※監禁ぽい話
ずっとずっと、忘れられない人がいた。どうしようもなく好きで愛おしくて、溶けるくらいめちゃくちゃに甘やかしてやりたかった。だけどその人は気付いたときには誰かのものになっていて、俺はこの世の終わりみたいな絶望感に何日も酒に溺れたっけ。世知辛い世の中だよ、ほんと。俺も1ファミリーの一員だし全然できた人間じゃないけど、彼女の全てを奪ってまで攫おうなんて考えは僅少な理性の下に押さえ込んでいた訳さ。
まぁでも、もし神様とやらが存在するなら、ソイツは俺の肩を持ったらしい。ファミリーの紋章が深く刻まれた、この肩を。
「驚いたなー、まさか名前が、ねえ?」
俺の至極楽しげな声が冷たく無機質な部屋に反響して、ねっとりと彼女に絡みつく。足を広げてしゃがみ込み、名前と視線の高さを合わせ、一度煙草を咥えてから、白い煙を彼女に向かって吹き掛けた。ひっ、と小さく上げた悲鳴のような声がまた愛おしい。
名前が付き合っていたのは、俺たちと敵対するファミリーの幹部クラスの男だった。それを知った瞬間、俺の理性は途端に霧散した。だってそうだろ?名前を諦めたのは彼女の幸せのためだったんだから。一般人と一緒になって幸せな家庭を築くなら俺はそれを祝福してやろう。でもそうじゃないんだ。マフィアなんかと付き合って、幸福を手にすることなんか出来るかよ。だったら俺が、どうせ名前を不幸にするなら俺がこの手で、どん底に突き落としてやる。そして兄弟共々、敵対ファミリーが基地にしている屋敷の警備が手薄になるのを見計らって急襲を仕掛け、名前を攫ってきて今に至ると。
「あーんないい子だった名前ちゃんはどこ行っちゃったのかなァ?」
俺の知っている名前は純粋無垢な明るい笑顔を見せる女だったのに、屋敷にいたのは部下を顎で使う冷酷な彼女だった。まあそれもそれでそそられるからいいけど。ああ、もう、たまんない。後ろ手で両手首を縛られ、闘争中に何かの拍子に切り裂かれたスカートから、ぺたりと床に座り込んだ白い足が伸びている。俺を興奮させるには十分な要素だ。
「なぁ、何とか言ったらどうなの?久しぶりの再会じゃん。めでたいだろ?」
牢獄のような、何も置かれていない小さな部屋に閉じ込め、俺は名前を独占する。もう俺だけのもの、誰にも渡さない。名前は敵対ファミリーに捕まったという失態を許せないのか、ここに来てからずっと強く唇を噛み締め顔を俯かせている。そんなんじゃ俺、楽しめないよ?もっとさ、もっとこう、ゾクゾクさせるようなこと、してよ。泣き叫んでもいいよ。助けてと請うてもいいよ。悪女みたいに余裕ぶって身体を売ってもいいよ。何をしたって俺は、絶対に手離さないから。
「………っ」
裂けたスカートから伸びた足を、優しく撫でると名前は小さく声を上げた。両手を縛られた名前はその感覚から逃れることが出来ず、せめてもの抵抗なのか震えるように身をよじった。
「お…そ松くん…」
「なに、その顔。まだ信じられない?」
名前は一度こちらに顔を向けようとしたが、俺の顔が視界に映り込む前に再び俯いた。バカな女、逃げたってどこまでも俺は追いかけて行くのに。名前が昔のままじゃないように、俺だって随分変わった。それを見ようとせずひたすら唇を噛み締めながら目をそらし続ける名前に、俺は苛立ちを感じた。
煙を吐き出し続ける煙草を片手に、俺はもう片方の左手で名前の顎に指を添えた。少し力を込めればそれに抗うことなんか出来ず、名前は簡単に俺の方を向く。涙で濡れた瞳が俺を映す。
「じゃあ教え込ませてあげる。これが現実だって。」
「っ!」
薄く開かれた唇に、俺は容赦なく食らい付いた。俺たちの初めてのキス、なんて可愛い言い方は似つかわしくない、乱暴なやつ。目は閉じたりなんかしない。名前の嫌がる顔が見れなくなるから。ん、と声を漏らしながら必死に身をよじり俺から距離を取ろうとするのは、狙っているんだろうか。そんなに嫌がっても逆に興奮するだけ。目の端に涙を浮かべながら、現実を受け入れたくないのか強く目を瞑り、顔を背けようとしている。ぞくぞく、と背中を何かが駆け巡る。俺の舌から逃げ回る名前を、少しずつ少しずつ追い詰めていく。どんなに奥に引っ込めたって、俺から逃げることは許さない。俺は彼女の上顎をねっとりと絡みつくように舐め上げた。
「んっ」
「あれ?なぁに、今の。ねえ、名前ちゃん。」
少しの痙攣だって見逃さない。名前が僅かに肩を揺らすと、俺は顎を掴んだまま唇を離し至近距離で目を合わせた。ああ、ダメだ。顔がにやける。左半分だけ口角が上がり、俺は名前を威圧的に見下ろす。俺の肺にまだ煙草の煙が残っていたからか、名前は大きくゴホゴホと噎せこみながら、さっきの反動で涙を溢れさせて頬に一筋の線を描いていた。
「や、やめて、おそ松くん!」
たまらねえ。流れた涙に舌を這わせ、頬をべろりと舐めると名前は勢いよく顔を背けた。その弾みで、俺の指から名前の顎が外れ、出来るだけ顔を俺から離し俯いて、艶やかな髪で隠した。はっ、と小さく息が上がったのが分かった。
「あーあ。」
やっちゃったね。そう意味を込めて声を漏らすと、名前はあからさまに恐怖を見せて身体をがたがたと震わせた。上がりきった左側の口角が冷たく凍り付いた。視界の端で手に持っていた煙草が灰を落とすのが見えて、興ざめしてそれを地面に押し付けた。
「調子、乗っちゃったな?」
自分にしてもやけに明るい声が出たと驚いた。そうだろ、名前の抵抗なんて可愛いものだ。取るに足らないもんだけど、調度いいスパイスにはなる。俺は名前の髪を鷲掴み、引っ張って俺の方を向かせた。
「あーあー、そんな泣いちゃって。せっかくのべっぴんさんが台無しだよ?」
「おねが、おそ松く…、や…」
さっきので決壊したのか、今まで我慢していた涙が勢いよく流れ出ている。ああ、綺麗だ。凍り付いた口角が熱で溶けていく。溢れ出るたびに舌を這わせ、その度に身体を揺らす名前。指で顎を捕られるよりも髪を鷲掴みにされる方が動けないのだろう。さっきよりも従順に俺の舌を受けている。舌を少しずつ下にずらしブラウスから出た首筋に顔をうずめると、名前の嗚咽に嬌声が混ざり始める。なんだよ、ちゃんと感じてんじゃん。
「っ…ふ、」
髪を横に引っ張って顔を傾けさせ、ぺろぺろと舌先で鎖骨を転がすように舐めると名前は簡単に声を漏らす。それが嫌なのか、皺が寄るまで強く唇を噛み締めていた。
「だーから、唇噛むのやめろって。」
鎖骨から顔を離して目を合わせると、名前は涙で顔をぐちゃぐちゃに歪めながら言うことを聞かず噛み続けていた。あーもう、本当に手のかかる子だな。俺は自分の首元に人差し指を差し込み、赤いネクタイをしゅるりと緩めた。そして掴んでいた名前の髪を離し抱きしめるように後頭部に両手を回す。
「おそ松くん…?な、なに…」
「いいからいいから。じっとしてて。」
不安と困惑が入り混じった声を宥めるように頭をぽんぽんと数回撫で、名前の見えないところで解いたネクタイを後ろに回し、それを名前の口を開くように間に滑り込ませた。そこでようやく状況を把握したのか、名前は今までにないくらいの抵抗を見せた。
「やっ!やだ!やめてよおそ松くん!おねが、」
「はーい、じっとしてね。」
暴れる名前を落ち着かせるため、ベルトに付けていた護身用のナイフをわざと地面に落とすと、金属音が冷え切った部屋に響いた。唇を薄く開き、息を飲むのが分かった。
「ん、いい子いい子。」
ガタガタと震えながら地面に落ちたナイフを見つめ呆然とする名前をよそに、彼女の薄く開いた口に俺の赤いネクタイを割って入れる。そしてそのまま後ろに回して、きつくきつく解けないように結んだ。名前は絶望の色を浮かべながら、何を考えているのか俺の方を見上げた。だから俺はご褒美とでも言うように、笑顔で頭を撫でてやった。
「ん…」
もはや言葉も紡げない。身動きも取れない。彼女の自由を、今度はどこから奪っていこうか。視覚?聴覚?
「大丈夫。俺だけしかいない世界に、連れてってあげる。」
安心させるように鼻の下を人差し指で擦りながら微笑みかけ、頭を優しく撫でてやると、名前は眉間に皺を寄せながら目から大粒の涙を落とす。それは頬を横切るように張った赤いネクタイに吸収され、黒く色を変えていった。
「ああ、たまんねぇ…」
名前の姿に全身が熱くなるのを感じながら、ぺろりと舌なめずりをすると名前が何か声を漏らす。可愛い、愛おしい、艶めかしい。俺は身体が破裂しそうなほど踊り狂う血液を必死に押さえ込みながら、彼女に向かって手を伸ばした。もうずっと、俺のもの。冷たく凍り付いた鳥かごの中で俺の笑い声と彼女の嬌声が、不協和音を奏で続けた。