高校一年 07/23(水)


26日まで、あと三日。自分でも、こない待ち遠しなるとは思わんかった。実際帰ってきたって、俺はとくに話すことあらへんのに。きっと早苗やら小春やらが「舞おかえり〜」「舞ちゃ〜んっ」って喜んどって、俺がそれを遠くから眺める。分かり切っとることないか。せやったら、もう転校してもうても、俺には…


「ユ〜ウくんっ」


部室でぼーっとしとった。振り返るとにこにこと笑顔の小春がおって、俺は思わず腰に抱き着いた。


「小春ううぅぅぅ」
「よしよし」


優しく頭を撫でてくれる。小春、ほんまに大好きや。けど、不意にその手が止まった。


「ユウくんは、何に迷っとるん?」
「迷っとる?俺が?何に?」
「アタシが聞いとるんやけど…」


俺が腰から手を離すと、小春は隣の椅子に腰掛けた。横から視線を送り続けても、小春は真っすぐ前を見つめとった。


「何に、迷っとるん?」


俺が迷っとる?身に覚えはなかったのに、机においた手がこぶしを作った。小春はその上に手を重ねてきて。それは昔と何ら変わりない甘い甘い二人きりの時間なのに。なんで、こないに胸がきりきりと痛むんか。思わず顔を歪めた俺を見て、小春はそっと手を離した。そのまま立ち上がって背後に回る。


「小春?」


椅子の背もたれに手をのせ、振り返ってみると、小春は部室の端っこに飾っとった笹に手を伸ばしとる。七夕の日に書いた短冊は、オサムちゃんが「八月まで飾っとれー」とテキトーなこと言いよって、そのまま置いとるんや。しかもその傍らに部長の殴り書きで「他人の願いを見るべからず」っちゅー紙が貼ってある(実際に見ようとした一年が部長に見付かって校庭20周しとった)。


「ユウくん、ちょっとおいで?」


にこにこと手招きをされ、俺はそのまま立ち上がった。校庭20周は嫌やけど、小春と一緒ならええかな、なんちゅー場違いなこと考えとったら、


「これ、見てみ?」
「人の見てええんか」
「これだけは特別や。」


小春がちょんちょんと引っ張った水色の短冊。怪訝に思いながらも、笹に吊されたままの短冊を自分の方に引っ張った。刹那、俺のもやもやした感情はどっか飛んでってしもた。


『はやく元気になりますように』


視界の端で、短冊を掴む手が震えとった。誰のことか、野暮なことは聞かへんよ。「ユウジ、元気あらへんね」って、この振りされてたん、俺だけやもん。


「ほんま、舞ちゃんはええ子やな?」
「………せやな」


何も言えへん。罪悪感が胸を押し潰す勢いで。俺、あんなに酷いことばっか言うてたのに…なんで?弥栄の傷付いた表情、めっさ見てきた。ほっとけばええのに。そう言っても、あいつはきっと「わたしマネージャーだもん」って噛みながら言うんやろな。そんなん想像してまうくらい、俺にとって弥栄は特別になっとった。それが、あいつも同じやったらええなぁ、なんて…


「コラーっ!金色!一氏!他人の願いは見るべからずって言うたやろっ!」


小春は突然部室に入って来た部長に慌てて言い訳しとったけど。この短冊を手放したなくて、俺は慌てて知らない振りも、言い訳を考えることすら出来ひんかった。短冊を見たっちゅー罪悪感なんやイチミリもあらへんけど、今までの俺の態度には後悔そのものやったから。


「聞いとるんか?一氏」
「…俺、校庭20周走ってきます。」
「え?あ、あぁ!行ってこい」
「ユウくん…?」


身体はボロボロなのに、気分は全然晴れない。20周じゃ、足りんくらいやった。たぶん、今は何周走ったって気は晴れん。あいつは、どんなに俺が酷いこと言うたって、逃げんで俺に向き合っとった。はよ、弥栄に会いたい。今度は俺が逃げんで、ちゃんと向き合いたい。はよ、帰ってこいや。あいつが帰ってくる予定の26日まで、あと三日。