東京都代表決定戦前、最後の週末合同合宿。渡り廊下の隅で枯葉が風に踊らされる、11月上旬。来週の日曜日はついに決定戦だ。一次予選では梟谷も無事勝ち残り、4校に絞られた。来週、そのうちの1校を除く3校の春高出場が決まる。それに向けて開催された最後の梟谷グループ合同合宿、どんな緊張感に包まれるのかと思いきや。

「かおり〜、名前〜、お菓子たくさん持ってきたから夜楽しみにしててね〜」
「お、いいね!俺らも混ぜろ!」
「え、無理。男子禁制だから〜」
「雪絵、あんたどんだけ食べるつもりよ。さっき夕飯食べたばっかりじゃん。」
「そうだそうだ!代わりに食ってやるよ!」
「木兎うるさい〜。動いたらお腹空いちゃうでしょ〜?」

何言ってんの?とでも言いたげに首を傾げる雪絵に対し、かおりが呆れた溜息をこぼす。適当にあしらう雪絵に木兎が食いついてくる。お風呂上りに三人並んで歩いていると、調度自主練を終えたのか木兎と赤葦、そしてクロくんが体育館から出てきて合流した。赤葦は何食わぬ顔でタオルで頭を拭きながら早く風呂入って寝たいというオーラを出していた。

「あ、そっか。」

何か足りないと思ったら、いつもこのメンバーに引っ付いていた日向くんと、巻き込まれていた月島くんの姿がないんだ。烏野は先週の県代表決定戦で白鳥沢に勝ち、一足先に春高への切符を手に入れた。彼らがここに来ることはもう、ないんだ。今にもその曲がり角から日向くんが「木兎さん!試合しましょうっ!」って言いながら飛び出てきそうなのに。

「どうした?」

お菓子パーティーにはしゃぐ木兎の後ろで、クロくんが目敏く私の異変に気付いて声を掛けてくれた。でも私もこの感情の正体が分からず、解答を持て余してしまう。みんなでくだらない話をしながら、何度もこの森然高校の薄暗い渡り廊下を歩いた。あの水飲み場で何度も、みんなのドリンクを作った。そう言えば、クロくんと初めて言葉を交わしたのも、あの水飲み場だったっけ。あの第三体育館で遅くまで自主練を手伝ったり、あの自動販売機でクロくんと遭遇したり、あの昇降口から犬岡くんと一緒にコンビニに行ったり。自分の学校じゃないのに、この場所には三年間分の思い出があちこちに散らばっている。それも今日で最後だと思うと、なんだか。

「苗字?」

校舎を見渡して物思いに耽っていた私は無意識のうちに足を止めていたようで、隣にはクロくんしかいなくなっていた。

「あ、ごめん!ぼうっとしてた!」
「お前よくぼーっとしてるよな。」

呆れ半分に小さく笑われ、条件反射でそんなことないよと言い返す。少し先をかおりと雪絵が歩き、その周りで木兎がきゃんきゃん騒ぎ、その後ろで赤葦が退屈そうに欠伸をしている。あの二人と一年の頃からマネージャーをやってきた。木兎は一年の時からあんな様子で、最初は先輩たちにうざがられるんじゃないかって心配していた。でも梟谷の末っ子だから、すぐ気に入られて杞憂に終わったけど。二年になって赤葦が入ってきて、木兎と赤葦のコンビネーションにはワクワクしたっけ。クロくんは一年の夏の長期合同合宿で初めて話して、最初は他校のなんかいつも煽ってくる人って印象だったけど、だんだん優しくて面倒見の良いところも垣間見れて、いつの間にか好きになっていた。

毎日大変だけど楽しくて、そんな日がずっと続くだなんて子供じみたことはもちろん思っていなかった。ちゃんと、いつか終わることだって分かっていたつもりだった。もし来週負けたら、もし勝っても、卒業はもう間近まで迫っていて、この環境も終盤が近付いているのだと気付かされ、急激に寂しさを感じた。

「なんか、楽しかったなーって思って!」

冬を彷彿とさせるひんやりとした気温はとても目に染みる。じんわりと広がる切なさが零れ落ちないように、へへ、と軽く笑ってみせる。

「なに急に。」
「何でもない!」

まだ何も終わっていないのに、何を悲しくなっているんだと、自分でもおかしいことは分かっているから。冬が近付いているから、感傷に浸っているのかもしれない。急いで前を歩く四人に追い付こうとクロくんの手を引こうとしたとき。

「あ!分かった、花火しよう!な?」

何が分かったのか、突然思い付いたのかパンと手を叩き、クロくんはそう言った。その発言に私は目を丸くする他ない。花火?この時期に?至極当然の疑問を浮かべていると、クロくんは私と視線の高さを合わせるように腰を折って顔を覗き込み、人差し指を立てた。得意げに説明しよう、とでも言いたげだ。

「今日で合宿も最後だし、ぱーっとやろうぜ!決定戦出場のお祝いと、激励会兼ねてさ!」

言われてみれば、森然も生川も県代表決定戦の最後まで残っているし、みんなで勝つぞー的なことしても良いかも。楽しそうだ!と思いつつ、みんな乗ってくれるだろうかと不安を感じる。でもクロくんは「みんな乗り気じゃなかったら、俺たちだけでやろうぜ。二人で!」と笑った。クロくんはいつも前向きで、彼がそうだと言うのなら、そうなんだって思える。幼い悪戯っ子みたいな笑みに、私もそうだねと言って笑った。