何を、思っているんだろう。練習中なのに思考は全てその疑問で埋め尽くされている。昨晩、玄関口でクロくんと言い合ったのは、たぶん夢ではない。あの時、日向くんが通りかからなかったら、私たちはどうなっていたんだろう。ぼやぼやとそんなことばかり考えて、他のマネージャーに活を入れられたのは言うまでもない。
「日向くん、めっちゃこっち見てるよ。」
梟谷と森然との試合の審判に入った日向くんが、ちらちらと申し訳なさそうにこちらを見ている。きっと昨日のことを悪いと思っているんだろう。クロくんと言い合ったあの後、タイミング良くも悪くも烏野1年の日向くんが通り掛かり、そこで会話は終了してしまった。お互い何も言わずに教室に戻り、そして今日を迎えた。昨日の今頃も、気まずい気まずいと言って頭を抱えていたのに、時間がたてばよくなるどころか、日に日に酷くなっている気がする。高校最後の夏に自分は何をやっているんだと自己嫌悪に陥るくらいだ。
「日向くんとなんかあったの〜?」
「いやー、何もないよ。」
「じゃあ黒尾くんとなんかあった?」
ぎくりと効果音が聞こえそうなほど表情に出てしまったのか、かおりは声を上げて笑った。そして肩をバシバシ叩かれ、恥ずかしさこの上ない。彼女は隣で「そっかそっか」と言って勝手に納得していた。
「後悔しないようにね。」
それは私の背中を押したのか、それとも引き止めたのか。恋愛なんてする暇がないくらいバレーに打ち込む部員たちを見ていたら、私だけこんなに浮かれているのは筋違いなような気がして。でも、私だって後悔はしたくない。「みんな応援してるからさ!」とバシンと肩を叩かれたと同時に、試合終了の笛の音が体育館に鳴り響いた。
4日目の練習が終わり、今日も今日とて第3体育館では木兎と赤葦がクロくんや烏野の月島くん、日向くんを巻き込んで自主練に励んでいた。掛け声が交わされる中、みんなの額に浮かんだ汗が照明に照らされてきらきらと輝いていた。
「お!苗字!よく来てくれた!!」
初日以来、気まずいだのなんだので、自主練までは手伝いに来なかった。他のマネは第1体育館のサーブ練の方とか、あとは食堂で手伝いだとかに当たっていたから、ここにマネが来ることはなかったのだろう。初日ぶりに顔を出すと、木兎は大声で歓迎してくれた。赤葦も「ありがとうございます」と礼儀正しく軽く頭を下げてくれたし。ただ、やっぱりクロくんとは気まずくて、彼がいる方を見ないでいると、日向くんがそんな私とクロくんを交互に見比べ、きょとんとした表情で首を傾げていた。
「来て早々悪いんだけど、ボール上がっちゃってよー。」
木兎は少し申し訳なさげにギャラリーの方を指さした。そこで赤葦が「木兎さんが思いっきりホームランするから…」と嫌味を口たれていた。ボールを上げてしまったときの木兎が容易に想像でき、苦笑をこぼしてから、私は2階のギャラリーに向かおうとした。
「あ、あの!名前さん!」
突然下の名前で呼ばれ、驚きを隠せないまま振り返ると、日向くんがいた。私とそんなに変わらない身長と、この言い知れぬ年下感に、一瞬自分の弟なのかと錯覚したくらいだ。目をぱちくりさせていると、日向くんは「あ、間違えた。」と小さくこぼして、慌てて頭をへこへこと下げた。
「苗字センパイ!」
「え、いや、どっちでもいいけど…」
驚きはしたけれど、名字で呼び合う部活内で、しかも年下から名前さんなんて呼ばれたら、嬉しくないはずがない。それよりも、日向くんに呼び止められたことによって、練習が中断されている。しかも、ここにいるみんなの注目を浴びて。とにかく本題に入ろうと思って、「どうしたの?」と促してみた。
「お、俺も!上げちゃって!」
ギャラリーを指さして、すいませんすいませんと頭を下げる姿は、何とも可愛らしいものだった。自然と顔の筋肉が緩むのがわかる。日向くんは、ザ・かわいい後輩って感じだ。赤葦とは全然違う。いや、赤葦もかわいいところはあるんだけど。そんなことを考えていると、視界の端に人の影が映り込んだ。
「烏野のチビちゃんが思いっきりホームランするからなあ。」
さっきの赤葦の真似か、楽しそうに人をおちょくる姿が、もうぴったりだ。日向くんはクロくんのからかいに予想以上に焦りを見せ、顔を真っ赤にさせていた。ああ、そんな反応するとクロくんの思うツボだなあと、彼の方を見上げると、思いの外面白くなさそうな表情を見せていた。
「ほら、練習すんぞ。」
クロくんは日向くんの背中を押し、私から遠ざかっていく。そして、思い出したかのように後ろを振り返り、ニヤリと口角を上げた。
「ボール、頼んだぞー。名前?」
ぶわっと、汗が吹き出てきた気がした。身体中に熱が篭って、暑くてたまらない。名前を呼ばれた。含みのある呼び方で。驚きなんかよりも、恥ずかしくてたまらない。日向くんにも呼ばれたのに、この違いはなんなんだろう。クロくんは人をからかうのが好きなんだ。きっと、これも私の反応を見て楽しんでる。そう思い込めればよかったのに、昨夜の彼の発言を思い出してしまって、熱がぐんと上がるのを感じた。思わせぶりなことばっかり。だけど、もし私と同じ気持ちだったら。もう平静なんて装おってられない。「と、取ってくるね」とあからさまに吃るし、動揺に泳がせた目も、きっとお見通しだ。クロくんはそんな私を見て、満足げにもう一度笑ってから、練習に戻っていった。あ、背中。この間も、その大きな背中を向けられたのに、あの時とは全く正反対な心持ちだ。離れていくのに、胸の高鳴りは増すばかり。今すぐ追い掛けて、私の目を見て、その声で答えを聞きたい。
ねえ、何を思っているの?