さあ、どこへ行こう。天文塔の屋上で星を眺めようか。図書館の東側一番奥の棚に挟まれた机で本を読もうか。それとも、ふくろう小屋で癒されるか。去年は一年間、この三か所でほとんどの時間を過ごした。昼間はともかく、夜は誰も近寄らない絶好のスポットだ。あの騒がしい談話室から逃げ出せて、羽根が生えたように足が軽い。けれど、その羽根をもぎ取るかのように、階段の下から上ってきたパーシー・ウィーズリーに止められた。校長からの話が終わった新入生たちを寮まで連れて行く最中だったようだ。
「スクヴィナス、どこに行くんだ?」
「談話室にいたくないの。就寝時間までには戻るわ。」
私がグリフィンドールの生徒たちとうまく付き合えていないことを、彼だって知っている。単調に答えれば、文句も言われずに済む。パーシー・ウィーズリーが次の言葉を考えている最中に、新入生の中から綺麗な人ね、なんて言葉が羨望の眼差しと共に聞こえた。やめて、そんな言葉、欲しくない、聞きたくない。彼らの横を通り過ぎ、階段を下りたとき、新入生の団体の中に紛れる、ハリー・ポッターの姿が見えた。彼が入ってきたのなら、私に向けられる好奇の目は、全て彼に移るだろう。早く、早くそうなってほしい。誰からも忘れられて、一人で生きていきたい。隣にいるウィーズリーの弟と共にこちらを見るハリー・ポッターに、そんな希望を抱きながら、階段を駆け下りた。
結局、行き着いた先はふくろう小屋。長期休みが終わってすぐのタイミングで、家族にふくろう便を出すような生徒はいないだろう。小屋に続く一番上の階段の段差に腰を下ろし、深呼吸をする。グリフィンドール塔から西塔まで直接の移動はできず、一度階段を下る必要があり、なかなかの運動量だ。小屋の中はワラやふくろうの糞で汚いから、いつもここに座る。肌寒いと言ってもまだ九月、小屋も階段も屋内とは言い難く、真冬になったら寒すぎて長居はできない。貴重な時間だ。
昨年仲良くなったふくろうたちが寄ってきてくれるのが嬉しくて、荒んだ心が癒されるようだ。クチバシを人差し指で弄びながら、撫でてやる。いつも陰口を言うスリザリンの奴らのふくろうが、こうやって私に懐いていると思うと、なんだか優越感で満たされる。醜いな。汚れを知らない真っ白なふくろうの方が、私の何倍も美しいと思った。
旧家スクヴィナス。魔法界でその名を知らぬ者はおらぬと称される純血魔法使いの旧家のうちの一つだ。小さい頃から、何が有名で何がすごいのか、私には分からなかった。ただ、出会う人が口々に容姿を褒めてくれる。「ラミちゃんは本当に綺麗だね、早く大人になるのが楽しみだ」って。ちやほやしてくれるのは気分が良かった。けれどすぐ気付いた。ただ容姿が恵まれているだけ。ただ美しい宝石のような瞳を持っているだけ。それだけ。それだけのことよ。心はこんなにも醜く、誰にも見せることなんかできないくらい、朽ちているのに。どろどろとした感情が脳内に流れ出したとき、人差し指を甘く噛んでいた真っ白なふくろうが、ピクリとその小さな身体を揺らした。
「…あ。」
階段の下に、一人の生徒が立ってこちらを見上げていた。照明のないふくろう小屋の階段。顔までは見えない。どうしよう、誰か来るとは思ってもいなくて、咄嗟に立ち上がった。その反動でふくろうが飛び去ってしまい、一気に味方がいなくなった気分だ。下の踊り場で一瞬立ち止まってこちらを見上げた生徒は、ゆっくりと階段を上ってくる。ここにいたら、邪魔か。階段の上には小屋しかない。ここから立ち去るには、下りてあの人の横を通り過ぎなければいけない。どうしよう、と悩んでいると、次第に距離が近付いて顔が見えてくる。
「やあ、ラミ。」
何でもないように、彼は名前を呼んだ。月明かりに赤毛が照らされる。この顔は見覚えがある、双子のどちらかだ。いつも二人でいて、いつも誰かに囲まれて、そんな彼と予期せぬ遭遇に言葉を失っていると、彼は何の言葉も掛けずに私の横を通り過ぎた。そっか、悪戯にしか興味ない双子は、私なんかに興味ない、のか。グリフィンドールの嫌われ者だしね。むしろ人をからかうのが趣味みたいな双子の片割れに絡まれなくて良かった。至福の一時を壊されて溜息と共に肩を落とすが、いいタイミングだと思って場所を変えるか。小屋に入って行った片割れの背中を一瞥してから、階段を下りようと足を踏み出した。
「エロール!エロール?」
小屋から聞こえてくるふくろうを呼ぶ声。エロールって、あの羽ばたきする度に灰色の毛が飛び散るヨレヨレのふくろうか。何度も呼ぶ声に、下りかけていた階段を再び上って、扉のない小屋の中をそっと窺った。屋内には姿がないのか、片割れはガラスのはまっていない窓から身を乗り出してエロールの名を呼んでいた。何故か片手にはマフラーを持っている。まさか自分のにおいで呼び出すつもりなのだろうか。自分のふくろうなのに、呼び出し方も知らないのか。呆れて見ていられず、そのまま小屋へと足を踏み入れた。
「ラミ?」
「それじゃあ全然ダメ。」
早々にワラを踏んでしまい、片割れはこちらに振り返って驚いたように名前を呼んだ。なぜ馴れ馴れしくファーストネームで呼ぶのだろう。まあ、ファミリーネームで呼ばれるよりは幾分マシか。目を白黒させている片割れの横から、窓から見える山のずっと向こうを指差すように、外へと腕を突き出した。もう片方の手で、指笛を吹いてエロールの名を呼ぶ。するとどこからともなく、少し大きめのふくろうが翼を広げ飛んでくる。そして突き出していた人差し指に、ゆっくりと停まった。
「わ、すごいねラミ。エロールがちゃんと停まるところ、初めて見たよ。どんな魔法だい?」
「魔法じゃないわ。どうして飼い主が呼び出せないの?」
窓の中に腕を入れると、双子の片割れは感心したように拍手を送ってくれた。呆れた。飼い主のくせに。片割れは私に向き合い、エロールが移動しやすいよう並ぶように人差し指を出した。エロールが飛び移り、重みが彼に移る。
「エロールは僕の家のふくろうなんだ。ビルが学生の頃から飼っているから、相当年寄りなんだよ。」
言いながら彼はマフラーを窓枠に置いて、エロールの爪に手紙を括り付けた。それを傍らでじっと見つめていたが、はっと我に返る。なんで私がこんなことを。ウィーズリーに親切にしてやる義理はない。自分の失態を悔いていると、彼は既に窓の外にエロールを放っていた。
「ところで、こんなところで何をしてたんだい?」
「あなたに関係ないわ。」
そんなことより、どうして長期休みが終わってすぐに手紙を届ける必要があるんだ。しかも、さっきまで談話室で騒いでいたくせに。考えがそのまま顔に出ていたようで、ウィーズリーは困ったように笑った。
「フレッドが家に忘れ物をしてね。変身術の教科書さ。マクゴナガルが新学期早々鬼婆に変身するのも、見たくないだろ?」
フレッド、ということは、目の前にいる片割れはジョージ・ウィーズリーの方か。マクゴナガルが鬼婆なら、さしずめあなたは悪戯好きのピクシー妖精ね、と憎まれ口を叩いてやると、その通りだなと声を上げて笑った。
「さあ、もう用事も済んだなら談話室に戻りなさいよ。」
「それは君もだろ?」
ジョージ・ウィーズリーに邪魔をされた、ふくろうたちに癒される至福の時の続きを味わおうと提案してみると、予想外の反論をされることとなる。そしてそれを言われると、私は何も言い返せない。確かにそろそろ校内を出歩いているのが見付かるとまずい時間帯となる。けれど、あの空間に戻りたいとは、どうしても思えないのだ。その原因を作っている一人に、目の前の男も含まれているわけだが。
「平気さ。もうみんな自室に戻ったよ。」
言わんとするところを的確に読んでいる。まさかジョージ・ウィーズリーはダンブルドアも使えないような読心魔法を使えるのではないか。恨めし気な視線を送ったにも関わらず、彼の心には響いていないようだ。窓枠に置いていたマフラーを掴み、そしてそのまま私の腕を取ってそこに掛けた。何の真似だと瞬きを繰り返していると、彼はなぜか小さく笑った。
「一緒に戻りたくないなら僕は先に戻るけど、君も早く戻っておいで。ここ、夜は冷えるよ。」
確かにローブも持ってきていないこの状態では、少し肌寒く感じていたところだ。ジョージ・ウィーズリーはそんなことも忘れてしまうような温かい言葉を掛けて、足早に階段を下りて行った。このマフラーは何だろう。手に残ったマフラーはひんやりと冷たくて、彼が身に付けて来たわけではなさそうだ。まさか、私に持ってきてくれた、なんてことは億が一もないだろう。どういうつもりなんだ。小屋に一人残された私の上で、ふくろうたちの鳴き声が重なり合っている。彼がいたのはたったの数分だ。彼がくれたのも片手で数えられるくらいの言葉数と、冷たいマフラーだ。なのに、どうして。慣れたはずの孤独が、なぜだかとても寂しく思えてしまった。