洒落も一興

若からシャボンディ諸島にあるヒューマンショップの始末を付けてこいと言われたが……さて、どうしたものか。

支度を整える為に自室に戻ったが、正直これと行って持っていくものはない。強いて言うなら着替えやら日用品は必要だが、どれくらいの日数が掛かるのか検討つかないので持っていきようがない。

どうせホテルに泊まる事になるだろうし、現地調達でも構わないか。そう考えた私は若からもらったカードが入っているコンパクトな財布をポケットに突っ込み、外に出る時に付けている革素材で目元だけ隠れる仕様のペストマスクを手に取る。

「あら、もう行っちゃうの?」
「……モネさん、ドアノックしてから入って来て下さいよ」
「私と貴方の仲じゃない」

ドアが開いた音がしてパッと振り向けば、そこには幹部の1人であるモネが壁に寄りかかっていた。文句が先に口から出たが、綺麗なエメラルドグリーンの髪をいじりながらその立っている姿は、同性でも見惚れてしまう程絵になっている。

「シャボンディまで任務ですってね。また飛んで行くのかしら」
「はい。船だと遅いので」
「ふふ、貴方の能力が羨ましいわ」
「そんな事ないですよ。燃費悪いし」

私が食べた悪魔の実はウモウモの実。羽を自在に操る能力だが、使い方によっては翼に形状を変えて空を飛ぶ事も可能だ。故に船よりも自分の翼で行った方が邪魔もなく効率が良い。

「はい、これ。若様からよ」
「……通行証?」
「シャボンディに行くなら必要でしょう?」

モネから手渡されたのはマリージョアを通過する為に必要な通行証だった。確かにシャボンディに行くにはマリージョアを通過するか、海中にある魚人島に向かわなければならない。私が船を使わず1人で飛んでいく事を分かってか、用意してくれていたらしい。

「別に、雲の上通って行くから」
「念の為よ。持っていて損は無いわ……それとも、若様のご好意を無駄にするのかしら」
「そうじゃないです、若様の手を煩わせてしまったなって思っただけで」
「末っ子がお使いに行くんだから当然じゃない。ほら、無くさない内にしまって」
「私、もう20超えてるし。シュガーさんとデリンジャーさんの方が年下じゃないですか」
「ファミリーの中では末っ子、でしょ?」
「まぁそうですけど」

数年前に入ったとはいえ、ファミリーの幹部達の中でも新参である私は何かとつけて「末っ子」と呼ばれ世話を焼かれている。そんな資格はないのに、と思いつつも受け入れてしまうのは情が移ってしまっているからだろうか。

通行証を財布にしまい、ペストマスクの留め具を緩めながらも飛び立つ為に能力で両腕を翼に変える。
空を飛べるこの能力は便利なものだが、昔はこの能力のせいで化け物扱いをされていた。能力の操作が下手でふとした拍子に羽が飛び散ってしまうので"化け物"とか"病気が伝染る"なんて言われた事もある。しかも、自身の髪と同じ深い灰色をしている為か何度も不気味だと言われ続けてきた。
だが、それを一蹴して「綺麗だ」と言ってくれた人達がいた。そのおかげで今は自信を持って能力を存分に扱う事が出来るのだが……今はそんな思い出に浸っている暇はない。

「……ねぇ、本当にそのマスク付けていかなきゃダメ?正直言って趣味悪いわよ」
「これ付けると影だけ見たらただの鳥に見えるんですよ。人が空飛んでたら怪しまれますから、カモフラージュです」

可愛くないわ、なんて言いながらモネは口を尖らせてこちらをじとりと見つめる。モネもベビー5も、ここの人達は何故そんなに私を着飾ろうとするのだろうか。
羽先を使って器用にマスクを装着し、忘れ物が無いかと部屋を見渡す。自室にと宛てがわれたこの部屋は華美な調度品がないにも関わらず、上品な造りになっているおかげか一般の人の生活とはかけ離れた部屋になっている。まぁ、ドレスローザ王家の城なので当たり前なのだが。

「お見送りに感謝します、そろそろ」

窓際に行ってガラスに手を、正確には羽先を掛けながら最後にモネの方を振り向く。ふと冷気が足元から押し寄せて、気付けばドアに寄りかかっていたはずのモネが目の前にいて、白く細い指先で私の頬をそっと撫ぜた。

「私ね、貴方の事嫌いじゃないのよ。貴方がファミリーに入った時は妹が出来たみたいで嬉しかったわ」
「それは、」
「だから怪我しないように気を付けて行ってくるのよ。お土産待ってるわ」
「……お饅頭買ってきます」

これは脅し……いや、警告だ。
彼女の妹であるシュガーと歳が近いからか、ファミリーの中でもモネは特に私に気を使ってくれていた。だからだろうか、普段冷静で飄々としている彼女の目には心配と不安の色が混ざっている。
流されてはいけない。そうは分かっていても、罪悪感でぎゅうと心臓が痛くなる。

「では」

感情が漏れ出してしまうから、多くは語れない。だから一言だけ告げて、ほんの少し安心させるように笑みを浮かべ、私は翼を広げて窓から身を投げ出した。


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追い風に身を委ねながら、私は雲の下を悠々と飛ぶ。向かい風じゃなくて良かった、これならそんなに日数もかからずシャボンディにたどり着けそうだ。
羽は軽い。それ故に嵐なんかが来てしまえば、巻き込まれないように酸素の薄い雲の上を飛ばなければならなくなってしまい、酸欠と寒さで体力が無駄に削られてしまう。それだけは避けたかったから少しだけ安心している。

ただでさえ今回の任務は気が重いのだ……若の言っていた私の「元船長」と顔を合わせる事になるかもしれないのだから。
キャプテン、と呼んでいた彼は今どうしているだろうか。時折新聞に彼の悪行が載っているので元気なのは知っているが……私の事なんて亡き人として忘れてるかもしれない。

私はハートの海賊団のクルーだ。
だがそれも数年前までの話。偉大なる航路グランドラインに入って何個か目に立ち寄った島で運悪く海賊と海軍と島民が入り交じった戦争に巻き込まれ、私たちは甚大な被害を受けた。幸いにも死人こそ出ていないが、クルーのほとんどが重症でキャプテンですら限界に近かった。だから。

「すぐに追い付く」

私は飛べるから、戦えるから。
そんな驕りからくる自信で、私を置いては行けないと渋る船長やクルー達に先に行くよう無理を言ったのだ。私なら単独行動をしても逃げ切って、追い付く自信があると。
その結果がこれである。
海賊なんて稼業をしていれば予測出来ない事ではない。逃げきれず、ショックで記憶を失う……そこまでならまだ良かった。

ドフラミンゴに助けられ、ファミリーとして数年を過ごした。そのほとんどが記憶の無い状態で、全てを思い出したのがここ1年程の話。いくら恩人とは言え、相手があまりにも悪い。
もしシャボンで会ったとして果たしてキャプテンは、ローは何と言うだろうか。ベポやシャチ、それにペンギンは?

軽蔑も嫌悪も受け入れる、裏切り者と殺されたっていい。それは本心だが……正直彼らの感情を受け止める覚悟なんてものはない。

"必ず戻れ、船長命令だ!"

だから私はただ、最後に聞こえたローの「船長命令」という言葉だけに縋って生きることしか出来なかった。