平和に行きましょう。

胃を余さず


「梅上あずチャン、やんな」
「……誰ですか、アンタ」
「えぇ〜覚えてへんの?ワイやで」
「ワイワイ詐欺かよ……」

今吉翔一。
そう名乗った男は男バスの1人であり、私が階段から落とされた時、下にいた男だった。

「その怪我、ワイのせいやんな」「堪忍なァ」「せやけどまさか上から人が降ってくるなんて思わへんかったからさぁ」「お詫びと言っちゃなんやけど、マネージャーとかどないやろ」「っちゅう訳で、よろしゅう」

矢継ぎ早に繰り出される言葉に否定する暇もなく、私は男バスのマネージャーとして雇われる事になった。そこに私の意思なんて関係ない、今吉曰く「勝てば官軍」らしい。つまり勝利の為に私の能力が買われ、これ好都合とばかりに引き入れられたのだ。

私が出来る事と言えば、人の持つ身体能力や心情から次の動きを予測したり、プレイする上で「ここに肘を置けば勝手にぶつかってくれるなぁ」とかの考えを巡らせるくらい。

どうやらそれが今吉にとっては「使える」と判断されたようだ。
もちろん断っても良かった。
始めこそ渋々やっていたし、やる気なんてハナから無かったのだが、その考えは1人の男子生徒を見つけてから変わる事となる。

「……ねぇ今吉先輩、あれ誰?」
「あ〜、花宮?」
「何アイツ」
「あずちゃんなら気付くと思っとったわァ。オモロい奴やろ、アイツ」

なるほど、確かに面白い。
そこらの選手に比べて格段に上手いし、動きを見るからに頭の回転も早いのだろう。そして何より、私と同じくラフプレイをしているのだ。私より大胆で、狡猾。何だコイツ最高かよ。

「ねぇ、花宮クン?」
「……えーっと?」
「えぇ〜私の事知らない?女バスでエースやってたんだけどなぁ、あずちゃん悲しい」

なるほどなぁ、今吉先輩もここまで読んで私を誘ったのか。くそ、悔しいけどこんな面白そうな人そうそういないもんね。

そうして嫌そうな花宮を丸め込み……否、正しくは都合の良い女子生徒として利用されていたのかもしれない。とにもかくにも、私と花宮はお互いにとってイイ関係を築く事となるのだ。


✂---------------✂



6月も後半に差し掛かり、ゆっくりと夏が近付いて来ている。せっかくの土曜なのだからゆっくり寝ようと思っていたのに、じんわりと身を蝕む陽の温かさに目が覚めてしまった。何か懐かしいような嫌な夢を見たような気がする。

時計を見ると、まだ9時を少し過ぎた頃。起きてもいいがどうせする事なんて何も無いし、と私は2度寝する為に再度目を瞑る。

「あずちゃん?お友達が来てますよ」
「んん、えぇ〜?」

部屋の向こうから祖母の声がして、私は寝癖であちこち飛んだ髪を撫で付けながらむくりと上半身を起こす。はて、こんな朝早くから約束するオトモダチなんていないのだが。

「花野くんだっけ?」
「いえ、花宮です」
「ごめんなさいね、ウチの子ったら遅くまで私と花札してくれてたから」
「相変わらずあずさんはお祖母様想いですね。変わってなくて安心しました」
「ふふ、ありがとう花峰くん」
「お祖母様、花宮です」

まだ覚め切っていない頭で私は考える。花宮と聞こえたが、それは気の所為だろうか。

「……やっっべ朝練!!?」

思い出した、今日は午前中に花宮達が自主練をやるからを見に来いと言われていたのだ。強制とも言うが。
部活自体は午後からだが、偶然午前中に体育館が空いていた為使わせてもらえる事になったという。他にも体育館使う部活の人達はいるはずなのに、まぁ上手く言いくるめたのだろうけど……相変わらず花宮の手腕には驚きを通り越して呆れてしまう。

「おいあず、お前まだ寝てんのか!」
「ノックって言葉知ってる?」
「ふはっ、誰がお前の貧相な身体に興味あるかよ……服着ろ」
「今更恥ずかしがるなよ」

ピシャーンと勢い良く襖が開けられ、その先では花宮が仁王立ちでこちらを見下ろしていた。が、慌てて着替え始めた私の下着姿を見て気まずくなったのかそっと目を逸らす。なんか……私でごめんな……

私と花宮は中学時代からの付き合いだが、割とこれはしょっちゅうだった。と言うのもたまたま花宮の家から私の家が近く、今吉先輩の命令で朝が弱い私を起こしに来ていたからで、お互いこれといった他意はない。

私は放って置いたTシャツとハーフパンツを履いて簡単に髪を一つに結わえる。先に行って待ってて、と花宮に声をかけ、私はそのまま洗面台に直行して顔を洗い歯を磨く。
とりあえずスッキリはしたが、さすがに花宮を待たせて悠長に朝ごはんをする程私の神経は図太くない。……だが腹が減っては戦は出来ぬとは良く言うもので、ぐるると腹の虫が鳴いた。

「ねぇ〜花ちゃーん、ついでにご飯食べて……えーーっと……?」
「あずちゃんおはよー」
「お邪魔してまーす」
「梅上のばあちゃん、おかわりお願いしてもいいですか」
「俺もお願いします!」
「はいはい、こんなに騒がしい朝は久々ねぇ。あらあずちゃん、おにぎりと納豆どちらがいい?」
「え、あ……おにぎり……」
「ちょっと待っててね」

まだ眠っているのかと目を擦り、ぱちぱちと瞬きをするが目の前の現実は変わらない。
我が家は由緒正しき日本の屋敷なので、一部を除いて部屋のほとんどが和室だ。だから当然のようにダイニングテーブルなんてものはないし、ここにあるのは足の低い机と最低限の家具のみ。そんな私と祖母がご飯を食べる為に使う居間で朝飯を食べているのは、昨日顔合わせした面々だった。

「どうせ忘れてると思って、走り込みついでに連れてきた」
「ウチは休憩所かよ……」
「お前を待ってんのも暇だからって、ばあさんが飯出してくれた」
「おばあちゃん!?」
「はいはい、あずちゃんのおにぎりはしゃけでいいですか?あ、花根くんお味噌汁飲む?」
「いただきます。あとお祖母様、花宮です」

相変わらず花宮をおちょくるのが楽しいらしい祖母は、爽やかな笑みを浮かべながらも額に青筋を浮かべる花宮を見てうふふと笑う。

そもそも朝練の事を忘れていた私が悪いのだ。祖母も人がたくさんいて嬉しそうだし、まぁいっか。ちょっと詰めてと山崎にスペースを空けてもらい、しれっと原の隣を確保する。

「ねぇ、あずちゃんち馬鹿広くない?」
「本家だからねぇ」
「ほんけ」
「なにそのバカっぽい言い方。そこまで大したもんじゃないよ」

こっそりと聞いてくる原にそう答えつつ、私は祖母からおにぎりと味噌汁を受け取る。
一応梅上は本家と呼ばれる家柄だが、今の時代その血は薄い。昔は結構なお家柄だったらしいが祖母の代からはそのしがらみもないに等しいし、継がれていた家が大きいだけである。

「てかアンタら走り込みの途中じゃなかったっけ。朝ごはん食べてないの?」
「いや食べてきてるぞ。梅上のお祖母さん、おかわり下さい」
「食べ盛りなの。俺もお願いします」
「……見た目の割によく食うな」

運動部の男子高校生を甘く見ていた。しれっとおかわりする古橋と瀬戸を横目に見つつ、私もおにぎりを食べる。余程花宮の練習はハードなんだろうな、これはマネージャーとしての腕が試されそうだ。

「なんか悪ぃな。こんな大勢で押しかけて」
「ん?いいよいいよ。うちのお祖母ちゃん人にご飯振る舞うの好きだし」
「それはそうだけどよ、食費とか」
「ヒロちゃんって結構現実的よね」
「男子高校生5人だぞ!?」
「あはは、まぁね。でも気になるんだったらたまに遊びに来て手伝いしてあげて」
「……それだけでいいのか?」

少し困惑しつつも頷く山崎は、きっと根が誠実な人なのだろう。よく花宮に付いていく気になったなぁとも思うが……人選は信用しているので気にする程の事ではない。

「お前ら、この後走り込みあんの忘れんなよ」

花宮の言葉に各々適当に答えるのを聞いて少し不安になったが、まぁ、自分達の腹に入る量も体調も分かる人達だから大丈夫だろう。……花宮の人選だし、多分。

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