「兄さん?どうかした?」
ふと足を止めた姉に倣い自分も足を止める。返事のない姉の視線の先を辿った。
二人の目に映るショーウィンドウには綺麗に着飾ったマネキンが並んでいた。エドワードはそのうちの一体を食い入るように見つめていた。その様子にアルフォンスはおや、と思う。
エドワードが食い入るように見つめているマネキンの服は全体に繊細なレースが使われている白のワンピースで、ウエスト部分は切り替えとなっておりその下のスカートは風でも吹けばふんわりと揺れそうなほど軽やかで華奢な印象だ。

「へえ可愛いじゃん」
アルフォンスの存在を忘れ、ワンピースに目を奪われている姉に良い傾向だとこっそり笑う。
兄と呼ばせていても、根はやはり年頃の女の子なのだ。姉は元々男勝りな性格ではあったが母が生前の頃はよく可愛らしい服を着ていたし、可愛いものも嫌いではなかったはずだ。しかし母が亡くなり帰る家を燃やし国家錬金術師となってからは自らそういうものを遠ざけているようだった。旅の最中少しでも危険を減らすようにと男装しているためそれが理由でもあるのだろうが。けれど弟としては寂しいしそんな姉を不憫に感じていた。街で見かける姉と同じくらいの年頃の女の子達は、皆可愛らしい服を着ていたりほんのりとだが化粧をしていたりする。十五歳という多感な時期は色々なものに興味を持ち意識を向け始める年頃だろう。そんな女の子達を眩しそうに見つめる姉をいつももどかしい気持ちを抱えながらアルフォンスも見つめていた。
男装しているからという理由の他に弟の自分に対する負い目と遠慮もあるのだろう。
何度気にするなと言っても姉は静かに首を振り何とも形容しがたい顔で小さく笑うだけだった。
だからこそ姉に好きな人がいると気づいた時は心の底から歓喜した。
普段の勇ましく頼りになる姉も好きだがこれを期に少しでも年頃の女の子らしい部分を引きずりだしてやろうと思った。いくら男装しているからといっても常時それを徹底しなくてもいいだろう。それに自分を思い我慢などしてほしくなかった。
幸い姉の想い人も姉に好意を寄せていたので恋に臆病な姉を必死に後押ししたものだ。
そうして男と付き合いはじめてからの姉は徐々に変わり始めた。また少しずつ可愛いものに目を向けるようになったのだ。
「それでどうするの?その服買うの?」
「………は?」
「そんなに見つめて欲しいんじゃないの?」
「なななな何言ってんだ!誰が欲しいなんて言った!?それに買ったところで誰が着るんだ!」
「誰って兄さんしかいないでしょ……」
顔を真っ赤に染め狼狽えるエドワードにアルフォンスは呆れて溜め息を吐いた。それじゃ全力で欲しいと言っているようなものだ。
「大佐も喜ぶと思うけど」
ぽつりと溢した呟きを聞き留めたエドワードは更に顔を真っ赤に染め動揺した。
「はあーー?!なんであいつが出てくんだ!!」
「今日は司令部に寄った後大佐の家に行くんでしょ?ちょうどいいじゃない。大佐の家でお披露目したら?」
「お披露目って、冗談じゃない!あいつのことだ、こんなの着たって似合わねえって笑うに決まってる!」
それはない。たとえ笑うとしても小馬鹿にするような笑いではなく下心満載の厭らしい笑みだろう。鼻の下を伸ばしでれでれとする大人を想像しアルフォンスは無い頬をひきつらせた。やっぱりそれはちょっと危険かもしれない。
「とにかく俺はこんなの買わねえし着ねえからな!行くぞ!」
「えーーー?!」
大佐の前では着ないとしてもアルフォンスは不服だった。せっかく姉がこういう服装に興味を持ったのだ。この機会を逃してたまるか。
「じゃあ僕が見たいから着てよ!!」
「はあ?!」
「絶対似合うから!僕買うまでここ離れないからね!」
「お前言ってることめちゃくちゃだぞ!!」
店の前でギャーギャー言い争っている姉弟に一人の女性が近づいた。
「あら、二人とも。相変わらず元気ね」
女性は冷徹な美貌を崩しにこりと二人に笑いかけた。
「中尉!」
「お久しぶりです」
突然の遭遇に二人も嬉しげな声を上げ軍服姿の女性を見る。
「あれ?中尉これから仕事?」
「ええ、今日は夜勤なの。だからいつもより遅いのよ。それにしてもこんな街中で会うなんて珍しいわね」
「え?ま、まあね」
先ほどのやり取りを思い出し、エドワードは少し焦った様子で返事をする。
「お店の前で何か言い合っていたようだけど何かあったの?」
「え?!べ、別に何もないよ!」
必死に隠そうとするエドワードを押し退けアルフォンスは声を上げた。
「中尉!この服兄さんに似合うと思いませんか?」
「…え?」
珍しく興奮した様子のアルフォンスに圧倒されながらも鎧の指が差した方へ目を向けると白のワンピースが目に入った。
「兄さんたら物欲しそうにじーっと見てるくせに買わないって言うんですよ!」
絶対に似合うのに!と憤慨するアルフォンスにホークアイはもう一度ワンピースを見た後エドワードに視線を移す。
上品でいて華やかさもある繊細なレースは人形のように綺麗な顔立ちをしているエドワードにはぴったりだ。ふんわりと柔らかく軽やかな印象を与えるシルエットも小柄で華奢な少女によく似合うだろう。何より白には少女の美しい黄金が良く映える。
黙ったまま視線だけをエドワードに向けるホークアイに勘違いした少女は羞恥で声を上げた。
「こら、中尉を困らせるな!適当なことばっかり言って!似合うわけないのに…」
ホークアイはごめんと申し訳なさそうに謝るエドワードの肩をがしっと掴んだ。
「そんなことないわ。あの服貴女にぴったりよ。とりあえず試着してみたら?」
「えええええ?!中尉まで何言ってんの?!」
困惑するエドワードの視界の端でアルフォンスはほら、やっぱり中尉はよく分かっていると満足そうに頷いた。
一方エドワードはホークアイが気を遣って言ってくれていると思ったが自分を見つめる彼女の真っ直ぐな眼差しにはごまかしや動揺の色は見られずもしや世辞ではなく本気で言っているのかと驚愕した。しばし考え、確かに彼女ならば似合わなければ似合わないとはっきり言い、その上で自分に似合うと思うものを進めてくるなと思った。ロイと付き合いはじめてから今までより自分の身なりを気にするようになったエドワードはイーストシティに戻った際、その滞在中にタイミング良くホークアイの非番とぶつかれば彼女と二人でショッピングに行くこともあった。ファッションに疎いエドワードのためホークアイはよく服を見立ててくれたりするのだがその時の様子から冗談で言っているわけではないと分かる。
純粋に嬉しくて頬が熱くなる。
けれど────
「あー、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど…やっぱり着れないよ」
「あら、どうして?」
「確かに可愛いんだけどまだ俺にはハードル高いっつーか」
苦笑を浮かべエドワードは続けた。
「それにきっとすぐひっかけたり汚したりして駄目にしちまうから」
そう言う少女の瞳には陰がさし、ホークアイは思わず言葉に詰まった。
「はいっこの話はもうおしまい!早いとこ司令部行って報告書出さねえと。中尉もこれから出勤だろ?一緒に行こう!」
殊更明るい声で言い放ったエドワードは弟の不満げな声を無視して歩き出した。
「中尉?行かないの?」
立ち止まったまま歩き出す様子のないホークアイにエドワードは振り返り首を傾げた。ホークアイは一瞬考え、声を上げた。
「ちょっと寄っていく所があるから先に行っててちょうだい」
「分かった!そんじゃ司令部で」
ひらひらと手を振るエドワードとペコリとお辞儀をするアルフォンスを見送る。脳裏に浮かぶ瞳を曇らせ遠慮がちに笑う少女に心を痛めながらもさてどうしようかと思案する。
確かに繊細なレースがふんだんにあしらわれているワンピースはとてもエドワードに似合うと思うのだが、何かとトラブルに巻き込まれやすく、少々やんちゃで元気(すぎる)な彼女には少し相性が悪いのかもしれない。
デートの時や自分とのショッピング中に着るのであれば問題なさそうだが少女の言った通り、こう可愛らしさを全面に出したものを身につけるにはまだ少し抵抗があるのだろう。
難しい顔で考え込むとホークアイは周囲に立ち並ぶ店を見渡す。
ここら辺一帯はファッション街となっており先ほどの服屋以外にもそういった店が数店舗あり他にも雑貨屋、化粧品店等が軒並み居を構えている。
そんな中、ふとある店に目を止めたホークアイはふっと口元を緩めた。





司令部の廊下。前方に赤いコートを纏った少女を見つけたホークアイはその背中に声をかけた。
「エドワード君」
ホークアイの呼びかけに振り返ったエドワードはあっと顔を綻ばせた。
「もう報告は済んだの?」
「うん。これから資料室に行くんだ」
「そう、それならちょうど良いわ」
そう言うとホークアイは右手に持っていた紙袋をエドワードに渡した。
「え、なに?」
きょとんと首を傾げる少女にホークアイはふふっと何やら楽しそうに告げる。
「今夜大佐の家に行くんでしょ?」
先ほど街で彼女達を見かけた瞬間、 サボり癖の強い我が上官の勤務態度がここ二、三日文句のつけようがないくらい素晴らしかった理由を理解した(それが普通なのだが)。三日前に急遽告げられた明日の休暇申請もこの少女のためのものだろう。
「なっ!なんで中尉が……っ」
何処か焦った様子のエドワードに何を今更と思うのだが顔を真っ赤に染めあたふたとする少女は大変可愛らしいので眼福というものだ。
「あの人の様子を見てれば分かるわ。それに誰がスケジュール管理してると思ってるの?」
「…うっ、そうだった」
恥ずかしさで言葉が詰まるエドワード。
実はきびきびとデスクワークをこなしながらも、ふとした瞬間頬を緩めでれでれと鼻の下を伸ばし頭の中だけ何処か別の世界に旅立ってしまっていた上官の姿にホークアイだけでなく彼の直属の部下達も大方事情を察知しているのだが追い撃ちになりそうなのでその事は心の中に留めておいた。
「で、これ何?」
まだ微かに頬に赤を残したままエドワードは再度訊ねる。
「私から貴女に細やかなプレゼントよ」
「…プレゼントって、え!?なんで?」
俺誕生日でもないのに!と困惑する少女にホークアイはふっと口元を緩めた。
「やっぱり悪いよ」
尚も申し訳なさそうに眉を下げる様子にどうすれば気にせず受け取ってもらえるだろうかと考えふと頭をちらいた上官の姿に不適な笑みを浮かべる。
「私が持っていても意味はないし貴女に受け取ってもらいたいの。それにこれは大佐へのプレゼントでもあるのよ」
「へ?そうなの?」
ぽかんと口を開ける少女を言いくるめるようにホークアイは続けた。
「そうよ、物自体は貴女に選んだ物だけど確実に大佐へのプレゼントにもなると思うから。だから気にしないでちょうだい。それと中身は大佐の家に着いたら開けてね」
「分かった!ありがとう中尉!」
満面の笑みを浮かべる少女にホークアイはほっと息をつく。
どこか諦めたような少女に少しでも元気を出してほしいと思い渡した。少女の喜ぶ姿を想像したいのだがさっきから上官の顔が頭をちらついて邪魔をする。あの男のことだから天使だなんだとわめき散らすに違いない。
「大佐の方が喜びそうだわ…」
微妙な顔つきで遠くを見つめるホークアイにエドワードはやっぱり良く分からないと首を傾げた。



計画通り早く仕事を片付けたロイは定刻を待たずしてエドワードと二人軍部を後にした。
途中、街で少し早めの夕食を済ませそのまま帰路に着く。
今晩ロイの家に泊まる予定だったエドワードは当然アルフォンスも一緒に着いてくるものだと思っていたが馬に蹴られたくないだとかよく分からないことを言ってすげなく断られてしまった。ロイもそのつもりだったらしく声をかけていたが弟は必死に首を振り拒否していた。
久しぶりに訪れた恋人の家。弟もおらず二人きりという状況にエドワードはそわそわとどこか落ち着かない気持ちになる。三人がけのゆったりとしたソファに腰かけ少しでも気持ちを落ち着かせようとロイの淹れてくれた紅茶に口をつける。

外套と軍服の上着を脱ぎ自分の分の紅茶を手にやって来たロイは迷わず少女の真横に腰を落とした。
間近に感じる男の存在にビクッと少女の肩が跳ねる。
「おい!なんか近くねえ?」
「そうか?」
ソファの右端に座っていたエドワードに合わせロイもその真横に腰かけたためゆったりとしたソファは真ん中から左側が大きく空いている。
クスクスと笑いながら自分を見下ろす男に何となく恥ずかしくなったエドワードは視線を自分の手元に移す。
カップの中を揺れる澄んだ琥珀色を見つめたまま動かない少女にロイは益々笑みを深めた。
「なんだよ」
尚も感じる男の視線と笑いにエドワードは少しむっとする。
「いや、相変わらず可愛いなあと思ってね」
「はあ?!可愛いって、ななな何言ってんだ!!」
顔を真っ赤に染め狼狽えるエドワードにロイは続ける。
「可愛いよ。それにそんなに意識してもらえるなんて嬉しいじゃないか」
「……っ」
普段の意地の悪い笑みではなく柔らかく優しい笑みを浮かべるロイにエドワードは言葉に詰まり顔は更に赤みを帯びてゆく。
男から注がれる視線とドキドキと脈打つ忙しない心臓から逃れようと思わず視線をさ迷わせたエドワードは、あるものに気がついた。
「……あっ」
カップを置き、足元に置いてある白い紙袋を手に取ったエドワードはそれを男の前へ突き出した。
「これっ!!」
ロイは勢いよく突きだされた物に一瞬ポカンとするが、もしや自分へのプレゼントだろうかと思い顔を綻ばせる。
「私にくれるのかい?」
「うん、中尉から俺と大佐にってさ」
ニコニコとしたロイの顔が一気に引きつる。
てっきりエドワードからのプレゼントだと思っていたのに。
ロイはガックリと肩を落とした。
「中尉が大佐の家で開けろって言うからさ。俺も気になってたんだ」
わくわくしているエドワードとは対称的にロイは訝しげな表情を浮かべた。
あの冷徹な副官がプライベートで自分にプレゼントとは。
ホークアイは普段からこの少女をとても可愛がっているため、少女相手になら何ら不思議はないのだがそれが自分もとなると違ってくる。今まで自分が副官から貰ったプレゼントなど未決済の書類の束か鉛のごとく降り注ぐ弾丸の雨くらいなものだ。
そういえば軍部を出る時珍しくホークアイに意味ありげな笑いを向けられたなとロイはますます頬を引きつらせた。
「なあ!早く開けようぜ!」
先ほどの空気はどこへやら、目を輝かせ意識はすっかりプレゼントに向かっているエドワードに苦笑し開けるように促した。やはり何が入っているのかは自分も気になる。
許可を得たエドワードが紙袋に手を突っ込むと中から出てきたのは白の包装紙で包まれたA4くらいの大きさのものだった。包装紙を破き中から出てきたものは
「………服?」
「だな」
予想外の物にロイとエドワードはポカンと口を開けた。
透明の袋から折り畳まれた服を出し広げてみる。
「わあ!!可愛い!!」
エドワードの目に飛び込んできたのは白のワンピースタイプのネグリジェだった。襟元にはふんだんにレースがあしらわれ、胸元には小さなリボンがついている。七分丈の袖はふんわりとした緩めのパフスリーブとなっている。裾部分は透けていて上から控えめなレースの生地が重なっている。
エドワードは隣にいる男の存在を忘れて声を上げた。
昼間見たワンピースも可愛かったが、あちらはこのワンピースよりもう少し落ち着いていて大人っぽいデザインだった。対してこちらは全体的にふわふわとしていて大人っぽいというより可愛さの方が際立つ。最近まで女の子らしいものとは、とんと無縁だったエドワードはこの可愛さ全開の服にとても心を擽られた。
年頃の少女らしくきらきらと目を輝かせ服をじーっと見つめるエドワードにロイの顔はだらしなく崩れていく。
確かに服も可愛いがそうやってはしゃぐエドワードが何よりも可愛いと心の中で一人悶えた。

目の前の服に夢中になっていたエドワードは感じる強い視線にようやく男の存在を思い出した。
「あっ、いや…これは」
途端羞恥で顔を赤くし慌てふためく少女にロイはふっと笑う。
「何をそんなに焦る」
「だって、……変だろ。俺なんかが、こんな」
目を逸らし罰の悪い顔でぼそぼそと呟く。
「どうして?別に変じゃないだろう。あまり女性の詳しい趣味嗜好は分からないが女性というのは差異はあれど皆可愛いものが好きだろう?」
男性の中にも可愛いものが好きな者もいるが今はそれは置いておいて、エドワードはれっきとした女性でしかも年頃の女の子なのだからこういうものに目を奪われるのは当然といえば当然だ。
おかしいことは何もない。
ロイが再度断言すると少女はパアッと顔を輝かせた。
馬鹿にするでも似合わないと一笑するのでもなくさも当然のように受け入れてくれた。ずっと心に蔓延っていた負の感情を他ならぬこの男が晴らしてくれたことが堪らなく嬉しい。
溢れんばかりの笑顔を浮かべるエドワードの頭をロイは優しく撫でた。

ふとエドワードは手の中のネグリジェに視線を移すとはっと何かに気づいた様子で、溢れんばかりの笑顔は消え頬は徐々に引きつっていく。
「もしかして、これ………大佐も着るのか?」
若干顔を青ざめさせとんでもないことを言い出したエドワードにロイは思わずソファから転げ落ちそうになった。
「なぜそうなるんだ! 」
「だって、中尉が大佐へのプレゼントでもあるって……」
「他に中尉は何て言っていたんだ?」
ホークアイの言葉をそのまま言葉通りに受け取ったエドワードにロイはこめかみをぴくぴくとさせ長い息を吐いた。
ロイにはこのプレゼントを見たときのエドワードの反応と司令部を出る時に見たホークアイの意味ありげな笑みになんとなく事の経緯と言葉の真意が理解できた。
一方うーんとホークアイとの会話を思い出そうとするエドワード。
「中尉は俺に選んだものだって言ってた」
「当たり前だろう!どう考えても君サイズだし、それに私にそんな女装趣味はない!」
「でも中尉、あんたの方が喜びそうだって言ってたぞ」
怪訝そうな顔つきでロイを見上げるエドワードにロイはそれはそうだろうと呟いた。
「君の可愛い姿が見られるんだ。嬉しくないわけないだろう」
至極当然のように言い放つ男にエドワードは頬を真っ赤に染めた。
「ばっ……!なに言ってんだてめえ!!」
「女装趣味も可愛い服にも興味はないが君の可愛い姿ならずっと見ていても飽きないだろうな」
ニコニコと笑うロイにエドワードはもう何も言い返す気になれず口を閉ざした。
「しかし寝間着とは中尉も考えるな」
「……うん」
身なりに気を使うようになったとはいえあからさまに可愛い物を身に纏うことにまだ少し抵抗のあるエドワードだがこれならば人目を気にせず家の中でも自由に着ることができる。ホークアイの気遣いにエドワードの心の中は温かい気持ちで満たされた。


「よし、さっそく着てみてくれ!」
「え!?……あ、うん」
一人で着て満足する分には問題ないのだが着た後にこの男が待ち構えているのかと思うと何となく気恥ずかしい。
「いや、待てよ。先に風呂に入っておいで」
何かを思いついたようなロイはエドワードに提案する。
「風呂?」
「ああ、晩飯も食べたしちょうど良いだろう。それに寝間着なんだから先に風呂に入らなくては」
「そういうもんか?」
よく分からないロイの物言いにエドワードは首を傾げる。
「なんだったら一緒に入るか?」
「馬鹿言ってんじゃねえ!一人で入る!」
「タオルならいつもの棚に入ってるから好きに使いなさい」
エドワードは顔を真っ赤に染め寝巻きと一緒に持ってきたトランクの中から下着を取り出すとさっさとリビングを後にした。
そのため悪どい顔を浮かべニヤニヤと不気味に笑うロイの真意にはまったく気づくことができなかった。



風呂から上がったエドワードはロイがいるであろうリビングの前で尻込みしていた。もちろんネグリジェを纏っている。
「鋼の?」
気配に気づいたロイは声をかけた。
エドワードはビクッと肩を揺らし扉からひょこっと顔だけ覗かせた。
少女のどこか恥ずかしげな様子にロイの顔はもうすでに崩れかける。
「おいで」
少女に向かい手を広げ声をかける。
エドワードは溶けそうなほど優しい男の声色に促されるようにその体を男の前へ晒した。
おずおずとロイの座るソファまでやって来たエドワードは静かに男の様子を伺う。
「………大佐?」
目を見開き何の反応もないロイにエドワードは一気に不安になった。
やっぱり自分には似合っていないのではないか。
七分丈のおかげで右腕の機械鎧は全部と言わないまでも大体隠れている。
しかし左足は接合部の少し下当たりからむき出しの状態である。
羞恥と不安が入り交じった瞳に陰がさし俯きかけたその時、ものすごい力がエドワードを襲った。
「……っ、なに!」
ぎゅうぎゅうと力まかせに締め付けてくる男の腕にエドワードは思わず声を上げた。
「……可愛い」
「え?」
耳元で聞こえたぼそっとした声に思わず聞き返すエドワード。
「可愛い、可愛いよ。ほんとに可愛い。鋼の、いや…エドワード、よく似合ってる。可愛いかわ」
「あーもう分かったから!!」
何回も同じ言葉を連発する男に耐えられなくなったエドワードは声を上げた。
ロイは拘束していた少女の体から腕を放し今度は両手で肩を掴んだ
「とっても可愛いよ。ほんとによく似合ってる……天使みたいだ」
「なっ!!……て、天使って」
溶けるような甘ったるい笑みを浮かべるロイにエドワードは顔を真っ赤に染め目を逸らす。
「エドワード、一回回ってみてくれないか」
「え?おう」
首を傾げながらも言われた通りくるりと回る。
エドワードの動きに合わせふんわりとした裾のレースも揺れる。
ロイはでれでれと鼻の下を伸ばしただただ少女を見つめた。
白の可愛いらしいネグリジェ姿はやはり天使にしか見えない。それに恥ずかしいそうにもじもじしている姿はロイの心臓と下半身に多大なる衝撃をもたらした。
この場にアルフォンスとホークアイがいれば生温い視線と冷たい視線を同時に受けることになっただろう。
ごろごろと床の上をのたうち回りたい衝動をぐっと堪えロイは咳払いをした。
「しかし見事なまでにぴったりなサイズだな」
「中尉とはよく一緒に買い物行くからさ」
はにかみながら答えるエドワードにロイは一気に微妙な顔つきになる。
「ああ、そうだったな。君達はよく楽しそうにデートしているそうじゃないか」
「デートって……」
「違うのか?中尉から話を聞く限りデートとしか思えないんだが」
私だってまだ君に服をプレゼントしたことなんてないのに、と口を尖らせ子供のように拗ねる男にエドワードは苦笑した。
「じゃあ…明日、その…するか?」
「へ?」
「だからデートだよ!デート!あんた明日休みなんだろ?」
中尉から聞いた、と自分で言っておきながら恥ずかしかったのかエドワードは眉間に皺を寄せた。
「いいね、大賛成だ!」
がばっと抱きつきしばらく少女の温もりと感触を堪能したロイはこれ以上はと体を離した。
「私も風呂に入ってくる。なるべく早く上がるから待っていてくれ」
「…は?おう」
ロイの言葉にゆっくりしてくればいいのにと思ったエドワードは首を傾げ取り敢えず頷いた。

ソファに腰かけ淹れ直してくれた紅茶に口をつけているとロイが戻ってきた。
「はやっ!」
ロイの宣言通りリビングの時計はまだ十分ほどしか経過していない。
「早く戻ると言っただろう。さあ行こうか」
「は?行くってどこに?」
「寝室に決まってるだろう」
「寝室って、……っ!!」
妖艶な笑みを浮かべる男にようやく意味を理解したエドワードは顔を真っ赤にした。自分をさっさと風呂に入れたのもこのためだったのかと気づく。
「いや、ちょっと待て!」
「待たない」
抵抗する少女を軽々抱き上げたロイはそのまま寝室へ向かう。
「こら!降ろせ!!」
言葉のわりにはあまり力の入っていない可愛いらしい抵抗にロイはクスッと笑った。

ベッドの上にそっとエドワードを降ろすと小さな体を押し倒した。
「ちょっと!待てって!」
「待たないと言っただろう」
「…まだ、早くねえ?」
気を逸らすように枕元の時計に視線を向けたエドワードの言うとおり時刻はまだ十九時を過ぎたばかりだった。
「それがどうした?」
少女の首に顔を埋めたロイはその白い首筋に吸い付いた。
「ひゃあっ!ちょっ…と、やあっ!」
「エドワード、駄目か?」
ロイは顔を上げ、子犬のような顔でじっとエドワードを見つめる。普段余裕綽々の男のこういう顔に弱いエドワードはうっと押し黙る。それに数ヶ月ぶりの逢瀬に胸を高鳴らせ二、三日前からそわそわと落ち着かなくなる程度にはこの男のことが好きだし、抱かれるのも嫌いじゃない。むしろ好きだ。
「久しぶりなんだから、優しくしろよ」
エドワードは照れ隠しにぶっきらぼうに言い放し、体の力を抜いた。
「もちろん」
了承を得てたちまち笑顔になるロイにエドワードも微笑み返すとそのまま男に体を委ねた。



隣で静かに眠る少女にロイは穏やかな表情を浮かべた。
久しぶりに自分の腕の中で乱れる少女はそれはそれは
最高に可愛くて興奮した。最中のエドワードを思い出しロイはでれでれと端正な容貌を崩した。
それに天使のように愛らしい姿を見ることができたし初めて向こうからデートにも誘ってくれた。
今日は良いこと尽くしだなとロイは有頂天になった。
しかしだからこそホークアイからのプレゼントに目を輝かせ喜んでいたエドワードに自分も何か少女を喜ばせるようなプレゼントを渡したいと思った。
枕元の時計に目を向けると時刻は二十二時だった。
まだ間に合うな。
旅から旅で中々顔を合わせることのない少女である。この機会を逃せば次はいつになるか分からない。
それにこれは前々から考えていたことだ。
軽く身仕度を整えたロイは急いで車を回しある店に向かった。



翌朝目を覚ましたエドワードは自分の左手薬指を見た瞬間、大声を上げて腰を抜かした。
ロイはその様子を満足げに眺めていた。
一方指輪を購入した色男こと国軍大佐の姿はジュエリーショップ中の興味と関心を集め、瞬く間に話は広がりしばらく街はその話題で持ちきりとなった。