任務から帰ってきてトリオン体から生身に戻れば、体が異様に重かった。熱を測れば38.6度。もしかしてこれって時期的に風邪かインフルじゃね? と思ったが、夜だから病院は閉まってるし、風邪なら寝れば治るだろうとそのまま布団にダイブ。ご飯もお風呂も今日はとりあえずいいや。気持ち悪いけど、入れる気がしない。
朝、目覚ましをかけた記憶がないのに6時に目が覚めた。いつもならまだ夢の中である。珍しいこともあるもんだと上体を起こせば、昨日より体は軽く、気分も幾分かマシになっているような気がした。熱を測ってみたら微熱になっていたし、若干の咳とその度に締め付けるような頭痛に耐えれば動けないこともないといった具合だ。
でももう少し休ませてもらおう。こういう治りかけに動く方が余計悪化するものだ。学校に休みの連絡をしようとスマホを起動させれば着信履歴がズラリ。これか目覚ましの正体は。やっぱり自分で起きれたわけじゃなかったか。というか朝早くから誰だよこんなに電話かけてきたの。もっと寝れたのにーと口をとがらせつつ、ロックを解除すれば「鬼怒田」の文字。えええ、鬼怒田さんから電話とかかかってきたこと今まであったっけ? とりあえず掛け直さないとやばそう。あの人、すーぐ怒るんだから。


「どんだけ電話したと思ってる!?」
「ごめんなさーい。体調悪くてダウンしてた」


かけた瞬間秒で通じた。プルルルルのプルで出たよ。どんだけ待ち構えてたんだろう。
電話が繋がった瞬間から、鬼怒田さんはずっと向こうで怒鳴ってる。たぶん緊急の連絡はすぐ出ろって言ってるんだろうし、真面目に聞いてると頭痛くなってくるから聞き流した。「聞いているのか!?」という質問に関してはちゃんと「はい」って答えないとめんどくさいから返す。でも「とりあえず来い」って言われてもねぇ……今日は「はい」って言いたくない。体調悪い私はこのまま寝て過ごしたいよ。


「私、今、風邪なんだけど…熱あるんだけど……」
「学校や街の上に近界民が出たんだ!放っておけるか!!」
「まじブラックじゃん…労働基準法はどうなってるの……って、は!? 街の上?」
「そうだと言っているだろう!話を聞け!」


いや、だから今風邪ひいて頭ぼーっとしてるんだってば…怒鳴らないでよぉ……。
とりあえず電話を切ろう。そして向かわなくては。警戒区域外で近界民が出たというのは、つまり、一般人が巻き込まれる可能性があるということだ。それは避けなければならない。


「今すぐトリオン体になって向かいますー」


電話を切ってトリガーオン、と言えば頭の痛みもなくなった。こういうときにトリオン体は便利だ。支度しなくていいもん。そのまま素早く外に出ればいつもとは何か違う。


「めっちゃ街中にトリオン反応あるんだけど。なんか新しい罠とか仕掛けた?」


トリオンは普通は見えないが、私は『トリオンの視覚化』というサイドエフェクト持ちだ。トリオンが見えるというシンプルなサイドエフェクト。地味って言えば地味なんだけど、これが意外と役に立つ。1番よく使われるのは開発部からの「ここが上手くいかないんだけどトリオンの流れはどうなってる?」ていう要請でレーダーの代わりに出動させられることもしばしば。
ボーダーのレーダーはバックワームのような隠密行動用のトリガーなどを使われると探知できないので、それを補うために私が使われる。つまり私の前では隠れても無駄なのだ!


「別に何もしとらん」
「じゃあ、原因はこれかもしれないね。近くに行ってみる」


そう言って1番近い反応があった路地裏を覗く。パイプがあって、表からは見えないその影にトリオンは潜んでいるらしい。


「あれ、これトリオン兵じゃん」


トリオンの反応があった場所には見たことない小型のトリオン兵が息を潜めるように隠れていた。ぱっと見では見つからない場所にこんなちっこいのが隠れているなんて、そりゃ気づかないや。
「見つけましたよ!」と呼びかけたが、何故か応答がない。無線が切断された様子。なんで切れたんだろ? とりあえずこいつを分析するためにも戻らないと。
急いで本部に戻り開発室に飛込めば、無線を勝手に切った鬼怒田さんが何やら指示を飛ばしていた。


「鬼怒田さーん、これ!」
「あぁ。さっき迅に渡されたわい。もういらん」


せっかく急いで見つけてきたのに、バッサリいらないと投げ捨てられた。え、見つかってたなら言ってよ、と思わずにはいられない。さらに、まさかの迅に先を越されるとはもっとショックである。迅の持つ未来視はどこまで見えるのか、すごく気になるところではあるが、とりあえずそれはあとで本人に聞くとして。迅が動いてたなら私は必要あったのだろうか。


「迅が動いてたんなら私いらなくない?」
「何を言う。これが分析し終わるまで他の隊員は探し出せん。探してこい」


つまりレーダーが機能するまでレーダーの代わりをしろと。探し出してこいと。そういうことですね。分かりましたよーだ。こうなったら1匹残らず見つけてやるわ。
上等じゃい、とそう意気込んでた私だったが、数が多すぎて結局1日かかってしまった。
おまけに探し出し終えたあと、トリオン体から戻った途端、再びぶっ倒れた。やっぱり病み上がりの人間を働かしちゃ駄目なんだよ。
目の前で生身に戻った人間がいきなり倒れた諏訪さんには申し訳なかった。「それは気にすんな。つーかいきなり倒れるとか心臓にわりーんだよ。ちゃんと休め」と後でお見舞いに来てくれたあたり、めちゃくちゃ優しい。鬼怒田さんとは大違いだ。

イレギュラー門
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