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生徒たちが各々、料理をテーブルへと運んでいく。いつも通りの何気ない食堂の風景。

しかし今日は、一つ違っているところがあった。青獅子の学級ルーヴェンクラッセの生徒が固まって座っているところだ。そこそこに目立っている。

「では先生、よろしく頼む」

目立つ要素その1であるディミトリは皆が着席をしたのを確認すると、目立つ要素その2のベレトへ合図を送った。

…何する気だ?皆、普通に食事を始めるつもりだったぞ。イングリットなんて持ってたフォークを置き直したぞ。…まさか、いただきますの音頭じゃないだろうな。子供じゃあるまいし。

ズズ…とベレトが椅子から立ち上がる。皆がベレトを見守る中、クレオは1人、心をざわつかせていた。

──嫌な予感がする。



「昨日、フィンセントとフェリクスが剣術大会において、優秀な成績を収めた。これにより、皆で祝いたいと思う。皆、拍手」
「(わあああああああーーーーー!!)」


パチパチパチパチ…


表彰だ〜〜〜!それここでやる!?やっちゃう!?

青獅子の学級ルーヴェンクラッセの皆、律儀に拍手するもんだから、食堂にそこそこの音が響いた。他学級の生徒から視線、再び集中。
とんだ公開処刑だ。クレオたちが何をしたというの。

生暖かい空気に、クレオは恥ずかしさで2度死んだ。フェリクスは考えるのをやめた。



そのあとは、普通の食事タイムが始まった。(最初からそうしてればいいものを…)
食事を楽しむような状態ではなかったが、クレオは頑張って忘れることした。気分を晴らすように勢いよく料理をかきこむ。

「むっ、これ美味しい」

ぽつりとクレオが呟いた。適当に口に突っ込んだ料理が偶然にも好みをついていたらしい。

──初めて食べる料理だ。食べたことのない味付けが、新鮮で美味しい。どうやって作ったんだろう?

羞恥心はすっかりどこかへ行き、意識が料理へと向いている。なんて単純な。

「それ、ドゥドゥーが作ったんですよ」

料理に感動しているクレオに隣から声がかかった。アッシュだ。先程のクレオの発言に同意する様に、美味しいですよね、と笑みを浮かべる。クレオもうんうんと頷く。

あとでドゥドゥーに感想伝えよう。

そう心に決め、今度は副菜へと手を伸ばす。絶妙なバランスの甘じょっぱい味が口に広がり、クレオの顔がほころんだ。これもドゥドゥーが作ったのかとアッシュに問う。

「あ、それは僕が」
「アッシュが作ったの?」
「はい。どうでしょうか?」
「美味しいよ!」

そう答えるクレオの目は、キラキラに輝いていた。料理の美味しさに対する感動が溢れている。見つめられたアッシュが頬を染める。
照れることないのに、とクレオは思っているようだが、アッシュが照れているのはそこではない。
気付かぬまま、「料理得意なんだね!」とクレオが熱い尊敬のまなざしを送ってくるので、とうとう耐え切れなくなったアッシュは自分の方から話を振った。

「フィンセントは普段料理しますか?」
「料理?そうだなあ……」

アッシュの質問に、クレオが記憶を辿らせる。

お父様が『怪我したらヤダ!』って必死に止めてくるからあんまりだな…。強いて言えば、こっそり作っていたお菓子ぐらいで──

「料理はそんなにだけど、お菓子なら作ってたよ」
「へえ、お菓子!」

意外ですね、というアッシュの言葉を聞いてクレオが静止した。



(──素で答えちゃった!)

また違和感作っちゃったよこの子。自然体でいた方がいいのは分かるけど、自然体にも限度があると思うの。

久しぶりの危機に、コンマ1秒の世界でクレオが言い訳を練る。

「……い、妹と!そう妹と一緒に!」
「フィンセント、妹がいたんだ」

というか、あなたの目の前にいる人がそうです。

「僕にも、弟と妹がいるんですよ」
「え!そうなんだ!」

アッシュ、お兄ちゃんなんだ。
思いがけない初めての情報にクレオは目を丸くした。

アッシュはクラスの中で1番歳が若い。体も成長途中で華奢だ。だからどちらかというと、弟的な印象を受けるだろう。
しかしよく考えると、誰にでも気を回せて頼りがいのある彼は、実に兄らしいと言える。なるほど、弟妹がいてもおかしくない。

クレオはアッシュを幼くさせたイメージで、弟妹を想像してひっそりと和んだ。

「じゃあ、弟くんたちはアッシュに会えなくて寂しいだろうね」
「はは。そうかも。でも、大事なことだって理解してくれて……待っててくれてるんです」

だから僕も頑張れる、とアッシュが笑う。
なんてよく出来た人間だろうか。アッシュの爪の垢を煎じてクレオの兄貴に飲ましてやりたい。

「フィンセントもそうでしょう?」
「……うん」

待っててない。全然待っててない。ていうか、どこにいるか分らない。
折角アッシュの話でほっこりしていたのに、自分の兄貴のことを思い出してクレオが渋い顔になる。
問いかけには、心から頷けなかった。
 

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