私の両手を掴んで身を乗り出してきた。
「ロゼちゃんも、一緒にどう?」
「えっ…、え?」
突然のことに、思わず二度も聞き返してしまったが、聞き返しても理解は出来なかった。何も追い付けていない私を置いて、ルチアちゃんは「そうよ!それがいい!」と言ってどんどん話を進めてしまう。それはルチアちゃんのポケモン捕獲に私も立ち会うということだろうか。なんで。ポケモンに関しては何も役立てないことなんて目に見ている。
「いや、私は…、」
「ロゼちゃんは欲しいポケモン、いないの?」
欲しいポケモン。私はそんなにポケモンについて詳しくはないし、ロゼリアとヤミラミがいるだけでだいぶ生活は一変したし、これ以上いても大変なんじゃないのかと不安が過ぎる。ルチアちゃんから視線を逸らして、二匹の方をちらりと見た。言い淀む私に痺れを切らしたのか、彼女はそのまま再び口を開いた。
「じゃあ、会いたい人はいないの?」
ドキッとあからさまな音が鳴った気がした。会いたい人と言われ、思い浮かぶのはあの人しかいなかった。脳裏で優しく微笑むダイゴさん。
「……いるよ。」
「それなら、ロゼちゃんも行こう?空を飛んで、会いに行こうよ!」
ルチアちゃんが私の両手を握って、きらきらと目を輝かせた。なんて魅力的な言葉なんだろう。今まで、待つだけだった私に、彼女は手を差し伸べた。もし鳥ポケモンを手に入れたら、私から、自分で会いに行けるようになるのかな。来てくれるか分からない不安な日々を、二度と過ごさなくて良くなるのかな。会いたいときに、会いに行けるの?
「…行きたい。」
一度でもそんなことを夢に見たら、それを叶えたくなる。最近はまたよくカイナに寄ってくれるようになったけれど、またいつ姿を現さなくなるか、そんなの分からない。待つだけの日々は、もう嫌だよ。そう思ったら、自然と彼女の手を握り返していた。
「うん、私も行く。」
私も、自分から、自分の手で、自分の足で、ダイゴさんの元へ駆け寄りたい。願いが、次第に欲張りになっていくのが分かる。自覚はしていても、逸る気持ちは止められない。私を覚えていて欲しかった。私に会いに来て欲しかった。側にいて欲しかった。その欲は全て自分は受身で、何の行動も起こしてはいなかった。でも、ここに、ルチアちゃんがくれたチャンスがある。ダイゴさんの元へ行ける切符がある。それなら、私は必ずそれを手にする。ただ、それだけ。