夜が明けて、広大な海の向こう側から太陽が昇ってくる。昨晩のうちに洗濯して乾かしておいたハンカチを綺麗に畳んでカバンの近くに置く。アウトドア用の動きやすい服装を選んでいると、ロゼリアが目を覚ましたようで、振り返ると彼女はいつものようにゆらゆらと揺れていた。
「ロゼリア!元気になったのね!」
思わず、頭のトゲに猛毒があることも忘れて抱きしめてしまった。そんな私を嬉しそうに見ながら、トゲには触れないよう花の手で庇っていた。もし、彼女が戦うことを嫌がったら、それまでだって思った。ロゼリアは私のポケモンではないのだし、強要は出来ない。できることなら、私も戦わなくていい生活をさせてあげたい。でも、自分の身を守れるくらいの力と知識は、私も彼女も、持つべきものなんだろうから。そんなことを考えながら、まだ明け方のムロタウンへと繰り出した。
約束した時間よりも少しだけ早くポケモンセンターへと向かうと、その前にはもうすでにダイゴさんの姿があった。
「ご、ごめんなさい!」
「いいんだよ、僕が楽しみで早く来てしまっただけだから。」
さあ、行こう。そう言って町外れに向かって足を進めるダイゴさんは、言葉通り、とても楽しそうだった。昨日はあまり話を聞けなかったけれど、洞窟に行くのが趣味だと言っていたな。
「石の洞窟には、よく行かれるんですか?」
「そうだね。暇があればすぐ寄ってしまうんだ。」
あの洞窟は子供の頃に何度か遊びに行った程度で、入り口付近までしか入ったことはない。困ったものだね、と、眉間に少し皺を寄せ、でもやっぱり楽しげにそう言った。砂浜を一緒に歩き、足跡が二つ並んで続いている。海の上を野生のキャモメ達が飛んでいく。こんないつも見ていたはずの、嫌気がさしていた景色が、どうしてか、きらきらと明るく輝いて見えた。
「ロゼリアはすっかり元気になったようだね。」
「はい!本当にダイゴさんのおかげです!」
隣でロゼリアがダイゴさんに向かって頭を下げた。そんな彼女に対してダイゴさんもどういたしましてと笑顔で受け答える。
石の洞窟までの砂浜は、ジムリーダーのトウキさんに憧れて波に挑むサーファーたちや、トレーナー同士でトレーニングをしていたりする。ムロタウンに住んでいても、普段はこっちの方までは来ないから、なんだか新鮮だ。
「なあお前、バトルしようぜ!」
声を掛けてきたバックパッカーの青年に対し、ダイゴさんはニヤリと口を歪ませた。ぞわりと何かが背中を駆け巡る。きっとこれが、ポケモントレーナーとしてのダイゴさんなんだろう。そんなことを考えていると、肩に軽く手を置かれ、下がってて、と耳元で囁かれた。こんなことを簡単にしてのけてしまうなんて、本当にキザだ。でも、これはチャンス。ロゼリアと一緒にダイゴさんの後ろに隠れ、大量にそのバトル術を盗んでやろうと目を凝らした。
「行け、ケッキング!」
相手が繰り出したケッキングを見て、ダイゴさんは何とも楽しげな表情を見せた。そして背筋を伸ばしたまま、モンスターボールを空に放った。形容しがたいほどに美しい所作に、思わず見惚れてしまった。
「頼むぞ、メタグロス!」
モンスターボールから出現したメタグロスは、真っ白な身体に、左前の足にキラキラした石がベルトで括り付けられていた。あの石、ダイゴさんのタイピンについている物と、同じだ。
「ケッキング、きりさく!」
「堪えろメタグロス!」
ケッキングの鋭い爪が直撃した瞬間、反射的に目を瞑ってしまった。けれどメタグロスから悲鳴のような鳴き声は発せられず、恐る恐る目を開けてみると、メタグロスはその頑丈そうな足で、それを押さえ付けていた。
「コメットパンチだ!」
何でだろう。かっこよすぎたからかな。自分のちっぽけさが身に染みて、やっぱり彼とは住む世界が違うのかな、って弱気になってしまう。そりゃ、トレーナー歴は段違いだろうけれど。こんな平和ボケしている私が、ポケモンバトルなんて、できるのだろうか。
「ありがとう。お前、強いな。」
コメットパンチを受けて戦闘不能になったケッキングをモンスターボールに戻し、バックパッカーの青年はダイゴさんに握手を求めていた。それに答え一言交わしてから、ダイゴさんはこちらに戻ってきた。
「どうだったかな?」
「ダイゴさんは、本当にお強いんですね。」
「ありがとう。君にそう言われると、自信つくなあ。」
褒め言葉なんかじゃなくて、本心からそう思ったのに。なんだか冗談めかしく流されてしまった。でも私の言葉のその裏側にあった不安さえも感じ取ったのか、ダイゴさんは「君にだってできる」と、私の肩に手を置いた。会ったばかりの、何も知らない人なのに。彼のその一言があれば、私にも何だってできるような気さえ、してしまうんだ。