好きでもない人にヤキモチやいたりすることはあるのか。不意に振った質問に、委員長は顔をしかめた。

「それって、独占欲だと思います!」

一つの長机を囲んで、女子トークが始まった。口火を切ったのは、私。後輩たちはこういう類の話が好きな女の子たちが多く、思いの外盛り上がってくれた。その中で今の私の現状を知っている委員長だけは、怪訝そうに私を見ていた。それに気付かない振りをして、後輩の発言に割り込んだ。

「独占欲?」
「そうですよ!恋愛じゃなくたって、嫉妬とかありますよ!」

そっか、あるのか。そう後輩に言われて、どこか安心している自分がいた。

原稿作りや企画案を出し合ったり、しばらく時間が経ったところで後輩たちの集中が切れ始めた。少し休憩にしようか、ということになり、それぞれ放送室を出て自販機に向かったり、ギャラリーで部活見学などし始めた。私も部屋から出ようとしたら、委員長はすかさずさっきのことを突っ込んできた。

「ヤキモチ、やいてんだ?」

どことなく楽しそうに、ニヤリと笑った。実際にそう言われると、少し違う気がした。じゃあ後輩が言ったとおり、独占欲?でも、私が夜久を独占したいと思う理由も、考え付かなかった。

「別にやいてないよ。」
「ふーん?」

机に頬杖をつきながら、にやにやしてこっちを見ている。黒尾と対立してるくせに、やることは似てるぞ。と思っても口にはせず、なによ、と口を尖らせた。

「どっちにしろ、あんた最近、夜久のことばっかり考えてるね。」

ドキッとした。確かに、そうかもしれない。でも、あんなにいい人に告白されたなら、考えてしまうのも仕方ない。と心の中で開き直って、何も言い返せないでいると、委員長も「さーて、休憩しよー」と言って部屋を出た。

委員長の後を追って放送室を出ると、後輩たちがギャラリーで並んでバスケ部の観察をしていた。あの人がかっこいいとか、この人が素敵だとか、そんな話で盛り上がるのは日常茶飯事のこと。でも。

「あ、センパイ!あの人いますよ!」

後輩が目を輝かせて下を見る視線を追うと、確かにあの人がいた。昔に好きだった、あの人が。そういえばバスケ部だったね、なんて委員長はのんびりと言う。あの人が体育館でドリブルしながら走り回って、敵をかわして、シュートを決める。昔は、これだけであんなに胸が高鳴ったのに。

「やっぱりかっこいいですよね〜!センパイが惚れるのも分かります!」

きゃあきゃあと黄色い声を上げて、後輩たちは盛り上がる。私も手すりに寄り掛かって、その姿を目で追った。

「…委員長。」
「なーに?」
「どうしよう。何とも思わない。」

明らかに自分の中で変化が起きていた。好きになったのは1年前だけど、それからも諦めきれなくて、最近ではもうあの頃の熱はなくなったけれど、やっぱりかっこいいなあ、とか、気まずいなあ、とか、姿を見ると少しだけドキッとしたり、何かしらの感情は生まれていた。なのに、こんなにも何も感じないなんて。昔なら絶対かっこいい!と思っていた彼のバスケ姿も、今ではもう何とも感じなかった。

「時間が解決してくれるのかなーって思ってたけどさ。」

委員長も手すりに寄り掛かって、同じようにあの人を見る。それから私の方を見て、にこりと優しく微笑んだ。

「失恋を癒すのは新しい恋愛だよね。」

その言葉にからかっている様子はなく、本心から言っているのが分かった。口ではそうでもないんじゃない?と答えながら、新しい恋愛と言われて浮かんだのは、一人しかいなかった。

委員会の活動を終え、その後も女子で集まって話に花を咲かせ、窓の外を見るともう真っ暗だった。随分と長く話していたからか、放送室から出るとバスケ部はもう全員撤退していて、体育館はシンと静まり返っていた。しかし外に出ると、第一体育館の方はまだ明かりがついていて、ボールの音が聞こえてきた。まだ、やってるんだ。そういえば黒尾が、大きな大会で勝ち残ってるって言っていた。練習がんばってるんだな、と思ったら、自然と足は明かりの方に向かっていた。

空気が篭らないようにするためか、入口の扉は開いていて、そこからひょっこりと顔を出して中を覗いてみた。自主練にしては、たくさんの人が残っている。キュッキュッと靴が床を擦る音と、ボールがバウンドする音、それから部員たちの気合が入った掛け声。その中で夜久も、ボールを腕で受けていた。

「リエーフ!何回言ったら分かんだ!」

近くにいる後輩を指導しているのか、コートの外側で声を上げながらリエーフと呼ばれた大きな男の子にスパイクを打っていた。今まで同じ体育館で活動はあったのに、こんなにちゃんと夜久のこと、見たことがなかった。こんなにキラキラしてるなんて、知らなかった。

「夜久さん〜俺もスパイク練したいです〜」

泣き言を言う後輩に、夜久は厳しく「ダメ!これくらい早く出来るようになれ!」と一刀両断していた。なんだか新鮮な一面に、思わず顔が綻んだ。

「………あ。」

バッチリと、目が合ってしまい、咄嗟に身を隠した。しかも、よりによって、黒尾。ぽかんとした表情しか見えなかったけれど、黒尾のことだ。きっと面白いオモチャを見付けたようにニヤニヤと笑っていることだろう。夜久に告げ口しているかもしれない。急に恥ずかしくなって、ここに来たことを後悔した。

「あれ、苗字?どうしたの?」

突然体育館から顔を出した姿に、ドキンと胸が高鳴った。来るとしたら黒尾だと思ったから、夜久が現れたことで私のペースはもう奪われた。咄嗟にここに来た言い訳を考えたけれど、耳まで届きそうなほどの心臓の音が邪魔をして、何も考えられないし、うまく喋れない。

「あ、プリント?大丈夫、出しといたよ。」
「え…、あ、ああ!そう!よかった! 」

にこりと夜久は微笑む。なんだかいつもより眩しい。

「ん?」

何も言わないまま目の前に佇む私を見て、夜久は首を傾げた。ひっそり見ていただけならいつでも帰れたけれど、夜久が来てしまった手前、何となく踵を返せないでいた。だからと言って、何か話すことも、ない。

「た、大変そうだね、練習…。」
「まあ、大会勝ち残ってるからな!」

嬉しそうに胸を張っている。夜久がバレーをしているところは何度か見たことがあるけれど、目立っていた記憶はない。ふーん、と当たり障りなく相槌を打った。

「苗字はもう帰り?」
「あ、うん。」
「そっかー。送りたかったんだけど、今日はまだ練習あるしな…。」

あれ、これまるで私が一緒に帰りたくてここまで来たみたい。そんなこと、全然ないのに。大丈夫だよ、と小さく笑った。あ、本当に好きでいてくれてるんだなって、そう思うと同時に、再びあの罪悪感が胸を覆い始める。

「夜久、聞いてもいいかな?」
「ん?」

なんでこんなことを聞こうと思ったのか。なんで聞いたのか。理由も目的も全然分からないのに。

「どうして私だったの?」

本当は告白してくれたあの日から、ずっと根底にあった疑問。ずっと知りたかった。特別仲が良かった訳ではないから。その問い掛けに夜久は目を丸くし、それから少し困ったように笑った。

「うーん、似てるからかな?」

夜久と私が?それこそ分からない。首を傾げていると、体育館の中から夜久の名前を呼ぶ声がした。大会前の貴重な練習時間を割いてもらっていることを思い出し、結局理由は分からなかったけれど、潔く身を引いた。

「練習がんばってね。」
「おう!気を付けて帰れよ!」

片手を上げて、夜久はやっぱり優しく笑った。勿体無い、とそう思う。体育館の出入り口に向かう夜久の背中を見送り、私も帰宅しようかと、踵を返そうとした。

「あ、苗字!」

振り向くと、夜久は開いたままのドアの枠に手をかけ、こっちを振り返っていた。

「妬いた?」

少しだけニヤッて、口の端っこを上げて、そう言った。急激に上昇する体温が、もう答えを出している。妬いてなんかいないんだ。そう、ただの、子供じみた独占欲。咄嗟に「妬いてない!」と言い返すと、夜久は「だよなー」と言って残念そうに、でもどこか嬉しそうに笑った。もしかして、私にやきもちを妬かせたかったのかな、と考えると、夜久が想像以上にかわいい生き物に思えた。もし本当にそうだったら、まんまとその手にのってしまっていた訳で。とても恥ずかしくなってきた。夜久が体育館に入って行ってしまった後も、熱は冷めないままだった。