「桜、最近潮田とかと仲良くない?」

腹を空かせた学生達で賑わう学食の一角。椚ヶ丘特製ラーメンを啜っていると、向かいに座った友達が不意に今気付いたけどとでも言うように指摘を始めた。それをきっかけに、周りの子たちも「私もそう思ってた!」と口々に声を上げる。

「え、そうかなー?」
「そうだよ!潮田とカルマくんと三人でつるんでるじゃん!」

学校生活では行動を共にはしていないけれど、放課後三人揃って教室を出て、しかも図書館で顔を並べていたらさすがにバレるか。

「あー、ちょっと、色々あってさ。」

成績のこと、素直に友達には相談できない。E組行きの候補に含まれている時点で、口も効いてくれなくなりそう。そんな酷い子たちじゃないとは言い聞かせても、心の底からまるごと全部を信じることは出来なかった。

「もしかして三角関係?」
「もしかしなくても全然違う。」

見当違いな台詞が出てきて思わず溜息をこぼす。三角関係とか育んでる余裕は私にはないし、恋愛する暇があるなら部活に出たい。年頃の女子とは思えない思考だけど、それが本音だ。

「なーんだ、つまんなっ!」
「ね。てっきり桜のモテ期かと!」
「え、じゃあさ、二人に言い寄られたらどうするの?」

目を輝かせて尋ねてくるけど、ラーメンに夢中な私は正直あんまり興味が無い。二人に言い寄られたら?ナイナイ。だってあの小動物と悪魔だよ?

「…無いわ。」
「えー!潮田は別として、カルマくんは優良物件じゃない?」

赤羽くんは女子からの人気が高い。微塵の興味も照れも動揺も見せない私に周りからは非難轟々だ。確かに、確かに百歩譲って顔だけはイケてるメンツだとは思う。中身が伴っていないから問題なんだ。彼のような人を残念なイケメンと呼ぶんだな、と今更ながらに納得する。そして先日、彼が見せた狂気をも感じられる行動を思い出す。私はいまだにあの出来事を受け入れ切れていない。あの日から数日おきに放課後勉強を見てもらっているけれど、彼との間に溝を感じ続けている。帰宅する時間も、もう少し自習していくからと言って二人とは時間をずらしている。

「私、赤羽くんちょっと怖い。」

汁の中からラーメンを掬い出した箸が、器の上空で静止する。彼に対して抱いた、怖いという感情。いくら日常で彼が軽口を叩いて笑顔を浮かべていたも、その裏には乱暴な一面が隠れている。それを私はどうしても、勇敢とも屈強とも思えない。

「まあ確かに、ちょくちょく暴力沙汰で停学くらってるもんね。」

向かいに座っていた友達が頬杖をつきながら納得したように頷く。するとその隣から核心を突くような発言に血の気が引いた。

「って言うか潮田も成績悪くなかったっけ?」
「ちょっと桜、あいつらとつるむのやめなよ!E組落ちたらどうすんの?」

掬い上げた麺が、箸の間から滑り落ちて汁の中へと沈んでいく。上っ面だけは私のことを気に掛けている口振りだけど、きっと本気で心配してくれている訳ではない。私が落ちたら、確実にグループのメンバーから外される。そして彼女たちは、自分たちのグループからE組行きの人間を排出するという汚名を着せられないように警告しているだけだ。気付いてしまった友達の本心に、一度沈んだ感情は再び浮かんではこない。私がここにいられるのは、E組に落ちないでいる間だけだ。友達に囲まれていられるのも、来年の二月まで。そう思った途端、目の前が真っ暗になった気がした。

私は渚くんのように心は広くはないし、赤羽くんのように強くもない。向かいに座る彼女たちが私の全てではないけれど、それでも敵に回ったら、きっと元友達の陰口には耐えられないし、孤独ではこの学園で生きてはいけない。E組行きが実際に発表されるのは二月。あと、五ヶ月。医者から余命を言い渡される悲劇のヒロインは、こんな気持ちなんだろうか。口々に渚くんと赤羽くんと絡むのはやめろと言う彼女たちの言葉が刃となって身体に傷をつけていく。私は箸を置いて、身体を縮こませひたすら耐えることしかできなかった。

食堂から教室へと戻る廊下。私は先ほどのショックから完全には立ち直れず、横一列に並びながら談笑に盛り上がっている彼女たちの少し後ろをついて歩いていた。彼女たちもまた、成績は優秀ではないにしろ、下位でもない。私のように突出して成績の悪い科目もなく、完全に中の中と言ったところ。それでも、私からしてみればE組に落ちる恐怖を間近で感じることもなく毎日を楽しく笑って過ごせるのは、とても羨ましく思える。

「あ、緋月ちゃん!」

前を行く彼女たちとは少し距離を置いて歩いていると、不意に背後から声を掛けられた。その声に反応して、前の彼女たちも足を止めてこちらを振り返っている。

「莉桜ちゃん、どうしたの?」
「悪いんだけどさ、数学の教科書貸してくんないかな。珍しく家で勉強でもしよっかなーって思って持って帰ったらそのまま忘れちゃってさ。」

長い金髪を揺らしながら、莉桜ちゃんは困ったように後頭部を掻いていた。彼女は一年生のとき同じクラスで仲の良かった友達だ。成績はとても良かったけれど、赤羽くんまでとは行かずとも素行不良が目立つ子だった。莉桜ちゃんは遊び呆けているけれどそれをもカバーするほど優秀だし、いつも堂々としてるし、個人的にはとても尊敬していた。でも今年に入ってからは、今のクラスの友達は彼女にあまりいい印象を抱いておらず、結果的に少し距離を置くことになってしまった。その証拠に、前方で立ち止まっていた友達が呼び寄せるように「桜!」と名前を叫んだ。

「あ、今行く!」

今の友達は正直なまでに心の底から椚ヶ丘の教育方針に心酔している。彼女たちにとっては、髪を金色に染めて勉強もせず遊んでいる莉桜ちゃんは気に入らない存在らしい。小声で「後で持ってくね」と告げ、私は駆け足で待っている彼女たちの元へと戻った。

「何話してたの?」
「えっ、いや、大したことじゃないよ。」

あははと軽く笑って流す。怪訝そうに顔をしかめる友達。ああ、なんて生きづらく窮屈な世界なんだろう。愛想笑いを浮かべる裏で、真っ暗な心の中に絶望を感じた。