ふんわりと強か


国と一言に言っても、私は菊やギルベルトとは少し異なる国だ。日本の中に分けられた約68の地理区分、それが私である。

主な仕事は自分くにの中で更に分けられた藩をまとめ上げたり、管理したり。だがそれも一昔前の話で、藩の子達が県となり自立した今は形だけの国になってしまった。

故に私達は旧国と呼ばれ、そのほとんどが隠居や藩の子達の手伝い、国同士で結婚して人として生きる事を決めたり等様々だ。
噂でしか聞かないが、名が残っているにも関わらず存在意義を見い出せなくて消えてしまった国もあるとか、ないとか。

まぁそれはさて置き。
旧国である私も人として生きようか迷っていたが、ひょんな事から菊の仕事を手伝った事がきっかけで、今では彼の家に住み込んで公私共に補佐をしている。
仕事のほとんどは菊が全てこなしてしまうので手伝える事は無いし、生活面でも私のやる事といえば分担された家事をする事くらいなので、正直いてもいなくても変わらないと思う…こう言うと菊がぽこぽこ怒るので言わないが。

だが、今日のような仕事の日は私にしか与えられない仕事がどうしても出てきてしまう。特にギルベルトのような大国が関わってる今は尚更。

菊は我らの祖国だ。心臓であり、私達の王。
その存在は知られていないはずが、どこから情報を得たのか彼を狙う人間が後を絶たない。成り代わろうとする者もいれば、その血肉で不老不死を得ようとする者もいる。
馬鹿げていると心底思うが、無知故に行動を起こしてしまうのだ。


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「……可哀想な人達」
「誰が?」
「あぁ、いえ。何でもありません」

小さく漏れてしまった言葉だったが、前方に座るギルベルトがこちらを振り向いてそれを拾う。菊と熱心に話し込んでいたと思ったが、この人の耳はとても優秀なようだ。

今日は菊とギルベルトの上司の対談の日であり、他国の人を招いた公式の場になるので少し遠いが賓客館を使用する。徒歩では時間のかかる場所なので、乗り心地には目を瞑って馬車に乗っているのだが…これがまた酷く酔う。

4人乗りの小さいものなので前の座席に菊とギルベルト、私は寝ていないと吐きそうになるので後ろの座席を陣取って上半身を寝かせていた。
車輪の軋む音や往来の賑やかな声があるにも関わらず、私の声に気付いたギルベルトに驚きながら、ぐわんぐわんと揺れる頭を抱えながら身体を起こす。

「まだ着きませんか」
「もうすぐですが……大丈夫ですか?」
「えぇ、問題ありません」
「お前ん所の馬車って遅いもんなぁ」
「それについてはすみません、まだ交通の整備が整っていないもので……」
「これからだろ。まぁ俺ん所も似たようなモンだし、馬で駆けてた時が恋しいぜ」
「それには同感ですね」
「梅も馬乗れんのか?」
「人並みには」

武将と呼ばれる者達が領地を広げる為、戦いに明け暮れていた時代に馬を乗り回して刀を奮っていた時期があったのだ。今となってはヤンチャをしていた恥ずかしい記憶のひとつだが、この吐き気の前では何とも思わない。

「お、おい……本当に大丈夫か……?」
「梅、ほらもう着きますよ」

心配そうにこちらを見る2人に曖昧な笑みを向け、軽くえづきながらも私は頷いた。

ようやく着いた賓客館は西洋の技術を取り入れた建物なので、周りの建物と比べると浮いて見える。入口付近に立っていた警備員の男が2人、私達が来た事に気付いたようで慌ただしく背筋を伸ばした。

「本田様、バイルシュミット様!ようこそおいで下さいました。ただいま係の者を連れて参りますので、少々お待ち下さい」

そう言って警備員の1人が賓客館の中に入って行き、もう1人は御者に支払いをしている。
2人が先に馬車から降りて、私も続こうとしたが込み上げてくる吐き気に思わずふらついてしまう。何とか降りようとしたが途端に足を踏み外してしまい、ふわりと身体が宙に浮いた。

おっと、これはまずい。
咄嗟に受身を取ろうと身体を捻らせたが、その前に軽い衝撃と共に何かに抱えられる。

「……ん?」
「あっぶねぇ、しっかりしろよ」
「ギルベルト君ナイスキャッチ」

気付けば、ギルベルトの腕の中に収まっていた。ぱっと見上げれば近くには彼の端正な顔があり、思わず両手の平で彼の顎を突き上げてしまう。
羞恥と困惑が入り交じって、顔どころか身体中が熱くなる。「助けてやったのに…」とギルベルトから非難の声が上がるがこっちはそれどころではない。

「すみません、つい」
「まぁいいけど。歩けるか?吐きそうなら部屋借りてどっかで寝てた方が」
「大丈夫!ですので!」

まるで壊れ物を扱うかのようにゆっくりと腕から降ろされて、余計に恥ずかしくなる。つい語尾が強くなってしまい、原因であるギルベルトは「ならいいけどよ…」と首を捻る。
恐らく本気で私の事を心配してくれているだけなのだろうが、今はその優しさが心臓に悪い。他人と関わりを避けてきたツケがここで来るとは、こんな事ならもっと対人慣れしておけば良かった。

「……菊、あなた何笑ってんですか」
「ふふ、これは失礼。珍しいものを見れたなぁと思いまして」

にやにやと上がっている口を隠さない菊を睨み、私は馬車の座席にぽつんと置かれたままの革鞄を少し乱暴な手付きで取る。

「なぁ、何で梅怒ってんだ?」
「あれは照れてるだけですよ。あの子、私を抱える事はありますが自分を抱えられた事はないので気恥ずかしかったんでしょ」
「ほぉ〜〜〜そうなのか」
「ッこらそこ!憶測で話すな、ギルベルトさんもにやにやするな!」
「ちなみにこちらが素です。昔は結構なお転婆娘でして、戦場に出てた時は」
「菊!」

何と言うか、からかわれてるだけなのは分かるがタチが悪い。
面白い事を聞いたと言わんばかりに悪戯っ子のような笑みを浮かべたギルベルトと、普段見せる事の無い含み笑いを浮かべる菊。

「お荷物お持ちしようか、Fräuleinお嬢さん
「結構です!」

ご丁寧に紳士振りながら差し出されたギルベルトの手を払えば、2人は顔を見合わせてくすくすと笑う。
そこに、タイミングよく来た賓客館の係の男が不思議そうな表情でこちらを伺っている。恥ずかしさが頂点に来た私は、荒々しく下駄を鳴らしながら2人を置いて先に賓客館に入るのだった。