5日目の朝。昨日洗濯して乾かしておいたゼッケンを取り込んでから食堂に向かうと、朝食を早々と食べ終えて体育館に向かう木兎たちに出くわした。

「早いねー。」
「おう!まあな!」

合宿ももう終盤で、疲れが溜まってきているはずなのにその元気。主将がそれだと、部員もマネージャーも、ついていくしかなくなる。私たちの元気の源は、木兎たちのやる気なんじゃないかって、そう思えるんだ。笑顔で彼らを見送って、私たちもすぐに向かえるよう、足早に食堂へと足を運んだ。

食堂に入ると、森然と生川が片付けを始めていた。音駒はやっぱり朝は弱いのか、まだ食べ始めたばかりのようだった。その中から、自然とクロくんの姿を探してしまっている自分がいる。あ、いた。後ろ姿を見つけて、心が躍る。今日も一日が始まるんだ。残り3日もない。当たり前みたいに同じ空間にいられるのは、あと2日と半分。その間に選手たちにはもっと上手くなってもらって、私もクロくんとの進展を望んでいる。このままじゃ、終われない。音駒の隣のテーブルで、烏野はそろそろ食べ終わりそうで、潔子ちゃんと谷っちゃんと目が合い、軽く手を振って挨拶してから、私たちも席についた。

とは言ったものの、集団行動である合宿中に、二人きりになるなんてやっぱり難しい。クロくんの隣には夜久くんや副主将の海くんなんかがいて、目が合っても軽くはにかむことしか出来なかった。はがゆい。

「はがゆいのはこっちだよ!」

その夜、女子部屋では毎日恒例である女子会が開かれていて、やはり話題はこのことになった。

「はぁ〜、あと1日だね〜。」

かおりと雪絵の二人に挟み撃ちされ、グウの音も出ない。最終日は昼食にみんなでバーベキューをして、その後は自主練、そして夕方には解散となる。残り半日となってしまって、結局クロくんの「思っている」答えは聞けていない。

「名前さ、向こうから来て当然って思ってない?」

床に敷いた布団に寝っ転がって、かおりは私を見上げた。嫌な汗が手の平にじわりと浮かんだ。別に、そんなこと思ってない。クロくんのことを思い浮かべて、好きだなって幸せな気分になれる。もっと話したい、もっと一緒にいられたらって、いつも思っている。

「待ってるだけじゃ、ダメなんじゃない?向こう、主将なんだしさ。」

あ、本当だ。いつも思ってた。もっと話し掛けて、もっとそばに来てって。受身な考えばっかり。思い返せば、この合宿中も、話し掛けてくれるのはだいたいいつもクロくんだった。私は勝手に舞い上がったり落ち込んだり、そして肝心なところで逃げてばっかりじゃなかった?向こうは主将で、こんなことに現を抜かしてなんていられない立場にあるのに。私の勝手な想いなのに。

「…ほんとだね。」

素直に認めると、バシンと背中を叩かれた。「頑張れよー!みんな応援してんだから!」聞いたことあるセリフだったけれど、私の涙腺を刺激するには十分だった。歯を見せて笑う二人に、ありがとうと言って頭を下げた。

クロくんの答えを待っていた。私は提示していないのに、向こうから言ってくれるのを待ってた。それじゃダメなんだ。昨晩かおりに諭されたことを思い出し拳を握った、最後の夜。

「クロくん!」

自主練を終えたあと、お風呂上がりの集団に出くわした。特に意味もない、深い理由もない。ただ、話したくなったから。

「んー?」

食事も終わった後で、あとは部屋に戻って寝るだけ。少しでも一緒にいれたら。この夜を逃したら、また私たちは疎遠になってしまうんだ。そう言い聞かせれば、後には退けない。

「あ、おまえ!」

クロくんは振り返って目が合うと、私よりも先に話を振ってきた。一緒にいた夜久くんや海くんたちが「先戻ってるぞー」と言いながら通り過ぎていく。その横で何を言われるのだろうと、内心びくびくしていた。そんな私を知ってか知らずか、クロくんは私の前に手の平を出してきた。一瞬お手かと思って手を出しそうになったところをぐっと我慢。

「なに?」
「スマホ。今持ってない?」

練習の時はさすがに入れていないけれど、それ以外の、夕飯の時とかはジャージのポケットに入れていた。アプリで育てているキノコを度々収穫しなければならないし。

「持ってるよ?」
「ちょっと貸して。」

クロくんが私のスマホに何の用だろうと、全く見当もつかずにいると、上から早くと急かされた。私の意思は無視か、と毒づきながらも、ポケットから出して彼が私に向かって出している手の平に載せた。中央のボタンを押し、ディスプレイをつけると、「開けて」と言われ、大人しくパスコードを入力した。たぶん速くて見えてないだろうな、なんて考えていると、すぐにスマホは私の手から離れていった。

「何見てるの?」

考えられるものとして、つぶやきかトークか、はたまた育成しているキノコかもしれない。クロくんは自分に寄せていじっているため、この身長差では画面が見えない。背伸びをして覗き込むと、軽く鼻で笑われた。思わず画面からクロくんに視線を向けると、なんだかクールに口の端を上げていた。

「はい、返却。」

思ったよりも早く自分の元に返ってきて、なんだか拍子抜けだ。画面を見ると、トーク画面の一覧だった。ただ、一番上の履歴が、友人の名前から、黒尾鉄朗に変わっていた。クロくんそっくりのいやらしい笑みを浮かべた猫のキャラクターの顔のアイコンで、時間が一分前。

「…え?」
「木兎に聞いた。苗字が知りたがってたって。」

ニヤリ。クロくんは上から私の顔を覗き込んで、その効果音をそのまま表したような表情を見せていた。恥ずかしさのあまり、至近距離なのに目を逸らすのも忘れた。木兎に対して何を余計なことを。なんて思わなかった。だって、嬉しい。何を言われたのか知らないけれど、きっと木兎の言葉があったから、今このスマホにクロくんのフルネームが入っているんだ。新しい友達に加わったクロくんの名前を、もう一度見た。

「あ、ありがとう…」

素直にそう言うと、予想外だったのかクロくんは何度かぱちぱちと瞬きをしてから、行き場をなくした手で後頭部を掻いた。変えたの結構最近なんだよな、って言いながら目を逸らされたけれど。これで遠くに離れていても、クロくんと連絡が取れるんだ。そう思ったら、もう隠しきれない喜びが私の顔を綻ばせていた。