ついに梟谷グループの合同合宿が始まった。高校最後の夏合宿に3年生の調子もテンションも最高潮。ヘイヘイヘーイという木兎の大声も、いつもよりよく聞ける。今回の合宿の目標は、「目指せノーペナルティ!」だそうで、初日からめっきりやる気が入っていた。今回のペナルティは森然限定!さわやか!裏山ダッシュ!!だが、名前とは裏腹に、部員たちが汗だくびっしょりで帰ってくる恒例のものだ。烏野高校の噂の一年変人コンビも、今回は初日から参加するらしく、全体的に士気が高まっていた。
一日目、部員の怪我も無しに無事練習が終わり、これから自主練に励むというやる気に満ち溢れる部員をおいて、私たちは体育館を後にした。さすがに自主練まで付き合うことはせず、先に汗を流したいねということで、マネージャーみんなでお風呂に向かった。森然高校は、部活の合宿用にトイレや入浴施設、布団がしまってある倉庫などが校舎の離れにある。一年で初めて来たときに、「きっと土地が有り余ってんだよ!」と木兎が本音をこぼして先輩たちに怒られたのを思い出した。
「いやー初日から疲れたね!お腹減ったわ。」
「あーでも寝る前にゼッケン洗濯しなきゃだね〜」
湯船に浸かりながら会話を弾ませていると、隅っこで烏野の新マネの谷っちゃんがうつらうつらと船を漕ぎ始めていた。
「おーい谷っちゃん、お風呂で寝ると溺れるぞー?」
声をかけると彼女は身体をびくっと揺らし、目を覚ました。そんな後輩の姿を見て潔子ちゃんが「初めての合宿だから疲れちゃったかな」と微笑んでいた。烏野とは今年になって初めて交流を持つようになったけれど、前回の週末合宿もあり、もう随分仲良くなったと思う。これから一週間はずっと一緒にいるんだ。新しい友達とも、もっともっと仲を深められたらいいな。
お風呂をあがり、ドライヤーは寝泊まりする教室でいいかと、髪が濡れたまま渡り廊下を歩いて校舎へ戻ると、体育館はまだ3つとも明かりがついていた。まだやってるのか、感心だ。
「お、苗字、いいところに!」
できれば湯上り姿のまま、会いたくなかった。第3体育館からひょっこり顔を出したのは、我が梟谷主将の木兎だった。素直にゲッていう顔をしてしまったが、木兎はそんなのお構いなしに、私の腕を掴んだ。
「なあ頼む!ボール出ししてくれよ!」
「やだ。」
さすがに休ませてくれ。思ったまま表情に出すと、続けて赤葦が出てきて、「苗字さんが迷惑そうです。」と見たままのことを言って助け舟を出してくれた。なんていい後輩なんだと感激するが、木兎は「いいじゃんいいじゃん」と体育館に連れ込もうと強引に腕を引っ張ってきた。いやまだ私には仕事が残っている。前方を歩く他のマネージャーに助けを呼ぼうとしたら、タイミングよく振り返ってくれた。
「あ、いいよ。洗濯は私たちでやっとくから。」
「名前は練習付き合ってあげて。」
ひらひらと手を振られ、売り飛ばされた気分だ。お腹も減っているのに。それを聞くと木兎はもう容赦なくずるずると引っ張ってきて、体育館に入ってしまった。赤葦も申し訳なさそうだ。中に入るとクロくんと、音駒の灰羽くんが汗だくになってレシーブの練習をしていた。灰羽くんは私に気付くと「あ、梟谷のマネージャーさん!」と言って頭をぺこりと下げてくれた。けれどクロくんは私とは目が合わず、木兎に腕を引っ張られているところを凝視していた。
「な、頼む頼む!お願い!いいだろ?」
掴んでいた腕を放し、木兎は顔の前で両手を合わせた。ずるいなー、木兎は。そんな全力で頼まれたら、断れなくなるの分かってるくせに。「しょうがないなー、ちょっとだけだよ。」と承諾すると、木兎はぴょんぴょん跳ねて喜び、赤葦もありがとうございます、と頭を下げてくれた。普段から、ときどき自主練に付き合ってあげることもあるし、部のためだと思ったらそれほど嫌なことじゃない。ただ、この蒸し暑い体育館にいたら、もう一度お風呂に入らなくてはいけなくなりそうだけど。濡れたままの髪をゴムで束ね、頭の上でお団子にした。
「よし!いくよー」
ふわりと弧を描く高いボールを赤葦の上に出し、それをトス、そして最後に木兎がスパイク。ブロックのいない相手コートに打つのは、とても気持ちよさそうだ。だが数本打つと木兎はすぐに「あーブロックいないのに打ってもしょうがねえ!」と喚き出した。
「なあ黒尾!ブロック跳んでくれよ!」
「今コイツのせいで忙しいんだよ見りゃ分かんダロ!」
クロくんが対人で灰羽くんのレシーブ練習をしながら、こっちも見ずに言い返してきた。しかしそんな一言じゃ木兎が納得するはずもなく。「ブロック〜!」と騒ぐ木兎に、クロくんも疲れたのか、「じゃあ次ここ通ったやつ捕まえよーぜ。」とタオルを手にしながら提案した。練習終わった後も自主練ぶっ続けで、さすがに疲れたのかクロくんは壁際に寄り掛かってずるずると座り込んだ。灰羽くんもその場で床に横たわっている。
「あ、私ドリンク作ってくるよ!」
「いいのか?助かるわ。」
汗だくの彼らを見ていたら居ても立ってもいられなくなった。空っぽであろう4人のボトルを回収して、すぐに水飲み場へ向かった。腕に抱えて薄暗い渡り廊下を走ると、途中で烏野の月島くんとすれ違った。あ、きっとこれあの人たちに捕まるな。明らかに赤葦タイプの月島くんが木兎とクロくんに捕まるのが容易に想像できて、心の中でご愁傷様ですと呟いた。
けれど戻ってきても、月島くんの姿はなく、代わりに音駒の面々が増えて3対3の試合形式をしていた。
「お!苗字戻ってきた!」
「月島くん来なかった?」
汗を拭いながら駆け寄ってきた木兎と、その後ろからのろのろ歩いてくる赤葦にボトルを渡しながら尋ねる。
「来たんだけど、挑発上手の黒尾くんが地雷踏んだ!」
それだけ言うとすぐにコートに戻って行ってしまった。何のことだかさっぱりだと首を傾げていると、後ろから「ありがとな」と声を掛けられ、くるりと振り返った。
「地雷踏んだの?」
「あーなんか、ミスった。」
「クロくんがそんなの、珍しいね。はい、ドリンクどうぞ。」
そう言ってボトルを差し出すと、クロくんは口元を手で覆い隠しながら受け取った。彼は「シャンプーか…」という謎の呟きを残し、運動のせいか、上気した顔は赤みを帯びていた。梟谷の部員のように、「あざす」と言ってくれるこの瞬間だけは、音駒の、クロくんのマネージャーでいられる気がしたんだ。