たんたんと穿つ
賓客館にも食堂はあるのだが、菊とギルベルトが揃って「息が詰まる」と言うので、仕方なく近くの洋食屋で昼飯を取った。
秘書からの情報もあるし、あまり気は進まなかったが私が言って聞くような2人ではない。何事も起きなければそれでいいが……まさかお勘定するまで本当に何も無いとは思いもしなかった。
そしてようやく事が動いたのは洋食屋を出てすぐ、賓客館に戻る途中だった。
ぴり、と一瞬だがこちらに殺気を感じる。ほんの少し漏れてしまった程度だろうが、それに気付かない程鈍感ではない。
「……誰だ?」
「私の仕事相手ですね。お2人は先に賓客館に戻ってて下さいな」
「いや、俺様も残るぜ。最近実戦も出てないし、鈍った身体にはちょうど良い」
「駄目です。この後もまだ仕事が残ってるんですから、服汚れるでしょ」
さすが軍事国家、血の気が多い。
だがこんな往来で身なりの整った2人に派手な騒ぎを起こさせる訳にはいかない。
にんまりと人の悪い笑みを浮かべながらウォーミングアップしようとするギルベルトをたしなめながら、ざっと周囲を警戒する。昼時で人が多い為明確には分かりにくいが…10人程度だろう。
「菊も何とか言って下さい」
「お相手は私に御用があるんでしょ」
「あなたまで……いいですか?あなた方2人はただでさえ目立つんです。特にギルベルトさん、お分かりですね?」
「わかんねぇ。ちょっと遊ぶくらい良いだろ」
「そんな可愛い顔してもダメですよ」
「えっ」
「え?」
拗ねたように唇を尖らすのが子供のようで可愛いなどと言ったしまったが、どうやらギルベルトにとっては思ってもみない言葉だったらしい。
きょとんと首を傾げるので、つられて私も首を傾げれば隣で菊がくすくすと笑う。
「俺様って可愛い?のか?」
「んっ、ふふ……梅からしたら可愛いんでしょ。どう見ても極悪人面なんですがね」
「あら、駄々をこねる子供みたいじゃないですか。私からしたら可愛いもんですよ」
「可愛い言うなっ!俺様はかっこいい!」
「はいはいかっこいいですね」
「……はぁ、こんなに笑ったのは久方ぶりです。ギルベルト君、ここは梅に任せて戻りましょう。遅れると上司がうるさい」
「ちぇっちぇのちぇ〜……」
身体をくの字に曲げながら肩を振るわせていた菊は、目元の笑い涙を拭いながら腕時計を見せてギルベルトを急かした。
「……女1人で相手出来んのかよ」
「出来なかったら先に戻ってなんて大口叩きませんよ。ほら、怪しまれますから」
ようやく諦めたギルベルトと未だに笑いのツボにハマっている菊の背中を見送り、私はぐるりと辺りを見回す。
散っている分面倒だが、一斉に掛かってこられるよりマシだ。さすがの私でもこの人通りでは周りに被害を出さないとは言い切れない。
いつも思う事だが、国民がこうして菊に狩る者の目を向けているのは本当に悲しい。
何と言われようとも、どんな形であろうとも民は
だが、稀にその愛が度を越すことがあるのだ。今回の議員も
事実、議員は「祖国様と未来を生きたい」と私に零していたのだから。
それは決して考えてはならない事である。人の生を捻じ曲げるもので、してはいけない。
だから心を殺して「国は在るが菊は無い」と、菊の存在を隠す為の言霊を投げかけるのだ。
梅と別れ、その気配が完全に周囲の雑踏に紛れて消えた頃合いを見て、俺はふと気になっていた事を菊に問う。
「なぁ、梅はお前の何だ?」
「これはまた直球ですね」
単純な疑問だった。
国であるならば自身の国民を守る為の行動を取るはずだが、彼女は何と言うか…菊を守る為に傍にいるような気がしてならない。
「わかんねぇんだよ。あいつも国なら国民の元に居るべきなのに、何故お前の所に?」
「私から言うと怒られそうですが、そうですね……あの子は旧国と呼ばれる国なんですよ。つまりはね、もう自身の民がいないんです」
「……は?」
「ちょっと違うか……確かに国ではありますが、もうその呼び名は使われていないと言うか」
「お、おい待て!じゃあアイツは」
「消えませんよ。
それを聞いて、正直ホッとした。国が衰退し消えて行く様は見るに堪えないものだと身をもって知っている。
まだ出会ったばかりではあるが、だからといって目の前で消えるのは勘弁して欲しい。まして弟子として愛着がある国の子だ、既に梅にも情は写ってしまっている。
「それで、最初の質問ですが」
「ん、おう」
「妹のような……とは昨日言いましたが、もちろんそれも間違ってません。ですが実際は懐刀、といった所でしょうか」
「カタナ?」
「護衛みたいなものですかね」
「守りたいのに護られてんのか。さっきの話と矛盾してねぇかそれ」
「これがね、また複雑なんですよ」
そう言って菊が聞かせてくれたのは、何とも言い難いおかしな話だった。
文化の違いだろうか。国である菊を、要はカミサマだと勘違いする人間が稀にいると言う。
それは血肉を喰らえば永遠を手に入れられるだとか、同じ国という存在になれるだとか。とにかく有り得ないはちゃめちゃな理論を信じ込む人間がいるらしい。
「……やべぇな。マジで?」
「マジですよ。私はいつから八百比丘尼と勘違いされるようになったんですかねぇ」
「何だそれ。ヤオビ……なんだ?」
「やおびくに、ですよ。人魚の肉を食べて不老長寿になったと言われた僧の名です」
菊は澄ました顔で「困ったものですよ」と言うが、反対に俺の眉間にはぎゅっとシワが寄り、思わず悪態を吐く。あくまで俺達は国という存在であって、決して神や妖怪ではない。
「お前んとこの国民どうなってんだよ……」
「言っておきますが全員がそうではありませんよ。極僅か、欲を抑えきれなかった子だけですから。それに、こういった類はあの子の方が上手くあしらうので」
「怖ぇー……それで懐刀か」
可愛い刀でしょう、と菊は笑う。
ちょうど賓客館に着いたので、自然と話はそこで途切れる。何となく突き放されたような気もしたが…本人たちがそれで納得しているならそれでいいのだろう。そうやって、自身の中で無理矢理結論付けた。