やすらかに奪う


菊とギルベルトの2人と別室に通された私は、脚の低いテーブルに持っていた革鞄を置く。
ドン、ガシャンと中に入っていた物が倒れる音がしたが、私はそれを気に留めることなくソファに腰を下ろした。今は部屋に私しかいないのだ、どうせ誰もこの音に気付きやしない。

今日の対談はほぼ丸一日を通して行われる。何をするのか具体的には知らされていないが、おおよその予想は尽くし、それが私の関わる所ではない事も分かる。

とにかく、私は私の仕事をするだけだ。
革鞄を開けて、テーブルの上に入れていた物を並べていく。今回な資料、ある人物の写真、回転式拳銃と予備の弾丸を3発…そして短刀。

少々はしたないが袴を上げ、太ももに拳銃嚢を付けてそこに銃を収める。
レッグホルスターと呼ばれるそれは、私が何の仕事をしているか知って心配した大阪くんがくれた物だ。さすが天下の台所。

取り付け終えた所で扉がノックされ、答えれば紳士服に身を包んだ1人の男が入ってくる。

「本田様、お久しぶりです」
「菊と区別が付きませんから、梅でいいと何度も……いえ、なんでもありません。今ここに菊はいませんからね」
「ではMs.本田とお呼びしましょうか」
「ご冗談を」

その男は菊の上司の秘書を務めており、私達国の存在を知る数少ない人間でもある。

今日の仕事内容は至って簡単。菊を狙う浪士が現れるとの情報が入ったので、処理してくれというものだった。
逮捕出来たとしてもくにの存在を知った以上生かしてはおけないし、かと言って罪人だからと安易に命を奪えるほど今の時代は簡単ではない。

そんな時に私は菊の上司から呼ばれる。私も国なので、我が子である国民を手に掛けられないが記憶を消すくらいの呪いは使えるのだ。まぁ、呪いと言っても万能の力ではなく、言霊で調伏させるくらいしか出来ないが。

「資料はご覧頂けましたか?」
「えぇ、相変わらずあなたは優秀ですね。おかげで私は手を出す事しかさせてもらえない」
「私は調べただけですよ。それに、あなた程策の裏をかくひとはおりませんから」
「ふふ、どうも。ところで彼らの作戦、少々ずさんなものに見えませんか?」
「……と、言うと」
「恐らくですが、これ寄せ集めの雇われ浪士ですよ。統率の無さ、無駄に多い人員……それにほら、この人物に見覚えありませんか?」

私は写真に写った1人の男を指せば、秘書は合点がいったようで「なるほど」と呟いた。

「以前あなたが怪しいと仰ってた議員の部下、ですか……これは少々厄介ですね」
「あら、何故?」
「本日お見えになってます」
「……あぁなるほど。随分と結果を急ぐ方なんですね。まぁ、報告が行く前に片付ければ良いだけですよ」
「随分簡単に仰いますね……いえ、失礼。あなたにとっては簡単でしたね」
「お褒めの言葉ありがとう」

私がにこりと笑いながら言えば、秘書は「褒めてませんよ」と肩を竦めた。そこそこの付き合いだが、良い意味で失礼な男である。

改めて資料を流し読みしながら、私は短刀を袴の帯に差す。もちろん見えないように、だ。使う機会が無い事を祈るが、今回は相手の数が多い分警戒するに越したことはない。
ここは賓客館であり、菊も武装はしていない。故に国とは言え無勢に多勢ならば捕えられると思ったのだろう。

「今日の菊の予定は?」
「午前中に祖国様、プロイセン様、お2人の上司とご会談。各々で昼食を取って頂いた後、両国の議員も参加する会議を行い、時間を見計らって立食会があります」
「午前中は問題無さそうですね……では私は昼頃から菊と合流しましょうか。会議には入れませんので、その時は任せましたよ」
「承知しました。立食会は如何されますか?正装との事ですが」
「……着物は」
「本日はプロイセンの方々もいらっしゃるのでドレスが妥当でしょう。用意させましょうか?」
「結構です。代わりに女給の服を」
「かしこまりました」

一礼して部屋を出ていく秘書を見送り、私はソファに上半身を倒して深く溜息を吐いた。まだ馬車酔いが残っているのか、それとも旧国である身体に限界がきているのか。
気だるさに耐えられず瞼を閉じれば、ゆっくりと意識が落ちていくのを感じた。


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「そうだ、ギルベルト君」
「おぉ」
「梅をあまりいじめないでやって下さいね。あの子、あれでも繊細なので」

にこりと微笑んでそう言えば、彼は目をまあるくして不思議そうにこちらを見る。

「……意外だな」
「あら、そうですか?」

双方の上司を交えた会談を終え、今は部屋に自分とギルベルトしかいない。静かに、だが思いの外強い意志を持ったその言葉は、ギルベルトにとっては「意外」の一言に尽きるのだろう。
少し考えるような仕草を見せた後、真正面のソファに座っている彼はじいっとこちらを探るような視線を向けながら言葉を続ける。

「過保護に見えるぜ」
「そんな事ありませんよ。ただ、可愛くて仕方ないってだけです。あなたも弟さんがいらっしゃるから分かるでしょ」
「まぁ、そうだけどよ……」
「ですが強いて言うなら……あの子を守りたい、故に過ぎた事をしてしまうのは自覚してますよ」
「守りたい?」
「えぇ。守りたい」

時代の移り変わりと共に、旧国と呼ばれる者達の存在が薄くなっていくのは感じていた。国である以上、人間とは全く別物であるのに変わりはないが、全盛期と比べるとやはり衰えている。
もちろんにほんがある限り梅が消える事はない。次第に国ではなくなり、人間でもない存在になっていくのだろう。ただ、それが怖かった。

「そろそろお腹減ったでしょ。賓客館の中にも食堂はありますが、どうしますか?」
「あー……外行こうぜ。ここじゃ堅ッ苦しくて気も抜けやしない」
「賛成。梅も呼びましょうか」
「おう。つーかアイツどこにいんだ?」
「呼べば出てきますよ」
「犬かよ」

よっこいせ、と爺のような掛け声で立ち上がれば、ギルベルトがぼそりと「若作りジジィ…」と呟いた。失礼な、童顔なだけである。
まぁそれは聞こえなかった事にして、ギルベルトと並んで部屋を出れば、見慣れた袴の女性が扉の外に立っていた。

「お2人共、お疲れ様です」
「うおっ!まじで出てきた」
「……人を何だと」
「だって菊が呼べば出てくるって言うから……呼んでもねぇのに出てきた」
「失礼な男ですね」

やいのやいの言い合う2人を見ていると、つい笑みが零れてしまう。まるで子供が2人、仲良く喧嘩をしているようだ。

願わくば、この子が幸せでありますように。

旧国や藩の子達が大勢いる中でも、この子だけを傍に置いて贔屓しているのは自分でも重々分かっている。だが、そう思わずには居られなかった。