「げっ」
エドワードは前方で見つけてしまったものに反射的に顔をしかめた。
見間違えようもない。数メートル先、道の片隅にいるのは自らの後見人であり国軍大佐のロイ・マスタングである。
周りには他に軍服の者はおらず、こんな所で何をしているのかと訝しんでいればふと人波の間から見えた光景に納得すると同時に呆れ返る。
男は傍らにいるダークブロンドの女性となにやら親しげに話し込んでいる。
「こんな真っ昼間から何やってんだ、あンのクソ大佐は」
どうせお得意のサボり癖でも発揮させて司令部を抜け出して来たに違いない。しかもこんな限られた時間ですら女性を捕まえ(自ら寄ってきたのかもしれないが)楽しげに過ごそうとは。相変わらずの女たらしっぷりに呆れて溜め息すら出ない。
「あれって大佐だよね」
遅れて男の存在に気づいたアルフォンスだったが、その様子はどこか感心しているようだった。
「大佐ってばほんとモテモテだねー」
まず思うことはそれなのかと弟の反応にがくっとする。
話し込みながらも頬を染めうっとりと男を見つめる女性に色恋に疎い自分でも女性が男に惚れているのだということがすぐに分かる。
「けっ、みんなあのスケコマシに騙されてんだよ!」
その光景が何故だか面白くなくて、胸の辺りがムカムカする。
「スケコマシって兄さん……」
アルフォンスは憤慨する姉に苦笑し、再びロイと傍らの女性に視線を向ける。するとあることに気づいた。
「あの女の人って、この先の花屋の人じゃない?」
「花屋?」
「やっぱりそうだ!なんか見たことあると思ったんだよねー」
一人納得するアルフォンスにエドワードは首を捻り、そういえばこの先に一軒花屋があったことを思い出す。
「ブルネットの次は花屋かよ。……相変わらず気の多いこって」
吐き捨てるように出た言葉はどうやら弟には聞こえなかったらしい。
男は甘く蕩けるような微笑みを浮かべ何やら優しく語りかけている。それに対しダークブロンドは口元に手を当て控えめにけれど幸せそうに笑っている。
「……っ、行くぞ」
「ちょっと兄さん、どこ行くの?待ってよ!」
こんな道通ってられるかと踵を返す。遠回りになってしまうが彼らの目の前を通るよりマシだ。
幸い、男はまだ自分達の存在に気づいていない。
ズキズキと痛み出した胸に顔をしかめながら足早に歩く。
しばらくあの花屋の前はおろかこの道も通れそうにないなと溜め息を吐く。なんだかここ最近イーストシティに戻ってくる度に自分の行動範囲が狭まっている気がする。
この間は、市街地の中央広場で聡明そうなブルネットを連れた上官を見かけた。甘ったるい雰囲気を漂わせながら仲睦まじげに夜の街へ消えていく姿を思い出すだけで断続的な痛みが胸に走る。なのでそれ以降なるべくその場所には近づかないようにしている。
「ハァー…」
先ほどよりも大きな溜め息が出た。
最近の自分はどうも変だ。電話口で男の声を聞くたび胸の辺りがざわざわし落ち着かなくなる。かと思えば街でその姿を見かけると猛烈な不快感に襲われ、さっきのように急に胸に激痛が走ることもある。
理由は分からないが全てあの男が起因していることは間違いない。
「どうしたのさ、溜め息なんて吐いちゃって」
「べーつーにー。何でもねえよ」
「ふーん?まあ、兄さんがそう言うならそれでいいけど」
どこか含みのあるアルフォンスの物言いが気にならないと言えば嘘になるが今はじっくりと話を聞く気分にはなれなかった。
案の定、定期報告のため訪れた司令部にその姿はなく、一時間半後ようやく男はその姿を見せた。
「おや、これは珍しい」
執務室に入りエドワードの姿を目に止めたロイは一瞬その双眸を見開くがすぐにいつものポーカーフェイスに戻る。
「おっせーよ!」
開口一番、ソファの上でふんぞり返るエドワードはその声色に多大な苛立ちを乗せ男を詰り、鋭い眼孔で睨み付けた。
相変わらず上官を上官とも思わない少女の言動にロイは意地の悪い笑みを浮かべソファまで近寄る。
「まったく、久しぶりに訪ねてきたかと思えば……。定期報告は一月毎にする約束だっただろう。私の記憶が正しければ君から最後に報告を受けたのは三ヶ月も前だったと思うのだが?しかも連絡の一つも寄越さない。まずは私に謝罪するべきじゃないか?」
ん?違うかね?と嫌みったらしく小言を並べ、見下ろす男にエドワードは罰が悪そうにぐっと押し黙る。
「決まりはしっかり守ってくれたまえよ。それと来る時は事前に連絡したまえ。こう見えて私は忙しいんだ。君と違ってね」
やれやれと大袈裟に肩を竦め、最後の言葉だけわざとらしく強調する男にエドワードの血管はぶちっと切れ限界を迎えた。
「忙しい?忙しいねえ……俺はてっきり最近の国軍大佐殿ってのはずいぶん暇なんだなと思ってたぜ」
少女から沸々と放たれる怒りのオーラにロイは気づかない。
「失礼な。私のどこをどう見たら暇に見えるんだ」
「仕事サボってまで女と遊んでるやつが忙しい訳ねえだろ」
「なっ!!」
「事実だろ?さっきも花屋の姉ちゃんと楽しそうだったもんなー」
「……見てたのか」
「バッチリな」
いつもと違い全身で怒りを表現するのではなく冷静に静かに怒りを露にする少女にロイはポーカーフェイスを崩しだらだらと冷や汗をかく。
「わ、私にだって息抜きが必要なんだ」
「へえー息抜きに女遊びか」
尚も目を細め怒りのこもった眼差しを向けてくるエドワードになぜ自分がここまで責められ焦らなければならないんだと理不尽に感じたロイは逆に胸を張ることにした。
「そうだ!見目麗しい女性はいいぞ!眺めているだけで気分が良い。そんな女性達と語り合う瞬間は正に至福の時というやつだな。愛嬌のある女性というのも良いな。こちらは一緒にいるととても癒される」
「…っ、へーへーそうかよ。どうでもいいけどほどほどにしろよ」
開き直りヘラヘラと楽しそうに語るロイにエドワードの胸に刺すような痛みが走る。仮にも女である自分にこんなことを直接言うなんてまるでお前は論外だと、あの甘く蕩けるような笑みを向けるには価しないと言われているようで、怒りは沈み代わりに悲しみが込み上げてくる。胸の痛みを誤魔化すように唇を噛んだ。
すっかり口を閉ざし俯いてしまった少女になんとなく状況の悪化を悟ったロイは更に冷や汗をかく結果となった。
これならばいつものような暴言罵倒が飛んでくる方が幾分もマシだ。
この重苦しい空気を打破するべくいつもの嫌味な笑いを浮かべ少女を煽るように口を開く。
「君はまだまだ子供だが、あと二 、三年もすればもしかしたら君もあんな風になるかもしれないな」
子供ともしかしたらという言葉をわざとらしく強調しさあ、来いと少女の反撃を待つ。
しかし、待っていたのは暴言罵倒などではなく──
バァン!!
突如としてエドワードの手によって思いきりローテーブルに叩きつけられた報告書の束は、みるも無惨にバラバラとなり少女の足下を汚した。
エドワードは無言のまま立ち上がるとトランクをひっ掴み執務室の扉へ向かう。
呆然としていたロイはその様子に我に返り慌てて部屋から去ろうとするエドワードを追いかけ、生身の左手をぐいっと引っ張った。
バッとこちらを振り向いた少女の顔を見て言葉を失った。
「……鋼、の」
大きな黄金の瞳には透明な雫が滲み、ゆらゆらと今にも溢れ落ちてしまいそうである。小さな唇はわなわなと震えている。
困惑し、言葉を紡げずにいるロイをエドワードはキッとにらみつけると掴まれている腕を振り払った。
少女はハッと自嘲する。
「誰と比べてんのか知らねえけど、生憎二、三年経ったところで俺は俺のままだと思うぜ。期待に添えなくて悪かったな。それと、定期報告の件は悪かった。これからは決まりに従ってきちんと報告する。……郵送でな!」
そう言い放つと今度こそロイを振り返ることなく部屋をあとにした。バンっと力の限り閉められた扉の内側で、エドワードが去っていった扉を見つめたまま、男はただ呆然と立ち尽くした。
いつものように揶揄すれば、いつもの売り言葉に買い言葉の応酬に繋がるはずだった。それなのにこの状況はなんだ。
先ほどの少女の顔を思い出す。
あんな顔初めて見た。唇を震わせ、いまにも溢れんばかりの涙を溜めた黄金は傷ついたように揺れていた。
そう、あれは怒らせたというより完全に傷つけた。
そして傷つけたのはもちろん悪いが、そのこと一つでこんなにも動揺している自分にも困惑している。
ドカッとソファに腰を落とすと大きな溜め息を吐いた。
「何をやっているんだ、私は」
少女の傷ついた顔が頭から離れず、自己嫌悪に陥っていると執務室の扉がノックされた。一瞬エドワードが戻ってきたのかと微かな期待が胸に沸き上がるが彼女ならノックなどせずそのまま入ってくるなと肩を落とした。
「入れ」
「失礼します」
いつもより覇気の無い声と項垂れている男に何があったか大方予想のついた冷徹な副官は入室するなり早々、その美貌を微かに歪めた。
「今度は何を言ったんですか」
淡々と言葉を発しながらデスクの上に書類を積み上げるホークアイをロイはうろうろと言葉を探しながら見上げる。
そんな男の様子に大きな溜め息を吐く。
「また性懲りも無くからかって……」
廊下ですれ違った少女の様子を思いだしホークアイは厳しい顔つきになる。
「エドワード君、今にも泣きそうな顔をしていましたよ」
その言葉にロイはピクッと肩を揺らした。
「その様子だと今度は本気で傷つけたようですね」
ホークアイの容赦の無い責めに耐えきれずガクッと肩を落とした。
ホークアイはほくそ笑むと更なる追い討ちをかけるべく言葉を続ける。
「そういえばこの間、街でエドワード君を見かけました。声をかけようと思ったのですが……少年と一緒に楽しそうに歩いていたので邪魔をしては悪いかと思ってやめました。やっぱり、ボーイフレンドだったのかしら」
「な?!鋼のにボ、ボーイフレンドだと?!」
「あら、何をそんなに動揺してらっしゃるのですか?貴方はあの娘のことを子供だなんだと言いますが、エドワード君も、もう十五歳。ボーイフレンドくらいいてもおかしくないでしょう?」
分かりやすく動揺する男にホークアイは思わず吹き出しそうになる。確かに街で少年と歩くエドワードを見かけたのは事実だが二人きりではなくその場にはアルフォンスともう一人小さな男の子もいた。あえて言わないが。
いや、しかしと焦ったように言葉を紡ごうとするロイを遮る。
「金髪銀目の中々にハンサムな少年でしたよ。それにエドワード君に対しても優しいようでしたし。将来が楽しみね」
「しかしな、君が言うのだからさぞかしイイ男なんだろうが、それだと尚更鋼ののボーイフレンドというのはあり得ないんじゃないか?ただの友達じゃないのか?」
尚も言い募るロイにまだ言うかと若干苛立ち始めたホークアイはとどめを刺す。
「随分と親しそうでしたけど。それにエドワード君も彼に対して無邪気に笑ってましたよ。花が綻ぶような笑顔を向けて、とても可愛らしかったわ。あんな顔を向けられたらきっとイチコロね……二人ともとてもお似合いだわ」
ロイの顔つきがどんどん剣呑なものに変化していく。
鋼のの花が綻ぶような笑顔だと?そんなもの…そんなもの可愛いに決まってるじゃないか!
ついぞそんな表情拝見したことなどないが断言できる。あの少女がいかに魅力的で可愛いかなどそんなもの言われなくても自分が一番分かっているのだ。
ああそうだ、認めよう。私はあの娘が好きだ。どうしようもないほどに。からかって怒らせてまで自分を見てほしいと思うくらいには。
だというのに。
急に現れた男の存在にこれまで抑えていた少女への恋慕と執着が急速に強まる。
そんな男の様子に少々煽りすぎたかと思うが、ようやく認める気になったようなので良しとする。逆にこれでどうにもならないようならあとは己の愛銃に頼るしかない。そんなことにならずに良かったとホークアイは胸を撫で下ろした。
「エドワード君、今日は一日図書館で過ごすと言っていました」
その言葉にロイは思わずホークアイに視線を向けると視線の先の人物は積み上げられた書類に手を置くと言った。
「今日はこれさえ片づけて下されば帰っていただいて構いません。一日サボらず貴方が"本気"で取り組めばこの程度すぐに片付くでしょう」
己の能力を褒められているというよりむしろ日頃の怠惰を咎められているような気分になる。
「それとそんな怖い顔で会いにいくおつもりですか。傷つけたのだからまずは謝るのが先ですからね」
副官のまるで子供に言い聞かせるような物言いには少々思うところがあるが、もっともであるためぐうの音も出ず頷くしかない。これではどちらが上官であるか分からないなと苦笑する。
ふと顔をあげると周りには誰もおらず窓の外はすっかり夕焼けが広がっていた。時計を見るともうそろそろ閉館の時間であることを示していた。そういえば少し前にアルフォンスに声をかけられた気がしないでもない。本を前にすると一気に周囲のことが見えなくなる姉の性質を知っているから、相変わらず聞こえているんだかいないんだか分からない空返事のエドワードにアルフォンスはそれ以上執拗に声をかけることはしなかった。今回に限りアルフォンスのその見解は外れているが。目の前の本はページこそ捲られてはいるがその内容は全くエドワードの頭の中には入っていなかった。脳裏を占めるのは一人の男と先ほど気づいたばかりの感情だった。
仲睦まじく楽しそうに話し込む様子が面白くなく、胸がムカムカとするのは紛れもない嫉妬だ。そして女性に見せたあの甘く蕩けるような微笑み。それは決して自分には向けられることのないもの。あんなに胸が苦しく裂くような痛みを訴えたのは自分にもあんな風に笑いかけてほしかったからだ。それは一重に一つの感情に起因する。自分はあの男のことが好きだったのだ。
しかし気づいた瞬間に失恋とは。
エドワードはハッと自嘲する。
誰かに思いを馳せ比べるようなことを言った男を思い出す。やはりあの男にとって自分は生意気な子供でしかなく、連れ歩く美女達と同じ土台にすら立てていない。同郷の幼馴染みが昔、初恋は叶わないと言っていたがどうやら本当らしい。
ハァーと大きな溜め息を吐き本を返却に向かう。
忘れよう、忘れなければならない。
こんな感情。
入口に向かうと鎧の弟の姿はなく、代わりに軍服姿の男が立っていた。
それは今しがた自分の脳裏を占め、最も会いたくないと思っていた人物で、エドワードは目を見開いた。しかしそれも束の間、男から視線を逸らすとその存在を無視するように歩きだした。
「鋼の」
素通りしてもついてくる男に舌を打つ。
「鋼の!」
再び呼び掛けられ、腕を掴まれれば黙っているわけにはいかず渋々口を開く。
「何?報告書に問題点でもあった?だったら明日修正しに行くから。態々悪かったな。」
顔を背けたまま矢継ぎ早に言葉を放つエドワードの分かりやすい拒絶にめげることなくロイは掴んでいる腕に力を込めた。
「違う。君の報告書に修正すべきところなんてなかったよ。そうじゃなくて私は君に謝りに来た。それと君と話をしたいんだ」
いつにもまして真剣な声色にエドワードの心臓はドキリと音を立てるも謝るという言葉に笑いが込み上げてくる。
「……っ、謝る?何を?…それと、あんたと話すことなんてない」
ロイは頑なな少女の腕を引っ張り、背けた顔に手を当てその顔を覗き込むと苦い顔をした。
「…目が赤い」
目尻を優しく這う男の指の感触にエドワードの頬には赤が差し、思わずその指を叩き落とした。
「何すんだ!」
ロイは指を叩き落とされたことは気にせず今度は両手でエドワードの肩を掴んだ。
「君を傷つけた。あんなことを言ってすまなかった」
いつものスカしたツラはどこへやら真面目な顔で自分を見つめる真摯な瞳に、エドワードの鼓動は急速に速まるのと同時にあんなことで怒った自分がなんだか急に恥ずかしく思えた。
「あー、別にもう気にしてねえよ。俺もあんなことで怒って悪かったな」
「そうか」
ホッと安堵したように穏やかな笑みを浮かべる男にこうして態々自分の元へ足を運ぶ程度には気にしていたのかと少し胸がスッとした。
「ところで鋼の」
さっきまでの殊勝かつ真摯な態度はどこへやら、ニコニコとどこか空恐ろしい笑みを浮かべ出した男にエドワードは嫌な予感がした。
「な、なんだよ」
「君にボーイフレンドがいるというのは本当か?」
「はあ?急に何言ってんだ?」
男の脈絡がなく、かつあり得ない言葉に思わずエドワードの口からは素っ頓狂な声が上がった。
「いるのか?いないのか?」
肩を掴む男の指には力が入り、やけに真面目くさった顔と力強い眼差しで少女を問い詰める。
「そんなもんいねーよ!つーか、痛てーから離せ!」
顔を歪めるエドワードに指の力を抜き、肩はまだ掴んだままロイはぶつぶつと呟きだした。
「しかし、中尉が街で君と、その…ボーイフレンドが歩いているところを見たと」
「中尉が?見間違いじゃねえの?」
「見間違いなものか!」
ホークアイはかもしれないと言っただけでボーイフレンドと断言したわけではない。しかしロイの頭の中ですっかりボーイフレンドということになっており。エドワードと金髪銀目の少年の仲睦まじい光景を勝手に想像し目をつり上げる。
「…なあ?それってどんな男?」
「金髪銀目の、その…中々にハンサムな男だと」
金髪銀目?
ハンサムかどうかは分からないがそのワードで一人の人物に思い当たったエドワードは声を上げて笑った。
ロイは急に笑いだした少女に困惑する。
「…鋼の?」
「あんた、勘違いしてる」
「……は?」
「ボーイフレンドなんかじゃねえよ。そいつはラッセルって言ってただの友達だよ。ほら前に言ったろゼノタイムで知り合った俺達を騙ってたやつ」
「それは…君の報告書にもあった、あのラッセル・トリンガムのことか?」
「そう、そいつ!それにその場にアルとラッセルの弟のフレッチャーもいたはずなんだけど」
その言葉にロイは一気に脱力した。
中尉は一緒に歩いていたと言っただけで二人きりとは一言も言っていなかった。やられた。
優秀な副官のしたり顔が目に浮かぶ。
しかし、とロイの顔は再び険しいものになる。
だからといって二人の間にあるのがなにも友情だけとは限らない。
「君は友達に対してあんな風に笑うのか?」
「?あんな風って何だよ?」
ロイが何を言いたいのか分からず困惑気味に訊ねる。
「中尉が花が綻ぶようなそれそれは可愛らしい顔で男に笑いかけていたと言っていたが」
「はあ?!花?!、かわ、可愛いって何言ってんだ!」
顔を真っ赤に染め狼狽え出したエドワードにロイの顔は益々険しさが増す。
「君は!まさかそんな反応も見せたわけじゃないだろうな!」
「さっきから何なんだよ!意味わかんねえよ!」
エドワードはロイが何を言っているか、何故こんなに怒っているか分からず益々困惑する。
「私にはそんな風に笑いかけたりしないのに、彼ばかりずるいじゃないか!」
「………は」
唐突な言葉に目が点になる。
さっきからこの男は何を言っているのだ?
怒っているというよりむしろ拗ねていると言った方が正しい男をまじまじと見つめる。
「私だって君が無邪気に笑う姿を見たいさ!勿論とびきり可愛いなんてことは百も承知だ。そんなことは見なくても分かるがそれとこれは別だ。なのに君は私に笑いかけてくれない!挙げ句の果てには他の男には簡単に笑顔を振り撒いているそうじゃないか!何故だ!」
男の迫力に呆気にとられポカンとしていたが、徐々に言葉の意味を理解したエドワードはボンっと顔を真っ赤にした。混乱し制御不能となった脳内は男の言葉に触発され、これまで抱えていた苦しみと痛みを吐き出そうと、天の邪鬼な口からはとうとう本音がもれた。
「あんただって俺には…俺にはあんな風に笑ったりしないくせに!俺のことからかってばっかでしまいには比べやがって!あんたが女といるのを見るたびに俺がどんな気持ちでいたか分かるか!」
これまでに感じた胸の痛みと光景を思いだし、感極まった身体は震え瞳には涙が滲む。
滲む視界の先、今度はロイがポカンと口を開けている。
「なんだよその顔は!何とか言ったらどうだ!」
「鋼の、その…私の勘違いじゃなければいいのだが、もしかして君は私が好きなのか?」
核心をつく言葉にドキンと心臓が大きく脈打つ。
しかしもうこの際自棄だとこれまで内に秘めた思いをぶちまける。
「そうだよ!好きで悪いかバカ野郎!」
次の瞬間、エドワードは力強い腕に包まれた。
苦しいくらいの抱擁に何が起きた理解出来ず思考が停止する。
「……悪くない、悪いわけないだろう。私も君が好きだ」
耳元で聞こえた男の声に心臓までもが止まるかと思った。幻聴ではないだろうか。
「…嘘だ」
思わず溢れた小さな否定の言葉を聞き咎めたロイは即座に反応を示した。
「嘘じゃない」
「だって!」
「君が信じられないのも無理はないな」
これまでの彼女に対する己の行動を顧みてロイは苦笑した。
「君が私を見てくれるのが嬉しくてね。いつもついついからかってしまうんだ。誰かと比べるなんてとんでもない。ずっと…ずっと君だけが欲しかったんだ。他でもない君が」
男の節くれだった指がそっと少女の頬を包む。
「好きだよ、鋼の」
これまで男が数多の女性に向けてきたものよりもずっとずっと、優しく甘く蕩けるような微笑みがエドワードに注がれる。
これだ。ずっとこんな風に笑いかけてほしかった。
待ち望んだそれは遠くで見たものよりもずっと衝撃的で、心臓がきゅうっと痛んだ。しかしそれは決して悲しみを訴える痛みではない。
身体中を歓喜が駆け巡り自然と少女の顔も綻んでゆく。
「……うん、俺も」
黄金に涙を滲ませふんわりと微笑むエドワードに見惚れた男はそのまま彼女の唇を塞いだ。