平和に行きましょう。

策を超えてく


「おばあちゃん、行ってくるね。お昼は外で適当に食べてくるから」
「はいな、行ってらっしゃい」
「梅上のばあちゃん、ご馳走様でした。おにぎり美味かったです」
「また飯食わせて下さい!」
「お邪魔しました」
「次はあさりの味噌汁飲みたいです!あ、やっぱしじみ……」
「おい誰だリクエストしたの」
「お粗末様、またいつでもいらっしゃい。ご飯ならいつでも作ってあげるからねぇ」
「もうおばあちゃんったら……」

わいわいがやがや、いつもより騒がしい朝飯を終えて、玄関まで見送りに来てくれた祖母と一緒にアップを始める彼らを見る。やっぱり陽の光は眩しいが、まだ夏ではない。1枚パーカーを羽織ってきて正解だったなぁと思いつつも、私はうーんと身体を伸ばしながら花宮に声を掛ける。

「花ちゃん、走って学校戻るんでしょ?11時には学校着いてね」
「はァ?遅すぎんだろ。今何時だと」
「アホ、揃って結構な量食べてたでしょ。こっちはお前らの全力見たいんだよ。あんま無理させんな」
「チッ……飲みもん買ってこいよ」
「おっけー」

私の家から学校までは確かに走って戻れる距離ではある。むしろ体力作りの為に走るにはちょうどいい距離だ。だが行きも走って来たって言ってたしなぁ。まだ夏ではないにしろ、いくら天下の運動部とはいえご飯を食べたばかりでは吐いてしまう。

花宮の号令に続いて走り出す一行を見送り、私は支度をする為に祖母と共に家の中に戻る。これで身体は温まるだろうし、多少激しい運動をさせても問題はないだろう。色々見たいものはあるが、まずは個々の運動神経がどれ程のものか見てみたいなぁ。

「花宮くんも、他の子も皆良い子ねぇ」
「多分そんなこと言えるのおばあちゃんだけだよ。悪童が集めた人達だし」
「うふふ、そうねぇ」

相変わらず緩い祖母だが、彼女もまた花宮の本性は知っていて「良い子」だと言う。これが年と経験の差というものか、猫を可愛がるようにあしらうので私だけでなく花宮も祖母には頭が上がらない。

「ほらほら、学校行くんでしょ。制服に着替えなさいな。ばすけっとしゅーずも持って行くなら外の倉庫にしまってありますよ」
「……まぁ」
「怪我しないようにねぇ、あずちゃん」

この祖母にして孫あり、なのか?
言ってもいないのに私が何を必要としているのか見抜かれてしまうと、こう、何となく怖いものを感じる。
祖母と別れて倉庫に向かいながら、私は少しだけぶるりと身震いをするのだった。


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生徒といえども帰宅部である私は休日の学校からしたら部外者だ。面倒だったがキチンと届出を出した私は、借りたスリッパでパタパタと音を立てながら体育館のドアを開けた。
バッシュが床を踏む音、ワックスとボールが混じった独特の匂い……懐かしいなぁ。

「やっほー、待った?」
「遅せぇ」
「ごめーん迷ってたら遅くなった」

すぐそこにボードとペンを持った花宮がいたので、ちょいちょいと肩を突きながら声を掛ける。遅せぇとか言いながらも心配してくれてるクセに、全く素直じゃないんだから。その証拠にじぃっと私の膝を見つめる彼に、私は「大丈夫だよ」と間延びした声で答えた。

「ふぅん、思ってたより早く出来そうだね。コイツらにやらせるんでしょ」
「あぁ。だがまだ完全じゃない」
「……なるほどねぇ、健ちゃんなら花ちゃんのサポート回れそうだね。ヒロちゃんは運動神経いいけど、ちょっと問題ありかな」
「お前、バスケ部見た事あんのか?」
「ううん、ない。今日が初めて」

そうか、と花宮は一言答えただけでボードにつらつらと何かを書き始める。
これ以上は何も言わないかなと判断した私は、目の前で瀬戸・原と古橋・山崎に分かれて行われている2on2に目を向ける。
山崎に問題があると言ったのは、彼のプレイに躊躇いが見えるからだ。花宮のバスケにおいてそんなものは無用、身体的な問題であればすぐにでも改善出来るが精神的な問題となると……少々手間が掛かるかもしれない。まぁ彼の性格を全て知っている訳では無いからまだ何とも言えないが。

「っは、あれ?あずちゃんだ」
「ホントだ。随分遅かったね」

私が来た事にようやく気が付いた原と瀬戸がオフェンスの手を止めてこちらに声を掛ける。ひらひらと手を振る原に手を振り返し、私は持っていた買い物袋を軽く上げた。

「お疲れ〜。差し入れ買ってきたよ」
「えっまじ?」

私は花宮に目配せをし、「1回休憩にしようか」と言いながらちょいちょいと指先で彼らを手招く。わらわらと集まってくるメンバーに、私は先程コンビニで買ってきた冷凍のスポーツドリンクを手渡した。

「さんきゅ、梅上」
「お、梅上さん気が効くじゃん」
「どういたしまして」
「うわ〜まじでマネージャーっぽい」
「先輩方は俺らまで気ぃ回らねぇもんな」
「え、そうなの?」
「人数多いし2、3年中心とはいえ効率悪いからねあの2人。仕事やってるようでほとんど1年に任せきりだよ」
「健ちゃんからしたら皆効率悪いでしょ」
「まあね」

名前は出さずしれっと先輩マネージャーをディスるのはどうかと思うが、結構なヘイトが溜まっているようだ。
1年の間は雑用がほとんどだと思うが、マネージャーが2人いるのだから1年に「任せきり」にはならないはずで、一体何の為にいるのかと少しだけ苛立つ。

買ってから少しだけ時間が経ち、程よく解けた冷凍のスポドリが彼らの喉に流れていくのを見ながら、私は深く溜息を吐いた。もしかしなくても、これマネージャー業ほとんど押し付けられるんじゃない?
そんな私の内心を察してか、花宮がパコンとボードで私の頭を叩く。何すんだとばかりにジロリと彼の方を見上げれば、案の定花宮はにこにことそれはもういい笑顔をしている。

「頑張れよ、マネージャー」
「まじでお前クソだよ」
「俺らもサポートするから」
「そんなもんいらねぇよ、健太郎。放っといてもコイツが上手くやる」
「まじ?あずちゃんすげー」
「頼んだぞ」
「……お前ら人の心ないのか?」
「心配してくれんのヒロちゃんだけかよ」

何かあったらすぐ言えよ、と8の字に眉毛を下げながら山崎は言う。……しまった。目付きは悪いが表情は豊かなので少しワンコっぽいな可愛いななんて、つい原とは違う可愛さを山崎に見出してしまった。

「うーんヒロちゃん好きだわぁ」
「えっ!?あ、あの」
「やだめちゃくちゃウブじゃん可愛いー!」
「あちゃーあずちゃんの可愛いセンサーに引っかかったか……ちなみにどこが?」
「お前らにない素直さ」
「梅上の好みが分からないな。素直ならいいのか?なら俺も嘘はつかないし素直だぞ」
「張り合うなチベットスナギツネ。お前のは容赦がないって言うんだよ」
「チベットスナギツネ」

ふざけた事を抜かす古橋に向かってピッと中指を立てながら言えば、隣にいた原がゲラゲラと笑い出す。それにつられたのか瀬戸も顔を隠しながら肩を振るわせているし、言われた古橋も少しだけ表情筋が緩んでいる。

「ったく……オラ休憩は終いだ!あずもあんまり山崎の事からかうな。見ろ、言われ慣れてない言葉に固まっただろ」
「い、いや俺はその」
「かわいー!」
「あずちゃん俺は?」
「原ちゃんも可愛いよ」
「梅上、俺は?」
「今のところ可愛くねぇよ」
「梅上さん、俺も俺も」
「え、普通」
「ちなみに花宮は?」
「クソ」
「は?」

所詮コイツらも男子高校生という訳だ。まさか瀬戸まで悪ノリしてくるとは思わなかったが……割と愉快な奴なのかもしれない。

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