つい先日の音駒高校との練習試合を終え、次は7月の週末合宿で会おうと約束した。つまり1ヶ月半くらいは会えないということ。同じ都内にいるのに、会いには行けないし、私たちには会う理由もない。

「連絡すればいいじゃない。」

授業の合間の休み時間。私の前の席に座ってかおりは紙パックのストローを吸いながら簡単にそう言ってのける。誰に、なんて愚問だ。

「知らないもん。」
「え!あんなに仲良くて知らないの?」
「知りません。」
「木兎に聞けば?」
「絶対やだ!」

以前から、何となく意地を張っていたのは自分でも気付いていた。クロくんが話し掛けてくれる度に嬉しくなって、練習試合がない時も会いたくなって、それでもこれは恋じゃないって言い聞かせていた。周りから見たらいい感じなのかもしれないけど。この間も後輩の赤葦にまで「まだくっついてなかったんですか?」なんて言われたくらいだ。

「気付いてないの、木兎くらいだよ。」
「俺がなんだ!」

バンと半開きだったドアを勢いよく開けて現れたのはたった今名前が上がった木兎光太郎だった。バレーをしている時だけでなく、普段の学校生活から彼はテンションが高くて騒がしい。その上地獄耳だ。ちょうど廊下を歩いていたら自分の名前が聞こえてきて、部活のマネージャーだったから話に入ってきたということだろう。かおりと一緒に少し呆れた表情を浮かべると、なんだなんだと口を尖らせた。

「ガールズトークだよ、入ってこないでくださーい!」
「くださーい!」

口を揃えて追い返そうとしたが、彼は俺がガールズトークに登場するのか!?とどことなく嬉しそうに更に身を乗り出してきた。ああ、やっぱり弟みたいだな。可愛いやつだとマネージャーの中でもよく話題に上がる。

「そうそう。木兎がかっこいいって話してたの。だから入ってこないで。」

真顔でそう言っても、「俺かっこいいか!ヘイヘイヘーイ!」と一人で勝手に盛り上がり始めた。その隣でかおりと二人で溜息をつく。この人がいると話が進まないのだ。木兎の扱いに長けている赤葦を連れて来ようかと思う程だ。

「はあ。もう連絡先聞いちゃえば?こいつきっと分かんないよ。」

つまり、クロくんの連絡先を木兎に聞いても、こいつは特に深くも考えずに教えてくれるのではないか、ということ。確かに木兎は他人の恋愛云々には全く興味もなさそうだし、疎そうだ。しかし出来ればそういうことは直接話したい。それに聞いたところで、送る内容も思い付かない。

「なんだ?黒尾の連絡先知りたいのか?」

え。なんでだ。私もかおりも驚きを隠せない。まさか木兎がそんな的確に言い当てるなんて。木兎にまでそんなことを言われてしまって、なんだか恥ずかしくなる。いや別に、と否定をしても木兎は聞く耳も持たない。

「じゃあ黒尾に言っといてやるよ!」

どどんと胸を張ってそんなことを言っている。何をとんちんかんなこと。そんなの、私がクロくんのことを狙ってるみたいじゃないか。

「待って!何を!」
「黒尾の連絡先知りたいんだろ?言っといてやるって!」
「やめてください。」
「そうだよー、木兎。名前と黒尾くんの仲はだいぶ複雑なんだから首突っ込まない方が得策だよ。」

別に複雑でもなんでもないけれど。確かに私に限らず、木兎が入ってくるとややこしくはなりそう。

「音駒と次試合できんのは、7月の週末合宿かー!その前にはIH予選!俺たちで勝とうな!」

木兎は根っからの主将体質だと私たちマネージャーは思っている。そうやって私たちもチームメイトとしてカウントして、無意識のうちに士気を高める。そうだ、春高まで残るとしても最後のIHは近いんだ。うかうかなんてしてられない。気合いを入れたその時、木兎の制服のポケットに入っていたスマートフォンが振動を示した。

「っと、噂をすればだ。」
「え、黒尾くんから?なになに?」

かおりは面白そうに身を乗り出して、木兎が数字を打ち込んで開いた画面を覗き込んだ。私も釣られて立ち上がって、同じように木兎の後ろから覗いた。

「うわー音駒、二日目に去年の優勝校と当たるってよ。」

画質の良い美味しそうな焼肉の写真の上に浮かび上がったアイコンと吹き出し。そこには今木兎が言った通りのことが書いてあって、その文面から陰鬱な様子が感じ取れた。大丈夫かな、クロくん。

「何その背景…」
「焼肉だ!ウマそうだろ。」
「ただの飯テロだね…」

木兎が焼肉の写真をトーク画面の背景にしていることに突っ込んでいるかおりの横で、私はクロくんたち音駒の心配をしていた。梟谷は敵が強くて心が折れそうになっても木兎のテンションの高さが救ってくれるけれど、音駒はそんなに騒がしい選手がいる訳でもない。山本くんはなかなかうるさい部類だけれど。何よりクロくんは主将で、みんなを引っ張っていく立場にある。弱音を吐きたくなっても、それが出来ないんだ。きっと今頃、溜息ばっかりついているんだろうな。

「が、がんばれ!」
「ん?苗字どうした?」
「クロくんに、がんばれって!」

頑張ってほしい。学校が違ったって、私は応援している。そう伝えたくても、自分からは伝えられないから、木兎のことを真っ直ぐに見て言った。すると木兎はトーク画面を開いたまま、スマホを私に寄越した。

「ハイ、自分で打ってね。」

受け取った手が微かに震えた。クロくんはもうこの画面を閉じているかもしれない。でも、もしかしたらまだ繋がっているかもしれない。どくどくと鼓動が速くなるのを感じながら二人の視線の中、文字をタイプしていく。

『がんばってね』

たった六文字を打つのにこんなに一苦労するのだから、やはり直接彼と連絡することなんて恐らく心臓がもたなくなるだろう。打ち終わり、ふう、と一息ついてから唾を飲み込み、送信ボタンをタップした。一仕事終わったと肩の力を抜いたが、瞬時に既読の文字がついて、また身体がかちんこちんに固まってしまった。そんな私を見て二人は爆笑しているが、それどころではない。あわあわしながら画面を見つめていると、暗くなる前に吹き出しが新たに現れた。

『さんきゅ』

クロくんらしい短い言葉。その後『死ぬ気で勝つわ』と立て続けに送られてきて、そして最後には猫のキャラクターが気合いを入れて燃えているスタンプまで来た。こういうメッセージを送るんだなって新鮮な感じがする。

「あー黒尾これ、苗字って気付いてんな。」

単純な木兎の一言で嬉しくなれるくらい、私も単純だ。