平和に行きましょう。

君と僕と遊泳


「久しぶりだね、梅上さん」
「きっっしょ……」
「随分な事言うじゃねぇか。俺に会えて嬉しいだろ?」
「私用事思い出したから帰るね!」
「まぁ待てって」

ガタリと勢い良く椅子を引いて逃げ出そうとしたのだが、それは後ろに立っていた男により阻まれる。心なしか死んだ目をしたソイツはポンポンと私の肩を叩いて、流れるように隣の席に置いてあった私のカバンを退かして座った。え、何事?

ガタガタと机を動かす音が聞こえたので、バッとそちらを振り向くと見覚えのあるようなないような男子生徒が2人、空いていた隣のテーブルを使って席を増設している所だった。
状況が把握出来ない私はポカンと情けなく口を開けたまま、動く事も出来ずにただ呆然と彼らが席に座るのを見ている事しか出来ない。

「ふはっ、すげぇブス面だな」
「は?どう見ても美人だろうが」
「うわー性格の悪さが滲み出てるぞ」
「いやお前誰だよ」
「古橋だ」
「そっか〜!」

だから誰だよ古橋お前……いや、自然と耳に入ってくるので知っている。コイツら全員バスケ部だ。
左には古橋と名乗った男、右と右斜め前にはどこか見た事あるような男子生徒、更には目の前に花宮。原は嫌そうに顔を歪める私を見てケラケラ笑っているので助ける気はさらさらないのだろう。
いや、ある程度想定はしていたが、まさかこの人数で来るとは思ってなかった。これはもう逃げられる状況ではないと判断した私は、大人しく椅子に腰を下ろす。

「……で?原ちゃんとのデートを邪魔してまでなんの用?」
「えっお前ら付き合ってんのか?」
「付き合ってないよ」
「ただのオトモダチだよーん」
「分かったら口閉じてなオレンジ頭」
「あれ辛辣?」

私の右隣に座っている男を一蹴し、苛立ちを隠すことなく頬杖を付きながら目の前に座る花宮をジトリと睨みつけた。しかし不機嫌な私をものともせず相変わらずの人を小馬鹿にしたような視線で平然と言い放つ。

「言いたい事は分かるだろ」
「嫌だから聞いてんの」
「これからヨロシクな、マネージャー」
「だから嫌だって言ってんじゃん……」


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事の始まりは中学の頃に遡る。
当時バスケ部に所属していたあずはその才能を開花させ、1年ながらにレギュラーとして華々しい活躍を遂げていた。

ポジションはスモールフォワード。
冷静な判断力と的確なシュートでチームの得点源として重宝されていたが、その才能をよく思わないチームメイトは少なくなかった。

そして、その妬み嫉みに拍車をかけたのはあず自身にも問題があった。
自由奔放で気分屋、そして人の嫌な所を突くのが妙に上手い事……それが梅上あずという人間であり、それはプレースタイルにも出ていた。

「終わり良ければ全て良し」

勝負事は勝ったものが正義であると考えるあずは、始めこそ少なかったものの次第に"ラフプレー"と呼ばれるギリギリの、勝つ事に手段を問わないやり方になっていった。
決して審判に悟られず、監督にすら気付かせないその狡猾さ。人間の構造を把握し、心情を読み取る聡明さ。

人は良いが性根が悪い。
それ故に"勝利"においては絶対的な信頼を置かれていたので、人間関係こそ孤立しえどもチームとしては上手くやっていたのだ。

それが崩れたのは2年生になった初夏、総体の前のことである。
何もあずを疎んでのはチームメイトだけではない、クラスメイトからもその対象になっていたのだ。当時から男関係に巻き込まれがちな事も相まって、影で"悪女"なんて呼ばれていた事も知っている。もちろんそんな事でメンタルをやられるあずではないのだが。

そして起こった1つの事件。それはクラスメイトの手によって階段から突き落とされる、という洒落にならないものだった。
もちろんあずにとって"いつかやられる"という覚悟はあったので想定内の出来事、受け身をしっかり取れる程には頭の回転と身体の使い方は上手い。

だが、想定外だったのは落ちた先に人がいた事だ。何とか巻き込む事は避けられたものの、おかげであずのバランスが崩れる。
右脚に声を出せない程の鋭い痛みが襲いかかり、あずは意識を失った。

その後あずが目を覚ましたのは病院の一室。そして病院の先生に告げられた一言は

「もうバスケは諦めなさい」

多少動く程度なら支障はないし、もちろん大金叩いてしっかり治療とリハビリをすればまたバスケは出来る。ただ、それは可能性な話であって治るとは限らないし、先生曰く「今まで何故壊さなかったのか不思議なレベルで膝に負荷が掛かっている」らしい。
なるほど。だからバスケは諦めろと、ね。


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「おい、聞いてんのか」
「聞いてるってば。アンタが私を頼らざるを得なくなっちゃってんでしょ」
「……癪だがな」
「やだあずちゃん感激」
「うぜぇ」

花宮曰く、私が霧崎第一に行くことは中学の時から知っていたらしい。だが別に同じ高校だというのを言った所で互いに何があると言うわけでもないし、私がわざわざ「花宮は猫被り」である事を言い触らす程バカでは無いことも知っている。

解せないのは、花宮の中では2年に上がった時に私をマネージャーとして引き入れるのを決めていたという事だ。予想はしていたのでいいのだが……それでも花宮が望んだタイミングで入部するというのが気に食わなかったので、私は口先だけの抗議の声を上げる。

「前より傲慢さ上がったんじゃないの」
「悪いか?」
「さすが悪童〜!私の事駒としか思ってない言い方だねぇ。ホンット感じ悪い」
「ふはっ!今更だろ」

こんな言い方しか出来ない性悪クソ麻呂眉野郎だが私のこと大好きなんだよなぁ。花宮って何だかんだ言いながらも私に頼ってくれてたもんね。コイツは懐に入れた人間にはとことん甘い事を、中学の時に身をもって知っている。

とにかくだ、花宮の中で私がマネージャーになる事は決定事項らしい。
2年生になってから、と言ったのは自分達の代が主役になってからという事だろう。そんな微妙なタイミングじゃなくてもいいのにと思ったが、以前花宮から「サトリ2号」と呼ばれた事を思い出して納得する。お前、あの先輩苦手だったもんなぁ。

「それで?」
「あ?大体知ってんだろ」
「概要はね。詳しくは知らないから」
「……古橋、説明」
「いや自分でしろよ」
「あずちゃん分かって……」
「え?何、何で揃って疲れた顔してんの?つか1人寝てるよね?」
「瀬戸は放っておけ、いつもこうだ」
「そっか〜!」
「……なぁ、話していいか」
「あ、はいお願いします」

そうして古橋が話してくれた内容は、確かに花宮にとっては自分の手を使うのも嫌な事に違いはなかった。……私も嫌なんですが。

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