平和に行きましょう。

毒を喰らわば


霧崎第一の男子バスケットボール部はそこそこの強豪という事もあり、部員の数も校内で1、2を争う。それに伴いマネージャーも学年ごとに1人はいるという。
選手とマネージャーの仲は良好、バスケに青春をかける仲間として素晴らしい生徒達だが……つまり、花宮が最も嫌うタイプのオンパレードという訳だ。

それだけならまだ良い。花宮なら簡単に部内を掌握して2年に上がる頃には彼のバスケ部が出来上がるだろう。だが、問題は選手ではなくマネージャーにある。
元々は学年問わず複数人いたらしいが、ほとんどが辞めていき残ったのは3年と2年に1人ずつ。表面上はマネージャー同士仲良さそうに見えるが……まぁお察しである。残った2人は相当アクの強い人物なのだろう。

そして私を呼ぶ決め手となったのはゴールデンウィークに行われた合宿。
ギリギリの所で保たれていたマネージャー2人の関係だが、ついに爆発して選手どころか先生も宥めに入らなければならない事態が勃発したらしい。2人とも優秀なだけあって退部までにはならず、何とか和解に至ったと言うが……そんな訳ないだろうな。
ちなみにその時花宮も巻き込まれ、双方のマネージャーに「真は私の味方よね?」などと言われたらしい。

それを聞いた私は我慢出来ずにゲラゲラと笑い、零れてくる生理的な涙を拭いながら花宮の方を見る。案の定舌打ちをしてこちらを睨み付けてるのがまた一層私のツボを突いてくるものだから、私は過呼吸気味になりながらも何とか呼吸を整えた。

「ッはーー久々に笑ったわぁ」
「他人事だと思いやがって……」
「何言ってんの、他人事じゃん。ふふっ……つーか味方って何?神経疑っちゃうな」
「見てる分には面白かったぞ」
「古橋、そんなに外周増やされてぇのか」
「冗談だ」
「さぞ愉快な表情してたんだろうなぁ」
「こき使われたいなら早く言えよ」
「冗談」

聞いたところ嫌いなタイプど真ん中のようだ。そりゃ花宮も観念して私を呼ぶわ。
だが私とてそんな面倒がある事を知った上で「はいそうですか」と2つ返事で了承する訳がない。第一、死なば諸共みたいな勢いで誘われた所で進んで飛び込む程私も馬鹿ではないのだが……これは多分断れないだろうな。

「ちなみにメリットは?」
「ねぇな。だから断ってもいいが」
「うーんそれはやめとく」
「お前にしては賢明な判断だな」
「だって知り合いから犯罪者出したくないし」
「どういう事だおい」

その言葉に私は肩をすくめて残っていた残っていたシェイクを一気にすする。花宮の事だから変なてつは踏まないと思うが、今の彼は「サトリ」と呼んでたあの先輩に絡まれてる時より酷い顔をしている。

「なぁ、話終わったか?」
「ん?あぁ……忘れてた」
「ひでぇなオイ」

目付き悪いなコイツ……。隣に座っているオレンジに近い茶髪の男はこちらを一瞥して目の前のバーガーにかぶりつく。
私達が長話を決め込んでいる間、店内の匂いに釣られたのか彼の前には半分程減ったバーガーセットがある。よく見ると原もスマホいじりながら新しいポテト食べてるし、古橋は本を読み始めてるし1人は寝てる。
私は思考を巡らせて、果たしてコイツらのいるバスケ部のマネージャーになっていいものか、一番の得策は何かと考える。…が、考えるまでもなかった。

「マネージャーの話受けるよ、花ちゃん」
「それでいい。あとその呼び方」
「何か問題ある?」
「止めろ気色悪ぃ」
「呼び慣れちゃってんだから仕方ないでしょ、花ちゃん。語感可愛くていいじゃん」
「死ね」

と、まぁ中学の時代恒例のやり取りを交わすと、どうやら花ちゃん呼びされる花宮に耐えきれなかったらしい原がついに吹き出した。
そしてそれを皮切りに、寝ている瀬戸を除いて古橋とオレンジ頭も堪えきれないとばかりに顔を背けながら肩を震わせている。

「おま、花ちゃんって顔じゃねぇぞそれ」
「花ちゃんだってかわいい〜」
「まさか花宮をちゃん付けで呼ぶ女がいるとは思わなかったな」
「ッうるせぇぞお前ら!!オラお前もさっさと自己紹介しやがれブス!」
「へーい」

眉間にシワを寄せ、イライラと机を指先で叩く花宮。これ以上からかうとマジでプッツンしそうだったので、花宮の血管を心配した優しい私はブスと言われた事をさらりと流して大人しく返事をする。

「梅上あずでーす。彼氏はいません!あずちゃんって呼んでね」
「うわキモ」
「よっしゃ原表出な」
「うそうそちょー可愛い」
「ふざけてねぇで真面目にやれ」
「ごめんって花ちゃん。えーっとね、てかどうせ自己紹介しなくても私の事知ってんでしょ?中学の時に男バスのマネやってたから、大体の事はサポート出来るよん」

きゅぴーんと可愛子ぶって両手でピースをすれば、原がオエッと吐く真似をする。お前後で校舎裏な。
うざったいとばかりに舌打ちをする花宮は置いといて、隣に座る古橋からは冷めた視線を、オレンジ頭からは「ヨロシクな」と思っていたより好意的な挨拶を受ける。

「山崎弘だ、一応お前と同じクラス」
「んん?あー……通りで見覚えあるわけだわ。もしかしてそこで寝てる奴も?」
「瀬戸健太郎。コイツも同じクラスだけど……まじか、お前記憶力無さすぎじゃね?」
「興味なかったって言ってくれる?」
「何こいつ失礼かよ」
「古橋康次郎。委員会同じだが、この調子じゃ俺の事も覚えてなさそうだな」
「……図書委員?」
「あぁ」
「集まるのなんて委員集会の時くらいじゃん。覚えてるわけないでしょ」

何となく全員の名前は把握した。だが思ったより接点があったようで正直気持ち悪いくらい周囲を固められていたようだ。

「あのさぁ、花ちゃんは2年になってから私をマネージャーにする予定だったんだよね」
「まぁな。お前使えるし」
「一応答え合わせしていい?」
「考えてる事大体合ってるぜ」
「くっそまじか」
「……お前らなんでそれで会話出来んの?」

山崎が怪訝そうに私と花宮を交互に見るので、優しい私は1から丁寧に説明をしてあげる。
まずクラスや委員会は偶然の産物として、原が私に構うのは花宮の策略だろう。気が合うというのは事実だが、花宮が口を出さなきゃ原も私には近づかないはずだ。
そして流れてた私の噂だが……発信元は花宮だ。噂なんぞに左右される人間ではないが、だからと言って手当り次第付き合う人間でもない。面倒だからとしばらく彼氏を控え、私が孤立し暇になる隙を伺っていた。

「……で、合ってるかな」
「満点だな。噂に関しちゃ悪いと思ってんだぜ?だが1番手っ取り早いだろ」
「うっっわお前最低だな……梅上も女の子なんだからそんな不名誉な噂立てちゃ」
「いや、花ちゃんの言う通りそれが一番早いよ。つか可愛くない?その噂、花ちゃんなりの意地の悪いSOSだよ」
「んッなわけねぇだろバァカ!」
「ほらかわいい〜」
「おま、それでいいのかよ……」
「別に?高校で出来る関係なんて余程の事がなきゃ一生は続かないでしょ」
「ちなみにあずちゃん俺とは?」
「ババアになってもよろしくね」
「地獄まで連れてかれそ〜!」
「訳わかんねぇ……」

原とキャッキャしている私を見てドン引く山崎を含み、花宮が連れて来たこの4人は少なからず彼のプレイスタイルに協力している人間なのだろう。つまり身内、猫被りも容赦も不要という訳だ。

「マジで調子狂うんだよ勘弁しろ……あず、とりあえず明日の練習に来い」
「急過ぎない?入部届けは」
「明日出せ。コイツらについては……喜べ、期待していいぞ」
「あら珍しい」

人が悪い笑みを浮かべながら、珍しく花宮が人を肯定するような事を言うので思わず私の頬も緩んでしまう。なんだ、随分と楽しそうな事になってるじゃないか。ちょっと乗り気になってきたぞ。

この際、平穏な高校生活が云々はどうでもいい。やっぱり私には大人しくなんて似合わないし、何よりあの花宮に信頼しているチームメイトが出来たのだ。お姉さん嬉しい。

最後には「高校生活楽しかったね〜」という結果だけが手元に残ればいいのだ。ここ2ヶ月程花宮と離れてみてよく分かった。平穏過ぎるのは退屈だし、結局他人の不幸で甘い蜜を啜る事程楽しい事はないのだと。

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