この状況がだんだんと恥ずかしくなってきたエドワードは男から腕を離した。
「大佐、もういいだろう?次!次行こうぜ!」
羞恥を誤魔化すためにわざとらしく声を上げる少女にロイは不満げな顔をし、ぐりぐりと胸元に顔を押し付け、回した腕に力を込めた。
機械鎧特有の金属の匂いとそれに混じった少女の体臭はどこか甘くロイはずっと嗅いでいたいと思った。
「こら!やめろって!」
エドワードはロイの肩に手を当て離そうと試みるが少女の力では成人男性のそれも軍人の力には到底敵わずびくともしない。

ロイは上を向くと少女の白く細い首筋が目に入った。
思わずゴクリと生唾をのみ込むと胸元をたどり首筋に顔を埋めた。
先ほどよりも強くなった少女の甘い匂いが鼻孔に広がるとたまらず鼻を押し付けた。
首筋に触れた男の鼻と掠める黒髪に擽ったさを感じたエドワードは身を捩り首を逆方向に反らす。
するとその行動が気に入らないとばかりに逃げた首筋を追うように噛みついた。
「ひゃあ!」
意図せぬロイの行動にびくりと肩を震わせ高い声を上げたエドワードにほくそ笑むとそのまま白い柔肌を吸い紅を散らせその上をツーっと舐めあげた。
「ひっ…や、あ…やめ」
少女の体からは力が抜け男にもたれ掛かるような体勢になった。
気を良くしたロイは何度も何度も首筋を愛撫する。
エドワードは止めさせようとロイの肩に手を置くがその小さな手には先ほどよりも力が入っておらずただ男の軍服を引っ掻いただけだった。

「…っ、大佐!やめて、……や…だ!」
普段の男口調で荒々しい物言いをするエドワードからは考えられないほどの甘く弱々しい反応にロイはもっともっと可愛がって少女の愛くるしい姿を堪能したいと思うのと同時に己の中の嗜虐心が刺激される。
「や、はな…して……ひ、んっ!」
──ゾワッ
ロイの愛撫によりエドワードは悪寒とも違うぞわぞわとしたものが身体中をかけめぐるのを感じ体を震わせた。
男の不埒な手つきが少女の体をまさぐり始めた瞬間。
「……っ!こ、の………調子にのるなー!!」
とうとう限界をむかえたエドワードの機械鎧でできた右手がロイの脳天に直撃した。
「ぐっ!!」
容赦のない一撃によろけロイの目の前では星が飛んだ。
「いきなり何をするんだ!」
「それはこっちのセリフだ!この変態!無能!」
顔を真っ赤に染め目に涙を溜め暴言の数々を吐き捨てたエドワードは逃げるように走り出し数メートル先でロイを振り返る。
「中尉に言いつけてやる!」
「っ!こら、待ちなさい鋼の!」
あの冷徹な副官にいたいけな少女に手を出したとバレたらどうなるだろう。容赦なく降りかかる弾丸の雨によって蜂の巣になった自分の姿を想像し一気に顔が青ざめたロイは慌てて少女を追いかけた。


男から逃げるように走るエドワードの脳内は混乱と羞恥が交錯しパンク寸前の状態だった。
なんださっきの!
間近で感じた男の匂いと首筋をたどる唇の感触と吐息の熱さを思いだし身震いする。
哀愁を漂わせ悲しげに笑う男に胸をしめつけられほんの少しでも慰めになればいいと自分の胸に抱き寄せた。生前母が悲しいことや辛いことがあった時に己にしてくれたように。
ロイに直接想いを告げることはできないけれどこんな細やかな事なら自分にも許される気がした。
現にロイも最初は驚いていたがそれからしばらく安心したように静かに顔を埋めていたしその時は普通だった。
問題はその後だ。
離れようとするエドワードを許さないとばかりに抱き締めすり寄り、挙げ句の果てには首筋に吸い付いたのだ。

あいつ、人の首をべローって!
「……っ!」
ボンっと顔を真っ赤に染め思わず首に手を当てるとそこは男の愛撫を受けたせいで未だ湿っていた。
「ひゃあ!」
その衝撃に少女は思わず悲鳴を上げた。
男が何を考えてこんなことをしたのかは全く検討もつかなかったが悶々とした気持ちを発散させるように司令部までただ走った。



エドワードを追いかけたロイは司令部の入口でようやく合流を果たした。
ぶすくれた顔をして腕を組みロイを待っていた少女にロイは驚きを隠せなかった。
てっきり怒って先に行ってしまったと思っていた彼女がまさか待っていてくれているとは思わなかった。
「鋼の、待っていてくれたのかい?」
「なんだよ!悪いか!」
「いいや、嬉しいよ」
「…っ」
穏やかに微笑みかけるロイにまた頬に熱が集まるのを感じたエドワードだったがパンク寸前だった脳内もようやく落ち着いてきたので先ほどの行為について問い詰めた。
「あんなことしてからかってんのか?」
目を吊り上げ下から睨み付けてくる少女の眼光を一見しても男の穏やかな笑みは崩れない。
「からかってなどいないさ」
「じゃあなんなんだよ!」
エドワードは顔を押し付け離れなかった男を思いだした。もしや離れようとした自分に怒ってあんな悪戯をしたのか。己に抱き締められそんなに心地好かったのだろうかと首を傾げた。
かつて自分も母に同じように慰められ酷く安心したのを覚えているエドワードはきっとロイも似たようなものなのだろうと想像する。
「あー…確かに人の体温って落ち着くもんな。けど、だからってあんなことすんな!たまになら俺の胸貸してやってもいいからさ」
うんうんと一人頷いたエドワードは気付かない。
ただ温もりを求めていただけならば絶対にあんな行為には発展しない。エドワードと母がそうだったようにただの友人同士だって起こりえない。頭がいいのにどこか抜けている少女は目の前の男の珍しく気弱だった様子を思い出しまたそれが元来の姉気質の彼女の心に火をつけどーんと己の胸を叩いてみせた。
「あ、ああ。ありがとう」
己の好意に気付かず何か勘違いしている少女に喜べばいいのか泣けばいいのか分からないロイは微妙な表情でとりあえず礼を述べた。
しかしと思う。
自分の行為に対するエドワードの反応には嫌悪も侮蔑も含まれていなかったように思う。本気で嫌がり怒ったなら任務でもないロイの頼み事などほっぽって今頃宿に帰っているだろう。
それに顔を真っ赤に染め弱々しい抵抗をしていた少女は怒っているというより照れていた。
「…期待してもいいのだろうか」
「なんか言ったか?」
「いやなんでもないよ」
こちらを見上げる無垢な少女に自然と男の口元が緩んだ。





夜の司令部内は昼間の慌ただしく人が行き交う様子とは打って変わってひっそりと静まり返っている。司令部の外から見ていて分かったことだが夜勤で詰めている者がいる部屋だけ照明がついている。繁忙期でもなければ大きな事件も起きていない今日はいつもに比べ比較的夜勤のものが少なかった。日付の変わる三十分分前ということもあり残業をしていた者はとっくに帰宅済みでもある。
「次は書庫だったよな」
「ああ」
中央棟一階の渡り廊下から右棟に入ると明かりのついていた中央棟の廊下とは違い照明は消え窓から射し込む月明かりが廊下を照らすだけで前方は真っ暗だった。
「なんでこっちは真っ暗なんだよ」
「中央棟とは違って右棟で働くものはあまりいないんだよ。医務室があるが担当の者もこんな時間までいることはないしな。こんなに真っ暗で静かだとさすがに怖いか?」
「別に怖くねえよ!」
エドワードはふっと笑い言われた言葉に思わず否定する。
怖くはない、怖くはないのだが……
ちょっとだけ無気味だと思ったのはこの男には内緒だ。

廊下を二人分の懐中電灯が照らし歩を進め突き当たりの部屋にたどり着く。
「この部屋だ」
「ずいぶん奥にあるんだな。改築して今の場所になって助かったかも」
「一階とはいえ右棟の端だからな」
数ヶ月に一度来訪する少女がこの広い司令部内をさまよう姿を想像しロイは苦笑する。
「それにあんたの執務室と同じ中央棟だしな」
どういうことだと首を傾げたロイにエドワードは続けた。
「近い方がいいだろう?俺がここに用がある場所なんてそんくらいだし」
あと司令室もなとなんでもないことのように言った少女に目を見張った。
エドワードには上官であるロイに報告の義務があるため執務室に寄るのは当然で他意などないのだがそれでも自分を基準に考えているような物言いにロイはどうしようもなく頬が緩むのを感じた。
この暗がりで少女には己の表情が見えないと分かっていても思わずにやける口元を手で覆った。
突然口を閉ざした男に首を傾げた少女だったが幸い追求することはなかった。




「さて鋼の、入る前に一つ。私が言ったことは覚えているかい?」
「大佐が言ったことって…」
ロイの話などすっかり忘れてしまっているエドワードに苦笑を浮かべ再度警告する。
「安易に自分の身を危険に晒さないこと」
「それって司令室で言ってたやつ?」
「そうだ。絶対に囮になるだのそういった無茶はやめてくれ」
ロイの言葉に唸り声を上げ何やら考え込み始めたエドワードに男の顔つきは険しいものになっていく。
「なんだ、ここに来て私の言うことが聞けないのか?司令室でも言ったが」
「だーー!!別にあんたの言うことが聞けないとかじゃねえけどさ。なんも起こんなかったらどうすんの?」
「その時はその時だ。別の噂の真相を探ればいい」
「……それじゃただの無駄足じゃん」
「何か言ったか?」
ボソッとした呟きをしっかり聞き取ったロイの威圧的な声色にエドワードは渋々了承した。
「分かった。無茶なことはしねーよ」
「それでいい」
ロイはエドワードの返事に満足げな笑みを浮かべると金色の頭をぽんと撫でた。
「……っ」
ほんと大佐はなんていうか過保護だ。
ここまで子供扱いしなくたっていいのに。

もやもやした気持ちと自分を心配してくれていることに対する嬉しさとが入り交じった複雑な心境のエドワードは気づかない。

ロイが本当にエドワードをただの子供だと思っているのならばあんなことはしない。
しかも被後見人相手に。
あの行為こそ子供のエドワードをしっかりと恋愛対象
として見ている証なのだが、そこら辺の大人じゃ遠く及ばないほどの頭脳を持っていても恋愛に関しての知識も経験もほぼゼロのせいで少女がその答えにたどり着くことはなかった。





少し軋んだ音を鳴らしながら書庫の扉を開けたエドワードはとりあえず室内に明かりをつけようとした。
「大佐ー電気のスイッチってどこだ?」
「ああ、それなら君の斜め後ろだが」
「これか!………あれ、つかねえぞ」
パチンパチンとスイッチの音が虚しく響くだけで一向に反応のないそれにロイが溜め息を吐いた。
「やはり駄目か」
「やはりってなんだよ」
「この部屋の電気はここしばらく点いた試しがないんだよ」
「しばらくってどんくらい?」
「そうだな、もう五年は経つんじゃないか」
「五年!?いくら使ってない部屋って言ったって放置しすぎなんじゃねえの?蛍光灯くらい付け替えろよ」
呆れた様子のエドワードにロイは肩を竦めた。
「月一で来る業者はこの部屋も一応点検に入るんだがどうも原因不明らしい。蛍光灯を変えてもスイッチの方を付け替えてもまったく反応しないんだ。配線に問題があるわけでもない」
「じゃあそれって…」
「噂の方でも電気はつかなかったと聞いているしもしかすると……もしかするかもな」
「…………っ」
エドワードはロイの言葉に思わず押し黙った。
これまで錬金術師であるエドワードは心霊現象というものをまったく信じておらず意気揚々と(ロイに煽られたというのもある)今回の件に参加したわけだが計らずも一つ目の噂であっさりとその存在を認めざるおえない状況に遭遇してしまったのである。
その後のロイのとんでもない行動ですっかりふっとんでしまったがエドワードはしっかりとその目で死者を目撃した。
今までどんな壁や問題も膨大な知識と己の導きだす理論、錬金術によって乗り越え解決してきたエドワードはここにきて初めて言葉や理屈で説明のつかない得体の知れない存在に恐怖を感じた。
先ほどのロイの先輩だという霊は被害をもたらすような悪意のある霊ではなかったからまだいいがこの部屋で起こったという不可思議な現象はどうだろう。
ファルマンから聞いた二つ目の噂には幽霊は出てこない。起こった事も心霊現象というよりかは超常現象に近いだろう。しかし噂が本当なら多数の被害者が出ているこちらの方が危険で余程たちが悪い。しかもエドワードは自分でも囮になると豪語したほど、この悪意ある現象を引き起こすための格好の餌だ。
そこまで考えエドワードはぞっと小さな肩を震わせた。
なぜ先程まで囮になるなどと簡単に言えたのか自分でもよく分からなくなった。

「どうした急に黙って。怖くなったか?」
「……っ別に、怖くなんかねえよ!」
ロイのからかいを含む声色にムッとし反射的に否定したエドワードは真っ暗の室内を懐中電灯を頼りにどしどしと進み始める。
「わあっ!!」
「物で溢れ返っているから気を付けて進みなさい」
「おせーんだよ!先に言え!」
物に躓き悲鳴を上げたエドワードだったが幸い転びはしなかった。
懐中電灯で周囲を照らしつつ今度は注意深く部屋中を進む。ふと左の窓際に視線を向けるとエドワードの心臓がドクンと大きく脈打った。

ウェーブがかった美しい金髪に陶器のような白い肌そして闇夜に光る赤い瞳のビスクドールが月明かりに照らされこちらを見るように存在していた。
「大佐、あれが噂のビスクドールか?」
「ああ、そうだ」
窓際まで歩み寄り間近でしげしげとビスクドールを観察する。
「これ本当に作り物なんだよな」
人工の物とは思えない美しい髪に透けるような白肌、紅いルージュをひかれた唇。そしてキラキラと輝く赤い瞳はスピネルの宝石を思わせた。近くで見れば見るほど麗しく生きているようなビスクドールにエドワードは感嘆とするも着せられたドレスに違和感を感じ首を傾げた。
深紅を通り越し少し茶の混じったドレスはこの麗しいビスクドールには似合わない気がした。どちらかというと白や淡い水色の方がしっくりくるような気がするのだ。自分より背の高い等身大のビスクドールを見つめたまま動かないエドワードの背後でロイの声が上がった。
「何度見ても見事だな。ぜひ生身の人間の姿でお会いしたいものだ」
喜色にまみれた声で人形相手にすら軽口をたたくロイにエドワードは眉根を寄せた。
「……っ、あんたってほんと美人だったらなんでもいいのな」
ズキリと痛む胸をしかめっ面を作り、声色に呆れを滲ませ誤魔化す。さすがにロイの目を見ることはできずエドワードの視線は正面のビスクドールに向いたままだ。
「確かに美しいものは目の保養になるし好きだよ。だがそれだけだ。別段手に入れたいとは思わないな」
それに、とロイは続ける。
「誰でも良いという訳ではないさ」
男の指がそっと少女の一つに纏められたおさげを掬うように持ち上げると突然の接触にびくりとエドワードが振り返る。
ビスクドールと共に月明かりに照らされたエドワードの金糸のような髪は過酷な旅暮らしで手入れもままならないことが多いがその割には存外さらさらで美しさを保っている。白く子供特有のふっくらとした頬は見た目通り柔く吸い付くような手触りなのを知っている。黄金の瞳は眩くその奥には強い意志が垣間見える。最近ではその瞳もロイのスキンシップを黙って受け入れている時等は意志の強さは鳴りを潜め、変わりに羞恥で潤んだ瞳は、はちみつのようにとろりとした甘さと透明感があり困惑気味に見上げてくる姿は度々男をたまらない気持ちにさせた。
そして何よりくるくると変わる表情が愛らしくロイの心を掴んで離さない。
「君を見ている方がよっぽど楽しいね」
もう男の瞳には麗しいビスクドールではなくエドワードしか映っていなかった。
───それに、心から欲しいと思うのも
心の中で呟いたロイは慈しむような表情でエドワードを見つめた。

「……っ」
どこでスイッチが入ったのか分からないが今日のロイはいつにもまして変だ。
変というか恥ずかしい。
ただその表情や声色が妙に真剣でからかわれているわけではないと分かるから余計にたちが悪い。

深い深い夜のような瞳に見つめられ飲み込まれそうになる。薄暗く静まり返った空間に二人きり、男のもたらす甘やかな空気が拍車となりいつも以上に混乱し焦ったエドワードは言葉に詰まりながらも反射のように声を上げた。
「あ、うっ……俺奥の方調べてくる!」
ロイの返事を待たずにガラクタの山にぶつからないようにぴゅーっと奥まで駆けていった。

ロイは節くれだった手に視線を落とすとするりと抜けていった金糸の感触を確かめるようにぎゅっと掌を握った。
先ほどの少女の反応に男の胸中では歓喜が渦巻いていた。ロイを詰るエドワードは呆れていたというより不貞腐れていたようだった。表情は見えなかったがきっといつものようなしかめ面を浮かべていたに違いない。それに一瞬だったがロイに見つめられ捕らわれたように動かなかったエドワードの躰はその黄金の瞳だけが微かに甘く揺れていた。
素直じゃない所のある少女は言葉よりも態度や躰に本心が出やすい。出やすいと言っても微々たるもので彼女と一緒に行動しているアルフォンスはすぐに見抜くのだが傍目には分からない。
しかし相手の態度や仕草から何かを察知しなければならないのは軍人として務まらない。ロイは殊更それに長けていた。またそれを抜きにしてもエドワードのことをずっと見守ってきたのだ。些細な少女の反応を見逃すわけがない。
甘く揺れる瞳が少女の隠す二文字の感情を雄弁に語り
、これまでのエドワードの反応と照らし合わせ確信するとロイの口の端が吊り上がる。

ああ、これではもう逃がしてやれないじゃないか。
今までは自分と少女の関係や立場を思い遠慮していた。一番は十四もある年の差に少女が自分を恋愛対象として意識する可能性の低さに尻込みしていたがその心配や必要も全く無くなったわけだ。
ロイはどんどん凶悪な顔つきになっていくのを自覚し片手で顔を覆った。指先から覗く切れ長の瞳は極上の獲物を狙う捕食者のように獰猛だ。
待っていろ、もう何を言われたって逃がしてやるものか。心の中で愛しい少女に告げる。
そのためにもとりあえず今はこちらが先だな。
本当は今すぐにでも少女を捕まえたいがそれは目の前の問題を解決してからだ。
ロイはいつもの飄々とした上官の顔に戻るとやる気を入れるために呟いた。
「さっさと片付けるか」
奥を調べに行った少女にロイはまず本棚より手前のこの空間を調べることにした。


一方エドワードはその勢いのまま一番奥の本棚の前に来ていた。高鳴る心臓を落ち着かせようと胸に手を当てそっと本棚に寄りかかる。
ロイの瞳から逃れゆっくりと落ち着きを取り戻したエドワードは溜め息を吐いた。いつもなら多少の接触も黙って耐えられるのだが今日はとても無理だった。それもこれもいつもより変な男のせいだ。いつもより深く暗く微かに熱のこもった瞳を向けられゾクッとした。どうしていいか分からず思わず逃げ出してしまった自分を変に思っただろうか。
俺の気持ちバレてないよな?
ロイは飄々としているがあれでいて鋭く、よく周りを見ている。あの瞳に見つめられると己の気持ちも一緒に見透かされそうでいつも二重の意味でドキドキするのだ。しかも事色恋に関してはあの男の最も得意とする所だろうと勝手に思っているエドワードは一人ひやひやとしながらもその男から向けられる好意にはやっぱり気づかないのであった。

気を取り直し探索を開始しようとしたエドワードは思わず奥の本棚まで逃げてきてしまった自分に気づき苦笑する。まあ奥から手前へと調べていけばいいかと考えライトで辺りを照らす。
調べるって言ってもなー
照らされた本棚は所々すかすかで触れると埃が被っていた。七不思議の事も忘れ思わずどんな本が置いてあるのか見るもエドワードが興味を惹かれるようなものは無くがっくりと肩を落とす。諦めて噂の本を探すことにした。


確か赤い表紙だよな?
ファルマンから聞いた噂を思い出す。
こう暗くちゃ光を当てても近くで見ないと分かんねえな。しかも本のタイトルは背や表紙には書かれておらず開かなければ分からないという。
面倒だなとエドワードは溜め息を吐きゆっくりと確認しながら進む。
奥の本棚は一通り確認するも目当てのものは見つからず一つ手前の本棚に足を向けた時パタンと音がした。
「……っ!」
思わず物音のした方へ振り返る。音は今自分が調べ終わった本棚から聞こえた。
急いで戻ると中間辺りで足先に何かが当たった感触があり視線を落とすとエドワードの心臓はざわりと音をたてた。
「……本、なんで」
先ほど通った時は本なんて落ちていなかった。
訝しみながらも本を拾おうと手を伸ばしたエドワードは、はっと何かに気がついた。
この状況って噂と同じじゃないか?
本を手に取るとそれはやはり赤い表紙の古ぼけた本だった。背にも表表紙にもタイトルは書かれていない。
恐る恐る本を開くと目に飛び込んできたタイトルにエドワードの顔は強張った。
「……Bloody Doll」
震える声でタイトルをなぞる。思わず固唾を呑みページを捲ると文字一つ書かれていない白紙だった。パラパラと捲っていき何も書かれていないことを確認し最後のページの前でエドワードは深呼吸する。ここまで噂通りなのだから最後のページもきっと同じだ。けれどさっきから言い知れぬ胸騒ぎがするのだ。
よし!と自分を奮い立たせると最後のページを捲る。
黒ずんだ赤一色に染まったページの真ん中には
『綺麗な黄金ね。私にちょうだい』
「……………っ!!」
バサリとエドワードの手から本が落ちる。
な、に
ドッドッと心臓は早鐘を打ち背中には冷たい汗が滲む。
噂とは違う言葉が書かれていたことは予想外だがそんなことは大した問題ではない。それよりも書かれていた内容だ。"黄金"などとまるで少女を指すような言葉と後に続く内容は決して穏やかなものではない。
意志を持った本に話しかけられているような錯覚とその文から滲み出す悪意にエドワードは恐怖を感じた。
取り敢えずロイにも見せなくてはと床に落としてしまった本を取ろうと屈み震える指が本に触れた時、ふと背後に気配を感じた。
ロイかと思ったが瞬時に広がる重苦しい空気と禍々しいオーラにすぐにその可能性を否定する。
ぶわっと額に汗が浮かび上がり本を握った左手には力が入る。
意を決して振り返る────
そこにはあの麗しい等身大のビスクドールがひとりでに立っていた。
「……っ!!」
エドワードは目を見開き、心臓は凍りつく。
「………っ、……」
何か言葉を発しようするも唇はわなわなと震えるばかりでまったく機能してくれない。
陶器の足がゆっくりとエドワードへ歩を進める。
「………あ、…」
ようやく出た声は言葉にならず近づいてくるビスクドールに思わず一歩後ずさる。
次の瞬間、一気に距離を詰めたビスクドールはその右手をエドワードの首にかける。
ギュウッと陶器の指が少女の細い首に食い込む。
「ぐ、…ぅあ」
細い腕からは想像できないほどの強い力にエドワードは堪らず呻き声を上げた。右手の懐中電灯がカンッと音をたて床に落ちた。

くそっ油断した!!
噂を聞いていたとはいえ信じがたい光景に身がすくみ隙を見せてしまった己に内心舌を打つ。
手を合わせようとして左手に本を掴んだままだったことに気づき咄嗟にその本でビスクドールに殴りかかる。
ガッと鈍い音を立てビスクドールの顔面に直撃した本は床に落ちた。
首を締め付けていたビスクドールの右手はほんの一瞬弛み、すかさず反撃に出ようとした時再び首を締め付けていた右手に力を込められそのまま真横の本棚に叩きつけられた。
「ぐあっ!!」
ものすごい力で叩きつけられエドワードの全身に痛みが走る。
痛みに呻くエドワードにビスクドールの顔が近づく。
エドワードはのろのろ顔を上げるとビスクドールの口元が小さく動いた。
「ちょう…だい」
涼やかだがどこか無機質な声が響く。
「ちょう、だい…ちょうだい。私に、その髪、その瞳も。ぜんぶ、ぜんぶ…ちょうだい、ちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだい!!」
壊れた機械のように繰り返し、平淡だった声は激しさを増す。
その声に呼応するかのようにビスクドールのきらきらと輝く赤い瞳は濁り黒ずんでいく。透けるような白肌はどろっと溶け美しかった髪は傷みツヤを失い安物の人工物のように変化した。真っ赤にひかれたルージュはそのままだったが口のまわりも赤く汚れていた。しかしその汚れは口紅ではなく別の何かが付着したようだった。
もっと別の、そう血痕のような──
「ひっ!」
あまりに醜悪な変わりようにエドワードの口から小さな悲鳴が漏れる。
どんどん距離は縮まり、何とかしなくてはと思うが体と一緒に打ちつけた頭はクラクラしろくな考えが浮かばない。更に長い時間気管を圧迫され続けて意識が朦朧としてきた。片腕で持ち上げるように本棚に押し付けられた体は辛うじて爪先だけが床についている。


そして、目と鼻の先まで迫ったおぞましい顔がエドワードを覗きこむ。
「…っ!……、」
ぼーっとした頭の中で響くのは恐怖に引きつる鼓動音だけ。ビスクドールの赤暗く濁った瞳がエドワードの黄金の瞳をじぃーっと捕らえると命令されたかのように少女の体は動かなくなった。頼みの右腕は鉛のように重く力を込めるがぴくりともしない。今度はビスクドールの左手が長く纏められた金糸を掴んだ。
「いっ!!」
容赦なく髪を引っ張られエドワードは次々と与えられる苦痛に思い切り顔を歪めた。

くそっ!なんで動かねえんだ俺の体!!
エドワードは言うことを聞かない自分の体に焦燥と苛立ちが募る。首を圧迫され続け悲鳴を上げていた呼吸器は限界を迎えようとしていた。ビスクドールから与えられる攻撃に抗いたくともどうにもできない現状にやがて目の前が霞みエドワードの意識は暗闇に落ちようとしていた。
もう、駄目だ……
「……アル……た、いさ」
声にもならない呼吸音が発したのは脳裏を過った愛しい片割れと憎たらしくも密かに思いを寄せている男の名だった。


「鋼の!」
暗闇に響き渡る自分を呼ぶ声にエドワードは閉じかけていた瞳を開いた。男の声に首を圧迫していた力が微かに緩み、視線を声のした左の方へ向ける。
そこには、普段の飄々とした姿からは想像できないほど焦り切羽詰まった様子の男が立っていた。
「たい……さ」
男の存在を確認しエドワードは安堵する。
眉を下げ思わず縋るように名を呼んだ。
場の状況とそんな少女の状態を理解したロイは先程の様子から一変、その全身から怒気を溢れさせどす黒いオーラを放つ。
「鋼のを離せ」
声色に治まりきらない怒りを滲ませ、静かにだが高圧的に言い放つ。ずかずかと進みながら発火布を纏った右手の親指と中指を擦る。ロイの右手から生み出された焔がビスクドールの背中を燃やす。

「ギィヤァアアアア!!!!」
焔が全身に渡り少女に燃え移る前に悲鳴を上げるビスクドールの右横腹をすかさず蹴り飛ばす。ロイの渾身の力を受けたビスクドールは左へ吹っ飛んだ。
ビスクドールから解放され、ガクンと力が抜けたエドワードの体をロイは抱き止める。

「ゲホッ、ゲホッ、ガハッ!」
「鋼の、大丈夫か!?」
激しく咳き込むエドワードの背中を擦り心配げに眉を顰める。
エドワードはヒューヒューと喉を鳴らし声を絞り出す。
「なん…とか」
激しく咳き込んだせいで涙目のままロイを見上げた。
その様子に男はようやくほっと胸を撫で下ろした。

「一人で立てるか?」
「大丈夫」
よろよろと離れる小さな温もりに名残惜しく思いながらもぐっと堪える。
少女の視線を辿ると先程のビスクドールが床に倒れていた。焔は消え、あちこち黒焦げになった肢体で赤暗く濁った瞳だけが鈍く光りこちらを見つめていた。
ロイは忌々しげに舌を打つと右手をビスクドールに向け再び発火布を擦ろうとした。
「大佐!もういいから!」
しかしと言い募るとエドワードの肩が小さく震えていることに気づく。
「そうだな。とりあえず出ようか」
渋々といった様子のロイにエドワードはこくんと小さく頷いた。

書庫を出てロイは俯き黙ったままのエドワードを振り返る。
「すまない」
「…なんで大佐が謝るんだよ」
エドワードは顔を上げ力なく苦笑した。
いつもの勝ち気な瞳は鳴りを潜めゆらゆらと頼り無げに揺れている。表情もどこか硬く小さな肩は強張っていた。
その様子にロイは苦虫を噛んだ表情を浮かべた。
奥に駆けていった少女とは別に手前の物置同然と化した空間を調べていたロイは奥から聞こえた大きな物音に手を止めた。少女が転びでもしたのかと思い奥に足を進める前になんとなく部屋を振り返えると目を見開き愕然としたのだ。
窓際に佇むように置かれていたビスクドールが忽然と姿を消していた。
いない!どういうことだ!
じわりと汗が浮かぶ。一人奥を調べている少女に嫌な予感を覚え頭の中に警鐘を鳴らす。
駆けた先で見たものに凄まじい怒りと憎悪を覚えたが同時に自分の不甲斐なさにも苛立った。
自分がついていながら結局少女を危険な目に合わせてしまった。あと一歩遅かったら少女の命はどうなっていたか分からない。すぐに追いかけず目を離してしまった自分を悔やんだ。

「…鋼の」
未だ強張ったままの肩をそっと掴むと小さな肩はビクッと揺れた。
その様子に痛ましげにエドワードを見たロイは宥めるように頭を撫でた。
「な、に」
思わずその感触にロイを見上げる。エドワードの黄金の瞳は動揺と困惑が入り交じっていた。
ロイの優しげな手つきと心配げな瞳に見つめられ少女の心は震えた。
こんな時に優しくしないでほしい。泣いて縋ってしまいそうになるから。
エドワードはぎゅっと身を固くした。

普段のアルフォンスとの二人旅では数多の危険に晒されながらも大胆不敵な行動で目の前に立ちはだかる敵を圧倒し目的のため揺るぎない意志と不屈の精神で逆境をはね除けてきた。また彼女の根っからの姉気質の部分が自分が弟を引っ張り守らなければという強い気持ちを生んでいた。もちろんそれはたった一人の弟への愛しさゆえだが。傍目にはそんな剛毅な少女だが最近はどうも少し違う。
この東方司令部を訪れると常日頃張っている気が緩んでしまうのだ。
司令室に勤務するロイの直属の部下達はエドワードとアルフォンスが顔を出すと顔を綻ばせいつも歓迎してくれる。時間があると共に他愛ない雑談をしたりエドワードのために紅茶と茶請けを用意してくれたりあまりに前回の訪問からの日数が空きすぎると二人の頭を乱暴に撫で無事を確認するとほっと胸を撫で下ろしたりとそんな温かい空間を姉弟はくすぐったくとても居心地が良いものだと感じているのだ。
極めつけはその部下達、または自分の上官でもあるロイだ。
上官として厳しく接しながらも姉弟の険しく果てのない旅をなにくれとサポートし、なるべく自分達を厄介事から遠ざけようとしてくれているのを知っている。
定期報告に顔を出せば嫌味ったらしく小言ばかり並び立ててくるくせにそのあとは決まって心配そうな顔で怪我はないか、ちゃんと食べているのかなどと聞いてくる。
それに近頃は何かと接触してくることが増えた。そっと優しげな手つきで体を撫でたかと思えば柔らかな表情で見つめてくる。
そんな労るような仕草と心の奥まで見透かすようなロイの瞳にエドワードの中の何かが剥がれそうになるのだ。
この軍社会の中で他の大人達に埋もれないように侮られないようにと精一杯張っていた虚勢が少しずつ少しずつ崩れていく。
傍目には少女にしてはいささか勇ましすぎると思われているエドワードの性格は作ったものなどではなく紛れもなく素なのだが元来あまり人に頼ることを良しとしない少女は何かと強がる癖がある。その度放つ少女の大丈夫という言葉は相手に対してというよりまるで自分に言い聞かせているようだった。
そんな勇ましくも時には虚勢と強がりが必要な14才の少女は自分に降りかかったまったく未知数の悪意に上手く感情がコントロールできなくなっていた。
死ぬ一歩手前だった状況を思い出し、ロイが来てくれなかったらどうなっていたか想像するとぞっと肩を震わせた。


「大丈夫か?」
「あっ……」
少女の口から漏れた言葉にならなかった音が男の耳に届く。
「…大丈夫に決まってんだろ!こんなのいつものことだし!」
一拍遅れて身に巣食う恐怖を振り払うように少女は殊更明るく振る舞った。いつもというと少々語弊があるがあながち間違いでもない。賢者の石を求める旅の過程や軍から下る任務中に命の危険に晒されたことは一度や二度ではないのだ。今回のように一方的に攻撃を受け手も足もでない状態で死にかけたのは初めてだったからちょっと焦っただけだ。いつもならこういう危険な状況下では大抵鎧の弟も一緒なのだが今日はいないのだ。もう少し慎重に行動するべきだった。己の迂闊さを悔やむ。
「……鋼の」
尚も表情の変わらない男にエドワードはだんだんと苛立ちが募る。同時に言い知れぬ焦りも感じていた。
「なんだよ、しつこいな!大丈夫だっつってんだろ!」
お願いだからこれ以上気にかけないでくれ。
そんな瞳で見ないでくれ。
剥がれてしまう。崩れてしまう。
弱い部分など必要ないのに。

「強がらなくていい」
ロイは再度優しい手つきで頭を撫でると呟いた。
その言葉にエドワードはカッと頭を撫でてていた男の手を振り払う。
「強がってなんかねえ!…っお、れが大丈夫って言ってんだから、大丈夫なんだよ!」
声は震え、目の前はゆらゆらと揺れ男の姿が霞みだす。取り乱せば取り乱すほど自分が自分じゃなくなっていくように感じた。
情けない、みっともない!
いつだって強くいたいのに。強くいなければならないのに。
よりにもよってこの男の前で!


「…大丈夫なわけあるか」
ロイは眉根を寄せポツリと呟いた。
肩を震わせ口を引き結んでいる少女の頬を両手で包むと今にもこぼれ落ちそうな雫を湛えた黄金をじっと覗きこむ。
「無理をするなとは言わない。しかしここに来た時くらい少し肩の力を抜いても良いんじゃないか?そのままではいつか潰れてしまうぞ。それに、私の前で強がる必要なんてない」
眉を下げふっと柔らかく微笑みかける。
すると、とうとう黄金の瞳からボロボロと大粒の雫が溢れだし、堰を切ったように少女はしゃくり上げ始めた。
ロイは左腕を少女の体に回しぎゅっと抱き寄せ右手で何度も頭を撫でる。
普段見ることのない少女の弱りきった姿に目を伏せた。


忘れていた。いくら彼女が軍属でも、そんじょそこらの男より強くともまだたった十四歳の少女なのだと。
込み上げる気持ちと少女を憂う心のまま包み込んだ腕に力を込めた。





「さっきとはまるで逆になったな」
男のどこか楽しそうな声に泣き止み大分落ち着きを取り戻した少女は罰の悪そうな顔つきで男の腕の中から顔を上げた。
「悪かったな、みっともない所見せて」
横目のまま口を尖らせる少女にロイはまだ少し濡れている目尻をそっと撫でた。
「………っ」
その優しい手つきにピクッとエドワードの肩が跳ねた

「みっともなくないさ。たまにはこうやって吐き出すことも大切だ。君の場合は尚更ね」
からかわれるとばかり思っていたエドワードは予想もしていなかった言葉に思わず男を見上げた。
「我慢できなくなったらいつでも来なさい。待ってるから」
月明かりが照らす男の柔らかい表情と優しげに細められた瞳に見蕩れ、少女は無意識のままにコクンと頷いた。


「さて、どうする?とりあえず今日はもう帰るか?」
「へ?」
「あんなことが起きた後だし宿まで送るよ。無理に付き合わせて、危険な目に合わせてすまなかった」
「ちょ、ちょっと待てよ!まだ全然途中じゃん」
「途中って君…まだ続けるつもりかい?」
あっけらかんとした少女にロイは思わず目を剥いた。
「当たり前じゃん!全部調べるまで帰るわけねえだろ」
当然のように言い放つ少女にロイの中でふつふつと笑いが込み上げた。
「いや、なんていうか……君らしいな」
「なに笑ってんだよ!つーか俺別に無理してアンタに付き合ってたつもりねーし」
「ここに来たのは自分の意思だから。……だから、あんな目にあったのだって別にアンタのせいじゃないってゆーか」
目を泳がせごにょごにょと尻すぼみに言葉を紡ぐ少女にロイは胸を締め付けられた。
「とにかく!まだ二つ目だぜ?これからだろ!」
ニッといつもの勝ち気な笑みを浮かべる少女にはもう先ほどの儚げな様子は見受けられずそのことにほっと安堵するが、また同じような事が起こったらと思うと
気が気じゃない。苦渋の表情を浮かべるロイにエドワードは少し照れ臭そうに続けた。
「大丈夫だって!……だって、大佐がそばにいてくれるだろ?」
「……ああ、勿論だ」
自分を見上げ、窺うように甘さを含んだ声で可愛いことを言う少女にロイは思わず悶絶しそうになるがなんとか返事をする。
すると分かりやすく安堵の表情を浮かべた少女はロイに向かってふんわりと嬉しそうに微笑んだ。
その瞬間自分の心を何かが突き刺す音がした。
エドワードと二人きりのこの空間は嬉しいが、やっぱりさっさと終わらせて思いを告げよう。
邪な気持ちが八割、少女を純粋に心配する気持ちが二割と大きく比率を変えた男はでれでれと端正な容貌を崩し、固く決意した。