週末合宿は土日の二日間だけで、それはあっという間に終わってしまった。次にこのメンバーで集まるのは再来週の、春高予選前最初で最後の夏休み長期合同合宿だ。それまでは学校ごとに普段の部活動に励むことになった。またしばらく音駒とは会えないのか、と肩を落とした。音駒と一括りにはしたものの浮かんだのはたった一人の顔で、恥ずかしくなってそれを払拭するようにまだ寝起きの頭をぶんぶんと左右に振った。
今日は合宿前唯一のお休み。毎日暇がないほどに練習があるため、実際に暇を貰っても何をしていいのかさっぱりだ。とりあえず朝はいつもよりだいぶ遅く起きると、未読のメッセージが数十件溜まっていた。確認すると、それはバレー部のグループの方で「今日暇だ誰か近所の体育館借りてバレーしようぜ」という話題で盛り上がっていた。主に木兎がしようしようと連投している。結局休みの日もバレーか、呆れながらもそういうのが嬉しくて、スマホを枕の横に置いて、ベッドから起き上がった。
遅い朝食を終え、戻ってくるとまたメッセージが溜まっていた。バレー部の方は12時に学校の近くの体育館集合とのこと。今から行っても間に合わないな。そしてマネージャーのグループの方では、バレーには行かないで、今日都内で行われるという大会を見に行こうという方向で話が進んでいた。どっちにしろ休みの日にもバレーなんだ。部員もマネージャーも変わりないな。「私も行く!」と送信して、早速支度を始めた。
家から電車で1時間くらいかかる都心の方の体育館で開催されるため、急いで行っても少し遅れてしまった。先に着いたみんなはもう会場に入って席を取っている。私が着いたのはちょうど午前の一回戦目が終わって、二回戦目が始まるまでの休憩時間だった。体育館の前でスマホを見ながら、今みんながどこにいるかを聞いても、既読はつかないし、この大きな会場でむやみに歩いて探すのは気が引ける。とりあえず既読がつくまで待とうと、体育館の入り口付近を行ったり来たりうろうろした。
「ねえねえ、どこ高校?」
背後ではずっとがやがやとしていたので、まさか私に話し掛けているのだとは思わない。すると肩をとんとんと叩かれてしまい、もう本当に驚いた。
「え、私?」
「そう、きみ。」
振り返ると、三人組の私服の高校生がいた。どうしよう、何か用だろうか。大会のこととか聞かれても、私も今来たばかりだから何も分からない。今日は部活で来たわけではないからジャージではなく私服だ。彼らも私が梟谷のマネージャーだとは思わないだろう。
「どっかのマネージャー?」
「俺らあんまりバレー詳しくないんだけど、教えてくれない?」
あ、なんだ、普通にバレー見に来た人なのか。でも、ならどうして私服の、何も分からなさそうな私なんだろう、と不思議に思いながらも、私でよければ、と言うと、彼らはニヤリと口角を上げて笑った。なんだろうと首を傾げると、三人のうちの一人が肩に手を伸ばしてきた。けれど、その手が辿り着く前に、私の身体が後ろに引かれて行く。肩に掛けられた赤いものに、私服の半袖から見えていた腕が隠れていった。
「うちのマネージャーに、何の用です?」
首だけ後ろに向けて状況を把握すると、背後にはこの三人よりもずっと大きい男の人がいた。逆光で顔まではよく見えなかったけれど、肩に掛けられたのは赤い長袖のジャージだった。それは我が梟谷のものではなく、いつもあの人が着ているものだ。そう、いつも私が見ている、あの人が。
「クロくん?」
なんでこんな所に?それに私、音駒のマネージャーじゃないよ、って言おうとしたら、鋭い視線で凄みを利かせてきた。
「え、音駒の…?な、何でもないです〜…」
三人はクロくんが現れると何もなかったかのようにそそくさと体育館に入って行ってしまった。なんだったんだろうか。それにしてもこんな場所でクロくんに会えるとは思ってもみなかったから、嬉しくて一人でにこにこしてしまった。
「お前は馬鹿か!」
「えっ」
怒られる意味が分からない。疑問符ばかりが浮かび上がって、それが顔に出たのか、クロくんは大変失礼なことに私の顔を見て溜息をついた。
「あんなん明らかにナンパじゃねーか。」
「…うっそだ〜!だってバレー知らないからって…」
「ルール全く分からなくて知り合いもいないのに、日曜にわざわざバレーの大会見に来るなんて、そんな奴がいたら教えてほしいねえ。」
嫌味な言い方。思わずムッとしてしまったが、彼は私が音駒のマネージャーだと偽ってまで助けてくれたのだ。よく見ると、クロくんは音駒の黒いTシャツと下は赤いジャージを着ていた。もしかして、部活で見に来ているのだろうか。周りを見ても、いつも一緒の孤爪くんや他の音駒バレー部の姿はなかった。知らない男の人に囲まれていたから、わざわざ助けてくれたのだろうか。何だかんだ言ってもやっぱり、いい人だなあ。言葉の選び方には問題があると思うけど。
「ありがとう…ございました。」
「分かれば結構です。」
頭を下げて、顔を見えないように隠した。嬉しい、と思ってしまった時点で、もう自分の気持ちには嘘をつけない気がした。羽織ったままのジャージの存在を思い出して返そうとすると、「それ着てろ」と制されてしまった。
「え、クロくん今日部活じゃないの?」
「いや部活は午後から。暇だし近所だから大会見に来た。」
ということは一人なのか。これは期待なのか。迷わずスマホを開き、マネージャーのグループに「やっぱり大丈夫」とだけ送信した。
「じゃあ!」
「苗字は?木兎たちと一緒じゃないのか?」
「う、うん…私も、一人。」
こんなの、一か八かだった。いつもは部活の練習試合や合同合宿でしか会えないクロくんも、今だけは一人。今だけは一対一なんだ。このチャンスを無駄にするなと本能が言っている。真っ直ぐに見上げると、クロくんは少し困ったように髪をいじってから、もう一度小さく溜息をこぼした。あ、迷惑かも、なんて思ってももう遅い。
「じゃあ一緒に見るか!」
「うんっ!」
屈んで私に視線を合わせながら、屈託ない笑顔を見せてくれた。馬鹿みたいに単純に心臓が高鳴る。これからのことにドギマギしながらも楽しみで、一緒にいられることが嬉しくて。全部が終わってしまう前にどうにかなりたいって想いと、全て終わってしまえばいいっていう矛盾した気持ち。どちらも持ち合わせていたはずなのに、いつの間にかただクロくんに会いたい、もっと一緒にいたいという願望しか残っていなかった。なんでこんなに簡単なことに気付かなかったんだろう。
「何にやにやしてんだよ。」
「別にしてないよ!」
思いっきり頬を緩ませながら、否定したところで意味を持たないことは分かっている。クロくんも「こいつ頭おかしいんじゃねーか」って顔をしながら私を見ていた。いいんだ、今の気分はこんなにも清々しい。単細胞が難しいことを考えるべきではないね、と木兎を見てマネージャー内でそんな話をしたのを思い出した。私も、単細胞なのかな。
「ほらほら、行こ!」
大きな背中を押すと、Tシャツ越しに体温が伝わってきて、思わず放してしまった。温かさが手にじんわりと広がっていくのが分かり、ぎゅっと握り締めた。
「あ、わりい汗かいてるわ。」
「えっいや違う!そういうことじゃなくて…」
「は?」
これ以上喋ると墓穴を掘ってしまいそうな気がしたから口を噤んだ。クロくんの汗なんていつも見てるし、そんなことで嫌がるようならマネージャーなんか務まんないよ。という意見はそのまま飲み込んで。先を歩くクロくんの背中を追った。今日は、二人きり。緊張と期待を胸に、羽織ったままの真っ赤なジャージをぎゅうって握って、クロくんの隣に並んだ。