あの後、ダイゴさんに教えてもらいながら石を掘ってみたり、ロゼリアとヤミラミと一緒にダイゴさんのエアームドに遊んでもらったり、有名な壁画を見に行ったり。最初こそどうなるかと心配だったけれど、洞窟でも十分楽しめた。ダイゴさんのことも、少しは知れた気がしたし。それでも、夢のような時間は、いつか終わってしまう。洞窟の入り口が、まるで現実へのゲートのようだ、なんて思えてしまった。
「すっかり遅くなってしまったね。」
そのゲートをくぐると、外は既に日が沈み、星空が広がっていた。一日中、一緒にいられたのに、もっといたい、なんて考えてはいけない。行きはあんなに輝いていた景色が、やっぱりくすんで見えた。朝はバトルをしながら時間がかかった砂浜の道も、帰りは一瞬だった。
「あ、ハンカチ!確かカバンに…」
ムロタウンまで戻ってきたところで、昨日ロゼリアの傷に巻いてくれたハンカチの存在を今になって思い出して、カバンの中をごそごそとあさる。あれ、おかしい。カバンに入れたはずなのに。
「いいよ、君にあげる。」
「いえ、そんな訳にも…あ!」
そうだ。カバンの横に置いたままだった。綺麗に畳んだところまではよかったのに、何を思ったのかカバンに入れないで、その横に置きっ放しだったんだ。
「あの、部屋に忘れてきたみたいで…。今取ってきます!まだ時間ありますか?」
不安げに聞くと、大丈夫なのに、と彼は困り顔を見せた。「じゃあ、あそこで待ってるね」と彼が指定したのは、町から少し外れた砂浜だった。107番水道の方は、洞窟方面の106番水道とは違ってポケモントレーナーもいないし、静かな砂浜だ。ダイゴさんは今日帰る身なんだから、あまり待たせる訳にはいかない。ロゼリアとヤミラミを抱えて、家まで全速力で走った。
ポケモンたちは走るのが遅いし、すぐに帰ってくることだろうと思い、カバンもポケモンもおいて、ハンカチだけを手にして走った。波の音だけが響く砂浜に、ダイゴさんはポケモンも出さずに一人で佇んでいた。あの背中を、この二日間でどれだけ見ただろう。どれだけ助けられただろう。もともと知り合いだった訳ではない私たちは、もう会えないかもしれない。視線を落とし、下唇を噛み締める。でも、これ以上待たせる訳にも、迷惑を掛ける訳にも、いかないんでしょ。
「ダイゴさん。」
砂浜に座って海を眺めている彼の隣に、少しだけ距離を置いて私も腰をおろした。ハンカチを差し出して、「ありがとうございました。」と、精一杯の笑顔を作る。見え透いた作り笑い。泣きそうな顔は見せないように、すぐに顔を前に向けて、私も海を眺めた。
「ダイゴさんはどこにお住みなんですか?」
「今はトクサネシティに住んでいるよ。」
トクサネシティ。心の中で、その行ったこともない遠い街の名前を復唱した。きっとこの海の、ずっと向こう。手持ちがあの二匹だけでは、海を渡ることも、空を飛ぶこともできない。寂しがっては駄目。今日はたまたま。昨日からずっと、ただついていただけなんだ。明日からは、また平凡な日常に戻る。素敵な方に夢見て憧れる時間は、おしまいなんだと、言い聞かせる。
「今日は本当に楽しかったよ。ありがとう。」
「いえ、こちらこそ。お世話になりました。」
この出会いを、なかったことにはしたくないのに。なかったことにしようとしている自分も、どこかにいる気がした。
「ロゼちゃん、君のおかげで決心がついたよ。」
ポケモンセンターで話した時に感じられた迷いとかためらいとか、今ではもう消え去っていた。どこか据わった真っ直ぐな視線を、海の向こうに向けている。そんな彼を見て、私は心が揺らぎそうだと思った。きっと彼とは、住む世界が違う。目指すものも違う。生き方も、何もかもが違う。こんなムロタウンの田舎娘が、どうにも足掻くことなんかできないや。
「お役に立てたのなら、光栄です。」
私のおかげと言ってくれた。何より、私の好きな花を買ってくれた。こんな素敵な人が。それだけで、十分。なんだか私まで、腹が据わっていくような気がした。割り切らなきゃ。
「そうだ。君の好きな花、部屋に飾らせてもらったよ。やっぱり綺麗だ。」
そんな一つの言葉で、動揺が戻ってくる。誰かダイゴさんに似合った素敵な女の人にプレゼントしたものだと、勝手に思い込んでいたのに。ああ、やっぱり今日はついてる。
「ダイゴさんに、どうか希望を。」
きっとこの二日間、私は世界で一番ついていた。世界で一番幸せだった。今度は心から微笑むことができる。ダイゴさんも、それに応えてくれる。頭にぽんと、一度だけ触れる彼の手。永遠のようで一瞬であるこの時間は、私の宝物になるだろう。
「ありがとう。お元気で。」
エアームドに乗って遠ざかっていくあの背中に守られて、夢をみて、憧れて、嫉妬もして、それから恋もした。気付いた時には涙で歪む視界のせいか、彼の姿は空の彼方に見えなくなっていた。